2005/12/02
『催眠療法・最前線』 第55号 2005年12月2日
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ 『催眠療法・最前線』 第55号 2005年12月2日 http://hypnoforest.at.infoseek.co.jp/ ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ ■ 初夢大会(10)〜こぶ兵さんの初夢 夢解釈というと、その人にとっての夢の意味を見出したり、こういうことを伝え ているといった様にひとつの答に決めることだと思いがちです。 でも、あまりそう考えてしまうと、夢の価値が半減してしまうこともあるかなと 感じます。夢とのつきあい方として、とても狭いものになってしまう気がしてな らないのです。 夢を見ること自体、その夢の中での体験をすることそのものが大切と感じられる こともあります。 私の知り合いの人ですが、とても忙しくて自分のための時間がなかなか取れずに いた時に、とても広い大きな遊園地みたいなところで思いっきり遊ぶ夢を見たの だそうです。楽しく、遊びきって、夢の中で満喫できたのだそうです。 こういう場合には、その夢を見ること自体にすでに目的がある感じがします。 「あ〜、面白かった、楽しかった」でいいと思うのです。 今回は、体験そのものが大切な夢と私が感じるものをご紹介したいと思います。 繰り返しになりますが、いつもの確認事項です。 ・『これが、唯一の正解ではない』ということです。 ・夢解釈は、そう簡単なことではなく、安易に解釈するのは最も危険で、あくま でも、夢の見方、とらえ方、の一例と思ってください。 ・結局、夢はその夢をみたご本人のもので、その方自身が、『ふに落ちる』と感 じることがなにより大切です。夢見たご本人に決定権があります。 ・「あ、そうかもしれない」「そう考えるとナットクできる」という感覚、感情が 伴っていることが大切で、私が書いたことの中で、参考にできるところ、ふに落 ちる感覚があるところだけをピックアップして、採用してください。そう感じら れないところは、採用しないでください。 また、夢解釈に関心が高い方は、最初に夢の内容のところまでを読んで、どうい う夢なのか?自分なりの解釈などをある程度考えてから、私のコメントを読むと いいかと思います。 今回の夢は、かなり難しいですので、ゆっくりじっくり読んでみてください。 ************************************* *******こぶ兵さんの初夢********************** ************************************* ☆夢の内容 大きな建物の、高層階のワンフロア(宴会場みたい)に一人でいる。 一日をここで、一人でいる。何台もあるパソコンの電源ボタンを押して切ってしま った後で、ちゃんとシャットダウンしなかったことに気付き、しまった〜と後悔し ている。 日が暮れてきたので、カーテンの自働開閉ボタンを押した。 広いワンフロアのたくさんの窓にかかるカーテンが一斉に閉じていく。 閉じたカーテンの合わせ目の真ん中が、まるで人が手で握って閉めて、そのままカ ーテンの向こう側でじっと握り締めているみたいに感じられて気味が悪い。 ひとつずつ、カーテンの合わせ目を軽く揺すってほぐしてまわる。 そうしていると、人が入ってきた事に気付いた。白っぽい服を着た、中性的な美し い人。 この建物の下のホールでステージに出るらしく、この部屋のなかに置かれていた白 い衝立を取りに入ってきた。 「終わった後でまた戻しに来るの?もしそうなら辞めてほしい、部屋のなかには入 らないで欲しい。部屋の外に置いといて」と伝えると、「いや、そうするかもしれ ないけど、自分はこの後は知らない、責任を持てない」と言って去っていった。 そこへ、今度は、7〜8人の若い男性がどかどかと階段を上がって部屋に入ってき た。 きれいに彩色されたいろんな形のラテンパーカッションを手にしている。わいわい とした感じ。あ〜楽しかったーといった雰囲気。 ひとりが「ラテンって頭がおかしくなりそうだね」と楽しそうに言った。 私は慌てて「ちょっとちょっとー!ここは、今日、私が借りているんです、入って こないで・・・」と言っていると、別の場所の階段をあがってきた、オレンジ色の お揃いの服を着た家族連れが部屋に入ってきた。 オレンジ一家の先頭には青い制服を着たガイドがいた。ガイドツアーでこの建物を ぐるりと案内されているみたい。 「ちょっとー!