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歌舞伎・文楽などの伝統芸能を材料にして、「日本のこころ・芸のこころ」を、民俗学的・歴史学的あるいは心理学的に、さまざまな角度から考えていくメール・マガジンです。

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2009/01/25

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第244号

********************平成21年1月25日発行****
 
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      メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第244号     ◎                                 
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こんにちは、吉之助です。東京も寒さがピークとなりまして、インフルエンザも
流行っているようですから、みなさまくれぐれも体調管理にお気を付けください。
さて、本号は昨年12月歌舞伎座での坂東三津五郎の「娘道成寺」の舞台に関す
る観劇随想をお届けします。平成の舞踊として優れているというだけでなく・
「娘道成寺」の本質に迫る優れた舞台でした。本稿ではそのことを考えます。

サイトの方は「ふたり静胎内さぐり」に関する連載が完結しましたので、近日中
に「歌舞伎の台詞術」に関する論考を連載開始します。こちらは昨年メルマガで
お届けした「左団次劇の様式」(新歌舞伎の台詞術に関する論考)に本来先立つ
ものだったのですが、いろいろ事情もありまして・時代が後の方の論考が先に出
来てしまったのです。今回は音楽的考察も入れながら錯綜して進みますので、か
なり長い連載になる予定です。

ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

道成寺の「娘」
平成20年12月歌舞伎座:「京鹿子娘道成寺」
坂東三津五郎(白拍子花子)

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1)

別稿「菊五郎の道成寺を想像する」において、『初代富十郎の「道成寺」から
・九代目団十郎の「道成寺」・そして六代目菊五郎の「道成寺」と・三人を結
んだ線上に江戸歌舞伎の大輪の陽性の華ともいえる「娘道成寺」の本質を見る
ような気がする・だから「道成寺」は立役が踊ったほうが「道成寺」本来の味
に近くなる』ということを書きました。舞踊の系譜を紐解く ことはなかなか難
しいことです。流派・踊り手によって振りや曲が微妙に・あるいは微妙と言う
以上に異なることも少なくありません。どうしてその振りは他と違うのかと聞
いても、「ウチではこのようにやっております」で答えは終わりということが
ほとんどです。ですから源流は何か・何が正しいかということを、現在目の前
にある個々の踊り手の舞台 だけを材料に考えることはとても難しいことです。
かと言って文献研究でも具体的なイメージを掴むことは困難です。ですからそ
のことを考えてみるには遠い過去から現在に向かって線を引いてみて・そこに
漠然とした或る流れを想像してみる方がむしろ早道なのです。そうすると吉之
助には現代においては「娘道成寺」は真女形より立役が踊る方がもしかしたら
「娘道成寺」本来の味に近くなるのではないかという気が するわけです。

また別稿「獅子物舞踊のはじまり」では吉之助は『「鏡獅子」を作った九代目
団十郎の作意と若干違うかも知れないが真女形の後シテの狂いのイメージにも
未練が残る』ということを書きました。これも女形の獅子物舞踊の系譜から見
れば、前シテ(お小姓弥生)と後シテとの落差を意識して勇壮な獅子を作ろう
としてすっかり立役の舞踊に してしまった現在の「鏡獅子」の方がむしろ異端
に感じられるということです。「娘道成寺」では立役が踊る方が・「鏡獅子」
は真女形が踊る方が作品本来の味に近くなるかも知れないという想像は遠い過
去から現代に線を引いて初めて見えてくるものです。

「京鹿子娘道成寺」は女形舞踊の大曲と言われています。「娘道成寺」を舞台
に掛けるということは女形役者にとってそれは誇らしいことです。それはその
通りだと思いますが、そのイメージのせいで現代のもっぱら女形が踊るところ
の「娘道成寺」は艶やかではあるが・嫋々とした方向に傾いており、凛とした
ところがちょっと見失われていると思います。吉之助が「娘道成寺」に凛とし
たところが欲しいと思うのは、そこにルーツである謡曲「道成寺」 との接点を
見たいと思うからです。そうであってこそ「娘道成寺」は「謡曲「道成寺」の
主題による変奏曲」になるのであると思うのですねえ。嫋々としたイメージを
凛とした方向に「娘道成寺」を引き戻す為には立役が踊った方がやり易いので
はないかということです。

