2009/10/15
江田五月 メールマガジン第905号(2009年10月15日)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 江田五月 メールマガジン 第905号 2009年10月15日 http://www.eda-jp.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (1)<ショートコメント>・・・《今後への期待》 今回の海外派遣の主要目的であるロシア要人との会談は無事終了した。私たち 一行の訪ロは、新政権発足直後で最初のハイレベルなものと歓迎され、暫く途 絶えていた日ロの議会間交流が前に進み出したことは確かだ。様々な分野の協 力や交流を通じて、両国間に良好で暖かい関係を醸成していくことが、領土問 題の解決には必要だ。日ロ関係の一層の発展を願いつつ、ラトビアでの活動に 移った。次は英国に向かう。 ---------------------------------------------------------------------- (2)<江田五月の予定表>・・・10月16日から10月19日の予定 (HPにて随時更新) 16日<ロンドン日程> 午後・・・ヘイマン上院議長主催昼食会 17日<オックスフォード日程> 午後・・・江田議長によるセミナー 18日<ロンドン日程> 19日<ロンドン・東京日程> <最新活動日誌>・・・HPの活動日誌には写真も載せています。 http://www.eda-jp.com/katudo/index.html ---------------------------------------------------------------------- 10月12日(月) 献花s(日本人墓地、無名戦士の墓)、赤の広場、ミロノフ議 長と会談等、ラブロフ外相、経済人夕食懇談 ---------------------------------------------------------------------- 今日は、9時15分にホテルを出て、9時半から議員一行と妻とで、1950年没の宮 川船夫ハルピン総領事と47年没の吉岡安直中将の墓のあるドンスコエ修道院で、 日本人墓地への献花を行いました。急に寒くなり、氷雨が降ってきました。そ のまま異動し、10時からクレムリン北東部のアレクサンドロフスキー公園で、 無名戦士の墓への献花を行いました。3人の儀仗兵の先導で祭壇に花輪を捧げ、 リボンを整えて黙祷し、一同が黙祷した後、写真を撮りました。雨も風もます ます強くなる中、震えながら赤の広場を歩きましたが、堪らずホテルに退散し ました。妻はそこから次の場所に移動です。 暫時休憩の後、一行で11時に連邦院に着き、ミロノフ連邦院議長との会談に臨 みました。まず、両国国旗の前で、簡単な歓迎行事。次いで、議場を案内され ました。166人の議員で構成され、簡素で機能的な議場でした。その後、直ち に会談へ。1時間弱にわたり、率直に両議会間交流と友好増進につき意見交換 しました。私のほうでは、「領土問題の解決と平和条約の締結」にも、もちろ ん言及しました。鳩山首相のリーダーシップへや青年間や地方官の交流にも強 い期待が寄せられました。12時から簡単な記者ブリーフ。質疑応答もありまし た。その後、13時過ぎまで、昼食懇談をしました。 氷雨が本降りとなり、市内視察も難しいので、ホテルに戻って夕方までデスク ワークなど。(15:04) 今日の続きです。17時15分から、河野大使を交えて、若干の打ち合わせ。18時 から1時間弱、ロシア外務省で、ラブロフ外相と会談をしました。ニューヨー クでの鳩山・メドヴェージェフ会談後、初めての日ロ間のハイレベル会談で、 参議院議長としては10年振りの訪ロであり、鳩山政権への期待をそのまま表現 されました。私も、「領土問題を解決して平和条約を締結する」という基本に 立ち、活発な交流に期待を表明しました。 その後直ちに大使公邸に行き、19時半から2時間強、ロシア経済関係者との夕 食懇談に臨みました。ガスプロム、トランステレコム、メトローポルなど活躍 中の経済人が8人もお集まり下さり、ロシア経済の今後の見通しや日本に期待 することなどを伺い、私たちも意見を述べ、活発な懇談となりました。 ---------------------------------------------------------------------- 10月13日(火) クレムリン、国家院議長、答礼宴、会見、大使レセプション ---------------------------------------------------------------------- 今日は早朝、ネット接続が出来なくなり、慌てました。