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2008/03/16

[書評]のメルマガ vol.353

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■■ [書評]のメルマガ                        2008.3.16発行  

■                                               vol.353
■■     mailmagazine of book reviews   [ 弟子と師匠 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★「入谷コピー文庫 しみじみ通信」堀内恭
 →限定15部でオモシロ小冊子をつくる極小版元の活動報告です。
★「新・新刊書店の奥の院」荒木幸葉
 →金沢から新天地に移り、そこでもやっぱり書店員の日常です。
★「真駒内石山堂通信」中野朗 最終回
 →山口瞳熱愛者と永倉新八のひ孫。二人がお伝えする札幌の本事情。
★「古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧」高野ひろし
 →立川流一門の中で、最も師匠の影が見えない弟子が語る立川談志。
★「オヤツのオトモ」大橋あかね
 →アマいオヤツにゃ本が合う。本邦初の「食い合わせ」書評なのです。
★「中山亜弓が選ぶこの一冊」
 →作・画から印刷・製本までを一人で行なう手差ユニッツをご紹介。
★「全著快読 梅崎春生を読む」扉野良人
 →『桜島』などで知られる梅崎春生(1915〜65)の全著作を完読します。
★リレー連載「書肆アクセス閉店から見えてくること」
 →休載です。投稿募集中。

*本文中の価格は、表示のあるもの以外は、税抜き(本体)価格です。

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■入谷コピー文庫 しみじみ通信  堀内恭
(14)巡礼トリオ復活!
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『下町酒場巡礼』が、今はなき四谷ラウンドから出版されたのが、1998年。
今から10年前のことでした。あの本の編集を担当させてもらって、驚いたのは、
読者カードがものすごく多かったことでした。「こんな本を待っていました」
という声が圧倒的で、「酒場愛好家にとっての必読書」と言ってくれる読者も
いました。ホント嬉しかったです。

 東向島の丸好酒場のトイレの写真から始まる内藤利朗さんの文中写真も評判
でしたし、「着古したシャツみたいな下町の居酒屋が好きだ」と帯の文を書い
てくださった故・種村季弘さんにも感謝します。

 呑んべえ三人組(大川渉・平岡海人・宮前栄)の文章がまた実に良いアンサ
ンブルだったなあと思います。個性ある隠れた名文でしたね。

 その巡礼トリオが復活です! 東京の場末ではなく、現在住んでいる大阪・
鳥取・長崎の地での酒場巡礼&散歩の日記形式で。この『呑んべえ巡礼日記』
を読んでもらうと、今すぐ大阪へ、鳥取へ、長崎の酒場へ出かけたくなるので
は……と思います。

 大川さんのブルースのような渋い視点、宮前さんのパワフルな行動と呑みっ
ぷり、食べっぷり、平岡さんのちょっと古めかしさを求めた懐かしい匂い……
と三者三様の日記を読めることの至福をつくづくと感じます。巡礼トリオが10
年という長い年月を経ても、「呑んべえ」であることに乾杯したい気分です。
 巡礼トリオは永遠に不滅です!

〈ほりうち・やすし〉1957年生まれ。フリー編集者。
大川渉・平岡海人・宮前栄『呑んべえ巡礼日記〜大阪・鳥取・長崎篇』を2月
に刊行しました。『下町酒場巡礼』『下町酒場巡礼 もう一杯』は現在、ちく
ま文庫で刊行。     

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■新・新刊書店の奥の院 荒木幸葉
(19)団地へ、の巻
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 ここんとこ、ハードな建造物の写真集がふえてきました。たとえば、工場、
鉄塔、ダム、ジャンクション。いづれも観賞用として建てられたものではなく、
たてもの本来の役割をキッチリはたしながらも、余計なものをそぎおとした機
能美の結晶ともいうべき姿たちばかり。無骨で地味だけどなんか気になる存在
に、自分の隠れた嗜好をみいだして、愛でる人々が増殖中。店頭でもまとめ買
いが多いです。