まず道成寺伝説について考えます。ご承知の通り・道成寺伝説の主人公は安珍
・清姫です。清姫は紀伊国牟婁(むろ)郡真砂の庄司の娘ということになって
いますが、 その源説のひとつとされる平安期の「本朝法華験記(ほんちょうほ
っけげんき)」第129紀伊国牟婁(むろ)郡悪女の話ではそれは娘ではなく
て・若い後家さんでした。また室町期に成立した「道成寺縁起絵巻」でも娘で
はなく・「娵(よめ)」となっています。清姫という名前が出てくるのは寛保
2年(1742)の操浄瑠璃「道成寺現在蛇麟」が最初のことで、宝暦3年(
1753)3月中村座で初代中村富十郎が初演した「娘道成寺」では娘の名前
は横笛とされていました。また初代富十郎の「娘道成寺」は「男伊達初買曽我」
の三番目として踊られたもので・独立した舞踊演目ではなかったのです。この
こと から分かることは、道成寺伝説のなかで主人公が真砂の庄司の「娘」とさ
れたのはそう昔のことではなく、清姫という名前が定着したのも比較的新しい
ことだということです。

ですから初代富十郎の「娘道成寺」以後も「道成寺」ものは固定したわけでは
なく、それ以後にもかなりの変遷があったのです。その流れのなかに歌舞伎の
「娘道成寺」の本来のイメージというものを想像してみなければならないわけ
です。「娘道成寺」の 舞踊史を見れば、時代順にまず三代目三津五郎(永木の
三津五郎) ・九代目団十郎・六代目菊五郎という重要な踊り手が浮かび上がっ
てきます。いずれも立役の踊り手です。もちろん真女形の「娘道成寺」にも素
晴らしいものがあったわけですが、女形舞踊の最高峰と言われる踊りの流れの
なかにポツポツと立役の踊り手が・しかも非常に重要な役割を以って 立ち現れ
ます。これは決して偶然ではないと吉之助は 考えます。立役の「娘道成寺」と
いうものがその本質を想起させるべく・ある必然を以って現れていると吉之助
は思うわけです。これら3人の立役の「娘道成寺」を想像した延長線上に・初
演者である初代富十郎の「娘道成寺」が想像できると思います。初代富十郎は
女形技芸の創始者というべき重要な役者ですが、荒事も演じた芸域の広い役者
でした。決して嫋々とした役者ではなかったわけですから、吉之助は初代富十
郎の「娘道成寺」を立役に近いイメージで 想像したいわけです。まずここに「
娘道成寺」の発想ベクトルのひとつを置きたいと吉之助は考えます。

2)

「娘道成寺」の発想ベクトルのもうひとつを考えます。謡曲「道成寺」の場合
は中年の女性という考え方です。例えば喜多流では赤い色を使わない衣装で・
面は曲見という中年女性の顔の面をつけるのが本来のやり方です。しかし、こ
れだと印象がくすんで陰惨な感じにな り勝ちなので・これを嫌ってか、深見と
いうちょっと年齢的に若い中年女性の面をつけることが昔も多かったようです。
しかし、近年は増というさらに若い女性の面をつける例が喜多流でも多くなっ
ているそうです。年増の女性と言っても・昔は成人が早かったので、色気のあ
る女盛りの女性ということです。まあ二十代半ばという感じでありましょうか。
これだと見た目も華やかになるので演る方も嬉しいということがあるようです。
ですから能の方でも中年女性から若い女性の方に傾いていく流れが確かにある
ようです。ただし能では娘というところまでは行きません。

「道成寺縁起絵巻」でヒロインが娘ではなく・「娵(よめ)」となっているの
は、なるほど本来はそうあるべきであろうなあと思います。仏教伝説というも
のはどうにもならぬ人間の業を描いており、それを聞く人に我が身の業の深さ
を戒めさせるものなのですから、ヒロインがまだ恋に恋する状態の娘であって
は・それは何だか実体のないものになってしまって・ドロドロの肉欲の情念の
イメージにはならぬのです。逆に言えば・このように道成寺伝説が年増の後家
さんから・恋に恋する娘のイメージに変化していく所に「娘道成寺」の大事な
ポイントがあるのです。これを「娘道成寺」のふたつめの発想ベクトルとしま
す。

