2009/12/12
【たきざわ@カナダ】 「カナダ移住への道のり」連続5話
◎---start----------------------Vol-193: 2009/12/12 : 読者数 2803 【@カナダ】 カナダ在住・滝澤がカナダから配信 早いもので、今年もあと僅かとなりました。 11月、私は3週間の日本出張で東京を中心に各地でたくさんの方々にお会いしまいた。 このメルマガでお伝えし、その後ホームページに掲載している 「カナダ移住への道のり」 を 毎回、楽しみにしています!という感想を多くの皆様から頂きました。 「カナダに移住する前の話だけど、それでも面白いです!」 とある方に言われたのですが、 私はここで大きく頭を抱えることになりました。 カナダ移住の記録、体験談を綴ってみよう! と連載をスタートしたのが、 なんと、2002年5月です。7年以上が経過したにも関わらず、ストーリーは未だカナダ への移住前なのです・・・・ (焦!) 「こ、これはマズイ!」 何とかペースアップを図らなければ、このストーリーは永遠に未完成になってしまう! そこで、暫くの間、本メルマガでは、1回の配信につき、複数話を連続して綴ります。 何だか、再放送のドラマを連続して放送するテレビ局のようですが・・・ ========================================================== 【1】 作者(滝澤)の~ カナダ移住への道のり <第88話> 【2】 作者(滝澤)の~ カナダ移住への道のり <第89話> 【3】 作者(滝澤)の~ カナダ移住への道のり <第90話> 【4】 作者(滝澤)の~ カナダ移住への道のり <第91話> 【5】 作者(滝澤)の~ カナダ移住への道のり <第92話> ------------------------------------------------------------◎ 【1】 <第88話> 私の背中を押した女性 ■■■■■■■■■■■■ 1998年4月上旬。オーストラリア、シドニー。 シドニー滞在が2週間を過ぎようとしていました。友人Kと私はいつものように Kのコンドミニアムのテラスで語り続けていました。 「あ、そうだ! 明日おもしろい夫婦を紹介するよ!」 Kが私に言いました。 翌日、Kに連れられた私は、同じコンドミニアムの40数階まで、エレベーターで 上がったのです。Kは慣れた様子で、お目当ての部屋の扉をノックしました。 「どうぞ! いらっしゃい!」 扉が開くと、私たちと同年代の日本人夫婦が笑顔で迎えてくれたのです。 その部屋の主は、M夫妻という方で、私やKと同じ年でした。 M夫妻の御主人は、シドニーの旅行会社に勤務され、ツアーアテンドをされている のだそうです。一方のM夫人は、ネイルサロンを経営されているということでした。 私たちは、すぐに意気投合しました。同じ年だということ、海外でビジネスを興し たいと思っていること、それらの共通点が、私たちの距離感をあっという間に縮めたのでしょう。 しかし、決定的な違いがありました。友人のK夫妻も、M夫妻も、すでに目標に 向かってスタートしているのでした。一方の私はまだスタートラインにすら立てていません。 この違いの大きさに、私はショックを受けたのです。 今でこそ、ネイルサロンはあちこちに乱立しています。しかし、1999年当時では、 まだほとんど見かけない時代でした。M夫人はちょうど1年前に自分のサロンを シドニーの中心街にオープンさせて、毎日大車輪のように働いているのだそうです。 「明日、うちの店に来てよ!」 M夫人が私に言いました。 「まつ毛パーマの実験台になって欲しいの!」 M夫人が続けました。 私のまつ毛が長いことに気がついたM夫人は、そう言って私を促しました。 翌日、私は指定された時間に、M夫人のネイルサロンを訪ねました。 M夫人は、2名の従業員を使いながら、この日も予約で一杯だというお客さんに 向き合っていました。 私は言われるままに、椅子に座り、ちょうど歯医者で診察を受けるような状態で、 まつ毛パーマの実験台になりました。終了までの1時間ほどの間、私とM夫人は いろいろなことを話しました。 「来年はハワイに店を出そうと思うのよ!」 「その前に、シドニーのお店をもっと広くしたいのよね!」 「どっちを先にすべきだと思う?」 M夫人は、矢継ぎ早に私に話してきました。 私はビックリしたのです。シドニーでお店を経営するだけでも、私から見れば成功者に 見えるのですが、休む間もなく、次の方向付けを考えているのですから。 また、それを堂々と口に出して言葉にするのですから、相当な意気込みや覚悟が なければ、そんなことは言えないはずです。 また、高飛車なところがなく、自慢する風でもなく、全くの自然体なのです。 「この人は、大物だ!」 私はM夫人の度量の広さに魅了されました。 「滝澤さんも、早くスタートしてよ! 楽しみにしてるからさ!」 強烈な一言でした。言葉の内容は優しいものの、 「何をグズグズしているんだ?」 「やるなら、とっととやれ!」 と言われているようなものだったのです。 「よし! 決めた! 来年には必ず移住する!」 