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2007/08/04

海外ミステリを読む(101)

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「海外ミステリを読む」(101)

 [ニューヨーク・ミステリの系譜26]

  「警察ミステリ1」

   「警察小説」という言葉と「警察ミステリ」という言葉があ
   りますが、実ははっきりした区別はなく、使う人によってま
   ちまちです。「警察小説」は「87分署シリーズ」や「マル
   テイン・ベック・シリーズ」のような、一つの警察署全体の
   活躍をメインにした作品を指し、「警察ミステリ」は一人の
   刑事を中心にした活動を描いている作品を指すのが一般的で
   すが、同僚や上司はどうしても絡んでくるのでその絡み具合
   で、二つの区別がつかなくなることがあるのです。ですから
   分けずに警察官が主人公のミステリはすべて「警察小説」と
   呼ぶことの方が多いのです。

   鎌田三平氏は、かってこのような文章を書いています。

   『推理小説の分野では、このように警察官を描く小説を大
    きく二つに分類することが出来る。一つは警察小説(Pol
    ice Procedural)で、ある特定の主人公の捜査や活躍を追
    うのではなく、警察の集団的な(いささか地味な)現実
    に根ざした捜査活動、いわばチーム・ワークの魅力を描
    くものだ。』

   そのジャンルの代表作として、87分署シリーズを挙げてい
   ます。「PROCEDURE」(プロシージャ)は辞書には「犯罪小説
   の一分野で、警察の捜査手続に焦点を当てたもの」と書いて
   あります。

   『もう一つは警察ミステリ(Police Mystery)で、警察官を
    主人公にした推理、あるいはサスペンス小説をさす。』

   この文章はクリストファ・ニューマンの「ジョー・ダンテ・
   シリーズ」の第2作「マンハッタン・リッパーを追え!」の
   「解説」の中の一節です。鎌田氏はこのシリーズは警察ミス
   テリの方に分類しています。しかし、私にはダンテ・シリー
   ズは二つの中間に位置する作品のように思えます。

   シリーズ第1作「マンハッタン殺人分署」の原題は「Midtow
   n South」です。と言っても、分署ではなく、この地帯一帯を
   指しているようです。主人公ジョー・ダンテはセルピコと同
   じ私服の麻薬捜査官として登場します。しかし、麻薬取引に
   関わる連中を逮捕に向かい、抵抗され射殺してしまい任務に
   失敗してしまいます。その結果、ミッドタウン・サウス署(
   14分署)から隣の10分署に配置換えさせられます。そこ
   で、彼は売春婦殺人事件を担当させられることになります。

   作者はセルピコを意識しているのか、ジョー・ダンテを単独
   行動の一匹狼に設定していて、署内での色々な問題も描き出
   し、警察小説に近い展開をさせています。時代背景は80年
   代ですから、セルピコがいた70年代とは少し違います。そ
   の一つが警察官の賄賂問題です。ナップ調査委員会の汚職摘
   発機能がまだ生きている時代と言っていいでしょう。こうい
   う文章が出てきます。

   『70年代に大規模な綱紀の粛正が行われて以来、警察は
    何よりも生真面目な人間を求めた。悪習がなくなっても
    業績をあげることのできる人間』

   ジョー・ダンテはそういう人物として描かれています。80
   年代のセルピコと言えるかも知れません。

   変わりつつあるのは警察内部だけでなく、ニューヨークの街
   もそうです。舞台のミッドタウン・サウスにはかの有名なヘ
   ルズ・キッチンがあります。

   『そこはかってヘルズ・キッチンと呼ばれていた場所で、
    港湾関係者のビルや安アパートが並んでいた。今、ニュ
    ーヨークは新たなコンベンション・センターを建てるこ
    とによって、その一帯を救おうとしている。区画整理の
    ため、一ブロックがまるごと取り壊されて空き地になっ
    ていた。』

