2008/08/10
空気を読まない=赤塚不二夫氏を悼む
「KY(空気が読めない)」というイヤな言葉が流行っている。 なぜ空気を読まなければならないのか? 理由はない。 みんなが同調してつくる「空気」などほとんど間違っている。 意識的に空気を読まず、空気に異議申し立てをする必要がある。 この論評は8月7日付で「インターネット新聞JanJan」のコラム【大気圏外】としてUP されたものです。 JanJanで読むなら http://www.news.janjan.jp/column/0808/0808063862/1.php です。 なおJanJanの【大気圏外】はかなりの本数書いておりますが、【空気を読まない】には、 そのうち一部を送っているだけです。私の書いているコラムをすべてお読みいただける方は、恐縮 ですが【大気圏外】のリストページ http://www.news.janjan.jp/column/taikikengai/taikikengai.php にアクセスして下 さい。よろしくお願いいたします。 【要約】赤塚不二夫の死去を朝日新聞が1面に3段見出しと大きく報じたのでびっくりしたが、 他紙も同様の扱いだ。新聞づくりの現場のトップが「ポスト団塊」というべき世代で、彼らの青春 は赤塚とともにあったからだと理解した。赤塚は60年代から80年代まで続いた日本「元気」の 送り手の1人だった。その「元気」は体制も反体制もない「無思考の元気」で、これが今の日本を 壊す元凶となったのだが。 ◆朝日の報道にびっくり 8月3日付朝日新聞朝刊を見てびっくりした。 1面左肩に<「天才バカボン」「おそ松くん」/赤塚不二夫さん死去」>の大見出し。しかも< 「バカボン」のパパ>と<「もーれつア太郎」のニャロメ>の絵が、それぞれ1段半ずつ、合計3 段扱いで目をひいた。 社会面は日曜に掲載している「縁」を休載とし、もちろんトップ記事。評伝を含めて3分の2く らいは赤塚関連記事で埋めた。社会面にも「ひみつのアッコちゃん」「おそ松くん」「ウナギイヌ 」などの絵があった。 ◆他紙も同様の扱い 「お堅い」ことで知られた「朝日」だけに、このさい脱皮しようと考え、異常な紙面をつくった のではないか? この暑さだから、おかしなことも起こり得るよ……。これが第一感だった。しか し念のため他紙の扱いを見ようと図書館に足を運んだ。驚いたことに、他紙もそろって同じような 扱いなのである。 ◆40年前の記憶 記事を読んでいくうちに思い出した。私がいちばん赤塚ギャグを耳にしていたのは、もう40年 も以前のことになる。1968年から2年近く、大阪で「大学担当」つまり「紛争担当」をしてい た。記者クラブにいた若い記者たちが「シェー」とか「ケムンパス」とか意味不明のことを言い合 っていた。 当時は、私も若い記者の1人だったが、ついにマンガ誌を読むことはなかった。どう考えても「 大人がマンガを読む」というのは、私の美学に反する。「若者文化を知るため」とかいう無理な理 屈をつけてまで読む必要はない、と考えたのである。 ◆「赤塚ギャグに埋まった青春」を過ごした人たち しかし全共闘世代=団塊の世代が、赤塚ギャグのファンだったのは、よく分かっていた。 どうして赤塚不二夫死亡記事があんなに大きな扱いとなったのか? その理由は、いま新聞づく りの現場でトップにいる人たちは、「ポスト団塊」と言うべき世代の人たちで、そろって赤塚不二 夫がいる青春時代を送った人たちだ、ということではないか。そうとしか考えられない……。それ が私の推測であった。 ◆4日付「天声人語」 それを確信に高めてくれたのが、翌4日付「朝日」の天声人語だった。 <赤塚ギャグで育った世代としては万感の「シェー!」で送るしかない。>と書いている。「シ ェー!」は、私には分からない。<仲間内にしか通じない文章では困る。赤塚ギャグを知らない世 代にどう伝えるか、きちんと書いて欲しい>と異議を唱えたい。以下、天声人語(朝日社内風に「 天人」と略そう)の文章、私の異議という対話を試みる。 ◆落語調はいけないの? 天人<ところ構わず出てくるおかしな脇役と、めちゃくちゃな展開に笑い転げた><それまでの 漫画がのんびりした落語調なら、急テンポのドタバタ映画。> 異議<落語の世界では、「笑わせてばっかりは下品な芸として軽蔑された。客に笑いを強制する のではなく、客を話に引きずり込んだうえで客が思わず笑うという展開が理想とされた。それこそ が「芸」だったのである。 ◆細分化された時間のデメリット 下品な芸の時代、さらには芸がないことで笑わせる時代を切り開いたのが、赤塚でなかったか? 時間はどんどん細切れになり、ついには「ひとつのテーマについて3分以上継続して考えること ができない(官僚のレクチャーを3分以上聞き続けられない)」田中真紀子まで出てくる。そうい う時代をつくった> ◆日本の元気をもたらした 天人<スピード感あふれるナンセンスは、60〜70年代の日本の元気にも共鳴した。><映画 監督の伊丹十三さんが赤塚さんのすごいところとして、「世の中の方が彼のマンガに似てくるもん ネ」と核心に触れたのは33年前だ。壊れっぷりに拍車がかかる社会を残し、昭和を「線」で笑わ せた鬼才が旅立った> ◆反体制でも体制でも、大勢なら 異議<人生はしょせんナンセンス。全共闘でもベ平連でも思いっきり暴れ、そのエネルギーをそ のまま会社人間として発揮したのが団塊の世代。皮肉に言えば「反体制でも体制でも、大勢に従う 人間は良い人間だ」ということにでもなるだろうか。80年代まで続いた日本「元気」は「無思考 の元気」だった。 ◆日本を壊す元凶となった? その元気さこそ、いま日本を壊す元凶となった(この点は天人も認めている?)。「ある面での 成功は、他の面での失敗である」とか「勝って兜の緒を締めよ」とかいう、しっかりした考えは消 え失せた。バブル経済がもたらした繁栄に、誰もが浮かれ立った。 ◆北野たけしにも似てきた世の中 世の中は赤塚マンガに似てきただけではない。北野たけしのギャグにも似てきた。たけしが「赤 信号みんなで渡れば怖くない」のギャグを流行らせたのは80年。翌81年「みんなで靖国神社を 参拝する国会議員の会」がつくられた。「靖国参拝」は「赤信号」だったのである。みんなで渡っ ているうちに、首相自ら断行しようという小泉純一郎が出てきた。 同じころ北野たけしがつくったギャグ「寝る前に、きちんと絞めよう親の首」も、いまや時代の 精神となろうとしている。> ◆メディアの虚像に従って生きた? 各氏の評伝を読むと、「長嶋茂雄をやってる」と同じ意味で「赤塚不二夫やってる」人だったよ うに思える。つまりメディアの期待どおりに行動するということだ。メディアによって虚像の「優 等生」とされたのが長嶋。その対極にあるの虚像の「劣等生」とされたのが、赤塚ということであ る。 いまメディアの世界で生きるということは、「虚像」をつくらせて、それに従うということらし い。私が一番やりたくないことである。