ヒロイン像が年増の後家さんから・恋に恋する娘に変化していくということは、
民衆は道成寺伝説のなかに暗く陰惨なドロドロした要素を見たくなかった・人
間を蛇に変わってしまうなんてそんな空恐ろしいことはあまり考えたくなかっ
たということです。それは仏教説話の風化であるという風に考えることも出来
るかも知れません。これが「娘道成寺」の発想ベクトルの一面であることは確
かですが、もうひとつの面があると思います。それは民衆が 道成寺伝説という
ものをとても明るく理性的に解明しようとしているということです。吉之助は
それを江戸の民衆の明晰さ・あるいは科学性とも呼びたいのですが、江戸の民
衆は「娘道成寺」で白拍子が蛇に変身するのはまず鐘の魔力のせいだとするの
です。その基になっている説話の暗い情念のことはとりあえず置いておく。す
ると「娘道成寺」が 謡曲「道成寺」と重なってスッと論理的に見えてくるので
すねえ。鐘にこもった殿御を想う心(主題)と白拍子が舞う娘の恋心(変奏)
とが ・ドロドロした肉欲の情念ではなく・スッキリとした論理において無理な
く重なってきます。つまり「娘道成寺」は「謡曲「道成寺」の主題による変奏
曲」だと言うことです。吉之助はそのように「娘道成寺」を見たいと思うので
す。

3)

「娘道成寺」の花のほかには松ばかり・・という舞台面はそれだけで観客の心
をパーッと明るくさせるものです。一面の桜の光景の明るさは実は江戸の民衆
の明晰さから来るものです。と同時に民衆は桜の美しさのなかに何か得体の知
れない不気味さを感じてもいるのです。

『桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だ
の春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申
しますと、桜の花の下へ人がより集って酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩して、こ
れは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなど
とは誰も思いませんでした。近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒を
のんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが、桜の花の
下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛
児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来か
かり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう
(このところ小生の蛇足)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなけれ
ば怖しいばかりです。』(坂口安吾:「桜の森の満開の下」・昭和22年(1
947)6月)

安吾の小説「桜の森の満開の下」の冒頭部です。大昔は桜の花の下は怖しいと
思っても・絶景だなどとは誰も思いませんでした。花見という風習が民間に広
まるのは江戸時代になってからのことで、 江戸以前にはなかったことでした。
古来桜は人を狂わせると言われ、花見の宴会ではしばしば乱痴気騒ぎが繰り広
げられま した。これを陰陽道では桜の陰と宴会の陽が対になっていると解釈す
るそうです。桜の花があまりに恐ろしいので・その殺気を紛らわせようとして
・思わず浮かれ騒ぎをしてしまうということかも知れません。そう考えると「
娘道成寺」の舞台面が一面の桜の森に設定されていることには象徴的な意味が
隠されていることが分かります。明晰さとその背後に隠された不気味さとです。

ところで舞踊に限りませんが・伝統芸能の場合は何度も上演されているうちに
・いろいろな演者の工夫・あるいは仕勝手が紛れ込んで集積されて演出の一貫
性が失われることが少なくありません。現行の「娘道成寺」で白拍子花子実は
清姫の霊とされること も、そのひとつだと吉之助は思います。こういう設定は
白拍子は清姫の怨霊が化けていて・鐘の傍に来てその本性を現わすのだという
ことで多分「娘道成寺」を 論理的に説明しているつもりなのでしょう。しかし、
こういうのは二流の戯作者の考えることで・論理的なようでいて実は非合理的
な世界に落ちていて・ちっとも論理的で はないのです。大体怨霊が最後に姿を
変えて現れるならば、そのこと自体当たり前のことで恐ろしくありません。そ
うでない普通の娘が蛇身に変えられるからこそ恐ろしいのです。その時に観客
の脳裏にはるか昔の道成寺説話の記憶がはっきりと蘇るわけです。それが「謡
曲「道成寺」の主題による変奏曲」の明晰さの論理プロセス なのです。

現行の「娘道成寺」は白拍子花子実は清姫の霊としていることで、意識的にか
知らずか・その世界を道成寺説話の記憶から離そうとしているのです。ですか
ら「娘道成寺」を源説につなぎとめるためには花子が清姫の霊であることは最
後まで伏せられねばなりません。このことは別稿「あなたでもあり得る」で触
れました。驚いたことに最近は白拍子花子が花道スッポンからセリ上がるとい
う演出まで現れました。こういう演出は江戸の民衆精神の明晰さを全然お分か
りではないのです。江戸の民衆は怨霊とか迷信とかそういう非合理なものを信
じていた・その程度だったと思っているのです。まあレビューだと思って見て
れば気にはなりませんがね。しかし、江戸の民衆の明晰さをもっと信じて良い
のではないでしょうか 。