ここは今日、私が大金を払って借りている・・・云々・・・ 勝手に入って来るなー!ばかやろー!私がお金出してちゃんと借りてる・・・ ふざけるな〜!!!・・・云々」と、どんどんと階段を上がって遠ざかるオレンジ 一家に怒鳴った。もう腹が立って腹が立って、ぶち切れて、怒鳴ってしまった。 怒鳴り終わった後、自分の耳がキーンとしていて、ああ、怒鳴ると自分の耳もうる さいんだなと思った。 その後、場面が変って、静かな喫茶店のような場所でテーブルに座っている。 向かいの席には、桂歌丸さんが座っている。 私は眼の高さに緑のあんこをコテコテと固めてパクパクと食べている。 あんこの緑色は、カキ氷の安っぽいシロップのような色だった。 歌丸さんは、落着いた雰囲気で、私のために言葉を選んで、優しく語り掛けてくれ ている。 私はあんこに集中していて、歌丸さんの言葉は聞くともなしに聞いている。 その言葉のなかの「故人」「カメラ」というのを覚えている。 緑のあんこと歌丸さんの優しい語りに和んでいると、ひとつの映像が浮かんだ。 冬の寒い日をバックにした、小さな小指くらいの大きさの、形の違う しめ縄飾りが二つ、微妙なバランスで重なっているのが見えた。 ☆最近思うことについて 自分の意思で自分をコントロールする事をやろうとしてしまうのをやめたいな〜と 思いつつ、なかなかできないな〜ともやもやしています。 「なるようになった結果が今の自分」なんだから、もっと自然に、自然の流れに身 を任せられないものかと、考えています。 ★岸よりコメントです。 この夢は、こういう意味を伝えているという様に、シンプルに答を絞り込むのが合 わない夢と感じます。 その位に、ひとつの夢に、様々な要素が入っていると感じます。 3っのブロックに分かれている感じです。 一っ目は、大きな建物の高層階のワンフロアにひとりでいるところ。 二っ目は、その部屋に、順番にいろいろな人が入ってくるところ。 三っ目は、喫茶店で、桂歌丸さんといるところ。 それぞれの場面で、登場人物の人数も変化して行っていますし、夢の中でご本人が 感じていることも大きく異なっています。 一っ目は、本人ひとりで、感じていることは、後悔と気味悪さです。 二っ目は、本人ひとりでいるところへ、次々と違う人たちが登場してきます。そし て、その部屋に入ってくる人たちそれぞれに対して、自分が借りた部屋なのだから、 入らないでほしいという強い気持ちを感じています。 三っ目は、本人と桂歌丸さんの二人でいて、和んでいます。 と考えていくと、この夢は夢を見て体験していくこと自体に意味があるのかなと、 私は思いました。 3っのブロックで、静⇒動⇒静と、夢から受ける印象も変化して行っています。 また、この夢のひとつの大きな特徴は、色にあると感じます。 一っ目のところでは、色を感じません。敢えていうと、薄いグレ−なのかなと想像 しますが、正確にいうと、色がない印象があります。 二っ目は、色的にとてもにぎやかです。白い服の中性的な人、きれいに彩色された ラテンパ−カッションを持った7、8人の男性、青い服のガイド、オレンジ色のお 揃いの服を着た家族連れと、続きます。 きれいに彩色されたラテンパ−カッションについて色の記述がないですが、ラテン ということから考えると、赤黄緑とかの原色なのかと想像します。 白⇒赤黄緑⇒青⇒オレンジ色と、次々と様々な色が登場して行きます。 三っ目は、緑のあんこ、の緑となります。 色を感じない⇒白・赤黄緑・青・オレンジ色⇒緑、となり、色の印象だけ見て行っ ても、だいぶ変化して行きます。 「色」っと言ったときに、こぶ兵さんは、何か思うこと、感じることがありますか? 例えば、ご自分の身の回りの持ち物を買うとき、どういう感じで選んでいますか? あるいは、タンスの中にある洋服などは、どんな色が多いですか? あるいは、好きな色、嫌いな色、あるいは、苦手な色とかは特にありますか? 色に寄せる思いも体験も人それぞれなので、こぶ兵さんにとっての固有の意味合い があるのだと感じます。 色という面からも、ご自分を振り返ってみることができるのかもしれないと感じま す。 では、夢の物語を順番に、もう少し詳しく見て行きたいと思います。 では、一っ目のブロックから行きましょう。 「大きな建物の、高層階のワンフロア(宴会場みたい)に一人でいる。」そして、 「一日をここで、一人でいる。何台もあるパソコンの電源ボタンを押して切ってし まった後で、ちゃんとシャットダウンしなかったことに気付き、しまった〜と後悔 している」とあります。 