 その仲間として最近熱いのが、団地です。『僕たちの大好きな団地』(洋泉社
ムック 本体1,200円)を皮切りに、今月、『団地さん』(大山顕 エンター
ブレイン 本体1,400円)が発売され、さらに下旬には『団地の見究』(大山顕 
東京書籍)、『団地ノ記憶』(長谷川聰・照井啓太 洋泉社)と続きます。昭和30
年代に最新の設備を誇った団地が、近年、老朽化で取り壊しや建て替えがすす
んでいることが一因のようです。

 私も小学校にあがるまで団地にすんでいました。だから、コンクリートの箱
が規則正しく並ぶさまや、側面の何号棟とか示す数字の古っぽいフォントをみ
ると、団地のブランコでハイジの歌うたいながらガンガン立ちこぎして、支え
の棒に顔面ぶつけて血だらけになったことや、棟と棟の間の自転車置き場でく
しゃみしたら、階上の窓から「ハクション大魔王〜」と呼び声がかかり大泣き
した、無垢な幼女のころのきもちがよみがえって、きゅーっとなります。

 さて『団地さん』では、日本住宅公団の秘蔵写真を交えながら、スタンダー
ドな形から、「スターハウス」と呼ばれるY字型のもの、晴海団地のように現
存しないもの、はたまた遊具や給水塔にいたるまで、手のひらサイズのペーパ
ークラフトで再現できるようになっています。ただし、スチレンのり用注射器
やサークルカッターなど、建築模型製作用の道具が必要みたいで、素人にはち
と難しいかな。ポストカードとかでもよかったかも。

 そのほか、団地内部のグラビアも。台所にはブルーの有孔ボードにつるされ
たお玉やフライ返し、ビニール製のチェックのテーブルクロス、応接間にはレ
ースのカバーが掛かったソファやデコラテーブル。団地内のスーパーでは、パ
ラソル型の陳列什器に、サラミやら魚肉ソーセージがこんもり。レジに並ぶ人
は着物や割烹着なのに、今よりどことなくポップな印象をうけます。

 入居時の説明書「住まいのしおり」には、「アパートの玄関は狭いので暗い
感じになりがちです。壁に小さなアクセサリーをかけたり、室との境にカーテ
ンやのれんなどをつけて生活の喜びをかんじさせる工夫をしましょう。」とい
った啓蒙風のよびかけや、「共同生活のなかで電気ガス・水道を建物の血管だ
とすれば、神経のように楽しい気分にさそいこんだり、いやな思いをさせるの
がダスト・シュートです。」なんて詩的な文章がなかなか読ませて、初期入居
者のこころざしの高さがうかがえます。

 こんなふうにむかしの団地を目にしていたら、どうしてもみにいきたくなっ
て、松戸市立博物館で昭和30年代の2DK団地の再現展示を見学してきました。
円筒状の掃除機やアラジンのストーブ、トイレのカラーボールまで、ああこれ
家にあったよなぁというような生活用品が、限られた空間に所狭しと添えられ、
当時の若夫婦の夢あふれる暮らしが伝わってきました。お風呂が木製なのがう
らやましかったなぁ。

 その足で、ちかくのT団地まで歩いてみることに。並木道が続き、建物の配
置もゆったりしていて緑が多く、想像以上に快適そうな環境でした。商店街は、
軒先で子どもがファイルに納めたカードをみせっこしているファミコンショッ
プ以外は、がらんとしていました。駅に向かって歩道をすすむと、「星形住宅
前」という深夜バスの停留所が。みあげると、スターハウス群がそびえたって
いました。有楽町を夜の1時にでて、2時32分着。星降るなか、このバス停で
おりてみたいなとおもいました。

〈あらき・さちよ〉
いつかみた「団地への招待」という60年代の公団入居者用PR映画の主人公が、
来客相手にシェーカーを振ってたのを思いだし、雨やどりに入った団地の喫茶
店でサバリンをたべました。スポンジひたひたの洋酒ですっかりいい気持ちに。

