■幕末マガジン■
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【幕末マガジン】 // 2005/3/15 // Published by RyoMaX
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幕末維新の人物や事件の紹介。龍馬はもちろん、幕末佐賀藩史、明治維新政治
外交史、全国の幕末史跡・イベント情報なども。歴史ファン必読です。
┣【1】メルマガ創刊4周年企画のお知らせ
┣【2】日本を今一度せんたくいたし申候
┣【3】往時雑感。 (第7回)
┣【4】江藤新平の司法省設置構想 (第2回)
┣【5】イベント情報
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■メルマガ創刊4周年企画のお知らせ
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「幕末マガジン」は今年の3月で創刊4周年を迎えます。そこで、4周年企画として
「俳句」と「あなたのお気に入りの幕末本」の募集をしたいと思います。
「俳句」のテーマは
「神戸海軍塾で航海術の勉強に励んだ龍馬ら塾生が、今日始めて自分たちの手で
蒸気船を運航することになりました。
煙突から蒸気を立ち上げ、神戸の港からいざ海原へ出向。龍馬たちの航海が始ま
ります。動き始めた船の甲板に立ち遠くを見つめる龍馬。
さあ、あなたが龍馬だったらどのような一句を読みますか。?」
例:突き進め 新たな日本を 切り開け
のような感じです。
翌月のメルマガで投稿者全員の「俳句」及び「幕末本」を掲載させていただきます。
その中から、抽選で5名に「兵庫龍馬会オリジナル切手シート」をプレゼントしたい
と思います。
宛先は RYOMAXGO@excite.co.jp まで、締め切りは今月末までです。
たくさんのご応募をお待ちしております。
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■日本を今一度せんたくいたし申候 (執筆者:Mr.萌咲)
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「日本を今一度せんたくいたし申候事ニいたすべくとの神願ニて候」
(日本をもう一度洗たくした。と言えるようにしたいと思います。)
文久3年(1863)6月29日坂本龍馬(当時28歳)より姉乙女宛の書簡に記さ
れている一文です。
このフレーズは、龍馬の思想を一言で言い表している名言として、メディアなど
でもよく紹介されます。一人の人間からしてみればとても大きな存在である日本
を洗ってキレイにしてやろうというのですから、その壮大なスケールに圧倒さ
れ、更には洗たくという比喩にユーモラスを感じますね。特に政治経済ともに先
行き不透明な状態が長々と続く現在、このフレーズがもてはやされるのは、必然
的なのかもしれません。
では、龍馬はなぜ日本を洗たくしたいと考えたのでしょうか。その背景について
考えてみたいと思います。
まずはこのフレーズが記されている書簡ですが、これがかなりの長文です。一部
を抜粋して現代語で示してみたいと思います。
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(書簡より抜粋:現代語訳)
この手紙は、とても大事なことばかりなので、決して人にべちゃべちゃしゃべっ
たり、「ほほお」と言いながら見せたりしないように。
私は、最近とても成長し、ひとつの大きな藩(福井越前藩だと思われます)にと
ても見込まれて頼りにもされ、200〜300人を預かっています。お金が必要
になれば10両や20両はたやすく手に入ります。
ところが、とても嘆かわしいことに、長州で(外国との)戦争が始まり、先月か
らの6回の戦いには日本には全く得することはなく、あきれ果てたことに長州で
戦って損傷した外国船を幕府が江戸で修理して、また長州で戦わせているようです。
これは皆、幕府の無能役人と外国人が密かに通じているからです。その幕府の無
能役人らはだいぶ勢いを持ち人数も多いけれど、龍馬は2,3の大名と協力し、
仲間を増やし、朝廷を中心にまず日本を守ることを基本とし、それに加え江戸の
同志と心を合わせ、幕府の役人たちと戦争をして打ち殺し、「日本をもう一度洗
たくした」と言えるようにしたいと思っています。
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書簡から龍馬は幕府に対して不満を持っていたことがわかります。たやすく手
に入る10両から20両は、現在の価値に換算すると数十万円から百数十万円と
いったところでしょうか。このころ、龍馬は勝海舟の門下生となり、神戸海軍操
練所(神戸海軍塾)設立のために東奔西走している時期です。越前藩などの支援
などもあり、経済的には苦労していなかったことがわかります。従って、経済面