七代目三津五郎が指南役の坂東三津江に『「道成寺」で芝居をするのは道行だ
けなのですから・役者衆にとって道行は大事です』と教えられたことを語って
います。 (「舞踊芸話」)道行が大事であるのはドラマとしての「娘道成寺」
が道成寺説話と密接につながっていることを示すための導入部であるからこそ
重要であるわけです。前述の通り・それは白拍子花子が怨霊であることをほの
めかすというような安直な方法で行うものではありません。鐘供養の場に 似つ
かわしくない異様な明るさを持つ何ものかがやってくる・・・そういう感じが
道行には欲しいわけです。道行は「謡曲「道成寺」の主題による変奏曲」の主
題の提示部です。提示された主題の意味はその場では隠されています。幕切れ
においてその不気味さの意味が明らかになるということです。

4)

戦前の名優の「道成寺」をご覧になった郡司正勝先生は、『六代目菊五郎のは
白拍子の「道成寺」、七代目三津五郎のは娘の「道成寺」という感じがした』
ということを仰いました。(雑誌「演劇界」・昭和31年3月号・協同研究「
道成寺」) 戦前の六代目菊五郎は「道成寺」を頻繁に踊りましたが、七代目三
津五郎は「道成寺」を踊ったのはそう多くありません。このふたつを見た郡司
先生の証言は貴重です。しかし、白拍子の「道成寺」の方はともかくとして、
娘の「道成寺」とは何なのか。「娘道成寺」なのだから当り前じゃないか・な
どと考えてはいけません。郡司先生はそれ以上のことを語っていませんが、七
代目三津五郎の踊る「娘道成寺」が娘の「道成寺」であることは重要な意味が
あると吉之助は思います。そして平成20年12月歌舞伎座での曾孫に当たる
当代(十代目)三津五郎の踊る「娘道成寺」を見ると、郡司先生の言いたいこ
とが まるで眼前にあるように理解できます。当代三津五郎の「娘道成寺」もま
た娘の「道成寺」であるからです。 伝統というものはこういう形でつながって
いくものなのか・伝承というものの不思議さを感じさせ、また大和屋という家
系の伝承がしっかりしていることを改めて感じさせる舞台でもありました。

娘の「道成寺」とは何かということを考えます。「娘道成寺」の「恋の手習い」
のくどきを生娘・遊女・人妻の三つに分けて踊るという説に対して、六代目歌
右衛門はこのように反論しています。

「なるほど唄の文句の方からはそうかも知れないけれども、それでは私はいけ
ないと思います。あそこでそれを意識するとムラができます。ふっつり悋気せ
まいぞ、も何も、どこまでも娘でいっちゃわないと。ええ、「娘道成寺」なん
だから娘でいかないと。」(六代目歌右衛門:「歌舞伎舞踊を語る」・歌舞伎
学会誌「歌舞伎・研究と批評」第17号・1996年)

「娘道成寺」なのですから踊りの性根はやはりあくまで娘に置くべきなのです。
そして娘の女性たるいろいろな要素・あるいは魅力が形を変えてざまざまに現
れるということです。生娘のなかに既に遊女の娼婦性 があり・人妻の貞淑さも
あるのです。これを唄の文句通りに三つに分けてバラバラに理解しようとする
と踊りがひとつのものになってきません。すべての要素はその本質のなかに包
含されていて、ある局面において形を変えてフッと顔を出すものなのです。さ
らに・このことは「そこに見える姿はひとつの人格がまとった仮の姿である」
という哲学的観念にまで至るものです。このことを歌右衛門は語っています。

このように「娘道成寺」の本質が「娘」にあることを歌右衛門はよく分かって
いるわけです。しかし、吉之助の記憶では歌右衛門の踊る「娘道成寺」は濃厚
な味わいで・妖艶なもので、「娘」という感じはあまりしなかったかも知れま
せん。これは七代目梅幸の踊る「道成寺」も同じであって ・梅幸のは淡い味わ
いがあって・可愛らしい感じもしましたが、全体的にはどちらも太夫の「道成
寺」という趣きであったと思います。ふたりの名女形の「娘道成寺」を貶めて
いるわけでは ないので、誤解ありませんように。実はそれは真女形の技芸の根
本が太夫(遊女)にあることから来るものです。真女形が踊れば必然的にその
ような感じの「道成寺」になるのです。折口信夫は次にように書いています。