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■真駒内石山堂通信〔店主篇〕 中野朗
(25)最終回 マコイシ堂の傾向と対策
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 2年間ご愛読いただいた(のか?)真駒内石山堂通信は今回が最終回です。
編集者のアヤシゲさんの意向に沿うことなく、好き勝手なことばかり書かせて
いただきました。ありがとうございました。最後は真駒内石山堂の現状と今後
の展望を書いて欲しいと厳命を受けましたので、最後だけはご希望に応えたい
と思います。

 昨年9月10日にオープンしたネット古本屋も6ヶ月が経過した。記念すべ
きオープン日のこと、その後のてんやわんやの顛末はすでにご報告済みである。
開業6ヶ月が経過したが、相変わらず注文が来てからのすったもんだは変わっ
ていない。これは偏に本の整理が行き届いていないことが原因なのだが、なん
といっても本を分散して置いていること、しかも書棚に収めている本が5千冊
ほどであとはダンボールに入れっぱなしや、床に積み上げていることが最大の
ネックになっている。もうひとつ、私の長年の古本生活(っていうほどのこと
はないが)から、これらにはすぐ注文がくるだろうというヨミが見事にはずれ、
想定外の注文が相継いだことだ。当然これらの本は書棚には収納されてないグ
ループだから、探索には時間を要した。暫くは、メールチェックをするのが気
重だった。注文があると、うぇ〜という奇声がもれた。なんと罰当たりのこと
か。まあ、それだけ本の探索には苦労したと思ってください。その後、書棚か
らの注文が続き(つまり予想が当たったということ)、自信も回復し鼻歌混じ
りでルンルンと対応できた。
 
 オープンして6ヶ月で訪問者は約4000人。宣伝なしで(といってもこの書評
のメルマガで告知しているが)この来訪数は予想以上だ。一ヶ月あたり660人、
一日にすると22人である。リアル店舗でこれだけの集客することを考えると、
スゴイじゃないかと番頭の杉村に話すと、フン、そのなかにオレやお前のアク
セス数が半分あるんじゃないか、と笑われた。なるほど、ゴモットモ。それに
しても「書評のメルマガ」だけなのだから、その影響力たるや恐るべし。今年
に入って「コレクシオン 開高健」(http://members.jcom.home.ne.jp/k-kaiko/
にリンクを張ってもらってから開高健の注文が増えた。サイト運営者I氏は開
高健の最大のコレクターであり、開高健ファンなら知らない人はいないだろう
というぐらいスゴイ人だ。また、古本好きの間で人気サイト「須雅屋の古本暗
黒世界」(http://d.hatena.ne.jp/nekomatagi/)でもリンクを張ってくれた。
こうした人気サイトからの来訪者も多いにちがいない。ありがたいことだ。
 
 ごく普通の本は売れない。一般的な値付けならもちろん、ちょっと割安でも
注文ははいらない。つまり、ブックオフなんかで105円で見つけられそうな本
には見向きもされないということだ。そんな当然なことを改めて実感した。ジ
ミなしぶい本に注文が相継ぐ。ネットのお客様は目が肥えているなとつくづく
感心してしまう。扱っている分野は文学書が中心だから、いまの時代売れなく
て当たり前と腹をくくっていたが、やはりちゃんと文学書を探している人も結
構いるのだと心強く思った。

 野呂邦暢、佐藤泰志がこれほどブレークしているとは思っていなかった。佐
藤泰志はあっという間に完売してしまった。アマゾンなどではバカ高い値段が
ついているが、自分なりの評価で値付けしているから、セドられたのかもしれ
ない。オープン直前に話題にあがっていたが、まさかこれほどとは思ってなか
った。野呂邦暢は小説よりもエッセイ集が人気だ。他には、小沼丹、後藤明生、
木山捷平の人気は堅調だ。池田得太郎の『家畜小屋』(深夜叢書)は知られざ
る傑作と思っていたので、注文があったときは少し落胆しながらも嬉しかった。
苦労して探し蒐めた本に注文がはいると、やはり淋しい思いがするが、その一
方で同じ嗜好の仲間を見つけたような嬉しさもある。ネットだから客との交流
は難しいだろうと思っていたが、注文本を通じてメールをやり取りする人が増
えてきている。これが愉しいし、いろいろな情報もいただき勉強にもなっている。

