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創業宝暦五年、御菓子本舗 槌谷(つちや)がお届けする、柿をテーマとした無料メールマガジンです。全国でも有数な柿の名産地、岐阜県の話題から柿菓子の製造に至るまで、柿にまつわるあらゆる情報を提供します。

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2007/08/11

柿にまつわるおもしろ雑学 大 か き 八 年【第七十一号】

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/ __ 創業宝暦五年、御菓子本舗「槌谷(つちや)」がお届けする
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l  /  `v´  \   柿にまつわるおもしろ雑学
l l        l    大 か き 八 年
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l  \       /   二〇〇七年八月十日 第七十一号
l   \_____/    http://www.kakiyokan.com/
   このメールマガジンは、伝統銘菓「柿羊羹」でおなじみの
  御菓子本舗「槌谷(つちや)」が語る、柿を楽しむ一編です。
  解除はこちらから http://www.kakiyokan.com/mag/index.htm
 
  ※「槌谷(つちや)」は創業以来250周年を迎えております。※

 
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____人____人____人_お_人_し_人_な_人_が_人_き_人____人____人____
 
・・◆ 「大かき八年」について
・・◆ おおきな柿のまめ知識(71)
                        「柿のつく地名」
・・◆ つちやの御菓子 
                          「柿羊羹」
・・◆ こんなにもある柿のいろいろ(71)
                   「倉方柿(くらかたがき)」
・・◆ 柿みる人々(71) 〜芸術と柿との出会い〜 
                            宮本輝
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・・◆ 「大かき八年」について
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 「つちや」は、
 宝暦五年(1755年)に岐阜県大垣市の城下俵町にて
 園助と申すものが、菓子屋「柏屋光章」を開いたのが始まりです。

 そして四代目右助が、
 古来より美濃国特産である「堂上蜂屋柿」の干柿を使い
 創製発売致しましたのが、
 当社の代表銘菓「柿羊羹」です。
 
 弊庵は、創業250年以上。
 自然の味をそのままに、
 本物のお菓子つくりを通して、
 柿にこだわり続けてきました。

 この「大かき八年」を発刊させていただくことになり、
 今まで以上に柿にこだわってゆきたいと思います。
 
 もし、柿についての御質問や御意見・情報がありましたら
 どんどんお知らせください。
 このメールマガジンを通して
 楽しい情報提供の場にしてゆきたいと思います。
 よろしくお願い致します。
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・・◆  おおきな柿のまめ知識(71)
                     「柿のついた地名」
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 とても甘くて肉厚で、噛むとカリッとした歯ごたえがある柿。
 日本の代表的な果実として、全国津々浦々で愛好されています。

 熟柿や干し柿は、平安時代の宮中儀式のマニュアル
 「延喜式(えんぎしき)」にもすでにその名があるほど。
 もう千年以上も、日本人の生活になじんだ食材といえるでしょう。
 そんな柿のちょっとした知識を、このコーナーではお届けします。

  ※       ※       ※        ※
 
 「柿の木坂」や「柿原」「柿山」など、日本には全国各地に「柿」の
字のついた地名があります。柿の名がついているところをみると、きっ
とその場所には、柿がいっぱい生えていたに違いない、と思いがちです
が、研究によるとそうではないようです。

 実は「柿」という地名は、「欠け(カケ)」がなまったもので、「地
崩れ」のしやすい場所を指すのだそうです。
 山の崖が迫っているところで、崩れそうな場所には、昔の人が危険を
知らせるために「カケ」という地名を残したのでしょう。それが、いつ
の間にか本当の意味が失われて、「柿」という地名に変わったようです。
 地崩れがしそうにない場所に「柿」が付いている場合は、かなり新し
い時代に名前が付けられたのだとか。
 柿のつく地名が、欠けだなんてちょっとがっかりですが、昔の人はそ
うして危険信号を他の人に知らせていたのでしょうね。

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・・◆ つちやの御菓子
                         「柿羊羹」
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 甘くて雅な味わい、馥郁とした香りのある御菓子。
 「つちや」は250余年の長きにわたって
 柿をはじめとするさまざまな御菓子を作り続けて参りました。

 このコーナーでは魅力的な「つちや」の御菓子を
 ひと品づつ、ご紹介して参ります。
 ご購入は、槌谷ホームページからでもいただけます。
 (http://www.kakiyokan.com/

