海外ミステリを読む RSSを登録する

「トマス・H・クック」編を続けています。

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2008/05/11

海外ミステリを読む(109)

この記事を取り寄せる

「海外ミステリを読む」(109)

 [ニューヨーク・ミステリの系譜34]

 「野球ミステリ(2)」

  1961年は大リーグの歴史にとって大きな意味を持つ年で
  した。それまでの大リーグの年間ホームラン記録は1927
  年にベーブ・ルースが作った60本だったのですが、この年
  に同じヤンキースのロジャー・マリスの61本によって破ら
  れたからです。

  この年、ヤンキースにはミッキー・マントルがいました。3
  番マリス、4番マントルの二人でホームラン争いを演じまし
  た。マントルはヤンキース生え抜きで10年目だったのでマ
  スコミとの付き合い方も慣れていたのに比べて、ノースダコ
  タ出身で都会が嫌いで、前年移籍してヤンキースに来たばか
  りのマリスは記者達の扱いも下手だったようです。その為、
  マスコミはマントル贔屓で、マリスは悪役扱いでした。

  それまで年間30本以上打ったことがなかったマリスが、ヤ
  ンキースに移籍した途端にホームランを量産し始めたのは運
  があったと言われています。当時、ヤンキー・スタジアムは
  レフト側は150メートルあったのに、ライト側は90メー
  トルしかないといういびつな形だったので左打者有利だった
  のです。だからヤンキースは左打者を集めました。マリス、
  ルース、ゲーリッグ、マントル(彼はスイッチ・ヒッター)
  は皆左打者です。その上、フェンスの高さが1メートル以下
  だったのでライナーが多いマリスには有利でした。さらに6
  1年には4番にマントルがいたので3番のマリスを敬遠する
  わけにはいかなかったのです。ルースの時も3番ルースで4
  番にゲーリッグがいたのと同じ状況です。

  二人のホームラン競争は終盤のマントルの故障でマリス一人
  の孤独な闘いになったのですが、記録を破りそうな形勢にな
  った時、コッミショナーは「今はシーズン162試合だが、
  ルースの時は154試合制だったのだからマリスも154試
  合以内に記録を破らなければ新記録と認められない」と言い
  出したのです。

  マリスは154試合目には59号までで、61号は最終戦で
  した。その為1990年までの約30年間、ホームラン記録
  は二本立てだったのです。つまり、154試合制ではルース
  の60本、162試合制ではマリスの61本と付記されたの
  です。「61*」という映画は、この二人を主役にした映画
  ですが、「*」(アスタリスク)は「注釈付きの61本」と
  いう意味です。野球映画の中にはふざけた愚作も多いですが
  この映画はマリスとマントルの男の友情物語として出来のい
  い映画です。

  この61年のホームラン騒動をミステリに仕立て上げた作品
  がポール・エングルマンの「死球」という作品です。この作
  品の主人公はセントラルパークに歩いていける西72丁目に
  事務所兼住所を構えている私立探偵のマーク・レンズラーと
  いう独身の中年男です。彼はニューヨーク・ジェンツ(架空
  の球団)の2Aのリッチモンド・セイラーズの選手で大リー
  グ入りを目指していたのですが、デッドボールが目に当たり
  野球を辞めた過去を持つ男です。野球を断念した後は警察官
  になり、今は私立探偵をしているという設定です。ロジャー
  ・マリスをモデルにした人物をマービン・ワレス、ミッキー
  ・マントルをジャコー・スウオーブ、二人が属する球団をニ
  ューヨーク・ジェンツと名前を変えています。

  レンズラーが自宅で相棒のネイト・ムーアとビールを飲みな
  がらテレビの野球中継を見ている時に、美しい女性が訪れて
  くるところから物語が始まります。レンズラーは彼女をオフ
  ィスの方に案内して話を聞きます。彼女は見知らぬ男に脅迫
  されていて、夫に見せられない写真を5000ドルで取り戻
  して欲しいと言い出します。私立探偵小説の定型とも言える
  出だしですが、これだけではチャンドラーのコピーになって
  しまいますので、作者は一捻りしてレンズラーが仕事の依頼
  よりも野球中継の方が気になって仕方がない男にしています。

