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歌舞伎・文楽などの伝統芸能を材料にして、「日本のこころ・芸のこころ」を、民俗学的・歴史学的あるいは心理学的に、さまざまな角度から考えていくメール・マガジンです。

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2009/04/05

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第247号

********************平成21年4月5日発行**** 
                               ◎
      メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第247号     ◎ 
                                       
     ◎       連動ホームページ: http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/
    ◎
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○「歌舞伎素人講釈」のタイトルはこの本から来ているのです。
浄瑠璃研究の必携書。

浄瑠璃素人講釈〈上〉 (岩波文庫)杉山 其日庵
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価格:¥ 798(定価:¥ 798)
http://www.amazon.co.jp/dp/4003117425/ref=nosim/?tag=kabusk22-22

************************************


こんにちは、吉之助です。本日は吉之助の町では満開での桜祭りです。みなさん
の町の桜は如何ですか。

さて、本号では前号に引き続き昨年11月歌舞伎座の「盟三五大切」に関する随
想ということですが、当初2回連載で考えていましたが・予想より分量が増えま
して3回連載となりました。本号は「中編」となりますが、まだ「盟三五大切」
のことには全然触れておりません。「中編」は「四谷怪談」と「忠臣蔵」に関す
る考察ですが、これを踏まえての「後編」の「盟三五大切」の論考をお楽しみに
してください。

なおサイトでは「アジタートなリズム〜歌舞伎の台詞のリズムを考える」をゆっ
くりペースで連載中。こちらもお楽しみに。

ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

「世界」とは何か (中編)
〜平成20年11月歌舞伎座:「盟三五大切」
片岡仁左衛門(源五衛門)、尾上菊五郎(三五郎)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(前号から続く)

3)

「四谷怪談」を論じる論考の多くが「忠臣蔵」を対立した世界とみなしていま
す。それは時代に対する世話、建前に対する本音、あるいは非人間性と人間ら
しさとの対立というような構図です。つまり「忠臣蔵」は否定されるべき世界
ということです。そこから伊右衛門を封建社会の 非人間的論理に敢然と反抗す
る自由人と見なす解釈が出てきます。実はこうした見方は階級闘争理論と密接
な関連があるもので、仇討ちあるいは忠義といった「忠臣蔵」が抱える倫理観
を古い封建的思想の最たるものとして否定し去ろうとする意図が背景に強くあ
るのです。つまり「四谷怪談」に革命思想の萌芽を見るというわけです。こう
いう見方は大正終わりから昭和初期にかけてくらいの時代(つまり二代目左団
次による南北再評価の第1次ブームの時期)に出てきたもので ・近代社会思想
から発し・さらに唯物史観によって裏付けされたもので、江戸時代にはあり得
なかった見方です。 

こうした見方の最大の欠陥は、「四谷怪談」を単体としてそれだけを読んで・
「忠臣蔵」の世界を向こうに押しやっていることです。伊右衛門を封建社会の
論理に敢然と反抗する自由人である・赤穂義士も結局は徒党を組んだ殺人者で
あると書くのは解釈は人それぞれのことですからそれはそれで結構です 。しか
し、そう仰る方が今度は「忠臣蔵」を単体で見た時に封建社会の遺物の最たる
ものとして否定するのかと思うと・そうでもないようです。同じ方が「忠臣蔵」
は名作だなどと平気でお書きになっています。そういうのは思想の一貫性がな
いと思いますがねえ。伊右衛門を擁護するならば、由良助は否定されねばなら
ぬのではないか。要するに全然別個の作品だと思っているようなのです。それ
は歌舞伎の作劇法における「世界」ということの意味が分かっていないからで
しょう。「四谷怪談」を読むことが同時に「忠臣蔵」を読むことにもなるとい
う意識がないのです。

「世界」ということが分かっていれば、江戸の庶民の倫理観によって共有され
たものが「忠臣蔵」と「四谷怪談」をしっかりと結び付けていることが実感で
きると思います。言うまでもなく元禄赤穂事件(いわゆる赤穂浪士の討ち入り)
は歌舞伎だけではなく講談・読本など様々な形で庶民のなかに普及し、日本人
の倫理観に大きな影響を与えてきたもので す。現代においても「忠臣蔵」は映
画・テレビでも頻繁に取り上げられる人気の題材です。そう言った庶民の意識
に南北が意識的に水をぶっかけて・観客をあざ笑うような作品を作るようなこ
とをするか考えてみれば良いのです。ですから庶民の変らぬ倫理観を念頭に置
かねば 、「忠臣蔵」も「四谷怪談」も正しい読み方が出来なくなってしまうと
思います。

