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古典の名作や新作はもちろん、連続もの、艶笑噺、現在演じられないものまで、落語の全て紹介。粗筋・成立(原作や歴史)・一言(芸談や識者の感想)・薀蓄という4項目を毎週配信。

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2009/04/24

名作落語大全集#437

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   名作落語大全集#437    発行者:越智月久
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発行日:2009年4月24日(金) 

      「まぐまぐ」寄席に2231名様、
      「メルマ」演芸場に711名様
     合計2942名様にご来場いただいております。

 ご来場ありがとうございます。
 今日は「日本ダービー記念日」。1932(昭和11)年、目黒競馬場で日本初の
ダービーが開催された日です。「日本ダービー」はイギリスのダービーに倣っ
た競争で、正式には「東京優駿競争」という名だそうです。さあそこで、今日
お勧めの落語は「馬の田楽」「武助馬」「夕立勘五郎」、現在馬は出ないけれど
「妾馬」なんていかがでしょうか。
 飲む打つ買うは男の三道楽。ヨハン・シュトラウスのワルツに「酒・女・歌」
なんてのがありますが、博打の代わりに歌が入っているのは健全ですねえ……
私が初めてこの曲を知った時、歌の師匠と一杯やって……なんてイメージを持
ちました。不健全ですねえ……さて、今日はそのようなイメージに似合う一席。

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17 汲み立て(くみたて)

【粗筋】
 町内の若い連中が美人の常磐津の師匠を張り合っていたが、建具屋の半公が
師匠といい仲という噂。住み込みの与太郎に問いただすと、二人は喧嘩をする
ほどいい仲で、今日も柳橋から船を出して涼みに行くという。邪魔者扱いされ
た若い衆は、こっちでも船を出して邪魔をする相談がまとまり、半公と師匠の
乗った船の近くへ寄せては馬鹿囃子でぶちこわす。怒った半公が、
「師匠をどうしようと俺の勝手だ。手前達の指図はうけねえ。糞でもくらえッ」
「おう、くらってやるから持ってこい」
  とやり合っている間へ、肥船がすうッと入ってきて、
「汲み立てだが一杯あがるけぇ」

【成立】
 1824年(文政7)瀧亭鯉丈『花暦八笑人』三編の下に取材したもの。
  落ちが汚いというので演じられる機会が少ないが、聞くに耐えない演出をさ
れる噺に比べるとずっと上物で、品を失わずに演れる噺である。品を落とさな
いと笑いを取れない演者のものは聞きたくない。与太郎が半公と師匠の話をす
る場面でも色々な演出がある。昼間二人が喧嘩をしているが、いかにも好き合
った者同志の喧嘩であり、聞いている若い者達がわくわくしたりがっかりした
り……そして、最後に与太郎がとどめをさす。
「夜になって除いたらまた喧嘩をしていたよ」「また髪をつかんだりしたのか」
「ううん、布団の中で取っ組み合ってた」
  これも品のあるくすぐりではないか。あまり細かい描写をされると聞くに耐
えない噺となる。たとえ艶笑噺であっても、気品は必要なのである。
  この臭い仲になった半公と師匠がこの恋(肥)をおおっぴらにしたのを潮に、
世帯を持った……かどうかは定かではない。
 三遊亭圓生(6)の独壇場だった。寄席では馬鹿囃子を口でやっていたが、
『圓生百席』では鳴り物を用いている。

【一言】
 速記本から覚えました。お師匠さんを張りに行く稽古屋の風景が出ておりま
すが、今でいえば、あそこのカフェーにいい女がいるとかいって、騒いでいる
といったのと同じ人情ですね。この噺のサゲは汚いというので、放送なんかで
はなかなか演らしてもらえないんです。(三遊亭圓生(6))

【蘊蓄】
 葛西は葛飾の西という意味。東京に葛飾区があるが、昔の葛飾は広い範囲を
指し、千葉県北西部にも東葛飾郡という地名がある。私の師である水原秋桜子
の句集『葛飾』もかなり広い範囲を詠んでいる。
  葛飾や桃の真垣も水田べり
 1807年(文化4)に永代橋が落ち(「永代橋」を参照のこと)、隅田川に架か
る橋は荷車の通行が禁じられた。そのため、亀戸、市川、葛西の百姓は、肥料
用の人糞を一荷ずつ担いで渡ることもできず、肥船から買い求めることとなっ
た。江戸や下町に出没する肥舟はほとんどが葛西から来たというので、葛西と
言えば肥舟を思い浮かべるのが常識で、吉原へ遊びに行くのにも葛西の者だと
いうことは隠していた。
 現在はディズニーランドから東京側へ江戸川を渡ったところ。ディズニーラ
ンドも最初は東葛飾郡浦安町だった。葛西には葛西臨海水族館、植物園なども
あり、観光のメッカとなっている。私のような地方出身者でも、葛西といえば
肥舟や汲み取りを連想したので、「葛西臨海公園」などという命名には正直び
っくりした。多分若い人はそのイメージを感じなくなっているのだろう。
 享和3年、蔦唐丸の『咄の開帳』に「国の咄」という小噺がある。
 下女たちが出身地を言い合っているが、最後の一人が、
「私は尾篭(びろう)ながら葛西さ」
 これは宿に泊まり合わせた人がどこから来たかを話すという内容で同じ落ち
になる小噺も多く存在している。どの本にもなぜ葛西が尾篭なのかという説明
はない。それほど一般的だったのである。まあ、水族館や植物園見学の時にこ
んな噺をすると顰蹙を買うので注意は必要。
 肥船は、仲買人から買い集めたもので、落語「大工調べ」には「他所(よそ)
で御馳走になって腹がくちくなっても長屋へ帰って糞をたれている」という啖
呵がある。店子から得る肥を売ることが大家の大きな収入源となっていたこと
が分かる貴重な台詞である。

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 さて、噺家さんのご紹介です。
古今亭圓菊(2):本名、藤原淑(しゅく)、1928(昭和3)年4月29日生ま
れ。昭和28年に古今亭志ん生(5)に入門し、生次。昭和32年二ツ目昇進で、
むかし家今松。昭和41年真打昇進の時に圓菊を襲名した。手話落語で話題になっ
たが、私はあの話し方が嫌いだった。はるか昔、非売品のCDをいただけると
いうのを断ったのがいまだに悔やまれる。なぜか縁は深いようで、各種イベン
トなどでお会いする機会が多い。特に菊之丞師匠と親しくなると、その師匠と
いうことで身近に感じるようになっていった。歩けなくなった師匠を背負って
どこへでも行ったが、そのことを綴った本「背中の志ん生」は傑作。毎年年末
には浅草で圓菊一門会が開催されるが、昼席夜席共に一門ばかり15人(くらい)
が登場、どちらももちろん圓菊師匠がトリを演じている。

 これから誕生日の芸人さん(現役のみ)。
4月24日:柳家さん枝
4月26日:宮田陽(漫才)
4月27日:翁家さん馬
4月29日:古今亭圓菊・古今亭菊龍

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HP「名作落語大全集」はこちら。http://esaki-ochi.hp.infoseek.co.jp

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