 マコイシ堂の最大の問題点は新着本のアップの遅さだろう。棚が動かないと
足が遠のいてしまうのはリアル店舗と一緒だ。これから考えているのは、「食
の本」特集と文庫本特集だ。雑誌は時間がかかりそうだ。

 そして、「真駒内川通信」の発行である。いま、編集長の杉村が他の原稿に
追われているので具体化していないが、年内には第1号を発信したいと思って
いる。というように真駒内石山堂のこれからは北海道特有のゆったりとしたペ
ースであるが、着実に成長をしていく(筈である)ので、これからもご贔屓に!
2年間ありがとうございました。

〈なかの あきら〉マコイシ堂店主 
今月末、都内某所で山口瞳体験を話すことになり、改めて読み直しをしていま
す。いっぱい古本屋を回り“仕入れ”をしてくる予定です。
http://makoishi.com/

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■古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧  高野ひろし
(42)どうしようもなく真っ直ぐな弟子の愛
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立川談幸『談志狂時代』うなぎ書房、2008年2月、1800円

 談志師匠を家元に頂く落語立川流一門の中で、最も師匠の影が見えない弟子。
皮肉や辛辣さを余り感じさせない、いかにも温厚そうな高座姿を見せるのが著
者、談幸師匠。ちょっとした仕草や物言いが、師匠を彷彿とさせる弟子が多い
中、黙っていたら立川流とは思わないかも知れない噺家です。そんな談幸師匠
だけが、現在まで唯一の内弟子経験をしているのは何故なんでしょう?

 好きで好きでたまらずに弟子入りしたけど、入門して3ヶ月は名前も貰えず、
師匠からは冷遇に近い扱いなんですよ。それが談吉と名が決まった途端、温か
みある師匠として接するようになるんです。こいつは噺家を生涯の生業とする
覚悟があるか、師匠として自分に付いてくる気概があるか、それを見極めてい
たんです。

 しかも談幸さんにとって家元は惚れた相手ですから、とことん尽くす。苦労
なんか当たり前、それどことか嬉しそう。すると家元も何かに付け、噺の稽古、
太鼓の叩き方、人生訓なんかをきちんと教えてくれる。見事にウマが合ったん
です。それが内弟子生活へと繋がっていくの ですよ。

 本書に出て来る家元は、メディアで喧伝される強面振りがないんです。すま
なそうに弟子の部屋のドアを開ける光景や、談幸さんの真打ち披露の高座で、
自ら出囃子の太鼓を叩く姿、懐メロのカラオケ大会に興じる様子など、心揺さ
ぶられるシーンが幾つも登場します。

 人は生理的に合う合わないは絶対にあります。談幸さんも本書で書いてます。
でもそれだけじゃない。現在の高座を見ていてもそう思いますよ。愛が伝わっ
ているんだ、どうしようもなく真っ直ぐな弟子の愛と、それを照れ臭そうに受
け入れてた師匠。『談志狂時代』じゃなくて、『談志愛時代』なんですね。

〈たかの・ひろし〉路上ペンギン写真家、東京生まれ。
ちっとも更新しないブ ログ、歩くお正月 http://arukuhibi.exblog.jp/ 
を運営(だから、運営していないも同然!)。山手線の中で、凄まじい形相をして、
任天堂DSの脳トレをやっているおばさんを発見した。この人はある意味、車内で
お化粧する女の子と同じだ、既に違うところが惚けていると思った。電車の中は、
テレビよりずっと面白いということも再確認する日々。

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■オヤツのオトモ  大橋あかね
(31)美しい欠片
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オノレ・ド・バルザック著、沢崎浩平訳『セラフィタ』国書刊行会、2,330円
1995年新装版(初版は『世界幻想文学大系』の第6巻として1976年に発行)