  「48本目だ。ワレスがいま40と8本目を打ったぜ」

  ネイトがそう言って、奥の部屋からレンズラーが客といる部
  屋に報告に来るという始末です。すると、レンズラーは客を
  ほったらかしにしてテレビのある部屋に飛び込んで行き、ワ
  レスが3塁ベースを周り、ホームプレートを踏む場面を見る
  のです。野球ファンならではの行動ですが、全編この調子で
  ハードボイルド小説を茶化しています。

  この作品は大リーグに詳しい人にはもう一つの楽しみ方があ
  ります。事実と虚構の違いを確かめながら読めるということ
  です。

  『ジェンツがクリーブランド・インデイアンズのデイック
   ・ドノバン投手への4回目への攻撃をしかけているとき
   だ。アパートのドアをノックする音がした。』

  客が来た時の描写です。この後、48本目を打ったというこ
  とですので、記録によれば、これは1961年8月16日の
  事であり、現実には相手チームはホワイトソックスで投手は
  ピアースです。ドノバンは43本目を打たれたセネタースの
  投手です。この年、セネタースには後年阪神タイガースに来
  たバーンサイドがいて、マリスに3本打たれています。です
  から、年配のプロ野球ファンは甲子園や後楽園(勿論、ドー
  ムになる前の球場です)で投げるバーンサイドを見ている筈
  です。作者はこのように小細工をして読者を惑わすことを楽
  しんでいる気配があります。

  その翌日、レンズラーは相手の指定した家に行き、まず車の
  中で野球中継を聞きながら様子を見ていました。そこに車が
  やって来て、バットを持った男が家の中に入って行きます。
  その後、家の中から悲鳴が聞こえたのでレンズラーが飛び出
  して行くと、その男が飛び出して来て、車で走り去ります。
  レンズラーが家の中に入ると死体がありました。警察に通報
  して車に戻った時に、ワレスが50号を打ったとラジオが報
  じていました。この時の相手は小説ではオリオールズとなっ
  ていますが、実際はエンジェルスです。

  このあと、もう一つの仕事がレンズラーに舞い込むことにな
  ります。依頼者はニューヨーク・ジェンツのオーナーです。
  監督にワレスを試合に出すなという脅迫状が来たので調べて
  欲しいということです。ここから彼はチームの内部に入り込
  むわけです。最初に登場した女性がワレス夫人だったことで
  二つの事件が一つになるという設定です。最後に犯人はワレ
  スの命を球場で狙うのですが、レンズラーがそれを阻みます。

  日本語版のタイトルは「死球(デッドボール)」としていま
  すが、ワレスがボールで狙われる場面はありませんので、ボ
  ールをぶつけられて野球人生を棒に振った主人公のレンズラ
  ーを指していると思います。一方、原題は「DEAD IN
  CENTER FIELD」です。「ルースが建てた家」と
  言われている「ヤンキー・スタジアム」のセンター・フィー
  ルドの奥には「モニュメント・パーク」があり、そこにはヤ
  ンキースで活躍した名選手達の記念碑があります。勿論、ベ
  ーブ・ルースの記念碑もあり、それが作品の中でも重要な役
  割を果たしています。原題の「センター・フィールドの死」
  というのはベーブルースの年間ホームラン記録60本が破ら
  れたという意味だと私は解釈しています。ですから、日本語
  版のタイトルは作品の内容とずれているような気がします。

  これは私立探偵小説のパロデイとして読む事が出来るでしょ
  う。作者の遊び心というか、雑誌記者出身者らしい皮肉が笑
  いを誘います。例えば、球団オーナーのビルをこう表現して
  いる箇所があります。

  『そこはニューヨークにしてはありふれた500階建ての
   おとなしい摩天楼だった。』

  最初この文を読んだ時、誤植だろうと思ったのですが、訳者
  が「あとがき」で触れていますので原文通りのようです。訳
  した本人が言うのですから間違いないでしょう。いくら何で
  も500階建てのビルはないでしょう。

  こんな文章もあります。

  『たかが25セントくらいの価値しかないしがない私立探
   偵が、百万ドルの私立探偵になったような気分になりた
   かったら・・』

  このままではどういう意味かよく分かりませんが、原文は隠
  語を使っていて裏の意味があるそうです。ここには書けない
  言葉なので、知りたい方はこの本の「あとがき」をお読み下
  さい。

  このほかにも、犯人達にヤンキースのユニフォームを着せて
  見たり、こんな場面も入れてあります。レンズラーがヤンキ
  ー・スタジアムで調査をしている場面です。

  『おれが座る一塁側のボックスシートの入口に来たとき、
   (中略)野球を知っているものなら知らぬものはないふ
   たりの天性のホームラン・バッター、ミッキー・マント
   ルとロジャー・マリスがいた。』