M夫人の言葉で、私は大きく背中を押されたのでした。 ------------------------------------------------------------◎ 【2】 <第89話> カナダか? オーストラリアか? ■■■■■■■■■■ 1998年4月上旬。オーストラリア、シドニー。 M夫人の強烈な言葉によって、私はアクセルを一気に踏み込む決意をしました。 日本から海外に移住するにあたって、移住する国を決めかねていた私は、 自分の中に期限を設けることにしました。いつまでも、ニュージーか? それとも オーストラリアか? カナダか? などと迷っている時間は無いのです。 「俺、決めたよ!」 私は友人のKに宣言しました。 「今年の夏までに、どの国にするか?それをはっきりさせる!」 「そうだな。目的地が決まらなければ何も始らないからな」 Kは言いました。 私は変に慎重だったのです。移住もさることながら、商売の可能性の高い国は どこだろうか? という視点だけで移住する先を見つけていたのです。 しかし、その時点の私はあまりにも無力でしたから、どこの国であっても、状況に 大差はないのだ、ということにようやく気がついたのでした。 「それで、具体的にはどうする?」 Kからの質問に、 「帰国したら、すぐカナダに行く! まずカナダを見るよ!」 私の頭の中には、次の候補地カナダが浮かんでいました。 3月中旬に日本を離れ、ニュージーランドで1ヶ月間の個人視察を目的にした 滞在は、結果的に大半をシドニーで過ごすことになり、その滞在も間もなく終わろ うとしていました。 帰国前日、友人のK夫妻と、私に強烈なパンチを与えてくれたM夫妻と私の 5名で、盛大な食事会を行ないました。 M夫人 「いつカナダに行くの?」 私 「5月の連休明けに行きますよ。10日間ほど」 友人K 「とにかく、どこの国にするか? 早く決めろよ!」 M夫人 「オーストラリアにしなさいよ! シドニーにおいで!」 M旦那 「そうですよ! 何か一緒に出来そうじゃないですか!」 私は、後ろ髪を引かれる想いでした。 「シドニーにします! シドニーに決めました!」 私は反射的にそう答えたくなりましたが、 それでは、あまりにも幼稚です。 友人K夫妻も、そしてM夫妻も、すでに独自の道を開拓し、走り出しています。 簡単にシドニーに決めてしまうということは、多かれ少なかれ彼らに甘えることになります。 私は、この時点で、「オーストラリアへの移住は無いだろうな」 と感じていました。 彼らに甘えることはしたくなかったのです。 それよりも、別の場所でスタートラインを作って、大急ぎで走り出し、早く彼らと同じ土俵に 上がりたかったのです。そうすることによって、正々堂々と彼らと競いたいと思ったのです。 M夫人 「結果がどうなったか? 必ず教えてよ!」 私 「ええ。必ずご連絡しますよ!」 友人K 「っていうか、その時には報告を兼ねてシドニーに来いよ!」 私 「ああ、分かった。必ず来るよ!」 2週間以上に渡るシドニーでの滞在は、私に大きなインパクトを与えてくれました。 友人のKはもちろんのこと、M夫人の強烈なパワーとバイタリティは、何よりも大きな 薬となりました。 ------------------------------------------------------------------- 文中のM夫人の正しいアルファベットは、「K」ですが、友人も「K」のため、本文では M夫人という記載にしております。 私が尊敬する実業家です。 現在、世界3カ国で事業展開されています。 http://www.nailsalonkoko.com/ ------------------------------------------------------------------- ------------------------------------------------------------◎ 【3】 <第90話> 次はカナダだ! ■■■■■■■■■■■■■■■■ 1998年5月中旬。カナダ・バンクーバー。 新婚旅行で訪れて以来、3年ぶりのバンクーバーに私は降り立ちました。 清々しい空気は、テキサスやシドニーのものとは違い、バンクーバー特有の 優しさがあったのです。 国際線の到着口を出ると、懐かしい顔が迎えに来てくれていました。 私が24歳のとき、ワーキングホリデーでカナダに滞在していた際に、ケロウナ という町でお世話になった在住日本人の安座間さん(第20話に登場)でした。 私がケロウナに行くことを連絡した直後に、バンクーバー空港まで迎えに来て くれるという知らせを受けたのでした。 「久しぶりだな!」 「すいませんね、わざわざバンクーバーまで来てもらっちゃって」 安座間さんは沖縄出身だ。沖縄からカナダへの移民者は大変に多く、沖縄返還前 から農業開拓移民団がカナダ各地に移住しているのです。 沖縄出身者のコミュニティは強固で、ちょうどバンクーバーで大掛かりな集会があった ために、彼もバンクーバーに来ていた、ということでした。 偶然にも私が到着する日に、安座間さんはケロウナに戻る日だったので、ついでに 空港でピックアップしてあげる、というタイミングに至ったわけです。 