 京都にある金平糖の専門店『緑寿庵清水』に行った時のこと。中から淡い光
が射している様に薄く色づいた、手作りの金平糖の美しさに驚いた。つぶつぶ
とした突起が揃った姿がとても綺麗で、家に帰ってからもしばらく眺めていた。

 バルザックの『セラフィタ』も、とても美しい作品だ。

 『セラフィタ』は、両性具有のセラフィタが天使として神に召される物語。
セラフィタ(セラフィトゥス)を男として愛する少女ミンナと、女として愛す
る青年ウィルフリッドの双方に、セラフィタは自分と彼らの違いを示し、自分
の臨終に立ち会わせる。天使として昇天するセラフィタと天国を垣間見た二人
は、神秘を分かち合ったお互いをかけがえのない存在として愛するようになる。

 こう書いてしまうとあっけない程短い話なのだが、この物語の大半は、神秘
主義者スウェーデンボリの思想を語る事に費やされていて、正直、何度読んで
もよくわからない。それでも、この作品に惹かれるのは、セラフィタの苦悩と
愛に満ちた美しさが、会話や描写から光り輝くように滲み出ているからだ。

 特に、冒頭で、氷帽子と呼ばれる険しい山頂をスキーで登る、セラフィトゥ
スとミンナの姿が、息を呑む程美しい。山の清浄な空気の下、霊的な美しさを
纏うセラフィトゥス。その描写からキラキラとした美しい欠片が舞い上がるの
が見えて、私は嬉しくなる。さぁ、この美しい欠片のために、本を開こう。
 
〈おおはし・あかね〉ハラゴメカエル作家。最近、内省的です。別名、やる気
なしとも言います。でも、朝ドラの四草を見る時だけは、別人のような気合。
http://www.haragome.com/
 
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■中山亜弓が選ぶこの一冊
(28)微調整が行き届いた味わい
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 手差ユニッツとは、作・画から、編集・デザイン・印刷・製本までの本に関
するすべてを手作業で行う、地方在住の学生さんの一人出版ユニット。
 これまで『万有引緑』、『お歳暮ファン』といった完全手作り本を送り出し
てきたが、リソグラフやプリンタで印刷したものを内職のように帳合したり綴
じているにもかかわらず、それがあまりにトータルにスッキリとデザインされ
ていて、丁寧に製本されているため、リソグラフのインク独特のちょっとオイ
リーな匂いとか、微妙な滲みなどに気付かなければ、それがお手製であること
はわかりにくい。
 内容は、と言えば、田河水泡とか長谷川町子を彷彿とさせる、ドギツさやエ
ロさとは無縁のほのぼの系ユーモア漫画が中心。

 と、私が言葉で簡単に説明しようとすると、どこか刺激の足りない、もっと
言ってしまえば人畜無害な作品のように思われるかもしれない。でも、それと
もまた、ちょっと違うから早合点しないでください。
 その危なくなさを、料理に喩えるなら、刺激に走りすぎた激辛や、チャレン
ジに重点を置いた新食材やキワモノ料理ではなく、本当にいいお出汁のお味を
味わっていただくために薄めに味付けしました、みたいな…、あるいは玉露な
ので沸騰させないお湯で淹れてみました…みたいな、そんな手加減、匙加減の
妙味が生きた、微調整が行き届いた味わいである。

 と、いきなりグルメぶってしまいましたが、絵も作品によってタッチを変え、
変化をつけているし、デザインや装丁もまた漫画にあわせて、昔の広告みたい
な、シンプルでどことなくエレガントなテイストで統一して、一人出版なのに、
“手差ユニッツ”とあえて「俺」色を消して、一人何役にも徹しているあたり
にコンセプトを重視する職人気質みたいなものも感じます。

 そんなご本人によれば、“ポストロックの精神で、作品を描いたり本を作っ
ています”とのことで、田河水泡をリスペクトし、いまや歴史になりつつある
昭和の偉大な漫画のエッセンスをパソコンやリソグラフという現代のパーソナ
ルなツールを利用した自宅出版でリリースしてしまったというわけです。

