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山本一生編集のもと、立川健治、森本健、伊与田翔などが、競馬の文化の現在を発信します。日本競馬文化史上最高の名著、佐藤正人の『わたしの競馬研究ノート』シリーズも復刻配信中。

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2008/04/13

競馬の文化村「もきち倶楽部」   No.868

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競馬の文化を発信するメール・マガジン        2008 年4月14日発行
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    競馬の文化村「もきち倶楽部」          No. 868

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▼目 次▼

■ 富山の競馬(戦後編)   第129回          立川健治  

   各地の闇競馬(62):岩手:進駐軍を慰安


■ 佐藤正人著『わたしの競馬研究ノート』 第543回   編:山本一生 

   競馬ノート15:競馬切抜帳(43)

     競馬ファンに軍配・・万馬券払い戻し控訴審

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■ 富山の競馬(戦後編)   第129回           立川健治  
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   各地の闇競馬(62):岩手:進駐軍を慰安
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 1946(昭和21)年10月5、6日、戦前のサラブレッド生産の中心であ
る小岩井牧場が存在する馬産地岩手でも闇競馬が開催された。主催は競馬振興競
馬倶楽部、進駐軍慰安競馬と銘打たれた。倶楽部と進駐軍慰安の組み合わせ、東
北地方の闇競馬の典型の形式だった。
 青森の八戸競馬から1週間遅れだったが、青森競馬倶楽部の元油川飛行場での
開催とは時を同じくしていた。時系列でいえば、東北地方では2番目であった。

 この盛岡にならった福島県馬匹組合連合(以下県馬連)は、地方競馬法施行ま
では、県馬連としては主催しないが、各馬匹組合などが進駐軍と交渉、その許可
を得て、進駐軍慰安競馬という形式をとれば、馬券を発売する競馬は開催可能で
あるとし、その開催を全面的にバックアップすることを表明していた。
 岩手の闇競馬の開催条件が、倶楽部が主催して進駐軍慰安競馬という形式をと
ることだったことを、逆にそこから推測させてくれている。

 戦前からの岩手の馬事関係者、県馬匹組合連合会、盛岡市馬匹組合の中心人物
たちが、盛岡振興競馬倶楽部の発起人会を開いたのは、開催1ヶ月前の9月5日。
理事長には一条友吉、常務理事には小泉多三郎、幹事には吉田与四郎、久保彦蔵、
石川金三郎らが就任した。
 一條友吉の父牧夫は、明治期に南部駒の改良につとめて岩手の軽輓馬、軍馬の
馬産の基盤を作り、大正期に入って自ら黄金牧場を経営、競走馬の生産にあたっ
た。友吉は、明治期アメリカやイギリスに渡った経験をもち、父のあとを継ぐと
ともに、昭和6年の星旗、星友など下総御料牧場のアメリカ産サラブレッド導入
にもあたった。
 今年も6月に盛岡競馬場で実施される「一條記念みちのく大賞典」が冠してい
る一條記念の一條は、この牧夫、友吉父子の功績を讃えてのもの。小泉多三郎は、
実業家で商工会議所会頭をつとめ、馬主でもあり、1947年4月最初の公選の
盛岡市長となる。

 同倶楽部は、一口1000円で300名の会員を募集、300口30万円の資
金を集め、地方競馬法施行までは進駐軍慰安競馬として開催、法案施行後は、直
ちにその合法の組織に切り替え、春秋二季、県馬連と共に開催にあたる予定だっ
た。10月上旬までに満了の300名が加入、出資金24万円が払い込まれてい
た。

 耕作、畑地化されていた元黄金競馬場(盛岡市上田)を岩手県馬匹組合連合会
と盛岡市馬匹組合が譲渡を受け、馬券売場の建設、コース整備にも着手していた。
馬場の改修には、振興競馬倶楽部の出資金の内の19万円があてられていたとい
う。そして10月5日からの開催がつぎのように報じられた。