バンクーバーから東に向かうハイウェイ1号線をひた走ります。 ワーキングホリデー時代に、何度も行き来した懐かしい風景が車窓に広がります。 ケロウナまで、4時間半ほどのドライブ。 「で? ニュージーやオーストラリアはどうだった?」 車中では、私が数ヶ月前に経験してきた2つの国での出来事で盛り上がりました。 「そうか。外国に移住することは本気なんだな?」 「ええ。本気ですよ!」 「ま、お前さんなら必ず出来るよ! 大丈夫!」 ニュージーやオーストラリアと違って、少なからずカナダで経験を積んでいた私は、 障子紙に水が染み込むように、カナダの空気に馴染んでいったのです。 陽が長いカナダの初夏の夕暮れ。 無事に安座間さんの自宅に到着しました。今日から1週間ほどお世話になる家です。 安座間さんの奥さん、子供たち、見慣れた顔が歓迎してくれました。 私は海外への移住、そして個人起業の夢を安座間さん夫妻に打ち明けました。 相談のはずだったのですが、自分を鼓舞するために、いつの間にか熱弁に変っていたのです。 「そこまで強い意志と覚悟があるなら、やりなさい!」 シドニーのM夫人と同じように、ここでも強く背中を押されたのでした。 同時に、もう引き下がれない、という覚悟がようやくできたような気がしました。 カナダは広い国でです。一口にカナダと言っても、どこで生活をし、起業をするのか? ということが次の課題となるのですが、この点について私に迷いはありませんでした。 バンクーバーか? ケロウナか? 二者択一である。その他の町は一切眼中に無かった。これは、私がカナダに滞在して いた時に、実際に住んでいた町です。そして、どちらも魅力的な町です。 前半の約1週間がケロウナ、後半の3日間がバンクーバー。 これが今回の滞在日程でした。そして、この滞在でどちらの町を選ぶのか? それを決めるのが、滞在の大きな目的のひとつだったのです。 「いつまでも迷ってはいられない! この滞在でハッキリ方向を決めよう!」 私は改めて決意を固めたのでした。 ------------------------------------------------------------◎ 【4】 <第91話> 再会、そして依頼と合意 ■■■■■■■■■■■■ 1998年5月中旬。カナダ・ケロウナ。 カナダに到着した私は、ケロウナで最初の朝を迎えた。カナダで唯一の準砂漠気候 だけあって、雲ひとつ無い快晴。湿度が低いため、カラッとしていて心地良い。 私はケロウナのダウンタウンに向いました。 ワーキングホリデーのとき、ケロウナでは約1ヶ月間を過ごしたが、その時に働いていた 日本食レストランを訪ねました。 夜のディナー時間しか営業していませんが、仕込みは昼過ぎから開始されています。 懐かしい顔と再会しました。 レストランのオーナー。(第18話に登場) 日系三世のカナダ人の彼は、いつもと変らぬ穏やかな表情で迎えてくれました。 「ビクター! 久しぶり! 元気だった!」 「ああ、元気だったよ!」 3年ぶりの再会に、私たちは固い握手を交わました。 私は今回のカナダ訪問の理由と、来年には海外移住、個人起業を立ち上げる夢を 彼に語りました。ここでも熱弁だったのです。 そして、私は本題に入りました。 一口に海外に移住すると言っても、乗り越えなければならないハードルがたくさんあります。 その最も大きな課題が、「ビザ」(滞在査証)です。 いわゆる「永住ビザ」が取得できれば良いのですが、このハードルは困難を極めます。 単純にその国に住みたいから、永住ビザを申請しよう、という訳にはいかないのです。 申請するための条件は、移民法によって毎年見直しされますが、基本的には見直しの たびに、どんどんハードルが引き上げられていくのです。 その国が求める海外からの移住者というのは、高学歴、高収入、高技術であることが 必須条件で、自力で生活を営む能力が無いと見なされてしまうと、永住ビザの取得は 不可能となってしまうのです。 予めカナダの永住ビザ申請条件を調べた私は、とても申請するに値する立場でないことを 事前に理解していました。しかし、だからと言って諦めることはできません。 さて、どうするか? 私はこれまでに、アメリカ、カナダ、ニュージー、オーストラリアを渡りながら、いつも頭の中に 個人起業と永住ビザというキーワードが宿題のように刻まれていました。 徹底的に調べ上げていたので、ビザに関する知識はかなり持っていたのでした。 永住ビザの取得が無理だと悟った私は、ある仮説を立てました。 まず、私がカナダに会社を設立します。その事業内容はカナダの経済や雇用に貢献できる ものであり、なおかつ既存の業種、業者を脅かすものではない、というものであったとした場合、 「就労ビザ」の発給に至る可能性があるのでは? と考えたのです。 もちろん、これは100%保証された方法ではありません。本やインターネットにも出ていません。 ましてや大使館になど行っても教えてくれません。 あくまでも私の仮説です。 この仮説が正しいとした場合、私は日本国籍なので、カナダでは外国人となります。 