2009/10/31
お医者のタマゴクラブVol.106
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □ 【お医者のタマゴクラブ】 2000.11.8.創刊 □ □ http://homepage1.nifty.com/zaw/z/ □ □ ID:ID:0000050734 (c)ザウエル □ □このメールマガジンの無断複製・転載を禁じます□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ Episode 106【お医者の敵はお医者?】 例によってまたたいへんごぶさたしております。その後無事に大学院は修了し、学 生生活にピリオドを打ちました。学位は六月付けで頂いたのですが、学位記は三月ま で発行されないとかで、実感のあるような無いような感じです。 大学院卒業を待たずに春から四年ぶりに復活した外科常勤医としての生活も半年を 過ぎました。僕の現在の職場は、病院の方針で、心臓疾患以外の当直をおかなくなっ たので、しばらく当直無しの生活をしています。もちろん、オンコールとか待機とか いう名のボランティア拘束はあって、それについて思うことがないわけではないので すが、かつての生活に比べたら天国です。 原則、よくわからないことを訴えて変な時間に救急外来を受診する方々に関わらな くてよいことになり、仮に夜中呼ばれたとしても、入院中の患者さんや、長く外来で みている患者さん、あるいは当直医が我々のコールを必要としたケースに限られるわ けで、「コンビニ受診」だとか、患者さんからの暴言だとかいうストレスにさらされ ることがほぼ皆無ということになります。 基本的に僕は外科医という仕事は大好きだし、自分が責任と誠意を持って長く接し ている患者さんとの間に、信頼関係が築かれていくのを実感することは大きな喜びで す。以前も何度と無く書いてきましたが、僕のストレスのほとんどは、当直業務と救 急外来に起因するものでした。もちろん、夜間休日の対応、救急外来という場は必要 なのであるし、真の救急患者以外も、気軽に受診できるということが、真の救急患者 を遅滞なく受け入れるのに大切なことなのだという意見もわからないではありませ ん。患者さんが緊急だと感じた時、それは全て救急患者なのだというようなことを、 医師の心構えとして教えられたものでした。 年中無休の拘束と、コンビニ受診にまつわる様々なストレスに耐えられず、自分の 良心とのせめぎあいの中で、サイトやメルマガに、「患者さんの側での自制や理解も 必要だ」とか、「このままでは現場が疲弊して崩壊する」なんていうことを書き出し たのはもう7年も前のことになります。その頃は、まだ医師の側からそういうことを 言うのはタブー視される時代でした。最近では、医師が自分たちの権利を目に見える 形で強く訴えるようになり、世のおかしな医療裁判や、我が儘な患者さんへの批判と いうようなことが、当たり前のように行われる風潮があります。それはそれで行き過 ぎの面もあり、正当な権利ということを振りかざしすぎて、あまりにも品の無い発言 をする医師たちには同意しかねる部分もあるのですが、今まで見えてこなかった、現 場の素直な思いという部分もあると思います。 今、当直も無く、理不尽な拘束と命令をする上司もいないという環境において、数 年前には怒りとやるせなさで充ち満ちていた気持ちが相当に穏やかになっています。 野戦病院という環境を抜け出しただけで、別に窓際というわけではなく、コンスタン トに患者さんを診て、毎週手術もこなしているわけです。そうして、外科医としては もちろん現役でありながら、自分もかつておかれていたような劣悪な環境から一歩離 れた場所にいるだけなのに、今の僕には「野戦病院としての」現場の気持ちというの はもう全く抱けないのです。だからこそ、ただ医師免許を持っているだけで、まるで そうした前線の医師たちの気持ちが理解できているかのように振る舞いながら、自分 だけは良識ぶった発言をするという行為は、本当にやめて頂きたいと思います。全く 関係のない職種の方々から、誤解と偏見に満ちた発言をされるよりも、「同業者とし て」いわれのない批判をされるというのは、現場の人間の心を折るのに、これ以上な いことだと思っています。 特にマスメディアと結びついた同業者というのはあまりにもひどいことが多く、そ れを正しい情報だと思ってとらえてしまう人々の存在を考えると、時に暗い気持ちに なるのです。 