で幕府に不満を持っていたということではなさそうです。
文久3年、尊皇攘夷思想の先駆者で勢力をどんどん強めていった長州藩は攘夷実
行を5月10日と定め、幕府をあおり立てました。そしてとうとう幕府は攘夷実
行を認め、長州はすぐさま下関を通過する外国船に対して砲撃を開始したので
す。5月10日を皮切りに23日、26日、6月1日、5日とアメリカ、オラン
ダ、フランスの商船、軍艦に砲撃を行いました。後半は外国軍の反撃を受け、長
州側の戦闘能力は壊滅させられました。外国と長州の軍備の差は歴然だったのです。
攘夷実行の背景の中、この龍馬の書簡のように、幕府が長州と戦った外国船を修
理するというねじれた構図が出来てしまったのです。これは、和親条約と修好通
商条約などのいわゆる安政の五箇条約の不平等条約に沿った対応でもあり、幕府
にとっては致し方ないことでもありました。
その幕府の行動に龍馬は憤慨し、「姦吏」と幕府を侮蔑し、最後には「戦って打
ち殺し」と非常に過激な文章が続きます。攘夷実行で外国にけんかを仕掛けた長
州を支援し、武力で幕府を倒そうという発想を当時の龍馬は持っていたことにな
ります。
人脈作りと対話という手法により薩長同盟を成立させ、大政奉還という平和路線
による政権交代を実現させた龍馬ですが、まだ文久3年のこのころは、尊皇攘夷
思想が根強く残っていたことがわかります。「日本を今一度せんたくいたし申
候」、このフレーズは大勢を占める平和的な龍馬のイメージとは違い、過激で短
絡的な思想に基づいて生まれたものだったのです。
執筆者メールアドレス
moesaki@sky.sannet.ne.jp
執筆者HP
http://www.sky.sannet.ne.jp/moesaki/
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■往時雑感。 (第7回) (執筆者:瀬田の唐橋)
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異文化集合体−京の都。
NHK大河ドラマが新撰組から義経になりましたが、今回も京都が舞台となり義経
関連地区はたくさんの観光客で賑わっているそうです。平安京は794年の桓武天皇
により開かれた都です。今でこそ日本の古都という言われ方をしておりますが当時と
しては、非常に斬新な町づくりがなされ庶民にしてみれば驚きをもってむかえられた
のではないでしょうか。例えば、東京の六本木ヒルズ・お台場・汐留地区のように。
又、赤い鳥居をもつ建造物等は、旧来の建造物にない斬新なものだけに異国文化
に溢れていたのではないでしょうか。勿論、唐の都を模して造られているだけに外国
のように受け入れられたと考えます。それゆえ、東京多摩育ちの近藤も高知育ちの
龍馬も初めて京都に入ったときは、都へきたという感激と同時に、異文化に接した感
が、あったのではないでしょうか。
筆者も、北陸の出身ですが、初めて京都に着いたときは、同様の気持ちを持った
ものです。
それゆえ、京の都(古い言い方ですが)は、人を酔わせる独特の何かがある、スター
ト時点が異文化の集合体であり、それに永きにわたり都であった歴史の重みが
融合して特殊なオーラを発している土地ではないでしょうか。幕末の動乱において
も、勤皇・佐幕に分かれ戦いましたが、主義・主張だけではなく、人を酔わせる何か
が――特殊なオーラが人々を揺り動かしたのではないでしょうか。京都は、本当に
魅惑的な「まち」です。
瀬田の唐橋
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■江藤新平の司法省設置構想 (第2回) (執筆者:松ノ落葉)
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前回で江藤は岩倉からの催促を受けて意見書が提出され、その意見書の特徴等
を述べたが、岩倉は明治3年8月、「建国策」と題する意見書を朝議に提出した。
この「建国策」の内容について、江藤が起草したという見解、江藤意見書を大幅に
反映しているという見解、または江藤意見書とは無関係であるという見解等、評価
は賛否両論だが、多田好問「岩倉公実記」中巻に「建国策」が掲載されているので
江藤意見書と岩倉の「建国策」を比較してみよう。
以下、岩倉具視の「建国策」項目一覧である。(項目の番号は整理上、筆者が付記
した)
1. 建国ノ体ヲ明カニス可キ事
2. 国家経綸ノ根本ヲ定ム可キ事
3. 政府ノ歳入歳出ヲ明カニシ其計算ヲ国民ニ知ラシム可キ事
4. 政府将来施設ノ目的ヲ立ツ可キ事
5. 郡県ノ体ヲ大成セン為ニ漸次其方針ヲ示ス可キ事
6. 列藩ノ改革ハ政府ノ裁断ヲ仰キ一途ニ帰セシムヘキ事
7. 華族及士卒家禄ノ制ヲ変革ス可キ事
8. 士族及卒ニ農工商ノ業ニ就クコトヲ勧誘スヘキ事
9. 藩知事朝集ノ制ヲ廃シ輦下ニ在住セシム可キ事
10.藩ヲ改テ州郡ト為ス可キ事
11.天下民治ノ規制ヲ一定シテ民部省ノ総括ニ帰セシム可キ事
12.天下ノ財源ヲ一定シテ大蔵省ノ総括ニ帰セシム可キ事