「四谷怪談」を読むことは「忠臣蔵」を読むことですから、「忠臣蔵」の世界
についても考えて見ます。実は「忠臣蔵」の世界もそう単純ではありません。
実説はもちろん元禄15年に起きた大石内蔵助を主領とした赤穂浪人の吉良邸
討ち入り事件のことですが、江戸時代は事件そのままを劇化することは許され
ていませんでしたから・さまざまな 「世界」で劇化が試みられました。事件直
後に曽我物として劇化されて・3日で上演禁止にされた記録があります。仇討ち
ということならば・真っ先に思い浮かぶのはやはり「曽我 」の世界ということ
になると思います。その ほか「小栗判官」の世界などいろいろな劇化が試みら
れて、最終的(47年後)に決定版としての「仮名手本忠臣蔵」の成立を見る
わけですが、それは「太平記」の世界を借りて描かれています。浅野内匠頭は
塩治判官・吉良上野介は高師直・大石内蔵助は大星由良助となっていることは
ご承知の通りです。しかし、元禄の実在の人物が「太平記」の世界に放り込ま
れた時に感覚的にも・ストーリー的にも そこに齟齬が生じるのは当然のことで
す。史実の高師直は「太平記」でも悪逆非道の人物に描かれて います。史実の
師直は塩治判官の奥方に懸想して・塩治一族を滅ぼしてしまうというのですが、
塩谷の家来に仇討ちされたわけではありません。また内匠頭の刃傷の原因が上
野介が奥方に懸想したというわけでもありません。その原因は未だ分かってお
らぬのです。それでは元禄赤穂事件が「太平記」に仮託されたのは、赤穂の塩
(=塩治)・高家筆頭(=高師直)という連想のみなのでしょうか。そうでは
ありません。このことは別稿「太平記読みと忠臣蔵」において詳しく触れまし
たので・そちらをご参照いただきたいですが、当時の江戸庶民の「太平記読み」
ということが根底にあります。つまり、大石内蔵助は楠木正成の生まれ変わり
であるという重要な史観があるわけです。この認識が「太平記」と元禄赤穂事
件を強く結びつけているのです。

「大石内蔵助は楠木正成の生まれ変わりである」ということは何を意味するの
でしょうか。大事なポイントは「忠臣蔵」の世界を担うのは大星由良助(=内
蔵助)であるということです。もうひとつ大事なことは「忠義」がキーワード
だということです。忠義が武士だけの倫理であると・つまり主君に対する家来
の忠誠 だけが忠義だと考えてはなりません。庶民にとっての忠義もあるのです。
例えば元禄赤穂事件と同じ時期に起こったお初徳兵衛の心中事件です。それは
明確に自分のアイデンティティーに対する忠誠です。「心中」とは「忠」の文
字を切り離し・逆転させたもので した。別稿「純粋にせられた死」を参照くだ
さい。そのことが分かれば・庶民に本来は関心ないはずの仇討ちがなぜこれほ
どまでに江戸の庶民の心を捉えたのか・その理由が分かるでしょう。江戸の庶
民は赤穂浪士の行為を自らに対する「忠」であると読んだのです。江戸の庶民
は赤穂浪士のドラマを自分たちのドラマだと 受け取ったわけです。

芝居だけでなく・講談・文学・映画などで取り上げられてきた「忠臣蔵」物を
考えてみれば、発端としての松の間の刃傷は大事であり・クライマックスとし
ての討ち入りも重要な場面です 。それでは刃傷や仇討ちに「忠臣蔵」の本質が
あるのでしょうか。 吉之助はそれは「ない」と断言します。そのことをはっき
り教えてくれるのは真山青果の「元禄忠臣蔵」・あるいはこれを映画化した溝
口健二監督の同名映画(昭和16年) も同様ですが、刃傷も討ち入りも直接的
に描いていません。それでも立派に「忠臣蔵」になることを証明してくれまし
た。それではどこに「忠臣蔵」の本質があるのでしょうか。それは 「内蔵助の
本心が分からない」ということです。「内蔵助は何を考えるのか・討ち入りを
する気があるのか・ないのか・ただ遊興に明け暮れるのか・大志を隠して欺く
ため遊ぶのか」ということです。「忠臣蔵」を見れば、内蔵助はなかなか動き
ません。周囲は由良助の心中をああだこうだと推量して・勝手にヤキモキして
・怒ったり・泣いてみたり、それで腹切る者も出るし・脱落者も出るし・裏切
り者も出るのです。内蔵助がなかなか動かないから・ついに資金が尽きて女房
を売らねばならぬ事態も起きる。敵方も仕掛けをしてきますし、第三者が勝手
にあれこれ風評をしたりします。それでも内蔵助はなお動こうとしません。す
なわち内蔵助という存在が中心にあって・空間を捻じ曲げるブラックホールの
ような強力な力を持って・周囲の人間を翻弄しつづける というのが「忠臣蔵」
のドラマなのです。内蔵助の意志に係わりなく・周囲が勝手に騒いで、それで
ドラマが動いていくのです。

