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国見弥一が提供する駄文から創作にわたる言葉の海。荒波から細波まで千変万化?!

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2004/11/01

国見弥一の銀嶺便り(ホトトギスとか、音とか)

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    国見弥一の銀嶺便り   
              
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/     04/11/01  vol.353
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  多くの方は、本日(1日)の夕方か夜に御覧になるだろう。そう、もう、11月で
  ある。年のせいか、それとも、漫然と日々を送っているからなのか、あっという
  間に今年も残すところ二ヶ月になった。自分としてはダラダラとは過ごしていな
  いつもりである。特に掌編百篇という目標は、結構なプレッシャーとなって圧し
  掛かっていて、残す二ヶ月で16篇の作品を書くことができるのか、自分でも覚
  束ない。かなり、緊張感の漂う年末になることは間違いない。ただ、その分、エ
  ッセイや駄文などを余裕を持って書く時をほとんど持てなかったのは、事情があ
  ってのこととはいえ、自分としては物足りない。時間との戦い。乏しい時間を掻
  き削るようにして、読書の時、執筆の時を作り出している。時間とは、自分でそ
  の鵺(ぬえ)のような得体の知れないものに形を与えるべき、素材なのだと痛感
  している今年の自分なのである。


   目次:●1.ホトトギスのこと
      ●2.音という奇跡
      ●[後欄無駄]:HP更新情報、ほか


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●1.ホトトギスのこと


 ホトトギスというと、何を思い浮かべるだろうか。
 まずは、小鳥のホトトギスだろうか:
 http://www.gt-works.com/yachoo/zukan/tori/kakko/hototogisu.htm
 小生、ついうっかり、小鳥のホトトギスと書いてしまったが、全長(翼開長)は
27.0cmだという。これでは、必ずしも小鳥とは言えないのか。
 鳴き声は、テッペンカケタカやととか、特許許可局などと聞きなされるというが、
小生は未だ聴いたことがない。但し、テレビやラジオで紹介されたのを聞いたこと
がある。その擬音の文字表現は、どのようにすべきか、ちょっと難しい。
 この鳥の鳴き声に絡み、三人の武将の性格を示す言葉が有名だ。今更ながらだが、
ホトトギスに触れる以上は、通過するわけにはいかない:

 啼かぬなら殺してしまえホトトギス   織田信長
 啼かぬなら啼かせてみようホトトギス  豊臣秀吉
 啼かぬなら啼くまで待とうホトトギス  徳川家康
 ホトトギス鳴かせて見たい手の平で   弥一
 ホトトギスせめて見たいなその姿   弥一
 ホトトギス鳴かず飛ばずで来けるかな  弥一

 これらは、句の形を為している。俳句とは呼べないかもしれないし、川柳という
にも、何か違うものを感じる。当人が捻ったというのなら、立派な(?)川柳の句
の数々ということになるのだろうが。
 最後の数句は、蛇足という奴である。

 ホトトギスの表記はどのようなものがあるのか。ホトトギスは、ともかく、不如
帰とか、万葉集では、霍公鳥(ほととぎす)という表記方法があるようである。
 その万葉集には、霍公鳥(ほととぎす)を歌いこんだ歌が少なからずある(153
首!)。大伴家持は、ホトトギスを読み込んだ歌を多く作っているが、越中守だっ
た彼は、富山でホトトギスの姿をしばしば目にしたのかもしれない:
 http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/animal/hototo.html
『万葉集』から一つだけ挙げておくと、

 木の暗の夕闇なるに霍公鳥いづくを家と鳴き渡るらむ

 表記には、他に、「杜鵑(とけん)」「子規(しき)」(李白の漢詩から)、「時
鳥」(夏に限って鳴くからということで、日本独特の表記のようだ)などがある:
 http://www3.ocn.ne.jp/~ma1866/unchiku/hototo.html
 ついでながら、「不如帰」という表記は、中国でホトトギスの鳴き声をプルクイ
チュ(不如帰)と聞いたことによるという(典拠は未確認)。

 「子規(しき)」にビビビと来られた方もいるのではなかろうか。俳誌「ホトト
ギス」は、明治30(1897)年の創刊で、今日も刊行されている。正岡子規、
高濱虚子等が創刊に関わっている:
 http://www.hototogisu.co.jp/i-top.htm