   シリーズ第2作「マンハッタン・リッパーを追え!」は原題
   を「Sixth Precinct」(6分署)としていますが、これは明
   らかに警察ミステリと呼ぶ作品だと思います。ジョー・ダン
   テは10分署から6分署に移動になったところからのタイト
   ルでしょうが、この作品は分署内の描写も少なく、ダンテ自
   身が登場人物の一人になる位にたくさんの登場人物がマンハ
   ッタンを走り廻る作品です。グリニッジ・ヴィレッジのタウ
   ン・ハウスに住む79才の老人が切り刻まれて殺され、部屋
   にあった数点の名画も切り裂かれていた事件と医者の治療ミ
   スによる訴訟問題と麻薬がらみのトラブルが複雑に入り組む
   構成ですが、焦点がぼやけてしまっています。解説を書いて
   いる鎌田氏も、作品の内容ではあまり褒める点が見当たらな
   いので、上記の警察小説と警察ミステリの区別の話を書いて
   いるのではないかと私などには思えて仕方がありません。

   日本ではあまりやりませんが、アメリカでは執筆に協力して
   くれた人の名前を挙げて、感謝するという言葉を添えること
   がありますが、この作品では奥さんの名前のほかに、「ニュ
   ーヨーク市警元警部補ウィリアム・コーニッツ」の名前があ
   ります。「元」というのは今は警察を辞めてしまっていると
   解釈出来ますが、実はこの作品はコーニッツの「甦える警官
   」と同じ1987年に出版されています。前回、私はコーニ
   ッツは1作目が売れてからも警察を辞めずに2作目を書いた
   と言いましたが、この話はおかしくなってきます。私は「甦
   える警官」の「訳者あとがき」からの情報で、そう書いたの
   ですが、常識的に考えて、ベストセラー作家になったら、警
   部補として勤務を続けるのは無理な話だと思います。

   シリーズ第3作「ファッション・アベニューの殺人」の原題
   は「Knock Off」、つまり「強盗」です。この作品ではダン
   テは南方面刑事部に属しています。39丁目にあるファッシ
   ョン・メーカーで深夜デザイナーが殺害される事件が発生し
   、ダンテが担当させられることになります。ファッションの
   世界はダイヤモンドの世界と同じでユダヤ人が絡むというの
   がミステリの常套手段ですが、作品の出来は今一つと言った
   ところです。

   これは鎌田三平氏が訳していますが、一番面白いのは「訳者
   あとがき」です。本屋の店頭で「あとがき」を読んでみて面
   白そうなら買うという人が多いので、なるべく購入意欲を殺
   がないように「よいしょ」をするのが鉄則です。「あとがき
   」に「これは面白くない」と書いてあれば買うのを止めるの
   は目に見えています。ですが、書く方にすれば、これほど難
   しいことはないのです。作品の出来がよければ問題はないの
   ですが、今一つの場合が困るのです。

   ですから、欠点には目をつむり、褒めるところを捜すわけで
   す。そういう視点で「あとがき」を読むとなかなか面白いで
   す。鎌田氏は「あとがき」でニューヨーク市警の組織を図を
   挿入して、詳しく解説しています。勿論、それはその方面の
   知識のない人には役に立つわけですが、深読みすれば他に書
   くことがないということにもなります。

   シリーズ第4作は「警官殺し」(原題「Midtown North」)
   です。この原題も西54丁目の18分署(ミッドタウン・ノ
   ース署)を指しているのではなく、この地帯一帯が作品の舞
   台だと言っているようです。内容は内務監察部の警部が殺さ
   れる事件です。この作品では、ダンテは特別捜査部重大犯罪
   課の課長に出世していて、この事件を担当することになりま
   す。

   まず、その警部が何を調べていたかを探り出す必要があるの
   ですが、内務監察部と特捜部の対立を初めてとして警察組織
   内部の問題だけにすんなりとは行きません。それでも、ダン
   テはその警部が、市民苦情審査委員会にクラブのオーナーた
   ちから賄賂を受け取っている警官がいるとの訴えがあり、そ
   の件で捜査していることを知り、捜査は核心に向かうことに
   なります。消防本部の査察官も出て来て、ダンテのアパート
   も焼かれたりします。これまで紹介した4作品の中では、こ
   れが一番面白いとは言えると思います。

   このような内容からも、この作品は「警察小説」のジャンル
   に入ると言えます。巻末に「解説」を書いている穂井田直美
   氏は「警官小説から警察小説へーダンテ・シリーズの嬉しい
   変貌」と題して、こう書いています。

   『これまでの作品では、捜査側の動きは、ダンテの動きを
    中心に描かれてきた。しかし、この作品では、ダンテ自
    身の捜査活動や私生活と平行して、彼の指揮の下に捜査
    にあたっている刑事たちの動きや生活も描かれている。
    それによって、一つの事件が多面的に捉えられ、ミステ
    リとしての複雑さや厚みとなっている。』

