ペヨトル工房「解散」通信  RSSを登録する

ペヨトル工房主宰・夜想編集長、今野裕一のメルマガ。プロデュースの書籍、アートイベントなどの紹介。一時、解散したときからの継続。今、夜想もペヨトル工房も復活している。

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2000/12/24

ペヨトル工房「解散」通信

★au revoir! PEYOTL|013|Yuichi Konno ★                               o
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■......joyeux no"el!  



 j_o_u_r_n_a_l   
ペヨトル工房の社風とスタッフ・ワーク




ペヨトル工房を立ち上げて、まだスタッフもいなかった頃の話。
営業に行かないと配本されない、でも営業は嫌い、できないというのがボク
の姿だった。人と巧く話しができないのだ。電話を取るのも苦手。今でも人
と話しをするのは上手ではないし、人前ではあがるので催し物の出演は99%
断っている。出版社を立ち上げたばかりで、とにかく営業しないとやってい
けないので、頑張って全国営業した。委託注文というものを取るために、書
店を次々回っていった。嫌なこともあったが、でも結構、好評だったので、
そんなに辛いことはなかった。この頃、ボクは、今、お世話になっている三
月書房にも営業した。宍戸さんのお父さんの宍戸恭一さんにハンコを捺して
もらった。「夜想」は、インディマガジンとしては配本力も販売力もあるほ
うだと思うが、それはこの営業力に支えられている。代々、営業は引き継が
れて、担当者もきちんと把握していた。なにかあれば電話一本で対処できた。
緊急発売とかね。

編集部員は入るとまず、倉庫整理と営業を担当する。本の流通の仕組を理解
してもらって、本は編集だけでなりたっているわけではないということを体
感してもらうためだ。ここで音をあげてしまう新入社員も多く、一日で逃げ
出す人も何人か出て、これではたまらないというので、はじめは試雇用期間
三ヶ月をバイトで勤めてもらった後、本採用という形をとったが、今度はノ
ウハウを教えるだけ教えたあげくちょうど三ヶ月でいなくなるということが
おきた。業を煮やしたボクは、三ヶ月ボランティアで来てもらって、後、試
雇用期間三ヶ月、さらにその後、採用というようにゲートを上げる仕組みに
した。ボランティアは「夜想」や「WAVE」誌面で定期的に募集していた。
もちろん応募はひっきりなしだった。

編集というのは、けっこう実作業の多い仕事で、コンセプトを振り回すなど
というのはほんの一瞬、あとは地味な積み上げばかりだ。面接で、良い企画
を出した人を採用してみると、ちっとも動かないしできないということもあ
り、それは意外にも六大学出身の人だったりして、ペヨトル工房では六大学
出身の人をほとんど採用していない。国貞陽一さんが確か早稲田で、もしか
したら六大学出身は彼だけじゃないだろうか。ボランティアを経験して編集
員になると、苦労もしているので、動きが良くて我慢強く、雑多な作業にも
耐えることができる。梱包とワープロ打ち込みは、全員上手だ。編集者の一
人に言わせると「ペヨトル工房は体育会系」だそうだが、まさに「体育会」
というか、有能なスタッフの集まりというか、「軍団」のような雰囲気が
あった(もちろん仕事できない人もずいぶん抱えていたけどね)。
 
最低の社会人教育を口をすっぱくなるほどしたので、ペヨトル工房の電話応
対はスゴく良いですね、といつも褒められていた。でも教育は本当に大変
だった。最初は新卒を採用していたのだが、電話の取り方からお茶の入れ方
(うちは男も順番でお茶を入れる)、一般常識を教育するのに、時間がかかり
すぎるので、一旦、社会に出た人をできるだけ採用するようにした。中途採
用の場合は「教育」が不要なうえ、自分のやりたいことが現状でできなくて
退社し、給与は安くてもペヨトルで仕事をしたいという、志ある人が来る場
合があって、メリットがあった。SFの文庫を出版していた会社から移って
きたKや、教科書会社からどうしてもとペヨトルに来た乾あゆみさんとかが
それにあたるだろう。

ボランティアやバイトを経て、実績を積んで社員になったというパターンは、
ペヨトル工房の大番頭、小川功さんとか、営業兼ボディガード(冗談ですが)
に活躍した黒田一郎さんとか、主力のメンバーにそうした苦労人がいる。
「ペヨトルは僕を必要とするはず」というくらいの強い押しで売り込んで社
員になった人もいる。「暗黒舞踏」の特集を組んでいるときに、踊りの特集
をしたいんです、と言って入ってきた国貞陽一、「私、ペヨトル工房に入る
ために前の会社辞めちゃいました」と言って、劇場の入り口で人を介してボ
クの目の前に立った乾あゆみ。「ペヨトル工房は解散したけれど、他に私の
勤めたい出版社はないですから」と、未だに道であうとけろりと言う乾あゆ
みが、あの時ボクに語ったペヨトル工房への思いは、十年近くたって、大変
な編集作業を共にした後でも変わらないようだ。