 ところで、小生、ホトトギスというと、鳥のホトトギスしか知らなかった。植物
にも、ホトトギスがあることを知ったのは、つい最近のことである。いくら植物音
痴だからといって、情ないこと極まれリである:
 http://research.kahaku.go.jp/botany/hoto/HOTOTO.HTM
「この名前は花びらにある紫色の斑紋がホトトギス(小鳥)の胸の斑紋と似ている
ことから付けられたとされている」とか。
 季語は秋だという。
 何処か清楚で控えめな雰囲気の漂うこの花を好きな方も多いのかもしれない。控
えめと書いたが、よく見ると、それなりに自己主張もしっかりしている。模様も鮮
やかというか、派手だったりする。
 何か入り組んだ性格というか、一筋縄ではいかないようなところも潜んで居そう
である。
 ネット探索してみると、他にもホトトギスの花のサイトが見つかった:
「花の小径  ホトトギス」
 http://www.fitweb.or.jp/~hana-k/hana/hototo/hototo.htm
 このサイトで、以下の句を見つけた:

 時鳥草 岩かげくらく 咲きにけり    魚眠

 尚、過日、仕事でいつものように朝帰りした際に、近所で撮った花の画像がある。
名前も分からず、ちょっと気になる花だと思って撮っておいたのである。
 その画像をあるサイトの画像掲示板に載せたら、これは、ホトトギスだと教えて
くれた。そのサイト主の方が好きな花なので、すぐに名前が分かったのだとか。
 別の掲示板で、ホトトギスは鳥の名前だけじゃなく、花の名前でも使われている
ことを知ったのは、つい先日のことだった。こうした、事情が重なったので、この
雑文を綴っているのである。
 メルマガの配信作業が終わったら、11月1日付けの日記をブログで書く予定だが、
その冒頭に、小生が撮ったホトトギスの花の画像を載せるつもりでいる。どうぞ、
覗いて見て欲しい。

 ところで、俳誌の「ホトトギス」は、小鳥をイメージしているのか、花のほうな
のか、それとも、両者共に意識して名付けられたのだろうか。
 聞くところによると、鳥のホトトギスは鳴くと口の中の赤が際立ち、それが血反
吐(ちへど)を連想させ、その様子が、時に吐血する結核患者に似ていて、ホトト
ギスというと、結核(患者)という結びつきをつい持ってしまう人も居るらしい。
 正岡子規は、そのことから自らの病もあって、子規という俳号を選んだのだろう
か。
 子規はまた、卯年生れで、自分を卯の花に喩えることがあったという。だからだ
ろうか、卯の花と子規(ホトトギス)とを配した句がある:

 卯の花をめがけてきたか時鳥(ホトトギス)
 卯の花の散るまで鳴くか子規(ホトトギス)

 悲痛としか言いようがない。俳人としての覚悟も感じられるけれど。明治時代に
は、結核が日本で大流行した。明治から昭和の前半までの日本の文学(に限らない
が)と結核は、凄まじいほどの関係がある:
 http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/kekkaku-sakka.htm
 http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/profile/mann-manoyama.htm
 この結核について、上掲の逸話も含め、小生には目新しい、興味深い話をネット
で見つけた:
「青谷の骨の物語 結核の来た道 井上 貴央」
 http://www.nnn.co.jp/tokusyu/kamijiti/kikou/kikou031214.html
 弥生時代の遺跡に、谷上寺地遺跡があり、そこから日本最古の結核症例が二例発
見された。その事実に関し、「青谷の結核症例と殺傷人骨を関連づけて、「脊椎カ
リエスという病気を恐れて周辺地域の弥生人が上寺地遺跡の全員を虐殺した可能性」
を指摘する研究者がいる」というのだ。
 但し、井上貴央氏の見解は否定的である。
 もともと、栄養状態が今と比べて、さらに、明治時代と比べても劣悪だった弥生
時代のこと、この業病に罹患したなら、早晩、亡くなることもあったろうし、誰か
が罹患したら次々と伝染することもあったろう。
 縄文時代にはなかった結核が、弥生時代に大陸から人の移動と共に渡って来たわ
けである。
 