   そして、こう結論付けています。

   『シリーズが、一匹狼的なジョー・ダンテを主体にした警
    官小説から、彼を中心に据えたニューヨーク市警の警察
    小説へと変わってきている。』

   穂井氏は「警官小説」と言っていますが、鎌田氏や私が使っ
   ている「警察ミステリ」と同じ意味で使っているようです。

   原作はこのあとも書かれていますが、私は読んでいませんし
   、翻訳も出ていませんので、「警察小説」なのか、「警察ミ
   ステリ」なのかは分かりません。しかし、「警察小説」なの
   か、「警察ミステリ」なのか、そう拘ることはないと思いま
   す。

   私は例えば、作品の巻頭に次のような文章を載せている作品
   は「警察ミステリ」と呼んでいます。

   『現在という堅固な地面に徐々に亀裂を入れ、大地を裂い
    て過去の地層をあらわし、そのはるかな深みにまで達す
    るー私はそう言った事件を扱ってきた。
          ロス・マクドナルド「さむけ」』

   つまり、主人公の刑事がリュー・アーチャーのように一人で
   事件の解決に向かって努力して行く姿が、警察組織内部のい
   ざこざを押さえつけて中心になっている作品を「警察ミステ
   リ」と呼びたいと思います。

   この言葉が載っているのはウィリアム・べイヤーの「すげ替
   えられた首」という作品です。これはフランク・ジャネック
   警部補を主人公にしたシリーズの第1作です。実はフランク
   ・ジャネックが登場する作品という言い方をすればこれは第
   2作目になりますが、その作品は「キラーバード、急襲」と
   いう題名で、主役はハヤブサでジャネックはちょっとしか登
   場しないのです。これは1982年のアメリカ探偵作家クラ
   ブ最優秀長編賞の受賞作ですが、どうしてこの作品がと思う
   ようなマニアックな作品です。ハヤブサの生態にはやたら詳
   しい描写が出て来て、それなりに面白いのですが、ミステリ
   は人間が主役であるべきだと思う私にはこれが受賞作という
   のは納得出来ないのです。その上、日本人の鷹匠が出て来て
   ハヤブサ捕獲に失敗すると切腹したりするので日本のミステ
   リ・ファンには受けないだろうと判断したらしく、早川書房
   もハードカバーだけで文庫版は出していません。

   ですから、「すげ替えられた首」がフランク・ジャネック警
   部補のシリーズの第1作と言っていいと思います。東81丁
   目と西73丁目で若い女性が自分のアパートで殺され、お互
   いの首が取り替えられていたという事件が発生します。この
   非現実的な着想もニューヨークなら起こりうると思わせる作
   品です。所轄は19分署と20分署になりますが、それぞれ
   の首は隣の署の管轄にあったということで、6分署に特別捜
   査本部が置かれることになり、ジャネックが班長に命令され
   るという設定です。二つの現場はセントラル・パークを挟ん
   でいます。犯人は殺した女性の首を持って、二つの現場を往
   復したことになります。一体何のためにそんなことをしたの
   か。犯人の心理を読み、追求していくという作品です。

   シリーズ2作目も同じような「サイコ・サスペンス」(訳者
   の言葉)です。題名は「暗闇に咲く花」。原題は「Wallflow
   er」。辞書を引くと、「壁の花。舞踏会で相手のいない人」
   と書いてあります。ダンス・パーテイで男性に誘われること
   なく、壁の前に立ち続ける女性のことです。作者はこれを補
   って、テニスンの詩の一節を引用して巻頭に掲げています。

   『壁に咲く花よ
    おまえのことがわかれば
    なにもかもすっかりわかれば
    神と人間のこともわかるのに』

   べイヤーは途中を省略していますが、この詩の全文はこうで
   す。

   『塀の割れ目に咲き出た花よ
    わたしはおまえをその割れ目から摘んで
    わが手に、根も何もかも、取ってみれば
    ささやかな花よーだが、もしもおまえが
    何であるか、根も何もかも、すべて理解できるのなら、
    わたしは、神そして人間が何であるかを悟れるだろうに。』
             (西前美巳訳)