  この二人をモデルにしておいて、本人達を登場させるのです
  から自ら茶化しているわけです。

  レンズラー・シリーズの第2作は「天使が逃げた」で、舞台
  はシカゴで、題名の「天使」というのは男性向けのグラフ雑
  誌「パラダイス」のカバー・ガールのことです。 レンズラ
  ーはこの雑誌社の依頼で行方不明のカバー・ガールを捜すと
  いう物語です。時代を1969年9月に設定しています。こ
  の年はヤンキースが最下位争いをし、優勝争いはメッツとカ
  ブスがしていました。従ってシカゴが盛り上がっていたわけ
  です。そこにレンズラーが乗り込むのです。

  「天使が逃げた」で描かれているのは男性雑誌の舞台裏です。
  実は作者は野球界よりもこの世界の方が詳しいのです。とい
  うのは、ポール・エングルマンは作家になる前は「プレイボ
  ーイ」で宣伝の仕事をしていたからです。ですから、作品の
  中の「パラダイス」という雑誌は「プレイボーイ」と考えて
  いいでしょう。

  「プレイボーイ」はシカゴの会社ですから、彼も当然シカゴ
  に住んでいました。だからシカゴには詳しいのです。一作目
  の「死球」もその気になって読むと、シカゴの描写がやたら
  詳細に渡っています。作家は自分の詳しい世界、土地に関し
  ては意識しなくても書いてしまうものなのです。ですから小
  説を読んでいて筋書きに関係ない箇所で、やたらに詳しい説
  明が入っていたら、それが作者のよく知っている世界であり、
  場所だと思って間違いないでしょう。

  「死球」でもこういう文章があります。

  『シカゴ。マフィアと悪徳警官の街。鉄鋼労働者と悪徳労
   働幹部の街。悪徳政治家と悪徳刑事、悪徳地主と悪徳財
   界人の街。目に見えない犯罪がドロドロとうごめいてい
   る。ひどい空気。汚れた環境。汚染された水。ブルース
   発祥の地でホワイト・ソックスとカブスのフランチャイ
   ズ。フランク・シナトラの匂いのする街だ。』

  「天使が逃げた」はニューヨークの探偵がシカゴに呼ばれて
  仕事をするという物語ですが、作者のよく知っている業界と
  街を舞台にしているだけに楽に書いているという印象です。
  26章から28章までは「おれ」つまり話者をネイトにした
  り、ちょっとふざけすぎている作品です。野球の世界と男性
  雑誌の世界の裏側がうまく解け合っていない作品といえるで
  しょう。読むに価するのは巻末の「60年代最後の年」と題
  した木村二郎氏の解説だけです。作品の出来が悪い場合の「
  解説」の書き方の見本と言っていい文です。褒めるところが
  ないので、時代背景だけで解説しています。

 [深読みコーナー] 

  エングルマンのレンズラー・シリーズにはもう一つの特徴が
  あります。それは作品の主な舞台がニュージャージーだとい
  うことです。ハドソン川の向こう側はニュージャージー州で、
  今ではニューヨークのベッドタウンでもあるわけです。「自
  由の女神」のあるリバテイ島も、かってヨーロッパからの移
  民達が入国審査を受けたエリス島もニュージャージー州なの
  です。所が、このニュージャージーを舞台にしたミステリで
  翻訳された作品があまりないのです。エラリイ・クイーンの
  「Xの悲劇」くらいでしょうか。「Xの悲劇」は42丁目の
  フェリー乗り場と対岸のウィーホーケンを結ぶフェリーが事
  件の重要な鍵を握っていましたし、ボゴタを始めニュージャ
  ージーの町も登場していました。が、ニューヨーカーが描く
  ニュージャージーという感が否めません。余所者が川向こう
  の土地について書いている感じがするのです。

  ニュージャージーに生まれ育った人間がニュージャージーを
  舞台にして書いたミステリで翻訳されているのは「ウオータ
  ーフロント・ゲーム」くらいです。ウィーホーケンのすぐそ
  ばのホーボーケンという場所を舞台に地元の警察の刑事が主
  人公です。ホーボーケンという街は野球の歴史には必ず登場
  する街です。9人制の野球の最初のクラブ対抗戦が1846
  年にエリシュオン・フィールドで開催されたと野球史には書
  いてありますが、この球場がホーボーケンにあったのです。