大きな建物の高層階のワンフロアに一日一人でいて、何台もあるパソコンを扱って いたら、普通に考えると「お仕事」ぽいですが、二っ目のブロックでそうではない ことがわかります。 「ここは、今日、私が借りているんです」「ここは今日、私が大金を払って借りて いる」「私がお金出してちゃんと借りてる」と何回もある様に、どうやら、この場 所はこぶ兵さんが安くないお金を自分で支払い、一日ひとりで借り切っているので すね。 この意味について少し考えたいと思います。 まず、借りている場所にはとても特徴があります。一般的に個人が借りるようなと ころではありません。これが、例えばマンションの一室とか、一軒家とか、一般的 な住居を借りているのですと、だいぶ印象が違います。 その違いは、ひと言でいうと「社会性」「公共性」がある場ということかと思いま す。 そういう特徴のあるところを自分でお金を支払って、借りている。というのはどう いう意味でしょう? お金を払って借りるというのは、一時的にでも自分の場所にする、自分がそこにい る権利を得るということかなと思います。 …と考えていくと、社会や公の中で、自分が代価を払い、自分のものとして獲得し ている場所、領域を指し示している可能性があると感じます。 端的にいいますと、「社会の中での自分の場」ということだと感じます。 その中で、まず起きるのは、パソコンの電源を切るのに、きちんとシャットダウン しないで、電化製品の電源をオフにするように切ってしまって「しまった〜と後悔」 することです。 パソコンの電源を切るのに、電源をオフにするのは確かに、パソコンにとってよく ないことではありますが、「後悔」とまで感じているところが私は気になります。 ちょっとした失敗を、後悔と感じているのかなと私は思います。 次に、カーテンの自働開閉ボタンを押し閉まっていきますが、その閉じたカーテン の合わせ目の真ん中が、まるで人が手で握って閉めて、そのままカーテンの向こう 側でじっと握り締めているみたいに感じられて「気味が悪い」と感じます。 そして、ひとつずつ、カーテンの合わせ目を軽く揺すってほぐしてまわるのです。 これはとても繊細な感覚だと感じます。カ−テンの閉じた真ん中が人が握って閉め て、まるで、カ−テンの向こう側に人がいて握りしめているみたいと感じるのは、 なんともいえない不安な感じ、が伝わってきます。 でも、ここで思い出したいのは、この場所は、こぶ兵さんが大金を払って自分のた めに借りた場所なのです。 なのに、なんとなくお仕事ぽいことをしていたり、なんとなく落ち着かない感じで 過ごしているのが気になります。 自分が借りている場所で、自分のための場所なのだから、もっと堂々とというか、 落ち着いて、過ごしていいはずなのではないか?と感じます。 こぶ兵さんは、日頃夢の中で感じたようなこんな気持ちを味わうことがありますか? この時に近い気持ちを感じたことがあるなということがあるでしょうか? つまり、プライベ−トではないところ、公の場で、ちょっとしたことをとても気に してしまい、後悔までする必要がないことも後悔してしまったり、特に明確な根拠 がないのに、頭ではそんなことはないとわかっているのに、なんともいえない不安 感を抱くようなこと、です。 もしもあるとしたら、夢はあなたはこういう時にこういう感じになることがあるよ と伝えているのだと思います。夢の中でその感情を再現しているのだと思います。 あるいは、あまりないことだとしたら、自分では自覚できない、認識できないとこ ろで、こんな感じが少しあるのかもしれません。 あるいは、過去にこういう感情を感じていたことがあって、解放されて行っている のかもしれません。 ですから、この一っ目のところは、こぶ兵さんが時々か、あるいは潜在的にか感じて いる気持ち、感情をこういうことがあるよね、あったよねと伝えていると私は感じま す。 では、次のブロックを見て行きたいと思います。 自分が借りた場所に、次々と人が訪れる部分です。 白っぽい服を着た中性的な美しい人、7〜8人の若い男性、青い制服のガイドに案 内されてやってきたオレンジ色のお揃いの服を着た家族連れ、が、次から次へとや ってきては、こぶ兵さんが借りた部屋に入って来ます。 ここは自分が借りているところだと主張しても相手は話をちゃんと聞いてくれてい るのかもわからないほどの反応で、その思いが伝わらずに、だんだん怒ってきてし まいます。 この、様々な人達は、それぞれ違う目的で部屋にきます。また、登場人物としても かなりバリエ−ションがあります。 白っぽい服を着た中性的な美しい人は、中性的とあるように男か女かもはっきりし ない、でも、美しい存在であるようです。 