 ■ 柿羊羹 ■
 
 当家「槌谷」の柿羊羹は、1838年、当家四代目槌谷右助の創り上げた
もの。柿羊羹は、干し柿を煮て、果肉を裏ごしにし、砂糖や寒天・餡を
煉り上げた羊羹と合わせ、竹の器に流し込み仕上げます。
 甘いながらも柿らしい、あっさりした味わいと、香りをお楽しみくだ
さい。
 【柿羊羹 1本竹容器入】
 ●155g    770円    ●220g  1,100円
 ●330g   1,650円
 【同 2本入】
 ●155g×2 1,650円    ●220g×2 2,400円
 ●330g×2 3,600円 
 【スライス柿羊羹】
 ●(棹物)12枚カット 525円
 ●15枚入り 1,100円    ●30枚入り 2,150円

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・・◆ こんなにもある柿のいろいろ 
                   「倉方柿(くらかたがき)」
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 柿は北海道を除く全国で栽培されており、品種の数は、甘柿が400種
以上、渋柿が700種以上、合計1100種以上あるといわれています。
 特に「槌谷」のある岐阜県は、全国でも有数の柿の名産地。さまざま
な柿が育てられています。そんな柿のいろいろを、このコーナーでは紹
介していきます。

 ■□ 第七十一回 □■       「倉方柿(くらかたがき)」

 今回は、東京の世田谷区で栽培されている柿です。
 倉方柿は、東京の上北沢で果樹園をされている倉方英蔵氏が1990年に
登録された品種です。誕生したのは1948年とかなり昔で、どの品種とど
の品種が交配して生まれたのかは不明です。

 甘みがとても強く、10月上旬に成熟する不完全甘柿。平たく丸い形を
しており、実はだいだい色で、果肉には褐色の斑点が見られます。
 


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・・◆ 柿みる人々 〜芸術と柿との出会い〜 
                           宮本輝
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 柿は古くから親しまれてきた果物だけあって、あまたの文芸作品や芸
術品に登場します。素朴で古雅な趣のあるシルエットが、たくさんの作
家の作品にインスピレーションを与えたのでしょう。
 ここでは、柿をめぐる芸術についてお話をいたしましょう。
 
   ※     ※  宮本輝  ※      ※
         (みやもと・てる)

 蟹の代金を払(はろ)てなかったことに気づき、わたしは晩御飯をす
ますと、とめのさんの家まで行きました。雪道は歩くたびにガラスの割
れるような音がしました。土蔵の小窓から光が洩れてきた。鱗壁を、干
し吊るした柿とか大根が取り囲んでました。入り口の戸を叩くと、
「誰やいね、あいとるがい」
 とめのさんの大きな声が聞こえました。
                   −−『幻の光』(新潮文庫)

              ※

 「泥の川」「蛍川」「道頓堀川」の「川三部作」や「優駿」「ドナウ
の旅人」など数々の作品によって、芥川賞をはじめ吉川英治文学賞など、
数々の文学賞を受賞している人気作家・宮本輝(みやもとてる)。
 彼は、小説以上の波乱万丈の人生を送った作家でもあります。今回は
その宮本輝をご紹介しましょう。

              ※

 宮本輝(みやもと・てる)、本名宮本正仁は、昭和22(1947)年3月6
日に、兵庫県神戸市弓木町で父・熊市と母・雪恵の長男として生まれま
した。父親は自動車部品を扱う会社の経営者でした。
 3歳の頃、一度は父親の故郷・愛媛に帰りますが、5歳の頃、再び大阪
に戻ります。
 父親の事業は順調というわけではなく、台風によって倉庫の商品が全
滅するなどの打撃を受け、9歳のときには母と2人で富山に転居。さらに
事業の失敗によって大阪に戻り、尼崎の叔母のもとに預けられて家族別
々の生活などを経験しました。
 やがて、昭和34(1959)年には関西大倉中学校に入学しますが、父親
が愛人を作り、それが原因で母親がアルコール中毒になって自殺未遂を
起こすなど、両親のいさかいが続きました。
 宮本輝が小説に目覚めたのは、皮肉なことにこの頃です。
 現実から逃れるために押入れにこもって読書する日が続くうち、井上
靖の「あすなろ物語」を読んで感動し、小説に熱中する毎日がはじまり
ました。

