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国見弥一が提供する駄文から創作にわたる言葉の海。荒波から細波まで千変万化?!

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2006/01/03

国見弥一の銀嶺便り

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    国見弥一の銀嶺便り   
              
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/     06/01/03  vol.345
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  明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
  メルマガの配信が滞っていることをお詫びします。
  昨年までは、ブログサイトの運営に汲々としてきましたが、メルマガを
  通じて情報を得ようとする方も結構、多いことを改めて(遅まきながら)
  痛感しています。
  本年は心を入れ替え、できるだけ配信したいと思っています。

  目次:●1.年頭に当たって…あいも変わらず
     ●[後欄無駄]:


●1.年頭に当たって…あいも変わらず

 <a href="http://www.haiku-st.co.jp/main/kigo/kigo_all/kigo12.html">12
月は季語・季題が豊富にあり</a>、その中から幾つか一昨年採り上げたものを
「12月は季題が豊富にあります」の中で示し昨年の12月にも幾つか採り上げ
た:
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/12/index.html

 お世話になっているのはネットで覗くことができる、「<a href="http://www5c.biglobe.ne.jp/~fuga/haikusaijiki/index2.html">俳句歳時
記</a>」や「<a href="http://www.haiku-st.co.jp/">俳句ステーション</a>」
「<a href="http://www004.upp.so-net.ne.jp/ymita/">よっちのホームページ</a>」
などのサイトで、他に手元(電子ブック)の俳句歳時記(子規)などを参照してい
る。

 さて、「<a href="http://www.haiku-st.co.jp/">俳句ステーション</a>」を覗
かせてもらうと、1月も負けず劣らずに多い:
 http://www.haiku-st.co.jp/main/kigo/kigo_all/kigo01.html
 参考に昨年の正月に採り上げたものを列挙してみる(表題を見て直ちに気づくの
は、その頃はまだ表題が季語・季題だけで、実にシンプルだということ。中身はと
もかく、段々、表題が賑やかになっていく…)。


「蓬莱(ほうらい)と徐福」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post.html
「寝正月」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/_.html
「鳥総松(とぶさまつ)」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_1.html
「お屠蘇と雑煮」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_2.html
「明珍火箸」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_3.html
「寒稽古」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_4.html
「新年会」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_5.html
「初化粧」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_6.html
「冬籠(ふゆごもり)」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_7.html
「冴ゆる」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_8.html
「冬薔薇(ふゆさうび)」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_9.html
「氷柱」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_10.html
「薮入り」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_11.html
「雪女郎」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_12.html
「青木の実」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_13.html
「初金毘羅」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_14.html
「初金毘羅(続)」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_15.html
「風花」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_16.html
「寒月」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_17.html
「月冴ゆる」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_18.html
「悴(かじか)む」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_19.html
「侘助(わびすけ)」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_20.html
「日脚伸ぶ」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_21.html
「(雪)しまき」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_22.html
「懸想文(売)」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_23.html
「10円カレー」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/10.html
「雑炊と粥とカレーと」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_24.html
「春着(はるぎ)」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_25.html
「淑気と春隣と」
 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/01/post_26.html

 継続は力なりと言うらしいが、こうして総覧してみると、少しはあれこれ勉強は
しようとしていることを感じる。小生は既に三十年以上、日記をつけている。実際
にはネットに参入したこの数年は特に(紙の)日記にはその日の天気や買い物の記
録、読み始めたり読了した本の著者名と題名、外出先などの項目をメモしているだ
けになりがちだが、それでも、いずれは自分にとってのかけがえのない資料になる
ことだろう。

 ただ、日記類は年が明けると、紐で括って何かの箱に収めてしまい、やがては部
屋の中のダンボール箱の山に埋もれていき、今日の日記を書く際に、あるいは暇の
徒然にでも覗いてみて、感懐に耽る、なんてことはまずない。
 つまりは宝(?)の持ち腐れとなっているのだ。
 その点、ネットだと、簡単に過去の記録に接することが出来る(簡便な三年日記
などの複数年日記のようなものだ)。

 逆に言うと、自分で削除しない限り、自分で(あるいはそんなことはあまりない
と思うけれど、他人様でも)何処かのサイトでデジタル情報として残り続けている
ということ、その気になれば閲覧できると言うこと、つまり、ネットとは(覗くの
に鍵を設定する必要がない限りは)超巨大な一面記事なのである。
 ただ、大概は自分の書いた記事や関わった人たちの記事などにスポットライトが
当たり、その記事がネットという巨大なバーチャルの海から浮上し、海面に束の間、
顔を見せる、というわけだ。
 ある意味、新聞だって全ての頁が一面でありえる。実際には折りたたまれている
し、表紙のいわゆる一面記事だって、展望しつつも、目は一面の何処かに焦点を合
わせざるを得ない。
 参照するとは、スポットライトを照射することだし、転載は不可とあっても、閲
覧という形で覗くのは自由なのだろうし、小生は鍵で閉ざされていて仲間内にしか
見せないサイトは別として、開放されている記事は全て転載可能なのだと考えてい
る。
 但し、言うまでもなく、転載元のアドレス(URL)を示すかリンクさせておく
のは礼儀以前の最低限のマナーである。

 さて、一年の始めに当たって、人はそれぞれに何をしただろうか。小生は、何も
しない。
 夜明かしというか年越しも、例によってロッキングチェアーに腰を埋めていて、
読書している間に寝入ってしまって、幾度かは夜中や未明に目覚めたが、寝るのが
楽しみとばかりに、今日の元旦が休日なのを幸いに、ひたすらのんびりだらりと過
ごしてしまった。
 年が改まったからといって、今になって人間性が変わる筈もなく、この十数年続
けてきたように、淡々と日々過ごしていく。
 仕事をしつつ、在宅の時には、居眠り(まとまった睡眠は取らないだろう)と読
書と執筆の日々を送るに違いない。
 ただ、書くテーマや内容は少しずつ変わっていくのだろう。できれば単純に経年
変化するのではなく、内容において熟成させることができればと思うが、こればか
りは体験の蓄積を生かすことの極端に苦手な小生には難しい。
 季語随筆においてもそうだが、実際には日々、画面に向かってから何を書くか決
めている。
 予めテーマや題材があると助かるし便利でもあると分かってはいるが、虚構作品
を綴る際もそうなのだが、頭の中が真っ白で何を書いたらいいか、さっぱり分から
ず途方に暮れ、時に呆然自失さえしそうな茫漠感に眩暈しそうな自分を見出すのが
嬉しい。
 何を書いたらいいのか、分からない。画面に向かってない知恵を絞る。過去に何
を書いたかは、画面に向かっている最中、書いているその都度においては全てきれ
いさっぱり忘れ去る。
 そうすることでまっさらな自分を見出せるし、日々書くことを新鮮な気分で遂行
することができる。
 今年一年も、画面に向かうたび、途方に暮れる自分を見つめ続けることになるの
だろう。
 そうして今日までやってきたのだ、そんな自分のやり方を年が変わったからとい
って改める気には毛頭、なれないのであるし、その気もないのだ。

 変わるものなら世界が変貌を遂げていくように、自然に変わるし、自分という内
海へ世界という外の宇宙がいつでも自由に勝手に気ままに浸透し流れ込み、押し流
そうとさえする。激流を流れゆく木の葉のように玩ばれる心と体。
 その在りようを描き示すことができるなら、最高だと思う。
 ということで、年頭に当たっての所信など何もなく、あいもかわらぬ自分が居る
ばかりというわけである。



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●[後欄無駄]:
  
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