   テニスンの「花」にべイヤーは現実の女性を重ねたわけです。

   この作品の主役は女性達です。設定としては「すげ替えられ
   た首」の事件から数年後で、ジャネックはスイスでの警察会
   議に出席するところから物語は始まります。この時、彼の上
   司として女性が登場します。昔、二人は付き合っていたとい
   う関係で、今は彼女が上司です。会議のあと、ジャネックは
   休暇をとりヴェニスに行き、同じように一人旅の女性と知り
   合い、恋に落ちるというのです。まるで映画「旅情」のよう
   です。これでは「警察小説」とは呼べません。その女性はド
   イツで大学で教えながら、自分でも患者を診ている精神科医
   です。

   ニューヨークに戻ったジャネックは連続殺人事件の担当を命
   じられるのですが、犯人も女性で、それも精神異常者です。
   犯人は現場に花を残していることから、この事件は「壁の花
   事件」と呼ばれます。犯人が現場に残した花から、「人生と
   いう舞台で、おそらくは壁の花であった女性」だろうとジャ
   ネックは推理し、ヴェニスで知り合った精神科医の助言も得
   て、犯人を逮捕に追い込むという物語です。

   シリーズ3作目は「鏡の迷路」という作品です。主な登場人
   物は二人。一人はリッチモンド・パーク(ステタン島は昔は
   リッチモンド区でした。)に住むジェルシーという若い女性。
   彼女は鏡をテーマにした様々な作品を発表している芸術家で
   すが、病的な悪癖があり、夜になるとマンハッタンに行き、
   男を誘惑し薬で眠らせて、現金を奪い、裸の胸に「あなたっ
   てほんとにまぬけね」と消えないマジックで書いて逃げるの
   です。

   ある夜にそれをやり、男からあるものを盗んだところ殺人事
   件が発生し、ジャネックと接触することになります。捜査の
   過程で二人は仲良くなっていきます。

   もう一人の主人公はジャネック本人です。彼の過去の事件が
   甦り、彼は窮地に追いやられるわけですが、二つの事件が最
   後には絡み合うという物語です。ですが、その二つがうまく
   噛み合っていないのです。というのは作者の関心は「鏡の迷
   路」(原題も同じ)にあるからです。ジェルシーの住む家に
   は父親が作った鏡の迷路があり、彼女はそれに心を奪われて
   いるという設定にして、作者の思いを伝達する役目を与えら
   れた存在になっているわけです。ですが、それが逆に作品を
   束縛しているのです。巻末に彼自身が「鏡の迷路」への傾倒
   ぶりを表明していますが、それが生のままに作品の中に投げ
   込まれている為にミステリとしての完成度を下げているよう
   な気がします。作品のラストがその証拠です。作者の混乱振
   りが露呈しています。

 (文献)

  ●「マンハッタン殺人分署」(1986)
      クリストファー・ニューマン著・和泉昌子訳
      徳間文庫・1989  

  ●「マンハッタン・リッパーを追え!」(1987)
      クリストファー・ニューマン著・和泉昌子訳
      徳間文庫・1991

  ●「ファッション・アベニューの殺人」(1989)
      クリストファー・ニューマン著・鎌田三平訳
      徳間文庫・1993

  ●「警官殺し」(1991)
      クリストファー・ニューマン著・鎌田三平訳
      徳間文庫・1995

  ●「キラーバード、急襲」(1981)
      ウィリアム・ベイヤー著・平尾圭吾訳
      早川書房・1984

  ●「すげ替えられた首」(1984)
      ウィリアム・ベイヤー著・入江良平訳
      サンケイ文庫・1986

  ●「暗闇に咲く花」(1991)
      ウィリアム・ベイヤー著・高橋恭美子訳
      扶桑社文庫・1993

  ●「鏡の迷路」(1994)
      ウィリアム・ベイヤー著・高橋恭美子訳
      扶桑社文庫・1995

  ●「テニスン詩集」
      アルフレッド・テニスン著・西前美巳訳
      岩波文庫・2003

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  私のHPは「中原行夫の部屋」です。
      http://homepage1.nifty.com/y_nakahara/
  (連載状況)
  「昭和32年の映画館」は山梨県甲府市、富士吉田市を追加。
  「新宿・武蔵野館の上映記録」は昭和46年3月分を追加。
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