              ※

 私立関西大倉高校を卒業した宮本は、大学受験に失敗。1年の浪人生活
を体験しますが、受験勉強はせず、大阪の中之島図書館に通ってロシア
やフランス文学を読みふけります。当時の姿は「星々の悲しみ」などの
作品に描かれていますが、自分の文学的な才能を存分に伸ばした、とて
も貴重な1年だったようです。
 1浪後の昭和41(1966)年に、追手門学院大学文学部に入学。テニスに
熱中しますが、3回生の時に父親が死去。父親が残した莫大な借金のため
母親とアパートに転居。道路工事やバーテンダーなど、バイトにあけく
れる毎日でした。
 昭和45(1970)年に大学を卒業した後は、サンケイ広告社に入社。企
画制作部に配属され、コピーライターになります。
 昭和47(1972)年には、大学で知り合った大山妙子と結婚します。こ
の頃、不安神経症を患ったりしますが、翌々年には長男が誕生。
 宮本輝が小説を書き始めたのは、この頃でした。

              ※

 昭和49(1974)年に処女作「無限の羽根」を書き、翌年には文芸春秋
社の文学界新人賞2次予選を通過します。
 しかし、私生活では不安神経症が極限までひどくなり、広告会社を退
社。自宅に引きこもって小説を書きだしました。
 こんな宮本輝を見出したのが同人誌「わが仲間」を主催していた池上
義一氏です。彼は宮本を「あなたは天才かもしれない」と励まし、無職
の彼を自分が経営するPR誌の製作会社に入社させるなど、物心両面から
サポートしました。ペンネームを「宮本輝」としたのも池上氏です。
 そんな人生が実ったのは昭和52(1977)年。30歳のとき送った「泥の
河」が太宰治賞を受賞。作家への道を歩みだしました。
 昭和53(1978)年には「蛍川」で芥川賞を受賞します。
 しかし、せっかく作家生活が軌道に乗り出した矢先、肺結核にかかっ
て入院。自宅療養をしながら作品を書くことになりました。

              ※

 その後は、「泥の河」が監督・小栗康平で映画化され、これがモスク
ワ国際映画賞の銀賞を受賞します。
 作家としても、ドナウ川流域の6カ国を取材し、朝日新聞に「ドナウの
旅人」を連載。そのとき出会った通訳の青年を自分の家にホームステイ
させて留学の手伝いをし、そのときの生活を「彗星物語」に描くなど、
名作を次々に量産していきます。
 昭和62(1987)年には競馬の世界を描いた「優駿」で吉川英治文学賞
を史上最年少で受賞。その後も「海辺の扉」や自伝的超大作「流転の海」
などを次々に執筆していきます。
 60歳を迎えた今では、全集も刊行され、芥川賞や三島賞などの選考委
員も務めるなど、日本文学を代表する作家として、忙しい毎日を送って
います。

              ※

 宮本輝の作品は、「死」を間近に体験する状況を描きながら、日本画
のような静かな美しさが全編に満ちています。主人公はその中でゆっく
りと自分の生きる道を模索しながら、静かに生命力をはぐくんでいくよ
うな救いにあふれています。
 冒頭で挙げた「幻の光」は、夫が電車に飛び込んで死んでしまったひ
とりの女性が、極貧の生活を経て、富山で民宿を営む男性と再婚します。
 彼女は夫の姿を時折思い出しながらも、じょじょに慎ましやかな第二
の人生の幸せを見出していくというストーリーです。
 柿のシーンは、とめのという、したたかなお婆さんに夫の死んだ理由
を聞かれ、つい本当のことを言ってしまうシーン。彼女の心の中で、夫
の死に整理がようやくついたことが暗示されます。
 とても切なく、絵画のように美しい作品ですので、ぜひ一度、読んで
みてください。

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 商品配送サービス 送料525円で全国どこへでもお届けいたします
    (但し、沖縄県・北海道は840円となります。)

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 「大かき八年」を読んでいただき、ありがとうございました。
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発行★編集:槌谷本店 〒503-0876 岐阜県大垣市俵町39番地
フリーダイヤル.0120・78・5311 フリーFAX.0120・78・5355
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〈tencho@kakiyokan.com〉までお寄せください。

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