 ところで話は錯綜する。ま、調べながら書き、書きながら調べ、ぶっつけ本番で
書いているので、余儀ないことなのだと理解願いたい。
「啼かぬなら殺してしまえホトトギス   織田信長」以下の句が、一体、誰によ
って作られたのか、気になっていた。が、説明してくれるサイトが見つからないの
で、黙って通過することにしていた。
 が、念のため、「織田信長 ホトトギス 作者」をキーワードにネット検索して
みたら、筆頭に、「奇人発見伝」というサイトが現れた:
 http://www.j-tierra.com/tm/kijin/index39.htm
 サブタイトルが、「第39回」<鳴かぬなら〜ホトトギス、あの有名な三句の作者-
松浦静山>」である。これは、読まずには居られない。部分だけにしても敢えて転
記はしないが、読んで楽しい文章である。
 で、サブタイトルにあるように、かの三句の作者は、松浦静山なのだった。随筆
集「甲子夜話(かっしやわ)」の中に見出されるとか。有名な書だが、文字数にし
て300万字を超える大作とは知らなかった。
 インチキなやり方を「イカサマ」と呼んだりするが、その理由などが書いてあっ
て、「長崎の平戸、松浦家三十四代当主で、安永4年(1775年)に平戸藩の九代藩
主となり稀代の名君といわれた人物」の割に、砕けた面もある方だったようだ。
 こういう人物を再発見するからネット探索の旅は止められないのである。
 上掲のサイトの表紙は:
 http://www.j-tierra.com/tm/kijin/index.html

 ということで、ホトトギスを巡るネットの旅は終わる。最後に、一句:

 ホトトギス鳴かず飛ばずもいいものさ   弥一


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●2.音という奇跡

 音楽が好きなのかどうかを自分を振り返って考えても、結論めいたものは出てこな
い。そりゃそうだ、音楽一般では、あまりに漠然としている。それが、<音>という
ことに広げていいのなら、それがたとえ音楽よりもさらに茫漠としているという憾み
はあるとしても、好き、というより、音に依存しているとも言える。
 無論、音にはいろいろある。分野はいろいろあっても、音楽と呼称されるもので、
楽器に関連するもの、唄を中心としたもの、ハミングや口笛…。誰にも音楽とは呼ば
れないだろう、部屋の中の冷蔵庫のモーターの音、水道の蛇口の栓が緩いのか、流し
台にポタッ、ポタッと落ちる水滴の爆ぜる音。同居する人がいれば、別の部屋で動く
スリッパの音、ドアのノブの音、テレビ、ラジオ、ステレオ、携帯、窓の外からの遠
い歓声、喋り声、下手なピアノの練習の音、秋ならば虫の鳴き声、時折鳴る救急車の
サイレン…、そして風の鳴る音。
 耳が誰よりも敏感というわけではないと思うが、学生時代など一人暮らしをしてい
た時には、騒音・雑音には敏感だった。一人で居る時には、食事を摂ったり音楽を聴
くとき以外には、ひたすら読書していた。徹夜で読むこともしばしばだった。そんな
時、音は、どんな音も邪魔だった。音が微かにでも耳に入ったら、読書はたちまち中
断させられてしまう。
 そんな時、音の出処に怒ってみたりするが、同時に、たまに、自分は本当は読書が
好きではないのではないか、本の世界に読み浸っていないのではないか、本当は外の
世界へ出ていきたい、なのに、外部から、読書とは無縁な生きた、現に動きつつある、
生の世界の、その突端が自分を、読書より、そこには本当の世界がある、読書よりも
豊かな世界がある、読書というより書物のネタ元となる現実の世界がある、お前は、
そんな世界にこそ、立ち会うべきなのではないかと耳元で囁かれているようで、それ
で、雑音に過敏になってしまっているのではないか…、そんなことを思ってみたりす
る。
 音。音楽。自分には、好きな音は全て音楽である。音楽が、音を楽しむという意味
合いで構わないのなら。
 何処の誰かが作曲した、誰かが歌っている、そうした人の手により形になっている
ものこそが音楽であって、自然世界の音の海は、音楽ではなく、あくまで音(騒音・
雑音…)に過ぎないというのなら、別に音楽と称さなくても、いい。
 自分は自分なりに音を楽しむまでである。
 どんな音が一番、自分の琴線に触れる音なのか。
 となると、下手に作曲された音楽以外の全てとは言わないが、風の囁きを中心とし
た自然世界の音の大半は好きなような気がする。
 それは、絵画についても、写真芸術についても、あるいは文学などについても、同
様で、自分がこの肉眼で皮膚で脳髄で胸のうちで感じ取り聞き取り受け止める生の世
界の豊穣さを越えるようなものなど、ありえようとは思えないし、実際に、そうだっ
たのだ。
 蛇口から垂れる水滴の、その一滴でさえ、どれほどの幻想と空想とに満ちているこ
とだろう。そしてやがて、瞑想へと誘い込んでくれる。その様を懸命に切実に見、聞
き、感じ、その形そのままに受け止めようとする。そこには、音楽も文学も写真も絵
画も造形美術も舞台芸術も、凡そ、どんなジャンルの芸術も越えた、それともその総
合された世界がある。
 その水滴の一滴から、幾度となく掌編を綴ってきた。
 形は掌編という文章表現だが、それは自分には絵を描く才能も、音で表現する能力
も、どんな才能もないから、最後に残った書くという手段に頼るしかないからであっ
て、しかし、創作を試みながらも、そのまさに描いている最中には脳髄の彼方で、雫
の形や煌き、透明さや滑らかさの与えてくれるまるごとの感動を、その形のままに手
の平に載せようという、悪足掻きにも似た懸命の営みが繰り広げられている、想像力
が真っ赤に過熱している。
 さて、主題の音に戻ろう。話を音楽に限ってみても、物心付いた時から、ラジオや
テレビなどでいろんな音楽に接してきた。保育所や学校での童謡などから歌謡曲、演
歌、民謡。
 その中で、音楽に関して、転機とも言えるほどに衝撃を与えられたのは、一つは、
学生時代になった当初に聴いたメンデルスゾーン(のヴァイオリン協奏曲)であり、
もう一つは、シュトックハウゼンだった。
 メンデルスゾーンからバッハ、ブラームス、ベートーベン、モーツァルト、やがて
ワーグナーに至る真っ当(?)な流れは、別の機会に。
 ここでは、仙台市の片隅の山間のアパートの一室でシュトックハウゼンを聴いた衝
撃の一端を少々。
 が、悲しいことに、小生がシュトックハウゼンを学生時代に聴いたのは、多分、一
度きりであり、それもFM放送で現代音楽の特集の一環で聴いたものだったと思う。
 音楽にも疎い小生のこと、シュトックハウゼンも既に音楽の世界では古典の域に入
っていることなど知る由もない。それは、後にヴォルスやフォートリエ、デュヴュッ
フェなどの絵画に圧倒されたのだけど、それらが絵画史では数十年も昔に現代の古典
に収められていて、改めて鑑賞する人に特に新鮮な衝撃を与えているようには見受け
ないことに逆にショックを受けたにも近いかもしれない。
 要は自分は文学に限らず多くのことに無知だったに過ぎないのだが、自分にはシュ
トックハウゼンの音楽を聴いた時、頭の中に宇宙空間が広がっていくような気がした
のである。
 絶対零度に向かって限りなく漸近線を描きつつ近付いていく宇宙空間。裸で空間に
晒されたなら、どんなものも一瞬にして凍て付いてしまう、恐怖の空間。縦横無尽に
殺人的というより、殺原始的な放射線の走っている、人間が神代の昔から想像の限り
を尽くして描いた地獄より遥かに畏怖すべき世界。
 感情など凍て付き、命は瞬時に永遠の今を封じ込められ、徹底して無機質なる無・
表情なる、光に満ち溢れているのに断固たる暗黒の時空。
 その闇の無機質なる海に音が浮き漂っている。音というより命の原質と言うべき、
光の粒が一瞬に全てを懸けて煌いては、即座に無に還っていく。銀河鉄道ならぬ銀の
光の帯が脳髄の奥の宇宙より遥かに広い時空に刻み込まれ、摩擦し、過熱し、瞬時に
燻って消え去っていく。
 小生は、初めて人の手で作られた<音楽>で、自然界の音に匹敵するかもしれない
音を聴いたと感じたのだった。 爾来、シュトックハウゼンの音楽作品を聴いたのは、
数年前だったか、タクシーの車中でのことだった。が、恐らくは学生時代に聴いた曲
とは違う…。それとも、自分という人間が変質し劣化し、音を音として聴く感受性も
気力も萎えてしまっていて、受け止めきれなかったのかもしれない。
 音に、それも、人の手が加わった音に奇跡を感じた唯一の時だったような気がする
のである。もう、三十年ほどの昔の話である。
 なお、シュトックハウゼンについて、もう少し、まともな話を知りたいなら、例に
よって松岡正剛が千夜千冊で取り扱っている。
 カールハインツ・シュトックハウゼン『シュトックハウゼン音楽論集』(清水穣訳 1999 現代思潮社)という本があるらしい。読んでみたいものだ。
 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0099.html

[本稿は、10月27日付けの無精庵徒然草に書いたものである。]

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●[後欄無駄]:HP更新情報、ほか

  下記に案内しているように、「blog」形式による日記「無精庵徒然草」を開設し
  ています。最近は、この日記に力を入れており、次第にエッセイ(コラム)をこ
  こに書くようになっている(今後は、していく)のです。
  随時、写真や戴いた絵などを飾ったりもしています。
  http://atky.cocolog-nifty.com
  http://blog.melma.com/00031740/