 さて、最新作の『八月抄記』は絵本トムズボックスから刊行された、完全お
手製ではない中編漫画作品。短編やイラストを詰め合わせたような前二作と違
って、ひとつの物語をじっくりとみせてくれます。
 表紙も赤地に黒でタイトルと作者名のみをレタリングしたシンプルなもの。
物語は……将来、自立した社会生活を送れるようにと、15歳になると男子は数
人ずつ“寝屋親”という里親一家の下で過ごす習慣を持つ、とある島を舞台に
した一夏の思い出。夫婦と小さな娘一人の一家に、三人の少年がやってきて、
中学生という人生でもっとも恥ずかしい時期の男子がやらかすイタズラや浅知
恵、子供らしさや変なすれ違いや勘違いなどが、描かれてゆく。

 ユルユルな日常を描きながら、2コマ〜4コマからなる1ページの中に“ク
スッ”というオチが必ず出てく軽快なテンポで、畳みかけられてゆく笑いのテ
クニックは小気味よい。
 これまでは、作から製本までを手がけ、トータルなスタイルでコンセプトを
打ち出してきたのが、今度はひとつの物語を借りて表現されたことで、いかな
る形でのアウトプットも自由自在な作家でもあることがわかったし、形を変え
ながらポストロックな方法論をさらに開拓中ということで、ほのぼの系でいな
がら実は実験的という味わいどころも再確認した。

 でも、なんだかんだ言っても、小さい頃、床屋さんの待ち時間を惜しんで夢
中で読んだ「サザエさん」のワクワクがそのまま甦ってくるような、説明ぬき
に面白い! というのが新作の一番の感想です!

 あと、全然、関係ないけど、最近のおすすめのタコシェ入荷商品は、見開き
2ページでポップに評論を展開する「Review  House」など。最近、読み応えあ
る文芸ものが健闘しています!

〈なかやま・あゆみ〉中野タコシェ勤務。 
3月23(日)午後3時よりタコシェにて山松ゆうきちサイン会。なんと単身乗
り込んだ勝手のわからないインドで、日本の漫画を伝播すべく、無謀にも現地
でサムライ漫画の翻訳・編集・出版に奔走し、初志貫徹した山松ゆうきち先生
の実体験を描いた漫画エッセイ『インドに馬鹿がやって来た』の発売を記念し
てサイン会を行います!

タコシェ 
http://blog.taco.shop-pro.jp/ 

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■全著快読 梅崎春生を読む 扉野良人
(26)事実は小説よりも奇なり
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『つむじ風』角川書店、1957年。文庫版(潮文庫、1970年)

 今日、タクシーを降りた途端、「パン!」と乾いた音がしてびっくりした。
タイヤのパンクじゃなく、さっきまで読んでた文庫本が地面に落ちた音だった。
本を膝に置いたなり、それを忘れて車を降りようと立ちあがったのだ。「パン!」
という音は、叩きつけられたのじゃなく、ただ真水平に地面に着地したためだ
ろう。本は跳ねて、停車した車の下に開いて転がった。運転手さんに「(発車
を)待ってください」と断ってそれを拾いあげた。梅崎春生の潮文庫版『つむ
じ風』が危うく車に轢かれそうになったことに、この小説のとっかかりが暴走
する車にあおられ卒倒する青年の登場であったことを思いあわせると、なんだ
か因縁めくようで本を拾いあげるとき不穏な気持ちがした。タクシーが急発進
して、文庫と一緒にわたしの手が踏みつけられる惨事を想像してしまったのだ。
また、わたしが文庫マニヤなら手の心配より、潮文庫の『つむじ風』が轢きつ
ぶされなくてよかったと胸をなでおろしたかもしれない。文庫化した梅崎作品
のなかでも、おそらく潮文庫版『つむじ風』はかなりレア本である。さいわい
手も文庫も無事だったし、文庫より身体のほうが大事だと思う健全さをわたし
はまだ持ちあわせていた。