ですから「忠臣蔵」の核心は「七段目」の茶屋場の遊興三昧にあるのです。青
果の「元禄忠臣蔵」ならば対としての「伏見種木町」と「御浜御殿綱豊卿」と
いうことになります。このことは別稿「七段目の虚と実」あるいは「指導者の
孤独」をご参照ください。内蔵助は「俺の進むべき道はこれで良いのか」・「
自分にとっての忠とは何か」を自らに問掛けながら・時に悩み ・時にくじけ・
本来の自分がすべきでない遊興三昧をしながら・周囲が騒ごうが何しようが感
知せず・内蔵助はただじっと耐えるのです。そこに現れるユラユラと揺れる気
分・その気分が揺れながら 、やがて次第に明確な「忠」の形になって現れてき
ます。その過程こそが「忠臣蔵」の本質なのです。「たとへば星の昼見えず夜
は乱れて現はるる」という「忠臣蔵」冒頭文句にある通りです。

「東海道四谷怪談」は文政8年(1825)7月江戸中村座での初演時にはこ
の作品は「仮名手本忠臣蔵」と交互に上演し、二日掛かりで完了する興行形式
を取りました。
第1日:「忠臣蔵」大序から六段目までを上演し、次に二番目狂言として「四
谷怪談」序幕から三幕目の「隠亡堀」までを上演。
第2日:まず「隠亡堀」を上演し、「忠臣蔵」七段目から十段目まで、次に「
四谷怪談」四幕目から大詰めまで、最後に「忠臣蔵」の十一段目(討ち入り)
を上演。
「忠臣蔵」の時間的な流れを踏まえれば「四谷怪談」は「六段目」の時期と前
後しますが・そのドラマは夏前に始まり・討ち入り直前で終わるわけです。「
忠臣蔵」の六段目から十段目のドラマの核心はすべて「由良助は何を考えるの
か」ということに帰します。由良助が「忠臣蔵」の世界を担うのです。揺れて
いた由良助の意思は最後の最後になって討ち入りの指令として明確に現れます。
「四谷怪談」においては由良助の意思は大詰め「蛇山庵室」での与茂七の登場
となって現れるのです。

「四谷怪談」を読めば・主要な登場人物が「忠臣蔵」から来ていることは最初
から明らかですが、そのことがどういう意味を持つのか ・なぜ「四谷怪談」が
「忠臣蔵」の世界に仕組まれなければならないかは観客に最後まで伏せられて
います。つまりお岩の怨念はどのようにして晴らされるのか・伊右衛門はどの
ような最後を遂げるのかということです。それが最後の最後になって・白装束
の与茂七の登場によって明らかになります。「そうか・この結末のために「忠
臣蔵」が仕組まれていたのか」と驚いてしまいます。「四谷怪談」の結末に由
良助の名前はまったく出てきません。しかし、最後に与茂七が登場したことで
そのことは明らかなのです。伊右衛門は「忠」によって討たれるということで
す。

「四谷怪談」は初演以後はもっぱら単独作として上演されてきたために「忠臣
蔵」との関連性が弱くなってしまいました。初演台本にはない台詞ですが・そ
の後の上演本 には・白装束の与茂七が駆けつけて来たのを見て、伊右衛門は「
なんで身共を、いらざることを」を叫んでいるのがあります。 なるほど「忠臣
蔵」との関連が薄くなって・お岩のお化け芝居の印象が強くなれば、与茂七の
登場は確かに意外であり・伊右衛門の言う通り・いらざることかも知れません。
これはもともとお岩と伊右衛門の夫婦の間の問題であるはずで、観客もお岩の
幽霊が伊右衛門を罰することを心中どこかで期待しているに違いないからです。
しかし、ここで女房お袖の姉(お岩)の敵を討つという名目で与茂七が登場す
る時・そこに静かに雪が降っていることを見た時、観客はついに討ち入りの時
が来た・正義が果たされる時が ついに来たということを知るのです。観客は「
然り。そうでなくては叶わない」と思うに違いありません。その時に「世界」
が現出するのです。