例えば春頃に、「5年前に大腸内視鏡を腟内に挿入した」として、強制わいせつの 疑いで某医師が逮捕され、容疑段階で顔写真、自宅、実名全てが報道されたことがあ りました。情報がほとんど無いので、僕にはこの医師がじっさいにわいせつ行為を 行ったのか否かよくわかりません。このニュースを受けて、ネット上などでの一般の 方々の反応は、「故意以外に挿入部位を間違うことなどありえない」というものでし た。 地域的な事情もあり、僕もかなりの件数の内視鏡検査に従事しています。大腸内視 鏡検査において、肥満などで肛門がわかりにくかったり、緊張して肛門に力が入るな どして、内視鏡が滑って腟内へというケースは、時々耳にすることであって、実際の ケースを何件か知っています。 僕らにとって、患者さんが普通は人にみせない部分を診察するという機会は非常に 多いので、変な誤解を抱かれないために、女性の診察時は、基本的に女性看護師に立 ち会ってもらっています。看護師の数もじゅうぶんとは言えず、なかなかついてくれ る看護師さんが見つからないことも多いので、時々面倒で一人で検査にのぞむことも ありましたが、こうした報道を目にすると、自分の身を守ることの大切さを改めて感 じます。患者さんの申告のみで、身に覚えのないわいせつ容疑で逮捕されないとも限 りませんし。痴漢冤罪をみていても、「被害者」の証言だけで裁判所が罪を認定して いるような風潮がありますし、そもそも、「容疑」の時点で実名報道されてしまえ ば、仮に無罪を勝ち取っても、失うものがあまりにも大きすぎます。推定無罪を無視 したマスコミの対応には常々強い疑問を感じています。 今回の医師逮捕の件についても、少なくとも本人が否認していて、明らかにわいせ つ行為だったという証拠や裁判所の判断が明らかにならない時点で、あそこまでプラ イバシーをさらけ出すというのはやりすぎだと思っています。さらには、「元国立医 療センター医師」を名乗る黒木誠という方が、とあるメディアで「間違える可能性ゼ ロとはいえないが、過去に聞いたことがない」と語っていました。この人は本当に医 師? 医師としての責任をもった発言だとすればなんともお粗末だと思います。どう やら本当に医師免許は持っているらしいのですが、わからないことを専門家のように 発言するということは本当に辞めて欲しいです。聞いたことがないのは、黒木氏が内 視鏡に関わっておらず、アンテナが低かっただけのように思いますが、その薄い根拠 を前提に、さも専門家の意見のように発言するのはやめて欲しいと思います。 恥を忍んで書いておきますと、僕は過去に一度だけ腟内に誤挿入したことがありま す。患者さんが何も言わなかったのと、たまたまその患者さんの腟内が直腸壁に似て いた(ように思えた)のと、さらには周囲にいた臨床工学技師・女性看護師も全く気づ かなかったので、しばらく腟内をつついてしまい、しかし奥に進めないのに至ってよ うやく誤挿入に気付いたということがありました。未熟といわれてしまえば申し開き のしようもありませんが。もちろん、挿入時には注意していたつもりなんですけれど も、注意していたからこそ、直腸内にファイバーがあると信じて疑えなかったという こともあります。もちろん患者さんにはすぐに謝罪しましたけれども、これも告訴さ れれば逮捕されてしまうかも知れないと思うと、恐怖ではあります。 逮捕された医師がその後起訴されたというような報道も無く、この事件の真相がど うだったのか僕には知る由が無いのですが、これで逮捕されててマスコミを介した私 刑が行われるのであれば、いつ僕にこの災厄が降りかかってもおかしくないのです。 また、昨今、新型インフルエンザについて様々な騒動が巻き起こり、そのどさくさ に紛れて、とんでもない持論を展開する「医師」や「研究者」がメディアに登場しま す。その結果訪れた健康被害についてはあまり取り沙汰されないことが多いのです が、自分でそういった極論を選択するならまだしも、子どもに正しい医療を与えない ということは虐待だと思います。トンデモ論者やそれを扱うメディアは、「言論の自 由」を叫びますが、大衆に流布され、重大な健康被害を及ぼすような言説には、なん らかの規制は必要だと強く思っているのです。 【既刊】「お医者のタマゴクラブ」 ザウエル・著 文芸社・刊 1260円(税込) ISBN 4-8355-5878-2 http://homepage1.nifty.com/zaw/book.html 2009.10.31.(c)ザウエル<zaw @ pc.nifty.jp> (@は半角に変換してください) 前号発行部数:863