13.天下ノ兵制ヲ一定シテ兵部省ノ総括ニ帰セシム可キ事
14.天下ノ刑罰及人民訴訟ノ法ヲ一定シテ刑部省ノ総括ニ帰セシム可キ事
15.天下ニ中小学校ヲ設置シテ大学ニ隷属セシム可キ事
以上、江藤意見書と共通する部分を抜き出すと、まず最初の建国の体は除いて、
5番の郡県の体、6番目は郡県制実施を前提とした意見なので、これも含めて
差し支えないだろう。10番目も共通事項といえる。14番目も一見すると江藤と
共通かと思うが、江藤の意見は岩倉のそれと比較してかなり進歩的なプランを
掲げているので、江藤の意見を参考にしているという意見に疑問なしとはいえない。
3番目は政府の国家財政を公開する、ということだが、これは明治元年に江藤
新平が建言した「政府急務十五条」において国家財政を公開を主張している。
要するに情報公開論は江藤が先駆者なのである。(毛利敏彦著「江藤新平」参照)
岩倉の「建国策」が江藤の意見書を大幅に反映しているというのは、江藤を少し
買いかぶりすぎているかと思うが、当時の政府が現実に差し迫った課題は郡県
制(廃藩)であり、当時の現状は実質的には廃藩状態であったものの、完全な
廃藩置県は翌年の7月まで待たねばならなかった。しかるに江藤の意見書は既に
廃藩を前提としたものであったため、その意見一つ一つが非常に先進的であり、
現状を見据えた改革ではない。そのため、岩倉は江藤の国家建設に理解は示した
ものの、即実施には至らなかったのではないだろうか。
結論を述べると、岩倉の「建国策」は江藤の意見を大幅に反映したものとは言い難
いものの、政府現状の課題(廃藩問題)については、その内容からいって江藤の意
見を参考にしたものであったと考えるのが自然ではないだろうか。
ところで、政府改革のための意見書は岩倉・江藤だけが携わっていたわけではない。
右大臣三条実美を頂点とした政府改革プロジェクトが存在し、大納言岩倉具視が
政府首脳の意見取りまとめ役だったのではないだろうか。江藤の他、大久保利通、
広沢真臣、副島種臣、木戸孝允、大隈重信、大木喬任等がメンバーに名を連ねて
いる。政府が採用したのは、諸意見書の中で一番現実的な内容が記されていた
大久保利通の意見書(大久保利通日記、明治3年10月)にそって政府改革が推進
されることになった。
では、その大久保案の具体的実施についてだが、第一の天皇補導に参議があたる
ことについて、同年閏10月5日実施された。次に参議が諸省を掌握することが、
同日決定したが、その他民部・大蔵両省の改革、人員整理については、結果的に
うまくいかなかった。大久保案も参議が全員同意したわけではなかったため、結局
改革案の一部しか実現されなかったといえよう。
参考文献
「江藤新平」 毛利敏彦著 中公新書
「明治国家の形成と司法制度」 菊山正明著 御茶の水書房
「岩倉公実記」中巻 財団法人岩倉公旧跡保存会
「大系日本国家史」4(近代1) 東京大学出版会
「大隈文書」第一巻 早稲田大学社会科学研究所
「大久保利通日記」ニ 日本史籍協会編 北泉社
ご意見・ご感想はこちら saga@ace.ocn.ne.jp まで
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■イベント情報
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第2回 龍馬 in kobe 青空シンポとウォーキング
「神戸と龍馬・神戸海援隊像の前での誓い」
日時 平成17年4月3日(日) 午前10時開会 (参加無料)
会場 メリケンパーク神戸海援隊像前広場
雨天時会場 こうべまちづくり会館 2Fホール
神戸市中央区元町通4-2-14 電話 (078)361-4523
第1部 プロローグ・「神戸と坂本龍馬」
10:00 講演 京都国立博物館主任研究官 宮川 禎一氏
第2部 テーマ「日本を洗濯する。」
10:30 龍馬の魅力と活力を探るとともに時代のナビゲーター龍馬が今居れば
日本と神戸の再興に如何なる秘策を用いるか討論を進める。
パネリスト 宮川 禎一
(著書・「龍馬を読む楽しさ―再発見の書簡が語ること」)
楠本 剛 (兵庫龍馬会会長)
右近 浩幸(兵庫龍馬会副会長)
一般参加者 3名
須藤 淳 (神戸高知県人土陽会会長)
小島 哲 (神戸高知県人土陽会常任理事)
司会・進行 津野 伸一 (神戸高知県人土陽会副会長)
第3部 龍馬ウォーク in kobe
13:00 出発 「震災と歴史の十字路を訪ねて」
15:00 終了
ホームページ www.geocities.jp/kobe_kochi_kenjin_doyokai/
申し込み連絡先 携帯 090-4760-3104 津野まで
主催 神戸高知県人土陽会 事務局 電話 (078)612-5533
共催 兵庫龍馬会
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END
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