4)

芝居の世界には「デウス・エクス・マキーナ(機械仕掛けの神)」というもの
があります。例えばギリシア悲劇の「メデイア」の最後に登場する竜の車です。
ドロドロとして・一体どのような結末になるのかと観客がハラハラしてしまう
メデイアの悲劇が唐突な竜の車の登場によって断ち切られ、メデイアはその車
に乗って悠然と去ってしまいます。だから「デウス・エクス・マキーナ」とは
・こんがらかった筋の矛盾も何もかも 一気にチャラにしてしまって・無理やり
結末を付ける為の作劇上の魔法(方便)だとお考えの方がいるようです。「機
械仕掛けの神」と言う語句から魂がこもっていない・ ガランドウの・ただ神様
の形をしているだけの木偶みたいなものを想像するのでしょうが、それは全然
お間違えですねえ。ただの石であろうが・ただの金属であろうが・それは「デ
ウス(神)」であるのですから、その神性を認めなければなりません。道端のお
地蔵さんであれ・神棚のお札であれ有難いものです。「機械仕掛け」とは・そ
こに神が恣意的な要素を入れない・すべては成るように成り・神は決して偽る
ことはしないということを意味するものです。神は自ら語るのではなく、そこ
に在ることで「在るべき世界」を示すのです。そういう有難い力を示すもので
あるならば、それがどんなものであってもそれは「デウス・エクス・マキーナ」
なのです。「メデイア」の竜の車はメデイアの行為を肯定するものでも・イア
ソンを否定するものでもありません。ただ舞台に現れた生きることの厳しい現
実を「然り」と受け入れるために現れるものです。

例えばテレビの人気長寿時代劇「水戸黄門」の葵の印籠を考えて見ます。黄門
さまが天下の副将軍であることはテレビの前の視聴者のみなさんは先刻ご承知
で、その正体を知らぬのはドラマの登場人物たちだけです。「この印籠が目に
入らぬか」という決めの台詞を視聴者は今か今かと待っており、その場面にあ
ると「やった」と快哉を叫びます。この場合は葵の印籠がデウス・エクス・マ
キーナです。その印籠の権威を認めずに・悪代官が黄門さまを斬るなんてこと
は有り得ぬ話です。マンネリ・ワン・パターンの結末とも言う方もあるでしょ
うが、実はそこにドラマのなかの登場人物と視聴者の間に共通した「世界」の
概念が明確にあり、その結末によって観客は「然り。そうでなくては叶わない」
と感じ て安心するのです。最後に黄門さまが高らかに笑えば、すべては丸く収
まるというわけです。

「四谷怪談」の結末に由良助の名前はまったく出てきません。しかし、最後に
与茂七が登場し・ついに討ち入りの時が来た・正義が果たされる時がついに来
たということ が明らかになった時、それは「忠臣蔵」というデウス・エクス・
マキーナが現出する時です。「四谷怪談」の主要な登場人物は「忠臣蔵」から
出てきた人たちです。彼らが「忠臣蔵」になぜ紐付いているのか・その理由は
最後の最後まで観客には分からないでしょう。「四谷怪談」をお化け芝居とし
て見る分には「忠臣蔵」との関連なんて全然必要 ありませんし、むしろそんな
ものは邪魔だと言いたいくらいです。ところが最後になって彼らが「忠臣蔵」
へ戻らなければならない時刻になって、初めてその理由が明らかになるのです。
「忠臣蔵」の世界が示すものは「忠」です。念のために繰り返して言いますが、
それは決して武士の論理である「忠」ではなく、町人も 等しく共有するところ
の・人として正しく自分自身に対した時の「忠」なのです。人間として・社会
人として・あるいは神の前において正しく在るべき人の生き方ということです。
それが赤穂義士の指し示す「忠」 なのであり、これこそが伊右衛門に決定的に
欠けているものです。だから赤穂義士である与茂七がお岩の刑執行人として伊
右衛門を討つ力を持つのです。江戸の庶民は赤穂浪士のドラマを自分たちのド
ラマだと受け取っています。だからこの結末に観客は「然り。そうでなくては
叶わない」と思うに違いありません。その時に「世界」が現出するのです。

(次号に続く)

本稿に関連するサイトの記事
「太平記読みと忠臣蔵」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/sakuhin36.htm
「七段目の虚と実」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/butai55.htm
「指導者の孤独」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/butai45.htm

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