また、この建物の下のホ−ルのステ−ジに出るために、この部屋に置かれていた白 い衝立を取りに来たということなので、仕事目的での来訪です。 次の、7〜8人の若い男性は、「あ〜楽しかった」とあるので、楽しく演奏をした 後なのでしょうか、わいわいがやがやと人の部屋に上がり込んだ?紛れ込んだ?と いう印象があり、何を目的に来たのかはわかりません。 自分たちがあまりに楽しくて、相手の気持ちなど見えていない印象があります。 最後は、青い制服のガイドに案内されて来た、オレンジ色のお揃いの服を着た家族 連れです。 「この建物をぐるりと案内されている」途中に、この部屋にも寄ったのです。つま り、来たのは見学目的ということです。 また、ここで特徴的なのは、家族連れがお揃いのオレンジ色の服を着ていることで す。何人家族なのか書いてありませんが、家族とありますので、4、5人というと ころなのでしょうか。4、5人の家族連れがお揃いのオレンジ色の服を着ていると いうのは、想像してみると、インパクトのある光景です。親子や夫婦がみなオレン ジ色の服というのは、その家族連れがひとかたまりに感じられる印象だと感じます。 一っ目のところは、公の自分の場で感じている、繊細な感情と伝えました。 この二っ目のところは、それを踏まえていいますと、自分の領域に、邪魔者が入っ てきて、それに対して出て行って欲しいと思い、怒りさえ感じている、ということ なのかなと思いました。 この二っ目のプロックも、意味することとしては、幅を持って考えられます。 やはり、こぶ兵さんが、日常的にどう感じているのか?がヒントになると思います。 つまり、この夢の中の様に、どこか、自分の領域に誰かが入って来られるように感 じているとしたら、いつもの自分の感じを夢が強調して再現しているのだと思いま す。 また、夢の中の様なことは、ないとしたら、ご自分ではあまり認識していないかも しれないけれど、こういうことが起きているということなのかもしれません。 そして、ここで重要なのは、怒りの感情だと思います。。 怒りというと、怒っている本人も、怒られている相手の人も、決して居心地がいい ことではないので、どこか、いけないもの、大人げないものと思われているところ があります。 でも、そうではないと私は思います。 怒ることで、それが自分の望みとは異なることや不満があることを相手に伝えるこ とができます。 怒るべきときに、きちんと怒らなければ、相手は自分の気持ちには全く気がつかず に、それをよしとしてそのまま先に進んでしまうかもしれない、と思います。 と考えていくと、怒りは、自己表現のひとつだと私は感じます。 どれだけ適切に怒りを伝えることができるのか、といった課題はありますが、 なぜ、怒るのかといえれば、そこには、こうあって欲しい、というその人の願いが あるからなんですね。 こぶ兵さんは、日常的に怒りを感じたとき、どうしていますか?怒りという感情に ついて、どんな思いや考えを持っていますか?怒りを感じたときに相手の人に、伝 えていますか。それとも、伝えるのはちょっと苦手だったり、我慢してしまう傾向 があったり、しますか? このあたりが、夢の中での、怒りの感情を読み解くヒントになるかと思います。 そして、最後の場面です。三っ目のブロックを見て行きましょう。 その後、場面が変って、静かな喫茶店のような場所でテーブルに座っている。 向かいの席には、桂歌丸さんが座っている。 私は眼の高さに緑のあんこをコテコテと固めてパクパクと食べている。 あんこの緑色は、カキ氷の安っぽいシロップのような色だった。 歌丸さんは、落着いた雰囲気で、私のために言葉を選んで、優しく語り掛けてくれ ている。 私はあんこに集中していて、歌丸さんの言葉は聞くともなしに聞いている。 その言葉のなかの「故人」「カメラ」というのを覚えている。 緑のあんこと歌丸さんの優しい語りに和んでいると、ひとつの映像が浮かんだ。 冬の寒い日をバックにした、小さな小指くらいの大きさの、形の違うしめ縄飾りが 二つ、微妙なバランスで重なっているのが見えた。 二っ目のブロックとは一転した雰囲気となっています。 「静かな喫茶店のような場所」で、「向かいの席に桂歌丸さんが座って」います。 こぶ兵さんは、「眼の高さに緑のあんこをコテコテと固めてパクパクと食べて」い ます。 「歌丸さんは落ち着いた雰囲気で」「言葉を選び」ながら「優しく語り掛けて」い ます。こぶ兵さんは「あんこに集中して」「歌丸さんの言葉を聞くともなしに聞い て」います。 ここでは桂歌丸さんの存在が重要な役割をしています。