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   「進駐軍を慰安 5日から盛岡競馬

      『新岩手日報』1946(昭和21)年10月3日


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 昭和16年秋季以来戦争中中止となっていた地方競馬(註1)は過般創立した
盛岡振興競馬倶楽部の主催のもとに愈々5、6の両日黄金馬場で進駐軍慰安競馬
会として開催と決定した、5年ぶりの催しのこととて白熱的人気沸騰を予想され
るが長い間戦時馬政のため折角名馬優駿を生産しながら能力検定檜舞台である競
馬を通じて馬匹改良の本来の使命を全うすることが出来ず皮肉の嘆きに暮れてい
た県下高級馬生産家にとっては真に一陽来福の慶びで馬産界一帯喜色につつまれ、
そのため従来は到底草競馬になど拝めそうもなかった名駿を各馬主とも争って出
場させる結果、果然豪華絢爛たる大レースが続々と編成される見込みで、既にこ
の日頃の好天に黄金競馬場は毎朝出場馬のトレーニングで大賑わいを風している。

 競馬の開場は毎日午前9時、第一競馬の発馬は同10時で概ね30分毎に両日
10レースを挙行するが入場料は5円で盛岡駅前と中の橋から競馬ゆきのバスも
運転される。

 ファン連中お待ちかねの勝馬投票券は1枚10円複勝式(註2)で最高払戻金
は百倍の金千円が限度、倶楽部当事者は過般開催の函館競馬から睨んで1日平均
100万円の売上にのぼるだろうと物凄い意気込みである、なお玄人筋には見逃
せない出場馬の馬能検査は3日午前10時から黄金競馬場で行われるが、各レー
スの賞金も昔日とは段違いに飛躍し4000円、5000円という高額で総計7
万数千円に上る景気である、

 両日概定番組(註3)は次の通り
 第1日
 1軽種競走(800メートル、サラ系明三歳)、2土産馬競走丙(800メー
トル)、3中間種(800メートル中間種丙)、4軽種競走(1200メートル、
アラブ系乙)、5土産馬競走(800メートル乙)、6中間種競走(800メー
トル、乙)、7軽種競走(1200メートル、アラブ系甲)、8土産馬競走(8
00メートル、甲)、9軽種競走(1200メートル、サラ四歳以上)、10中
間種競走(1200メートル、甲)

 第2日
 1軽種競走(800メートルハンデ1着賞金5000円、第1日出走サラ系三
歳)、2土産馬競走(800メートルハンデ、1日丙馬1着馬除く)、3中間種
競走(ハンデ第1日丙馬1着馬除く)、4軽種競走(ハンデ1200メートル、
アラ系乙1着馬除く)、5土産馬競走(ハンデ800メートル乙1着馬除く)、
6中間種競走(800メートルハンデ乙1着馬除く)、7軽種競走(1200メ
ートル、ハンデアラブ系甲馬優勝)、8土産馬競走(800メートル、ハンデ甲
馬優勝)、9軽種競走(1200メートル、ハンデ、サラ系四歳以上)、10中
間種競走(1200メートル、ハンデ甲馬優勝)

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 註
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(1)
  実際は1938年が、戦前最後の開催であった。

(2)
  おそらくは単勝式、複勝式の2種類が発売されていた。

(3)
 岩手県競馬組合『いわての競馬史』(1983年)に、Consolation Race 進
駐軍慰安競馬と記された、10月5日の出馬表の一部の写真が掲載されている
(62頁)。それによれば、第1レースが中間種丁、第2レースが Ponny (土
産馬のこと)B Class 競走、1着から5着までの賞金1200、400、300、
200、100円、計2200円、第6レースが Arab B Class 、1着から5着
までの賞金2800、700、500、300、200円、計4500円だった。
概定番組が変更されていたことがわかる。

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 解 説
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 サラブレッド、アラブの出走が働きかけられ、「県下高級馬生産家」、馬主も
「名駿」を出場させ、小岩井牧場が誇る種牡馬シアンモアの産駒も出走する予定
と前人気が煽られた。
 そして10月5、6日の開催だった

 賞金総額7万数千円という数字は、札幌の進駐軍競馬第1回の15万円(ちな
みに10月の段階では60万円)には及ばなかったが、富山の3万円の約2倍半、
全国の闇競馬の中では中位だった。
 概定番組では、サラ三歳2、土産馬(ポニー)6、中間種6、アラブ4、サラ
四歳2というレース編成だったが、実際は中間種が8、サラ三歳が4と増加、一
方土産馬が4、アラブが2と減った。中間種とポニーが半数を超えていたが、サ
ラブレッド三歳のレース数4は馬産地の面目を保つ数ものだった。だがその質が
問題だった。

