2009/06/05
カエルニュース 343号
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社民党衆議院議員・小児科医・阿部知子のメールマガジン
\^o^/「カエルニュース」 343号 2009/6/5 \^o^/
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★☆いつから人は死とされるのか?☆★
5月27日、4案の臓器移植法改正案をめぐる審議が衆議院厚生
労働委員会で行われた。
3年前に出された中山・河野案(いわゆるA案)から今年の連
休明けの5月8日に提出された根本案(いわゆるD案)まで、各
法案の内容が新聞・テレビなどで取り上げられ、一部には採決
日まで取り沙汰されてはいたが、実は国会ではこれまで一度も
改正案をめぐる審議は行われてこなかった。
また解散を控えて気もそぞろの衆議院では、議員各人が法案
の内容や相違点に気を配る余裕もなく、採決によって「とりあ
えず」の賛否を迫られざるを得ない状況となることに、私は一
貫して反対の意を唱えてきた。
その大きな理由は、そもそも「死を法律で決める」というこ
とは明らかに国会議員として越権であること、またこうした法
案の成立が救急医療をはじめとする医療現場や重度の意識障害
の患者さんのターミナルケアに甚大な影響を及ぼすという事実
が全く言及されていないことにあった。
医療現場では「脳死で、もう助からない」という宣告を受け
ることがあるが、これはあくまで医師の経験に基づく一般的脳
死診断であり、その後詳しくいくつかの診断項目をチェックし
て、臨床的脳死判定がなされる場合もある。加えて臓器提供の
意思のあるドナーには、さらに厳密に無呼吸テストも含む法的
脳死判定が行われるが、現行法の下ではドナーの意思が不明な
患者には身体に危険のあるこの検査は通常行われない。唯一、
臓器提供の本人意思がある場合に、その意思を生かすために許
される範囲のものと考えられてきた検査である。
しかし、明確に拒否の意思表明のある人以外はドナーとして
よいとする改正A案ではそうではない。審議の中で、A案の提案
者は、本人意思が不明な人に対してなぜあえて患者の死を早め
かねない無呼吸テストを家族の同意だけで行ってよいのか、明
確に答弁することができなかった。すなわちA案のいうところの
「脳死は人の死」論は、一体どの段階で人は死とされるのかが
極めて曖昧であり、重度の意識障害患者の生存権・治療権を侵
害しかねない。
それに対して、私たちのC案では、まずドナーの人権と人間の
尊厳を第一にすることを改めて法文化したのである。
我が国で脳死・移植が認められるのは、本人意思がドナーと
なることを文章で表明している場合に限るという現行法の枠組
みが12年前に成立した。同時に15歳以下の子どもはこの法の枠
の外におかれた。今回子どもをドナーとする移植はどうすべき
かについても大きな争点になっているが、これも簡単に結論の
出せる問題ではないだろう。そもそも子ども自身が死をどのよ
うに考えているのか、日本での研究はほとんどない。小児科医
として数多くの死にゆく子を看取った私自身、果たして彼らは
自分の死をどう受け止めて旅立っていったのか、いつもいつも
考え続けてきた。
子ども達は自らの身体の変調によって生命の終ることを予感
していたに違いないが、その分逆に周囲、とりわけ親御さんを
気遣うようになる。自分のこと以上に「自分がいなくなった後」
の親のことを案ずるほどの情感を持つのが子ども達である。ま
た多くの子ども達がその成長過程で「お母さんが死んだら自分
も死ぬ」と思い、親の死と自分の死を重ね合わせている。あえ
て言えば自分の存在と親の存在を分かつことができないほど一
心同体ですらある。健気で親の眼差しの中で生きている。その
子らが果たして何歳ごろから親とは独立した個として自らの
「死」を考えるようになるのか、私は明言することができない。
今回の法改正の中では、A案は親が子どもの遺体(脳死後の
身体)の「処分」を決めてよしとし、B案は12歳から子ども自
身の意思表明による臓器提供が可能と考え、D案は親の代諾に
委ねるという。私たちのC案は、まず子ども達の自己決定権、
あるいは親権の及ぶ範囲などを社会的・文化的・宗教的に検討
すべしとして「子ども脳死臨調」の設置を提案した。加えて乳
幼児の場合は脳死判定基準も未確定な上、虐待問題もある。一
概に親の「処分」や「代諾」に委ねてよいものとは決して思え
ない。とにかく子どもは大人のミニチュアでも道具でもない。
子どもの権利や自己決定権についても真剣で深い論議が不可欠
である。
にもかかわらず、国会で唯一回行われた審議も一体何が問題
でどんな論議がなされているのかについて、ほとんどの国民は
全く情報から遠ざけられたままである。審議の当日、自民・民
主両党の党首討論が久しぶりに聞かれたこともあって、臓器移
植の方はマスコミでもほとんど取り上げられることがなかった。
このまま国民を置き去りにして国会で採決されれば、社会的に
大きな禍根を残すことは火を見るより明らかではないか。国会
議員はまずこの問題の所在を国民に伝えることに全力を注ぐべ
きである。また、メディアにも冷静で丁寧な報道を求めるもの
である。
阿部知子
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