桂歌丸さん独特の雰囲気が この場の空気を作っている印象があります。 夢の中に出てくる登場人物は、夢を見たご本人がその登場人物を常日頃に、どう思 っているのか、感じているのか、がその人物の意味を解く鍵となります。 ですから、こぶ兵さんにとっての桂歌丸さんの意味合いがあるのだと思います。 ごく一般的な桂歌丸さんの印象としては、落語家ですからひょうきんなところもあ りますが、どことなくやわらかい印象がある人だと感じます。 ですから、この夢の中で、「落ち着いた雰囲気で、言葉を選びながら優しく語り掛 ける」というのも、想像しやすく、ぴったりな役をしていると私は感じます。 この桂歌丸さんが他の人だったら、違う印象になるでしょう。他の落語家に当ては めて少し想像してみると、その違いを感じることができます。 例えば、春風亭小朝さんだったら?立川談志さんだったら?林家正蔵さんだったら ?桂米助さんだったら?林家木久蔵さんだったら?柳屋小さんさんだったら?笑福 亭鶴瓶さんだったら?立川志の輔さんだったら?などと、自由に想像してみてくだ さい。受ける印象の違いは、どうでしょうか? 私の印象なのですが、桂歌丸さんという人は他の方に比べて、その人自身がどこと なく静かな印象がある人だと感じます。落語家ですから、人を笑わせるのが仕事な のですが、その割に他の人に比べて、静かなたたずまいを感じます。また、乾いた 味わいがある感じ、透明感のある感じもします。少し達観したところにいるけれど それを強く主張したりするようなヤボなことはせずに、ひょうひょうとしている印 象があります。ひとりの人として、大人な印象もあります。 夢の役を他の人に当てはめて想像していくと、小朝さんだと同じことをしていても もう少し自分を主張した感じになるかな?、談志さんだとこの役は合わないし仮に したとしてももっと濃い強い印象になるかな?、米助さんだとこの静かな感じは出 ないし仮にこの役割をしたとしたら妙に深刻な感じがするかも?、木久蔵さんだと もっと闊達な感じになるかな?、などと思います。 他の落語家だったらどうなるか?と、言わばシュミレ−ションしていみることで、 桂歌丸さんのキャラクタ−、夢の中での意味合いが浮き彫りになってきます。明確 化してきます。桂歌丸さんのことだけを考えていても、ここまで明確にはならなか ったりします。比べることで、はっきりしていくものがあります。 総じていいますと、これも私の感じでしかありませんが、桂歌丸さんという人は、 押しつけがましくない感じがします。 また、こぶ兵さんはハンドル名を「こぶ兵」と名乗っていますが、このこぶ兵とは 林家正蔵を襲名した、元・林家こぶ兵さんからもらっているのでしょうか? このメルマガに応募するために考えたハンドル名なのでしょうか?、あるいは他の ときにもこの名前を使うことはあるのでしょうか? 何か落語というものに個人的な思い入れや体験がおありなのでしょうか? このあたりも、夢のヒントになると思います。 落語に思い入れがある人の落語家と、落語に関心のあまりない人の落語家では、自 ずと夢の中での意味合いが変わってくるからです。 この夢の中で、桂歌丸さんの存在は、「静かな喫茶店のような場所」と一致してい ます。桂歌丸さんがいるから、この場の空気をより作れているとも感じます。 そして、こぶ兵さんは「あんこに集中して」「歌丸さんの言葉は聞くともなしに聞 いて」います。 この「聞くともなしに聞いている」聞き方は特徴的だと思います。ごく一般的に人 の話を聞く聞き方としては、あまりいい聞き方とはいえないと思います。ですが、 ここではそう感じられません。おそらく聞くともなしに聞いていても歌丸さんは全 く怒っていないし、もっとちゃんと聞くようになどと思っていないし、こぶ兵さん も聞いていないわけではありません。 おそらく、それは歌丸さんの「話」や「言葉」を聞いているというよりも、むしろ 歌丸さんからの安心できるやさしいエネルギ−を受け取っているからだと思います。 歌丸さんから発せられるなんともいえないやさしい空気、安心感に包まれている感 じがします。だからこそ、「優しい語りに和んでいる」となれているのだと思いま す。 …と考えていくと、この歌丸さんは、どことなくハイア−セルフぽいなと感じます。 この落ち着いたやさしい感じといい、聞くともなしに聞いていてなんの問題もない、 こぶ兵さんの意志を尊重している感じといい、そんな感じがしてなりません。 静かな喫茶店のような場所も、緑のあんこも、桂歌丸さんも、こぶ兵さんを和ます 役割を担っていると感じます。 また、ここで色のことに触れたいのですが、「緑のあんこ」ということです。