[TKWO Letter]2008.11.23
=======《東京佼成ウィンドオーケストラメールマガジン》=================
2008.11.23
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【NEWS INDEX】********************************************************
■団員紹介・小倉清澄(クラリネット)の巻
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■団員紹介・小倉清澄(クラリネット)の巻
お洒落にSoloisticに、また、時にはとびきりJazzyにTKWOのクラリネッ
トセクションをリードする小倉清澄。いつも笑顔を絶やさない立ち居振る舞
いは「紅顔の美少年」と称えられますが、実は入団二十余年の大ベテラン。
その真の姿に、とことん迫ります。
聴き手:安藤、松生、栃尾。()内は編集部注
――まずは生い立ちをお聞かせください
生まれたのは福岡県門司市です。2歳の時に門司は政令指定都市になり、
北九州市門司区になりました。3歳まで門司で育ちました。
当時、門司というところは、多分日本でいちばん空気が悪かったところで
北九州工業地帯の煙突が林立していて(高度成長期のまっただ中!)目の前
を国道三号が走り、路面電車が行き交い、親からは絶対に一人で外に出るなと
言われていました。
そのあと福岡県の苅田というところに引っ越しました。そこで幼稚園に通い
始めたのですが、その幼稚園は3日でやめました。理由は、幼稚園に行くと
ママがいなくて寂しくて、ずっとママのそばが良くて。
♪ママー!のぼったよ!
http://www.tkwop.jp/mm/gazo/ogura-2.html
それから大分の別府へ移り、ピアノに出会いました。でも、あまり乗り気で
はなかったのです。幼稚園の帰りに母が待ち伏せしてて、おやつを食べさせら
れて、つれていかれてました。
でも、今思えばその時の先生がとっても良かった。幼稚園の僕に聴音を教え
てくださって、それで大学入試までOKの実力を付けました。大学入試の時は聴
音の勉強は全くしなかった。
でも、当時はあまり音楽を好きではなかったのです。両親も別に音楽をやっ
ていたわけではありません。家は大衆食堂を経営していました。
――どんな少年でしたか?
野球少年だった。軟式野球。町内会単位で試合していました。
あれは嬉しかったなあ!よその学校と試合したときのことなんだけど、負け
ている試合の最後の2アウト満塁のチャンスで打順が回ってきて、打ったんだ
よ、センター前ヒットを!そしたらセンターがトンネルして、走者一掃の大手
柄。それをきっかけに同点まで追いついたんだけど、結果はじゃんけん負け。
(少年野球は同点の場合、延長はせず、打順でじゃんけんをして勝敗を決する
事がある)
その頃もピアノは習っていました。ピアノの先生のところに行くときだけグ
ローブをおいて。だから週一回しかピアノにはさわらなかった。レッスンの時
だけね。
四年生の時に大分県中津市に移りピアノの先生も替わりました。その先生が
若くてミニスカートで!(それか!)だからやめなかったってわけじゃないん
だけど(信用性大いに疑問)。
♪その頃の写真
http://www.tkwop.jp/mm/gazo/ogura-1.html
中学に入った時には、野球部かバレーボール部に入ろうと思った。当時は背
が高かったんだよ。でも、バレー部はその年に廃部になっていた。バスケット
もいいかな?なんて思ったりして色々迷ってた。
そんなある日、友達に連れて行かれたブラバンについ入ってしまった。一ヶ
月くらい皆より遅れていたから、一年生はみんな楽器が決まってて「余ってい
る楽器はこれしかないからこれをやれ」と。それがクラリネットだった。キー
がひとつ折れててねえ、サイドキーの押さえるところなんだけど、押すと痛い
んだよ。
コンクールも出ていたんだけど銀賞か銅賞。最後の年は県で最下位。
一年の時の課題曲は「高度な技術への指標」自由曲は「シンフォニア・ノビ
リッシマ」でした。
二年生の夏のコンクールが終わったときに、顧問の先生がモーツァルトのク
ラリネット協奏曲の2楽章の譜面を手書きで書いてきて「秋までにこれを練習
しておけ」といって僕にくれた。今思えば、それで「こういう道があるぞ」と
示してくれたような気がする。それを吹いたらすごくクラリネットが好きにな
っちゃった。こういう世界があったのかと思ったね。
それでレコード屋さんで探して、最初に買ったのはジャック・ランスロさん
の演奏だった。それしかなかったんだよ。実家の小倉食堂の焼きそばが100円
の時代にレコードは2000円だった。
食事といえば、家が店だったので、いつも食事は家の食堂で。店が忙しいと
きは自分で作ってた。
――初恋は?
最初に憧れたのは小学校の先生。一年生の時のよそのクラスの先生。必ずそ
の先生とすれ違うとウインクしていた(おっ片鱗が)。スラッとした30前後の
きれいな先生だった。2年生になったら担任になって、成績が一段階ずつ上がっ
た。
近所には短大があって、そこのお姉さん達にはウインクしまくってた。きれ
いな女性を見たらウインクするもんだと思ってた。(いやはや)
――なぜ音大に?