もちろん、恨みをもって辞めていった人も多いかと思う。会社を手伝っても
らっていたコンサルタントのAさんに、ちゃんと社員を叱れないとダメだよ
と教わって、会議で社員を叱咤することもおずおずとやっているうちに、ボ
クは結構こわおもての編集長になっていった。強気一辺倒だった時もあった
から、そのときに面接を受けた人は、けっこうキツイ印象を受けただろう。
現在美術評論家として活躍しているSさんは面接に来て、「美術出版社かペ
ヨトルかどっちにしようかと思って」などと言っていたので、「じゃぁ、美
術出版社に行けば」とあっさり断ったりしていた。現在写真評論家のIさんも
社員になりたいといって来たことがあったな。はじめの頃は、「何かできそ
うなことを言う人」を採用していたが、どうもそうじゃないことが分かって
きて、「何かできそうな人」を採用することにした。でも、人を選ぶという
ことは難しくて、ボクには到底できそうもない。だって、のちに大番頭と
なって大活躍してくれた小川功さんに「編集には向かないと思うよ」と、な
どと答えたりしていたのだ。ところが小川功さんは、ペヨトルの編集者のな
かでも最も「夜想」らしい、ボクよりも「夜想」を編集できる人になって
いったのだから。

「夜想」をかなり一人で作っていたのは、10号ぐらいまでで、その後は、編
集者との共同作業が多くなっていった。ペヨトル工房に入ってきたら、何を
やりたいかを聞いて、それがオリジナリティがあり、真剣であるなら、すぐ
に雑誌をまかせることにしていたので、ペヨトル工房の編集者はかなり自由
に雑誌を作っていたと思う。雑誌をたくさん出していたから、「編集長にな
りたければすぐにでもなってもらうよ」と本気で言っていたが、遠慮してか
誰も引き受けなかった。不思議なことだが、指示されることの方を選ぶ編集
者も多く、一冊丸ごとの企画を出してくれというと、負担になるから嫌だと
いう人も多かった。良く言えば、自分で雑誌を作るということより、ペヨト
ル工房で雑誌を作ることに興味があったのかもしれない。意外に思うかも知
れないが、編集はいったん任せると、ほとんど内容にもタッチしないで、自
由に作ってもらっていた。任せなかったのはむしろ営業の方で、書店営業や
ら取次戦略やら、いろいろと工夫して、指示を出していた。在庫の動きを毎
日眺めては、どうしたらよいかと考え続けている時期もあった。だから、
「夜想」を発売して三日以内に、渋谷の旭屋からこのくらいの追加があった
ら、全体は何部動く、なんていうことがぴったり予想できる能力を当時のボ
クはもっていた。(今はダメだけど)

ペヨトル工房は、「全員攻撃」「全員守備」のサッカーのような(古いな……)
スタイルで、誰でも営業ができて、誰でも編集ができた。一丸になって(とい
うのはもちろんボクの幻想だけれど)、雑誌を作り続けてきた。編集者たちは
多いに不満をもっていただろうが、有無を言わさずそうして走り続けていた。
その勢いが雑誌にも反映していたのだろう。しかし今は、そうした無理を
ベースにした、旧ペヨトル工房のようなスタイルやスタッフワークでは、い
いものはできあがらないような気がする。ただ、苦労や大変なことを厭わず
ものを作ろうとする人たちは、今でもたくさんいて、その人たちの思うよう
な生きがいのある仕事であれば全力でやってくれる。

ボクのやり方が変わったのか、年をとって丸くなったのか。それは良く分か
らない。ペヨトル工房を解散して、一人になって思うことは、スタッフのあ
りがたみだ。一人では雑誌も舞台も作ることができない。しかしこういう心
境になるまでに、25年という時間が必要だったのかも知れない。今ボクが仕
込み中のダンス・パフォーマンス「こっぷノなかノ太陽」は、観客に見せる
ために作っているのだが、スタッフとそしてパフォーマーと作り上げていく
過程に、醍醐味と楽しみを感じている。みんなのやっていることを、じっと
見て、感覚で応じて、アレンジし、方向性を決めていく。OKならもちろん
そのまま進めていく。長いこと舞台をやってきたが、今回ほど、スタッフの
創造力が発揮されているのを経験したことがない。はじめての人も何人かい
るのに、スタッフワークの可能性を感じている。というか、ボク自身が、そ
うした新たな関係によって、すべてのスタッフが気持ちよく力を込められる
場所を模索しているのだ。理想を言っているわけではない。そうしないと何
もできないという、ただそれだけのことなのだ。雑誌は、今、大きな変革期
を迎えていて、スタッフ構成の仕方もおそらく変化を求められているのだと
思う。雑誌編集も新たなスタイルが必要だ。それが見つかったら、もう一度
雑誌を作ってみたいと最近は思っている。


        【ただいま上演中。当日券あります】
UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU
Le soleil    
dans      \ l /       dance/performance [こっぷノなかノ太陽]
un verre  ―●―    
UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU

台本・演出.....今野裕一
出演.....片上守/中嶋みゆき(解体社)
日時.....2000年12月23日(終了)・24日・25日 6:30分開場 7:00開演
会場.....劇団「解体社」FREE SPACE カンバス
     http://www.kaitaisha.com/
定員.....30名(各日とも)
料金.....前売\2500 当日\3000
____________________________________________________________

h o m e p a g e
http://www.tctv.ne.jp/members/peyotl/index.html
o n l i n e b o o k s h o p
http://www.peyotl.co.jp/peyotl/bookshop/bookshop.html
m a i l i n g l i s t [fan avec Monsieur Konno]
http://www.egroups.co.jp/group/peyotl
____________________________________________________________
pre'sente' par P E Y O T L F A N
h o m e p a g e
http://www.thought.ne.jp/peyotl
 









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