しか も、「カキ氷の安いシロップのような色」だそうです。 緑のあんこというのは、実際にもありますが、うぐいす色といいますか、もっと渋 い色のものです。でも、ここでは、「カキ氷の安いシロップのような色」とありま すので、かなり鮮烈な印象があります。「緑!」なんだなと感じました。 この緑色の意味合いがあると思います。緑は、一般的には自然の中に多く存在しま す。森の緑、木の葉の緑を連想します。豊かな自然を連想させる色です。他の色と は違う特色があります。そして、私たち人間が必要な酸素を生み出してくれる色で もあります。 こぶ兵さんにとっての、緑の意味があると思います。この色でなければならない理 由があるのだと思います。 こぶ兵さんは、「緑」というと、最初に何を思いますか?連想しますか?それがこ こでの意味合いだと思います。 そして、「あんこ」です。和菓子には欠かせない、食材です。これもまたこぶ兵さ んにとっての意味合いがあると思います。 あんこのような甘いものを好きなのか?よく食べるものなのか?あまり好きではな いのか?滅多に食べないものなのか?どういうときに食べたくなるとかあるのか? などがヒントになると思います。 また、ここでは、「あんこ」だけを食べています。「コテコテと固めて」とありま すので、器に小山の様に盛られたあんこを食べている感じなのでしょうか。 あまりない食べ方だと思います。ごく一般的には、餅などの中に入っていたり、あ るいはおはぎのようにもち米の周りにあんこがついていたりするもので、単独とし て、あんこだけを食べることはあまりないことの様に思います。 例外としては、私が知っている範囲では、きんつばとあん玉があります。和菓子の ことはあまり詳しくないので、他にもあるかとは思いますが。 きんつばは、あんこを薄い直方体にまとめて、周りに薄い粉の皮をつけて軽く焼い たもの、あん玉はあんこを小さく丸めて寒天の様なつるりとしたもので包んだもの です。 ほんの少しの加工の仕方ですが、やはりあんこそのものを食べるのとは違い、やは りそれなりに和菓子です。 あんこだけを単独で食べる…あまりないことですが、逆にいいますと、甘党の人に とってはこたえられない、贅沢な理想的な食べ方なのかも?とも思いました。 といいますのは、このあんこのことを考えていて思い出したことがあるからです。 私の知り合いの人で、和菓子が大好きな人がいます。男性なのですが。ほんとうに 根っから、大好きなのだそうで、「目がない」位に愛おしいのだそうです。 その方が言っていたのは、「あんこだけあればいい。餅も、何もいらない。あんこ だけを食べることをほんとうはしたい」と。 時々和菓子屋さんに、あんこだけ売っていたりします。ビニ−ルの袋に、あんこだ け詰まっています。私は、おいしいあんこは作るのにコツも必要だし手間もかかる ので、お菓子作りの材料として売っているのかと思ったのですが、あんこだけを食 べたい需要があるのかもしれないのだな〜と思い、新鮮に感じました。 ごく一般的にいいますと、甘いものは疲れたときに食べたくなる、とよく言います。 実際に疲れたときには欲しくなったりもします。ほんとうは体にとっては、血糖値 が一遍に上がって、また一遍に下がるので、よくないことらしい?ですが、疲れた ときに食べたくなるのは事実です。 また、エネルギ−源という印象が私にはあります。山を登ったりするようなときに は、必ず何か甘いものを携帯するという話を聞いたことがあります。 このあんこの意味合いは、他の食べものでは表現できないことを伝えるために出て きていると考えた方がいいです。他の食べものに置き換えてみると、その意味合い が浮き彫りになってきます。 置き換えてみるときには、似ているものと置き換えてみた方がいいです。 例えば、ここでは和菓子系なので、大福だったらどうかな?おはぎだったらどうか な?おしるこだったらどうかな?などと考えてみるといいでしょう。また、甘いも のなので、洋菓子系にしてみるのもいいかと思います。生クリ−ムだけをパクパク 食べているのとどう違うかな?ケ−キだったらどうかな?アイスクリ−ムだったら どうかな?などと、シュミレ−ションしてみてください。 私が思ったのは、和菓子系の中では、あんこだけを食べるというのは、お菓子を食 べるというよりも素材だけを食べる感じがします。大福やおはぎといった形がある お菓子を食べるのとは違った印象があります。なんとも真っ直ぐな感じ、一途な印 象を持ちました。あんこ一直線という感じです。 