 閑話休題。長編小説「つむじ風」は、作者梅崎春生の前に現れたS・Nなる
実在の人物を、主人公のモデルとしていることでも知られる。小説中では陣内
陣太郎、また松平姓を名乗って徳川慶喜の曾孫をほのめかす青年として登場す
る。暴走する車に轢かれそうになった例の青年。その事故(?)現場を目撃し、
逃げ去る車のナンバーを覚えていたさえない四十男の淺利圭介と陣太郎は、自
動車事故とみせかけて銭湯経営者猿沢三吉、小説家加納明治から慰謝料をゆす
り取ろうと企んでいる。ここにそれぞれ個性的な主要登場人物とその家族がか
らみもつれ合って無数のつむじ風が巻きあがるこの小説ストーリーを解説する
のもさることながら、それは直接読んでいただくとして、今回はむしろ主人公
陣内陣太郎のモデル、S・Nの人物像と彼の引きおこした騒動、事件を紹介し
たほうが、むしろ「つむじ風」の本質に迫れるような気がする。

 さいわい『近代名作モデル事典』(吉田精一編/至文堂/1960年)が「つ
むじ風」に一項を割き、S・Nについて詳しく解説(執筆、西田勝)している。
本事典は名作小説の登場人物がいったい誰をモデルとしているのか詮索し解説
する、あくまでフィクションたることを創作の旨とする小説家にとっては甚だ
迷惑、不愉快な一冊だろうが、ゴシップ好きの読者にとってはたいへん面白い。
モデル事典ではS・Nの実名を出しているが、わたしは諸般を考えてイニシャ
ル表記としておく。それに「つむじ風」はあくまでフィクションである。

 モデル事典にはこうある。S・Nは、よくある小説をみてほしいと言って作
家を訪ねる文学青年のように、ある日、梅崎春生のまえに現れた。S・Nは自
分が高貴な家の出自をもつことをほのめかしながら、その言うことにはどうも
虚言癖があるようだった。あまりにしつこいので梅崎は彼を『近代文学』同人
の山室静を紹介する。山室はS・Nの小説をドストエフスキーに比して激賞し
ているから文才はあったのだろう。S・Nはそこでも「戦時中、江田島の海兵
を脱走、横浜の大津刑務所に収容され、戦後東大仏文科を中退、徳川慶喜の曾
孫であるという触れ込み」であり、「つむじ風」で陣内陣太郎が周囲に言いふ
らしているのと全く同じ内容である。しかし、梅崎春生がモデル小説を書くと
の掟として「わたしは割合用心深く、モデルを使っても変形これ努める」(「モ
デル小説」『梅崎春生全集』第七巻)としている割、「つむじ風」では一部あ
りのままS・Nを登場させているのは奇妙なことだ。ありのままだからこそS・
Nの虚実入り混じった生き方に迫真がでると、梅崎春生はあえて危険を冒した
のか。それともよほど腹に据えかねるような被害を梅崎は被ったのかもしれない。

 事実、S・Nは『近代文学』に「M家」という小説の連載を始めたが、彼
は有頂天になって「文士連の間を大いに吹聴して廻り、彼独特の訪問癖で時間
もかまわず入りびたって、しかも自分の作品より他にはいっさいが念頭になく、
九分九厘まで嘘でかためたハッタリをきかせて、道徳的金銭的な迷惑をかけは
じめた」(『近代名作モデル事典』)というのだから面白い。モデル事典によ
れば「M家」は石川淳の序をつけて講談社から出版される運びとなったらしい
が、事典解説者は「それで挫折してしまった」とつけ足している。出版が頓挫
したものか、それともS・Nが筆を折ったことを指すのか文旨からは読めない。
おそらく出版されなかったのだろう。その挫折を機にあらゆる嘘が発覚し「生
年も原籍も前歴も不明な人間」としてS・Nは梅崎らの前に「不思議な人物」
として登場する。梅崎は「つむじ風」執筆に取りかかる。事実は小説よりも奇
なることだが、こと小説に関わる事情だからとても複雑なことだ。