  「ウオーターフロント・ゲーム」の「訳者あとがき」にこう
  いう文章があります。

  『ニューヨーク州とニュージャージー州の州境であるハド
   ソン川をはさんで、グリニッチ・ヴィレッジの反対側あ
   たりにあるホーボーケンの町。飽和状態のマンハッタン
   を逃れて快適なすみかを求める知性と経済力と行動力に
   溢れた物質指向の若いヤッピーたちは、マンハッタンの
   通勤圏内にあるウオーターフロントの町に目をつける。
   町には昔マンハッタンを追われたイタリア系、アイルラ
   ンド系、ポーランド系といった少数民族の労働階級が住
   み着いている。ヤッピー以外にも流れ込んできたグルー
   プがいる。プエルトリコ系だ。この三つのグループが起
   こす軋轢で、1マイル四方のホーボーケンの町は社会戦
   争の場と化す。』

  このようにホーボーケンという町はマンハッタンの影響から
  常に逃れられない町と言っていいでしょう。それをニュージ
  ャージー出身の作家が描いているところがこの作品の読みど
  ころでしょう。映画の世界にはケビン・スミスというニュー
  ジャージー出身の監督がいますが、彼の描くニュージャージ
  ーはウデイ・アレンの描くマンハッタンとは同じで、何気な
  いショットも監督の様々な思いが籠もっているような気がし
  ます。ケビン・スミスが脚本・監督した「チェイシング・エ
  イミー」(「エイミーを追って」という意味)はニュージャ
  ージーの若者たちの恋物語ですが、この中で夕方マンハッタ
  ンに車で遊びに行った主人公の二人の男が夜明け近くなると、
  「ラッシュが始まる前に帰ろうぜ」というシーンがあります
  が、ニュージャージーの人間ならではの台詞だなと感じたも
  のです。ブルックリンやブロンクスに帰るのと違って、ニュ
  ージャージーに帰るにはハドソン川の下のトンネルを通るし
  かないからです。ここが混むわけです。

  エングルマンは生まれて2ヶ月後にニュージャージーのウェ
  インに引っ越してから高校を出るまで住んでいましたので、
  エラリイ・クイーンとは逆にニュージャージーの人間がニュ
  ーヨークを描いている感がありますし、ニュージャージーの
  描写の部分は知り尽くしている土地に対する屈折した思いが
  感じられます。「死球」にはこういう文章があります。客か
  ら脅迫者と会う場所がニュージャージーだと知らされた時の
  文章です。

  『思わずおれは呻いた。どたん場に追い込まれない限り、
   ニュージャージーでの仕事はすまいと心に誓っていたか
   らだ。彼女の仕事を受ければ、その誓いを破ることにな
   る。しかし、そのどたん場に立っているのだから仕方な
   いだろう。』

  つまり、ニュージャージーがどういう場所であるかを知って
  いるからです。作者は主人公のレンズラーを自分と同じニュ
  ージャージー出身の人間に設定しています。その観点から「
  死球」を読むと、ニュージャージーという土地への作者の愛
  憎が垣間見れます。

  『おれはルート3をゆっくり走って川沿いの沼地を抜け(
   メイナー知事は草地と呼ぶほうを好むという)、土左衛
   門が浮いていないか目を凝らした。毎月のようにこの沼
   からは洗いざらしたスーツのまま固くなったやつらが引
   き上げられている。というのは1週間に3人か4人のギ
   ャングが無料の水泳教室にやってくるというわけだ。』

  これはパサイーク川沿いの道をレンズラーが車で走っている
  場面の文章ですが、括弧の中の文章などは全く必要ない文章
  です。作者はよく知っている土地だけに、どうしても書き込
  みたくなるのでしょう。この近辺はギャングがうろつく場所
  なのだということを「無料の水泳教室」と皮肉っているわけ
  です。

  前回紹介したポール・オースターも実はニュージャージー出
  身の人間なのです。ですが、彼は何故かニュージャージーで
  過ごした青春時代のことには触れることがありません。彼が
  生まれたニューアークは治安の悪い土地として有名ですが、
  小説の処女作「孤独の発明」で僅かにこんな風に触れている
  だけです。

  『家は町でいちばん高級な一郭にあった。住んで楽しい地
   域とは言い難かったが、(特に子供たちにとっては)そ
   こに家を持っているという箔の方が、界隈の陰気臭さよ
   りも重みを持った。』