また、あんこだけを食べているので、どういう食べ方をするのかをあれこれと考え る必要もなく、シンプルな感じ、迷いのない感じもします。迷いが生じる余地のな い感じもしました。 あんこは和菓子にとってはなくてはならない存在で、和菓子作りの要ともいえ、そ の重要度はとてもとても高いです。あんこのない和菓子は考えられないと思います。 そういう何らかの「重要性」という、意味合いもあるのかもしれないと思います。 また、これからどういうお菓子になっていくのか、形を変えていくのかわからない 可能性も感じます。 あんこが、そのままかもしれないし、うぐいす餅になるかもしれないし、すあまに なるかもしれないし、あんパンになるかもしれない、からです。 つまり、重要度の高さと、未来への可能性の幅も示唆しているのかもしれません。 和菓子のあんこに該当するのは、洋菓子ならば生クリ−ムというところでしょうか。 あんこだけを食べ続けるのも結構すごいですが、生クリ−ムを食べ続けるというの はもっとすごい感じがします。生クリ−ムだけを食べ続けるのは、可能だろうか? とも思います。生クリ−ムのおいしいのを少し舐める位ならばできそうと思います が、山盛りになっていたら、ちょっとくどくてできなそうと私は感じます。 また、この「食べ続けている状態」から言って、洋菓子系のお菓子では甘過ぎる印 象が私はしました。食べ続けることを考えると、あずきが原料のあんこならまだ可 能だけれど、一般的に砂糖が多く使われ乳脂肪が高い洋菓子系では、きつそうと感 じました。あくまでも私の感覚に過ぎませんが。とはいえ、ケ−キバイキングとか もありますから、人によるのだとは思いますが。 あと、不思議な感じがするのは、「コテコテと固めて」食べているその食べ方です。 あんこが盛られたのを単に食べていくのと、コテコテと固めながら食べるのでは、 印象が違います。私の印象ですが、コテコテと固めて食べるのは、どこかそのあん こという存在を確認していく感じ、そして、あんこを固めてしっかりとさせている 感じがします。また固めたあんこなのですから、食感も違うのだと感じます。ぎゅ っと凝縮された感じなのかなと感じました。 また、ここで大切なのは、あんこを食べているこぶ兵さんはなんとなく楽しみなが ら、なごみながら、食べていると感じられることです。 あんこをどんな気持ちで食べているのかは書いていないので、わかりませんが、少 なくとも、つらそうだったり、苦しそうだったりはしません。その気持ちも夢を解 くヒントになると思います。 そして、その言葉のなかの「故人」「カメラ」というのを覚えている、とあります。 覚えている言葉を大切に扱うこともできると思います。他の言葉もいろいろとあっ た中から特に印象を感じたから、この二つの言葉を覚えていたと考えることもでき るからです。 「故人」と「カメラ」ですが、この意味合いもこぶ兵さんにとっての意味合いを考 えるのが大切です。これらの言葉から何か連想すること、思い出すことはあります か? 一般的には、故人は亡くなった人を示す言葉です。カメラは、人や物を写して記録 するものです。と考えていくと、故人もカメラも、今その時ではないことであり、 言ってみれば「過去」という共通点があると考えることもできます。 最後のところを見ていきましょう。 「緑のあんこと歌丸さんの優しい語りに和んでいると、ひとつの映像が浮かんだ。 冬の寒い日をバックにした、小さな小指くらいの大きさの、形の違うしめ縄飾りが 二つ、微妙なバランスで重なっているのが見えた」ところです。 ここで大切なのは、「形の違うしめ縄飾り」が「微妙なバランス」で重なっている というところです。 しめ縄飾りとは何でしょう?言うまでもなく、お正月に用いるものです。 広辞苑によりますと、 【しめなわ】 (シメは占めるの意)神前または神事の場に不浄なものをの侵入を禁ずる印として 張る縄。一般には、新年に門戸に、また神棚に張る。 とあります。 言わば、しめ縄飾りとは、家を守るためのものだということができるでしょう。 一般的には、上記の意味ですが、こぶ兵さんにとってのしめ縄飾りの意味合いがあ ると思います。 しめ縄飾りといったときに、連想することはどんなことですか?思い出すことはあ りますか? しめ縄飾りというだけことから、具体的にどういうことを示しているのかはわかり ませんが、大切なことであることは間違いないところだと思います。 もともとの意味である、家も守るという意味かもしれませんし、家というところか ら自分を守るという意味である可能性もあります。また、もっと違う意味合いかも しれません。抽象的な意味合いである可能性もあります。 