外国人が会社を設立すること、そこから就労ビザが発給される可能性があるだろうこと、 そして、そこから事業としての実績を積み、永住ビザにたどり着くことができるであろうこと、 これらをビクターに話したのです。 彼は興味深く、私の話を聞いてくれました。 私が、ワーキングホリデーで彼のレストランで働いていた当時から、 「僕はカナダで起業する!」と言っては、様々なビジネスプランを彼に語っていたからです。 商売の感覚は相当に高いものがあるな、というイメージを彼は抱いていました。 事実、ワーキングホリデービザの期限が終わる直線、私はビクターと会社設立の手前まで 計画を進めていたことがありました。(第36話で紹介) 私の意気込みや、本来の企画力を知っている彼は、迷うことなく、 「よし!やろう!」 と即答してくれたのです。 次の課題は、会社設立と就労ビザ取得という私の仮説が正しいか、それを検証する 作業に入ることでした。 「弁護士に相談してみよう! さっそくアポを取ってみるよ!」 私の海外移住、そして海外起業の夢が、大きく一歩前進したような気がしました。 ------------------------------------------------------------◎ 【5】 <第92話> カナダ・ケロウナで決定 ■■■■■■■■■■■■■ 1998年5月中旬。カナダ・ケロウナ。 私はビクターと共に、弁護士事務所を訪れました。 私が組み立てた仮説で可能かどうか?を相談するためだったのです。 かなりドキドキしましたが、弁護士の回答は瞬時でした。 この作戦は何ら問題ないということで、思った通りだったのです。 ただし条件がありました。永住ビザを持たない外国人の私が会社を設立し、その後 就労ビザ、そして永住ビザを求める場合、カナダ国籍者または永住ビザを持つ 人を、最低2名会社の取締役に入れることが条件だということだったのです。 また、将来的に永住ビザを申請する場合、常識的な額を給与として支払うこと が必要だということでしたが、これは想定の範囲内でした。私のような外国人が カナダで会社を興す場合、カナダ人の雇用は求められると思っていたからです。 私は、ビクターと私の友人のカナダ人に、取締役になってくれるよう依頼しました。 そして、彼らはそれを受け入れたのです。 「で? 業務内容は? それから会社名は決まっているかい?」 弁護士は、にこやかに私に質問を投げかけてきました。 業務内容? 会社名? 私は全く考えていませんでした。特に業務内容に関しては、ニュージーやオーストラリアを 巡る中で、いつも考え続けていた宿題だったのですが、明確なビジネスプランは全く 何も見えてこなかったのです。 「早急に考えます!」 私は弁護士に強く訴えました。 スタートラインに立つことを急ぐ余り、ビザ取得の方法論に集中していた私は、 肝心の商売の内容を未だに見つけられずにいたのです。 不思議そうに私を眺める弁護士に向かって、 「7月! 7月にもう一度来ますから、その時にはっきりした回答をお伝えします!」 まったく無鉄砲だったと思います。 会社設立と、その後の就労ビザ取得の可能性が見えてきました。また、そこから実績を積む ことで、永住ビザの可能性も見えてきました。私にとって100点満点の手ごたえを感じる ことができたのですが、さらなる宿題が待ち受けていました。 どんな商売をするのか? これを決めなければなりません。しかも、ここまで来たら、ゆっくりとしてはいられません。 「どうする? 何をする?」 弁護士事務所を後にした私の頭の中は、もう次の宿題と課題で一杯になっていたのです。 同時に、これまで全く見えなかったスタートラインが、手の届くところに見え始めたような、 そんな嬉しい感覚が沸き起こってきたのでした。 ============================================================== どうやってカナダに移住したのか? きっかけや動機を教えて? という質問メールをたくさん頂いていますが、なかなか一口には言えない 様々なことが起因しています。そこで、私のカナダ移住までの道のりを 連載形式でお伝えするのが、この「カナダ移住への道のり」です。 ●バックナンバー● http://www.ogtcanada.com/story.htm ============================================================== ◎----------------------------------------------------------◎ ●● 登録と削除 ●● http://www.ogtcanada.com/magumagu.htm お手数ですが上記より登録または削除を設定して下さい。 ◎----------------------------------------------------------◎ 発行責任者:滝澤 修 E-mail:takizawa@ogtcanada.com ◎-----------------------------------------------------end--◎
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