10時から1時間強、ク レムリンを視察しました。昨日の氷雨とは打って変わり、穏やかに晴れた小春 日和でした。ソ連時代は見向きもされなかった教会群ですが、いずれも長い由 緒ある歴史を誇り、一つずつ紹介されました。いずれも国の博物館ですが、教 会行事も行われています。当時で世界最大の大砲は未使用のまま飾られ、巨大 な鐘も完成間近に欠けたままで飾られていました。武器庫は、実は宝物殿で、 歴代皇帝やご夫人たちの衣類や甲冑などのほか、特に仕切られたところに膨大 な宝石群がありました。 11時半から1時間弱、グルィズロフ国家院議長と懇談しました。理科系の堅物 とのことでしたが、話題は総括的に両国の協力関係や議会間交流など多岐にわ たり、話が弾みました。横路衆議院議長招聘の伝言も依頼され、記念の記帳も しました。 ホテルで暫時休憩。ネット接続が復活しました。13時半から2時間弱、私主催 の答礼宴。連邦院から、トルシン第一副議長、ニコラエフ副議長や議員の皆さ ん10人ほどが集まってくれ、日本大使館側も交えて、話題は日本の政治家の人 物評にも及び、和やかに懇談しました。 この後、17時前にホテルを出て、大使公邸で打ち合わせ。17時30分前から、日 本人記者と会見。10数人が集まってくれ、質疑応答もありました。18時半過ぎ から2時間ほど、河野大使主催のレセプションに出席しました。鳩山紀一郎さ んやダンサーの岩田守弘さんなどの日本人やロシア人のほか、モスクワ駐在の フィリピン、オーストリア、モロッコなどの大使も来てくれて100人ほどにな り、河野大使に続いて私が挨拶し、今回の訪問の意義などについて話して乾杯 の音頭を取りました。妻は和服での参加でした。宴たけなわとなったところで、 私が興に乗って、本格派のピアノ伴奏でロシア民謡を歌い、河野大使も加わっ て盛り上がりました。 ---------------------------------------------------------------------- 10月14日(水) 市内視察(店、旧アルバート通り、教会、修道院、墓地、雀が 丘)、リガへ、夕食懇談 ---------------------------------------------------------------------- 今日は、尾辻さんは切り離し、私たち夫妻と高嶋さんとスタッフとで10時から、 薄日の射す爽やかな朝のモスクワ市内の視察に出掛けました。まず、「第七大 陸」という大き目のスーパーマーケットに行き、野菜や肉や魚などの市民の生 活事情を覗き見しました。キャベツの新鮮で大きいのが一つ150円程度で、若 干の買物をしました。続いて、旧アルバート通りを散策。プーシキン夫妻の大 きな銅像の前で写真を撮り、古本の露店やストリートミュージシャンなどを覗 きました。 その後、キリスト救世主教会へ。ロシア正教の総本山で、スターリン時代に破 壊されましたが、エリツィンによって再建されました。次いで、ノヴォデヴィ ッチ修道院へ。世界遺産の一つで、散り始めた木々の中の静かなたたずまいが 素敵でした。さらに、隣の墓苑へ。国民的に重要な人々を埋葬してあり、エリ ツィンの墓はロシア国旗のオブジェ、フルシチョフの墓は彼が「ロバの尻尾」 と揶揄した前衛作家によるものです。チェーホフの墓は田舎の小さなコテッジ のイメージでした。 「雀が丘」からモスクワ市内を眺めると、広く広がった中にスターリンによる 高く聳える塔を持った建物が、背後のモスクワ大学を入れて7つはっきりと見 えました。その後、素敵なレストランで、河野大使ご夫妻と昼食懇談。 15時過ぎに、例のけたたましい警護車の先導で、大混雑の中をモスクワ・シェ レメチェヴォ第2空港に急ぎ、16時半過ぎのバルティック航空の便でラトビア のリガ空港に向けて発ち、1時間半の飛行に1時間の時差が加わり、17時過ぎに 到着。長内大使ご夫妻の出迎えを受け、ここでも警護車の先導で、旧市内のホ テルへ。18時半過ぎから2時間強、夕食懇談でラトビア事情を伺いました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ [毎日本人が書いています] http://www.eda-jp.com/ [ご意見、ご感想はこちらへ] satsuki@eda-jp.com メールマガジンの登録・解除 http://www.eda-jp.com/mm/index.html バックナンバー http://archive.mag2.com/0000055519/index.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━編集 江田五月事務所