しめ縄飾りはもともと神道から来ていることですから、神性に関わることも示唆し ているのかもしれません。 あるいは、どれかひとつの意味合いということではなく、上記に書いた様々なこと を含めた意味合いという様にも考えられます。 「形の違うしめ縄飾り」というのが、どう違うのか、それがどう印象が違うものな のかなどはわからないのですが、「形が違う」のですから、何らかの違う要素を持 っているということを示しているのだと思います。 「微妙なバランスで重なっている」というのも、具体的にどう重なっているのかは、 わかりませんが、「微妙なバランス」というところから推察するに、二つが均等に 重なっているのではないのだと思われます。ちょうど半分ずつ重なっている様には、 なっていないのでしょう。 言わば、その「微妙なバランス」によって、成り立っている、逆に言うと、そのバ ランスだからこそ成り立っているということなのかもしれません。 そして、夢の流れの中では、「緑のあんこと歌丸さんの優しい語りに和んでいると」 「形の違うしめ縄飾りが二つ、微妙なバランスで重なっているのが見えた」という 順番になっているところは注目しておいた方がいいところです。 「和んでいると」⇒「しめ縄飾りが見えた」のです。和んでいるから、見えたとい う展開になっている可能性があると感じます。 つまり、こぶ兵さんが和んでいると起きることという意味合いがあるのかも?しれ ないと思います。 ---------------------------------------------------------------------------- ■ 編集後記 夢には、基本的に、いい夢とわるい夢などといった区別はないと私は思います。 でも、見ていてつらい夢、苦しくなる夢があるのも、事実です。 いわゆる、悪夢といわれるものです。 誰かに追いかけられたり、深い穴の中にどこまでも落ちて行ったり、心や体に傷を 受けたりする、などのものです。 感情でいいますと、恐怖感、不安感、無力感などを伴っていることが多い様です。 ごくたまにこういう夢を見る位でしたら、おそらくご本人もそう気にしないと思い ますが、その頻度が高く、寝ていてうなされる様なことが多く、それが苦しいと感 じる方は、何らかの心理的なセラピ−を受けると楽になる可能性があると思います。 悪夢をみるのには、ご本人がつらいことであったとしても、心の方には何らかの理 由があるからです。 心理的なセラピ−を受けて、その方の心の状態が変わっていくと、夢の質も変わっ ていくことが多いです。 なぜそういう夢をみるのかというと、いろいろな場合がありますので、簡単には言 えないことではありますが、ひとつの可能性として、心の中に、何らかのネガティ ブな感情的体験が残っていることがあげれらます。 いわば、ご本人の自覚に関わらず、心の方は「つらい」と訴えているのかもしれま せん。 ですから、心理的なセラピ−を受けて、心が解放され整理されていくと、自然と夢 にもそのいい影響、変化が現れてきます。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ 『催眠療法・最前線』 第55号 2005年12月2日 岸僚子 登録・解除・バックナンバ− http://www.mag2.com/m/0000056664.htm 感想・質問・問合せ jhs-2@mx10.ttcn.ne.jp ホ−ムペ−ジ 催眠療法専門サイト『ヒプノフォレスト』 http://hypnoforest.at.infoseek.co.jp/ 筆者のメルマガ 『面白くためになる催眠療法講座』 http://www.mag2.com/m/0000087747.htm ほびっと村学校 http://www.nabra.co.jp/hobbit/ ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ ●無断転載・プリントアウトの配布などはご遠慮ください。 ●転載・掲載・引用の際は必ず事前にご連絡ください。 ●すべてのコンテンツの著作権は、岸僚子に帰属します。 -------------------------------------------------------------- このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』 を利用して 発行しています。http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000056664)