「つむじ風」が東京新聞に連載(昭和31年3/23〜11/18)を始めて二ヶ月ほ
ど経ちS・Nは梅崎春生を訪ねてきた。そのときS・Nは「つむじ風」のこと
は知らなかったふうで、梅崎は一緒に新宿で酒を飲みS・Nの身の上話をいろ
いろ聞きだした。梅崎は「つむじ風」を執筆するにあたり、S・Nの被害者と
なった何人かを歴訪してノートまで作っていた。ほどなくS・Nは「つむじ風」
を読んでそっくり自分がモデルにされていると梅崎春生に抗議を入れ、注文を
つける。訴えて連載を阻止し、小説の陣太郎のように賠償金を要求するなど強
く出なかったのは、梅崎に対していろいろ嘘をついて迷惑をかけた引け目があ
ったからだろう。梅崎はS・Nから、「つむじ風」執筆のため集めたメモの一
部を使用しないという条件を了承させられる。そのメモの一部には日光事件な
どというものがあり、小説に生彩を与える格好の材料だったのに、それを書く
ことを封じられて梅崎春生も少々困ってしまったようだ。

 その後、S・Nは芝増上寺から仏像を盗みだして、骨董商に松平元子爵の名
で転売したことから足がつき御用となる。新聞では犯人、M・O、松平慶儀、
松平慶光などと毎日、違った名で報じられたという。

 さてモデル事典は昭和35年に出たもので、その後のS・Nの消息はどうな
ったのか知りたくなりネットで検索をしてみた。すると1975年にとある出
版社から出た『M家の人々』の著者としてヒットした。『M家の人々』を詳し
く紹介したウェブページがあった。書影もあり、表紙にマーブル紙を用い、
濃緑に染められた革を背に継いだ瀟洒な本である。初版千部。凝った造本は刊
行者の名を見ればなるほどな、と思った。そして興味深いのは、その出版に詩
人の吉岡実が尽力したという事実が記されている。吉岡実とS・Nとどのよう
な交流があったのだろう。ともかくS・Nはその後も挫折せず、小説を書いて
完成し、立派な本まで出していたというのには驚いた。『M家の人々』を手に
入れて読んでみたいと思う。

 ひとつ最後につけ足しておくと、S・Nの実名と「つむじ風」を検索エンジ
ンにかけたが一件もヒットしなかった。これはなにを意味するのだろう……。

〈とびらのよしひと〉1971年生まれ。今回の『つむじ風』で梅崎春生の単行
書を全て読み終えました。わたしがここに書いたものは、紹介というにはあま
りに偏りがあり、個人的意見にすぎて、読む人をきっとウンザリさせたかも知
れませんが、わたし自身は梅崎春生の世界を満喫し、ますます梅崎春生のこと
が好きになりました。毎月毎月が早くやってきて、とても快読とは思えなかっ
たですけれど、ふり返るととても愉しい読書体験だったと思います。
来月もう一回、文章を書かせていただき「全著快読 梅崎春生を読む」の締め
といたします。全著快読、もう次のランナーが控えているそうです。

【お知らせ】
『足穂拾遺物語』ライヴ・ツアー in KIOTO
出演=高橋信行、高橋孝次、羽良多平吉、郡淳一郎、木村カナ、扉野良人

2008/3/17(月)/開場=18:00/開演=19:00
予約=1,500円+1drink/当日=2,000円+1drink
会場=UrBANGUILD アバンギルド(http://urbanguild.net/
京都市中京区木屋町三条下がるニュー京都ビル3F
(京阪三条から西へ進み木屋町通りを南に約150M)
予約=UrBANGUILD LIVE
予約(http://urbanguild.net/live/live.frame.html

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■あとがき
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 中野朗さんと杉村悦郎さんのコンビによる「真駒内石山堂通信」は
今回で終わります。お疲れ様でした。同店はホントにいい本が揃っている
オンライン古書店です。ぜひ覗いてください。扉野さんも次回が最終回。
では来月。                    (南陀楼綾繁)

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