『町女房を演ずれば茶屋女房か・女郎のようになり、娘と言えば男を知った・
色町風の娘になるのが歌舞伎を通じての娘であった。姫君から町娘に至るまで
・男を知らぬはずに書かれた娘でも、みな女臭い。女臭くない娘というのが歌
舞伎の範疇になかったのである。そのくせ世間で想定していた娘盛りは遥かに
そういう領域を飛び越えて若かった。お半も・お七も十四か十五かの少・成女
の年境が問題になる娘であった。芝居の娘の表現はどうしても十五・六の娘の
感覚を表現すべきであった。だが芝居の娘は実際年齢より遥かに長けていた。
そうして、ただ数え年を十五・六というばかりであった。だから二十女、時と
して三十女に近い・女臭い女が舞台上の娘であることが多かった。これは女形
の扮する娘の特徴であった。』(折口信夫: 「街衢の戦死者〜中村魁車を誅す」
:昭和20年11月・文章は吉之助が多少アレンジしました。)

「芝居の娘の表現は十五・六の娘の感覚を表現すべきであった」のですが、そ
れは女形の技芸では無理なことだったのです。女形の芸というのは女臭さを強
調することでそこに虚飾の女らしさを表現するものでした。確固とした「男」
のイメージがあって・これと対立したところに「女」を置くということで女形
芸があるのです。(立役の場合はその逆になります。)ですから女形芸の根本
は太夫・遊女に置くものです。言い換えれば女形芸には常に男に対する強い自
意識があるわけで、これは道成寺説話の世界に重なるところが確かにあります。
だから女形舞踊のなかで早くから道成寺ものが盛んに取り上げられたのです。
しかし、「娘」の「道成寺」ということになればそこに若干の齟齬が出てくる
と思います。それは当時の世間の「娘」の年齢の基準が十五・六あるいはもう
ちょっと前であったからです。当時は娘は十五・六でも早ければ嫁に行く年齢
でした。二十ともなればまさに結婚適齢期です。そういう時代の「娘」なので
す。したがって「道成寺」の「娘」は今で言えば中学生くらいの少女と考えな
ければならぬわけです。

「道成寺」の「娘」が十五・六であると規定したうえで、『ふっつり悋気せま
いぞ、も何も、どこまでも娘でいっちゃわないと。ええ、「娘道成寺」なんだ
から娘でいかないと』と言う六代目歌右衛門の言葉を読み返してみます。生娘
のなかに既に遊女の娼婦性もあり、人妻の貞淑さもあるのです。しかし、十五
・六の娘の考える遊女の娼婦性・人妻の貞淑さなんて実感のあるものじゃない
わけです。遊女を見ながら「綺麗な着物を着て・お化粧していいわねえ」とい
う程度のものかも知れません。人妻を見ながら「好きな旦那さまと一緒にいれ
ていいわねえ」といい程度のものなのです。実際はいろいろあるわけですねえ。
ですから「娘」はそうやって夢想して・ただ恋に結婚に憧れているだけの状態
なのです。言い換えると道成寺説話の肉欲の・情念の・ドロドロしたもの・嫌
なもの・醜いもの・そういうものを削ぎ落として蒸留して・サラサラの純粋な
結晶にしたところの女性の恋心、それを描いたのが「娘道成寺」の踊りである
わけです。そういう女性の恋心は「娘」でないと描けない。だから十五・六の
嫁入り前の女の子なのです。それが「道成寺」の表現ベクトルの行き着いたと
ころです。初代富十郎の「娘道成寺」の発想はそこにあると吉之助は思います。

ところがそこまで女性の恋心が純粋化されてしまうと、今度は完成されて成熟
した真女形の技芸ではそれがうまく描けないのです。真女形が踊ると、それは
どうしても遊女の恋のようになってしまうのです。真女形が持つ過剰な色気・
艶やかさ・女臭さが邪魔になってくるのです。女形舞踊の最高峰と言われる大
曲がそのようになるということは皮肉なことですね。ですから立役の踊る「道
成寺」の方がむしろ「娘」の感触に近くなるわけです。当代三津五郎の踊った
「道成寺」はまさしく十五・六の娘が踊る「道成寺」でありました。当代三津
五郎の娘の「道成寺」と・当代勘三郎の白拍子の「道成寺」という・ふたつの
優れた立役の「道成寺」を持つことが出来た平成の我々は幸せなことです。

(本稿に関連するサイトの記事)
「菊五郎の道成寺を想像する」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/geitohito7.htm
「獅子物舞踊の始まり」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/dentoh19.htm
「本当は怖い道成寺」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/sakuhin68.htm
「あなたでもあり得る」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/butai10.htm
「新・勘三郎の道成寺」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/butai26.htm
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