 入場者は、初日5000人、二日で1万人を超えていたようだが、1枚10円
の入場券(入場料5円、入場税5円)の発売金額は初日2万5000円、二日目
2万7000円だったから、有料入場者数はそれぞれ2500人、2700人だ
った。売上高は初日22万円、二日目38万5000円、計60万5000円余。
「係員の不慣れから穴場非常に混雑、レースの進行を阻害、馬券の売上は予想の
半分にも及ばなかった」
 というのが理事一條友吉の開催後の談話であった。
 富山の第1回の売上高が三日間で181万、単純に3分の2として、盛岡はそ
の半分。全国でも下位グループに属する数字だった。

 だがそれでも8900円余の黒字となっており、岩手県護国神社秋季祭典費に
3000円、「薄幸児救済の一助」として杜陵学院に2000円、岩手養育院に
2000円、「民衆警察建設の一助」として盛岡署長1500円を寄託と全額を
寄附していた。入場税の徴収、警察署長への寄託は、この競馬が「合法」であっ
たことを端的に示していた。

 第2回開催は、当初、10月19、20、21、26、27、28日の6日間
の予定だったが、28、29、30日の3日間開催に半減された。原因は馬不足
が原因だった。
 出走登録馬数は、中間種系三歳5頭、中間種甲7頭、中間種乙8頭、中間種丙
6頭、土産馬 ( ポニー ) 9頭、サラ・アラブ三歳5頭、アラブ四歳以上4頭、
騎乗速歩馬11頭、計55頭(『新岩手日報』S21/10/26)という状況で、出走
馬の質は別としても、富山の半数の頭数であった。第1回目には実施されなかっ
た騎乗速歩の導入も、競走馬不足の結果、余儀なくされたものだった。

 実際には、サラブレッドの追加登録があったようで、レース編成は、初日中間
種3、土産馬(ポニー)1、アラブ三歳1、アラブ四歳1、騎乗速歩1、サラブ
レッド四歳以上1、計8、二日目中間種4、土産馬(ポニー)1、サラブレッド
1、アラブ系1、騎乗速歩2、計9、三日目中間種3、土産馬(ポニー)1、サ
ラ・アラブ1、騎乗速歩2、サラブレッド1、というものだった。

 第1回が二日間で10レース、第2回が三日間で25レース、その増加は騎乗
速歩5の増加に見合っていた。平均すれば、一日あたり中間種、ポニー、速歩が
計5から7、サラブレッド、アラブが計2から3、騎乗速歩1から2だった。サ
ラブレッドが出走可能レースは4であったから、数としては第1回と代わらなか
ったが、三歳馬限定が消えているのは、第1回の同レースが、まともなレースと
して成立しなかったことを示している可能性が高かった。

 賞金総額は8万2000円、初日好天候に恵まれて観衆5000、二日目は朝
来の雨にもかかわらず約8000、最終日は約1万と、第1回目と変わらない数
字だったが、三日間の総売上高は76万3670円(単57万5520円、複1
8万8850円)と実質的には減ってしまっていた。

 そして盛岡振興競馬倶楽部は、11月2、3日、憲法発布記念を謳う競馬会を
主催した。同様の発布記念の競馬会は、富山の高岡市が主催していたが、他に函
館レースクラブ、群馬県馬匹組合連合会が前橋、京都府馬匹組合連合会が長岡な
どで開催していた。
 八戸馬7頭、アラブ系3頭が新しく加わってこともあって、出走場79頭と第
2回よりも増加していた。だがサラブレッド単独のレースは組むことができなく
なっており、アラブとの混合で、三歳、四歳以上がそれぞれ1日1レース行われ
た。そのいずれかの1着賞金5000円のレースが目玉だった。売上高の記録は、
初日の24万1460円(単9万5320円、複13万6140円)しか残され
ていないが、二日目もそう変わらないものだっただろう。
 この売上高でも、また黒字であり、開催後、倶楽部は引揚者更生連盟に500
0円を寄附していた。
 地方競馬法施行を受けて、盛岡が1県1ヶ所の指定競馬場となる。
 盛岡振興競馬倶楽部は、その後も存続し、県営化を前に、岩手競馬倶楽部と改
称して組織を強化、盛岡の競馬を支えていくことになる。なお出発当初の岩手競
馬倶楽部の中心も小泉多三郎と一條友吉だった。