  このところ、ブログ日記に力を入れていることもあり、HPの更新が滞っている。
  掌編なども、掲載すべき作品が数個ある。タクシーの営業のスケジュールが三週
  間、タイトになっているので、時間が取れないということもある。
  なんとか近いうちに、まとめてアップしたい。申し訳ないです。
  但し、ブログ日記は、掌編以外のエッセイ、コラム、最近は怠っている書評エッ
  セイなども含め、ごった煮の状態で書いています。可能なら、日記を御覧下さい。

  

◎「無精庵徒然草」を新装開店しました! 噂の「blog」を採用しております:
  http://atky.cocolog-nifty.com
  http://blog.melma.com/00031740/
  コメントがあったら、わざわざ掲示板の頁に飛ばなくとも、この部屋にてコメン
  トすることができます。
  そのほうが、コメント内容と、元の話題との関連が分かり、話の発展も望めます。
  日記をアップする際には、できるだけ写真も同時に掲載するよう、心掛けるつも
  りです。
  といいつつも、小生、未だ、「blog」を使いこなしていません。使いながら、可
  能性を広げていきたい。宜しく!
 「無精庵徒然草」=小生の日記、愚痴、メモ、来訪者への情報発信の部屋です。
  更新や掲示板に書き込みが無くても、この日記欄には何かしら書くように致しま
  す。折々、写真などを掲載しています。
  
◎ 画像掲示板を設置しました:
  表紙の「画像掲示板」よりお入りください:
  http://mav.nifty.com/ahp/mav.cgi?place=bushoan&no=16762
  小生が撮った画像を随時、載せています。
  画像の投稿をしてくれた方々、ありがとう!
  この頃、投稿が増え、小生は嬉しい限り。比叡山や函館の夜景、軽井沢の滝、信
  州の山々、アリュームという花、関空、立山の雷鳥、古代ハス、パリロダン美術
  館の薔薇、大阪の花火大会、蘭、ロシア総領事館、サボテン、上高地の夕陽、秋
  明菊…。
  どれも貴重な画像です。
  どうぞ、御覧下さいな。

◎ メッセージ掲示板へもどうぞ:
 「踊り場」では来訪者とのメッセージの交換に集中します。共々、宜しく!
  http://hpmboard2.nifty.com/cgi-bin/bbs_by_date.cgi?user_id=ANB07793

◎ HP更新情報……続々更新!

 ○タクシーとオートバイの部屋を新設しました:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/hobby/taxi-bike-menu.htm
  この部屋には、交通関係の雑文を集めていきます。


  掌編の部屋:10月17日 更新:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/fiction-menu.htm
  エッセイの部屋:10月22日更新:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/menu.htm
  サンバの部屋:10月16日更新(写真アップ)!!:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/samba-menu.htm
  連作掌編の部屋:10月22日更新:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/introduction/rensaku-menu.htm
  エッセイ祈りの部屋:10月17日更新:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/introduction/rensaku-pray-menu.htm
  エッセイ富山の部屋:10月3日「富山と北海道と昆布と」アップ:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/toyama-menu.htm
 「駄文の部屋」10月10日更新:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/hobby/dajare-menu.htm
  書評の部屋:10月12日更新:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/profile/profile.htm#book
  リンク 10月7日更新!!:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/link.htm
  プロフィール:3月27日「国見弥一という名前について」をアップ:
  http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/profile/profile-dayo.htm

○ 著者への御意見・御要望は  kunimi-yaichi@nifty.com
○ 著者をもっと知りたい方は http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/
○「フェイド・アウト」はネットでも買えます  http://www.boon-gate.com 
  電子出版もされてます(@500円!)
○ 掲示板においでください。貴重な意見を戴いています。皆さんの一言が元気の
 源です。愚痴ったり、駄洒落の一つも飛ばしてください。
 http://hpmboard2.nifty.com/cgi-bin/bbs_by_date.cgi?user_id=ANB07793
○『銀嶺便り』は、以下のシステムにおいて発行されています。
  解除と登録は、以下のサイトで直接できます。
☆ メロンパン:オススメに選ばれています。
  http://www.melonpan.net/melonpa/mag-detail.php?mag_id=001103
☆ Melma
  http://www.melma.com/mag/40/m00031740/
☆ Macky!
  http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=atky
☆メルマガ天国
  http://melten.com/m/4357.html
☆ まぐまぐ
  http://www.mag2.com/m/0000063087.htm
☆ E-Magazine
  http://www.emaga.com/info/92381.html


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