  『商売の景気が一番よかったころは、父は兄たちと共同で
   100軒近くのアパート用ビルを所有していた。それら
   のアパートはもっぱらニュージャージー州北部の陰気な
   工業地帯ージャージー・シテイ、ニューアークにあって、
   間借人は殆ど全部黒人だった。』

  これらの文章から察するに、ポール・オースターの少年時代
  はお金に困ることのない、金持ちの家の子供だったと思いま
  す。彼はニューヨークについてはよく書いています。彼のニ
  ューヨーク3部作を読んでいても、川向こうに見えているニ
  ュージャージーについては殆ど触れていません。ニュージャ
  ージーに背中を向けて、そっちは見ないようにしてニューヨ
  ークを語っているような気がしてなりません。

  彼の作品を読んでいると、韜晦の陰に本音を隠している気配
  が感じられます。ニューヨークのことならいくらでも語れる
  のは彼にとってニューヨークは彼の心の中の安全な地帯だか
  らに違いありません。ニュージャージーについて語らないの
  は危険だから逃げているのではないでしょうか。

  「ブルー・イン・ザ・フェイス」の「役者のためのノート」
  にこういう文章を書いています。

  『もうずっと昔、中学3年だった私は、学校の弁論大会に
   でることになった。その年の課題は「一番尊敬する人」。
   私はジャッキー・ロビンソンについて書き、スピーチを
   した。そして優勝した。1961年のことで、私はまだ
   14才。だが、この弁論大会は、私の人生を決定づけた
   出来事のひとつなのである。あの日を境に、私は作家に
   なりたいと思うようになったのだ。』

  ポール・オースターは1947年生まれなので1961年に
  14才だったのは本当でしょう。ですが、ジャッキー・ロビ
  ンソンが大リーグに入ったのは彼が生まれた1947年です
  から最盛期のロビンソンを見ていない筈です。1961年に
  はもう引退しているのです。1961年は冒頭に書いたよう
  にマリスとマントルのホームラン争いの年だったのです。普
  通の野球少年ならジャッキー・ロビンソンよりマリスかマン
  トルのどちらかの応援をするのではないでしょうか。196
  1年になぜジャッキー・ロビンソンだったのか。そこにもポ
  ール・オースターの謎があります。ジャッキー・ロビンソン
  と弁論大会はオースターの心の何かの象徴でしょう。それを
  さらけ出すことが出来るようになった時、また新しいポール
  ・オースターが生まれるでしょう。

  『ニューヨークは果てしのない空間、出口のない迷路だっ
   た。どんなに遠くまで歩こうと、またどんなによく隣人
   や街路を知るようになろうと、彼はいつも自分が迷子に
   なった気持がした。街の中でだけではない。自分自身の
   中でも。散歩をするたびに、彼は自分を置き去りにして
   いるように感じた。』

  これはニューヨーク3部作の第1作の「シテイ・オブ・グラ
  ス」の中の一節ですが、私にはオースターは自分をニュージ
  ャージーに置き去りにしているような気がします。

 (引用文献) 

  ●「死球」(1983)
       ポール・エングルマン著・大貫 のぼる訳
       サンケイ文庫(1986)

  ●「天使が逃げた」(1986)
       ポール・エングルマン著・飛田野裕子訳
       扶桑社文庫(1989)

  ●「ウオーターフロント・ゲーム」(1987)
       ジェイン・ウオーターハウス著
       青木久恵訳・文春文庫(1991)

  ●「スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス」(1990)
       ポール・オースター著・柴田元幸他訳
       新潮文庫(1995)

  ●「孤独の発明」(1992)
       ポール・オースター著・柴田元幸訳
       新潮文庫(1996)

  ●「シテイ・オブ・グラス」(1985)
       ポール・オースター著・山本楡美子・郷原宏訳
       角川書店(1989)

  -----------------------------------------------------
  私のHPは「中原行夫の部屋」です。
      http://homepage1.nifty.com/y_nakahara/
  (連載状況)
  「昭和32年の映画館」は静岡県庵原郡、富士郡まで。
  「新宿・武蔵野館の上映記録」は昭和49年6月分まで。
  ------------------------------------------------------
  このメールマガジンはインターネットの本屋さん
  『まぐまぐ』から発行しております。

  解除・変更は http://www.mag2.com/ でお願いします。

この記事を取り寄せる
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る