 小岩井牧場を筆頭にした馬産地であった岩手の開催にしては、サラブレッドの
レースに関して物足りなかった。戦時中、弾圧に近い形で軽種馬の生産が減少を
余儀なくされ、またその数少ないサラブレッドも日本競馬会への出走を選択して
いたからだった。
 この岩手、そして青森と比較すると、北海道レースクラブの高木清の手腕が際
立っていたことが、より明確となってくるだろう。

 このように全国的にみれば、盛岡競馬場の売上高は下位にグループに属してい
て、その事情は翌年の県馬匹組合連合会の時代になってもそう変わらなかった。
 各県の馬匹組合の中央組織である中央馬事会が、売上高に応じて納付金を集め、
売上高が低い県に対して補助金を出す仕組みを作っていたのも、この岩手のよう
に売上が伸びない馬産地の競馬の支援ということが大きな目的となっていた。

 なお1946年12月以降、水沢、一関、花巻でも競馬場設置に向けての動き
が具体化していた。
 1947年3月の地方競馬法の改正を受けて、6月、順当に、戦前地方競馬
開催されていた水沢に決定され、9月に第1回の開催を迎える。この年、盛岡の
5月の第1回開催が193万3970円、7月第2回が194万7670円、第
3回10月が104万6050円だったのに対して、水沢は291万6700円
を売り上げることになる。
 水沢競馬の売上高が、東北一である時代がしばらく続くことになる。


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 関係略年表 
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  1947(昭和22)年

 1月 4日 公職追放令改正(対象範囲拡大)
   31日 マッカーサー、2・1ゼネスト中止を命令
 3月 5日 内務省、主食の強制供出を指示
   31日 地方競馬法改正(北海道 6 ヶ所、他 2 ヶ所と競馬場数倍増) 
       教育基本法・学校教育法公布
       貴族院廃止
 4月11日 富山県馬匹組合連合会主催第1回開催(4日間、高岡競馬場)
   14日 独占禁止法公布(7月20日施行)
   25日 第23回衆議院総選挙(第一党社会党)
 5月 3日 日本国憲法施行
    4日 第7回(戦後初)桜花賞(京都競馬場、勝馬ブラウニー)
   11日 平和賞(第15回天皇賞に相当、戦後初、京都競馬場、
           勝馬オーライト)
   20日 吉田茂内閣総辞職
 6月 1日 片山哲内閣成立(社会党、民主党、国民協同党連立内閣)
    8日 第14回(戦後初)東京優駿(東京競馬場、勝馬マツミドリ)
 7月 1日 飲食営業緊急措置令公布(全国の料理飲食店営業禁止、
           1949年4月まで)
    5日 NHKラジオドラマ「鐘の鳴る丘」放送開始
       新物価体系発表(国家公務員給与1800円ベース)
   24日 富山県馬匹組合連合会主催第2回開催(4日間、高岡競馬場) 
 8月14日 富山県馬匹組合連合会主催第3回開催(4日間、高岡競馬場) 
 9月12日 内務省、地方競馬における不法行為の取締強化を指令
10月17日 第16回(戦後第2回)天皇賞(東京競馬場、勝馬トヨウメ)
   19日 第8回(戦後第2回)優駿牝馬(東京競馬場、勝馬トキツカゼ)
11月 3日 富山県馬匹組合連合会主催第4回開催(4日間、高岡競馬場)
   19日 農業協同組合法公布(馬匹組合も含めて戦時中に組織された全て
           の農業団体の8ヶ月以内廃止を規定)
12月20日 臨時石炭鉱業管理法公布
   23日 片山内閣「競馬制度の改正に関する件(日本競馬会の国営化、
         地方競馬の公営化)」閣議決定
   24日 内務省、新春の各地方競馬における不法行為の徹底取締を指令  



