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2009/07/25

法報タイムズ vol.277【妊娠中絶を行った女子社員に産後休業は必要か】

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 ■2009.7.25/vol.277               発行総数:5245部

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【目 次】

   ■人事・労務管理Q&A
   ■8月の歴史事件簿
   
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■人事・労務管理Q&A
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妊娠中絶を行った女子社員に産後休業は必要か
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【Q】

 妊娠4ヵ月以上(85日以上)で中絶した女子社員に対しては,産後休業を
与えなければなりませんか。

【A】

 労基法は,出産に関する母性保護の基準として,次のように規定していま
す(第65条)。

1 使用者は,6週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する予定の女
 性が休業を請求した場合には,その者を就業させてはならない。

2 使用者は,産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただ
 し,産後6週間を経過した女性が請求した場合には,その者について医師
 が支障がないと認めた業務に就かせることは差支えない。

3 使用者は,妊娠中の女性が請求した場合には,他の軽易な業務に転換さ
 せなければならない。

 この産前産後の就業制限の期間を算定する場合の基準については,「産前
6週間の期間は自然の分娩予定日を基準として計算するものであり,産後8
週間の期間は現実の出産日を基準として計算するもの」(昭26・4・2婦発
113号)と解されています。また,その際の出産の範囲については,「妊娠4
ヵ月以上(85日以上)の分娩とし,生産のみならず死産をも含むものとする」
(昭23・12・23基発1885号)と解されています。

 さらに,妊娠中絶については,「妊娠4ヵ月以後行った場合には,労基法
第65条第2項の規定(上記2)の適用がある」(昭26・4・2婦発113号)と
されています(ただし,妊娠中絶の場合には,産前6ヵ月の休業の問題は発
生しません)。

 したがって,妊娠4ヵ月以上で中絶した女子社員に対しては,中絶を行っ
た日を基準として,その後8週間の産後休業を付与する義務があります。

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■8月の歴史事件簿
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          ◆――――――――――――◆
             奥州合戦(平泉陥落)  
          ◆――――――――――――◆

 平安時代の末期,蝦夷(野蛮人)が暮らす未開の地とされた奥州(東北地
方)に,京の都に匹敵するほどの文化都市が約100年にわたり繁栄した。この
地を統括する奥州藤原氏が本拠とした平泉である。平泉は,近郊で産出され
る豊富な黄金を武器に,中央政権とは一線を画した独自の発展を遂げた都市
で,藤原氏四代(清衡・基衡・秀衡・泰衡)の栄華の象徴であった。

 自主独立の道を歩んできた平泉に,外交方針の転換を迫るきっかけとなっ
たのは,治承4年(1180年)の源頼朝の挙兵だ。頼朝は,緒戦(石橋山の戦
い)で手痛い敗北を喫したものの,その後は反平家勢力を結集して逆襲に転
じ,寿永4年(1185年)3月,壇ノ浦でついに平家を滅亡させた。

 この平家との合戦で最も功があったのは,人質として幽閉されていた鞍馬
山を脱け出し,一時平泉に身を寄せていた源義経である。軍事においては天
才的な能力を発揮した義経だが,政治的な資質に欠けていたことが災いし,
策謀家の後白河法皇に利用され,兄・頼朝との対立が決定的となる。

 源氏兄弟の骨肉の争いは,平泉に大きな影響を与えた。政治力に長けた頼
朝によって「朝敵」とされた義経は,わずかな家臣とともに,第二の故郷で
ある平泉を頼る。当主・藤原秀衡は,いずれ避けられないであろう鎌倉勢と
の戦いに備え,奥州軍の指揮を執らせるため,武勇に優れた義経を匿うこと
を決めたといわれる。

 平家亡き後の頼朝にとって,奥州は自身の覇権が及ばない最後の地であっ
た。ここを制圧することは百年以上にわたる父祖(源頼義・義家)以来の宿
願であったが,老獪な秀衡を相手に迂闊に打って出られない状況が続いてい
た。しかし,文治3年(1187年)10月,頼朝に幸運が訪れる。秀衡が病没し,
嫡男の泰衡が4代目を継いだのである。

 これを機に,頼朝は若い泰衡に揺さぶりをかける。義経追討の院宣を楯に,
義経の身柄引渡しを要求。初めは父の遺命に従い拒んでいた泰衡であったが,
再三にわたる頼朝の脅しに屈し,ついに文治5年(1189年)閏4月,平泉郊
外の衣川に居を構える義経を攻め,自害に追いやった。

 泰衡は,義経の首を差し出せば平泉は安泰と考えていたようだが,その思
惑は外れる。同年7月19日,頼朝は,勝手に義経を誅伐したことを口実に,
20万を超える大軍を率いて鎌倉を出立,奥州への進攻を開始する。阿津賀志
山(福島県)に陣を敷く泰衡の異母兄・藤原国衡と鎌倉方の猛将・畠山重忠,
小山朝光らとの間で激しい合戦が行われたのは,8月7日から10日にかけて
であった。

 この戦いで国衡軍は壊滅し,奥州軍の主力部隊も平泉へ退却する。勢いを
得た鎌倉軍は,一気に平泉を包囲。防戦態勢を整えることができなかった泰
衡は,居館周辺に火を放って逃亡,ほとんど戦いらしい戦いも行われないま
ま,同月22日,平泉は陥落した。

 「奥州十七万騎の強兵」と恐れられた藤原氏がこれほど脆くも敗れ去った
のは,鎌倉方の数の力もあるが,秀衡の死後,藤原氏内部で分裂が生じてい
たことも見逃せない。義経の処遇をめぐって,泰衡は意見の異なる異母弟の
忠衡を誅殺するなど,一枚岩で臨むことができなかった。

 その泰衡は,北方へ逃げる途中の9月3日,郎従・河田次郎の裏切りによ
り命を落とす。ここに奥州藤原氏は滅亡し,頼朝は全国制覇を成し遂げたの
であった。

                           (古木尾 忍)

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 【編 集】法報タイムズ編集部  melmaga@houho.com
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