一番大きな理由。同級生が、皆勉強ができて、俺だけ出来なかった。気が
ついたら、友達が行くような学校には俺はどこにも行けないじゃん。で、俺で
も入れる学校を探してたら、音大の夏期講習というのを見つけた。行ってみた
ら、「おれ、結構吹ける方かも、もしかしたらいけるかもしれないな」と思っ
たんだ。高校時代は吹奏楽部が無くって、モーツァルトやウエーバーを吹いて
遊んでいた。
ちょうどその頃、九州でミュージックキャンプがあって、そこで藤井一男師
匠に出会った。それで高2の夏から藤井先生に習い始めた。(運命的)
あの先生は優しい口調で厳しいことを言ってたなあ。「次のレッスンまでに
エチュード一冊!」とかね。
それから藤井先生に紹介されて大橋幸夫先生のところへ行くようになった。
その際、藤井先生に絶対にこれだけは守れといわれたのが「何を言われても
『はい』と答えろ」ということだった。で、大橋先生のところに行って言われ
た言葉が「おまえ、芸大受けろ」。で、とりあえず「はい」と言って戻ってき
た。
親に言ったら「芸大って国立?」、僕「うん、たぶん」「受けろ受けろ!」
あとになって大橋先生に怒られたことがあるんだよね。「おまえ芸大はどう
すんの?」「受けます」「バカやろ!なんで早く俺に言わないんだ!」「すみ
ません」・・・。「先生がそういったんじゃないですか」とは口が裂けても言
えなかったんだよね。(どの楽器の先生も同じだなあ)
――学生生活はどんなでしたか?
遊びまくってた(なんとなく知ってます)。レッスンよくサボってたし、
上野公園で先生にバッタリ会ったりした。テレビゲームが流行りだした頃で、
パックマンやギャラガにはまってた。寮で10時まで練習して、そのままゲーム
センターに行き、ほぼ毎日お巡りさんから「ちょっと来なさい」。土曜の夜は
終電に乗って歌舞伎町のボウリングセンターで夜明かし(よい子はまねしない
ように)。
傍らで須川君は練習してたね(ご自身も練習していたに違いありません)。
クラリネットでは月に一回20日の会という勉強会を、20年以上やってた。
音大生対象に一曲課題曲を決めてただ吹く。みんなが同じものを練習すること
に意義があった。藤井先生が主宰でやっていたんだけど、その後僕が引き継い
だんだ。
レパートリーの拡大、コンディション作りに役立った。先輩にもたてついて
いた、というか、良く議論したなあ。良い環境だった。
初めて佼成ウインドにエキストラに来たのが2年生の時。それが最初の仕事
だったかも。運命的だね。緊張して目が白黒したなあ。カバレフスキーの道化
師をやったような気がする。関口さん(仁、クラリネット)がとても恐かっ
た。若かったし、コンマスの立場で、ピリピリしていて、ちゃんとやんなきゃ
いけないという空気だった。木村牧麻さん(バスクラ・当団OB)も恐かった。
次にTKWOに来たのは卒業後です。
――入団オーディションの思い出は。
23歳の秋にオーディションがあり、エキストラでちょくちょく来ていたこと
もあったので、頑張った。
B管と特殊管を吹くオーディション。Esクラを吹いた。
とにかく思い通りにやろうと思った。ホルストの第2組曲の2楽章をモルトエス
プレッシーヴォで吹いた。中野さん(OB、クラリネット)から電話をいただい
て、「Esクラの表情があって良かった」と言ってくださった。
――入団してからの印象深い出来事があったらお聞かせください。
失敗談はいっぱいあります。譜面台のネジをしっかり止めてなくて、本番中
にガタンと落ちて!あと繰り返しを間違えたりね。山本直純さんの指揮でクラ
リネットポルカをやった時、リピートの打ち合わせをしてるときに遊んでて
(仕事中も遊んでるんですか!)俺だけ聞いていなくて、本番の時に一人間違
えた。みんなは「あいつじゃあしょうがねえなあ」。
嬉しかった想い出をひとつ。委嘱作品の初演でクラリネットのソロを演奏し
たときのことです。初日の本番の時にフェネルさんに指揮者室に来いと言われ
「このスコアに君のサインを」と言われた。
磯崎敦博氏の「予祝歌(よしゅうか)」というクラリネットソロとバンドの為の
曲です。
――趣味は
オーディオ、特に真空管アンプ製作。音楽家にならなかったら工学部に行き
たかった。 あとカメラ。デジタル一眼レフを駆使して、風景や人物を撮りま
くってます。機械に関して凝り性なんです。
料理も好きです。少年時代の実家での経験を生かし、大衆料理、特にチャー
ハン、焼きそばなどが得意料理です。(プロの腕前)
――人生においてのモットー、座右の銘
夢を見ることを忘れたくない。
少年でありたい。
けがれのない気持ち=中学校の時にモーツァルトに初めて接したときの気持ち
を忘れずに音楽と接する。それは、僕の名前の通り清く澄んだ気持ちです。
もう一つ、「笑顔は地球を救う」
――ファンの皆様へのメッセージ
吹奏楽はそれぞれの楽器の専門家が大勢集まって演奏する緻密なアンサンブ
ルであり、時には大きく太い筆で何かを描くときのような表現を、直に同じ空
気の中で見てもらいたい。
僕にとって演奏することは空間で作る芸術。
空気を一緒に感じ取って下さい。
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