 *上記以外の闇競馬に関しては、本シリーズで紹介する毎に追加していきます。
  
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♪♪ ダービーの系譜から、近年盛んなPOGまで、たくさんの興味深い逸話を
ちりばめて、歴史、血統、ジョッキー、馬産理論等々、ミステリーの道具立てを
愛情いっぱいに説く。無類の優しさにみちた「書斎の競馬」の決定版。
 解説・高橋源一郎。


  山本一生著 『増補・競馬学への招待』 平凡社 1260円(税込み)


「彼の素晴らしき傑作、この「競馬学への招待」を読んだあなたなら、
 我々には、いや日本の競馬には、山本一生が必要なことがわかるはずなのだ」

                        高橋源一郎
  
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■ 佐藤正人著『わたしの競馬研究ノート』 第543回   編:山本一生  
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   競馬ノート15:競馬切抜帳(43)
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 競馬ファンに軍配・・万馬券払い戻し控訴審
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 このような見出しの記事を紹介する。中日スポーツ紙(90/11/8)にのったも
のである。


 昭和61年5月、阪神競馬場で行われたレースで、日本中央競馬会(渡辺五郎
理事長)が着順を誤って発表し、当たり万馬券を捨ててしまった大阪府寝屋川市
の会社員ら2人が、同競馬会に払戻金に当たる計281万円の損害賠償を求めた
訴訟の控訴審判決が7日、大阪高裁であった。
 中川臣朗裁判官は「2人が当たり馬券を買っていたことは明らか」とし、同競
馬会に請求額全額を支払うように命じた1審の大阪地裁判決を支持し、同競馬
の控訴を棄却した。
 判決によると、2人は同年5月31日に第4レースで、当たり馬券となった連
勝複式の5・5など4〜5通りの組み合わせ番号を1枚の馬券に印字した「ユニ
ット馬券」を購入。的中の5・5それぞれ2千円、1万円分を買った。レースの
結果、2人の予想は当たり、払い戻しは100円当たり2万3434円となるは
ずだった。 ところが同競馬会が誤って4・5を当たりと発表、3時間たって正
しい着順を改めて発表し4・5と5・5の2通りの馬券を払い戻す措置を取った
が、2人は既に外れとして馬券を捨てた後だった。
 中川裁判長は、2人が購入したとする馬券の組み合わせ通りの発売記録が売り
場に残されていることや、2人の同僚らがレース直後、的中馬券を見ていること
などを根拠に、2人が当たり馬券を買っていたと認定した。

 天羽光雄・日本中央競馬会広報室次長の話
 日本中央競馬会側の敗訴となり極めて遺憾。判決文をよく検討し弁護士とも相
談の上、上告するかどうかを決めたい。

 本当に、大阪高裁の判断のように、2人が当たり馬券を買っているなら、払い
戻しをしてやっても良いと思うのだが、JRAはその当たり馬券がないとだめだ
というのだろうか。
 もっとも外に理由があるのか、私には、わからないが、誤審をし、そのために
損害を受けた競馬ファンに対し、JRAはどう責任をとり、どういう補償の方法
をとるのだろうか。

                            (9 ・ 13)

======================================================================= 

  『わたしの競馬研究ノート』こそは、わが競馬界が生んだ金字塔であり、
  それは、競馬を志す後進者が汲めども尽きざるヒントの養水池である。
  残念ながら、生前、佐藤さんに親炙する機会を持つことはなく終わったが、
  これらの書物を通して、私は、今も佐藤さんに私淑することができる。

                            伊与田翔

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 競馬の文化村「もきち倶楽部」              No. 868  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  BACK NUMBER http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000042700
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【発行部数】  700部  独自配信 360              
              汎用配信 340  まぐまぐ 298    
                         melma   42    
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【発行者】     安部俊彦 
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【編集人】     山本一生 
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【WEB】     http://www.bunkamura.ne.jp/mokichi-club
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【MAIL】     mokichiclub@bunkamura.ne.jp
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【制 作】     (有)ケーズオフィス 
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