2008/05/07
空気を読まない=いまこそ「医療辞退連盟」を
「KY(空気が読めない)」というイヤな言葉が流行っている。 なぜ空気を読まなければならないのか? 理由はない。 みんなが同調してつくる「空気」などほとんど間違っている。 意識的に空気を読まず、空気に異議申し立てをする必要がある。 この論評は「市民の市民による市民のためのメディア」インターネット新聞JanJanに4月21日付で掲載されたものです。 JanJanで読むなら http://www.news.janjan.jp/column/0804/0804215392/1.php JanJanでのコラムタイトルは【大気圏外】です。次行のリストページからバックナンバーが読めます。 http://www.news.janjan.jp/column/taikikengai/taikikengai.php 「70歳を超えたら、いたずらに生命を引き延ばすような過剰医療を自主的に辞退しよう」。かつて守屋博・順天堂大教授が提唱し た「医療辞退連盟」の考え方だ。後期高齢者医療制度での大騒ぎを考えると、21世紀版医辞連が必要だ。金銭負担の問題だけでな く、どうしたら70歳以降も健康で長生きできるのかを、ここできちんと考えたい。 ◆1975年に発足したが…… 「医療辞退連盟(以下・<医辞連>と表記する)」をご存じだろうか。「70歳を超えたら、いたずらに生命を引き延ばすような過 剰な医療を自主的に辞退しよう」という考え方の団体で、順天堂大医学部教授だった守屋博氏(1990年7月、86歳で死去)が 、75年に提唱した。「保険同人」を主宰していた医事評論家、大渡順二氏(89年6月、84歳で死去)らも賛同していたはずだ 。 私自身も医辞連について知っているわけではない。インターネットで調べてみて、75年10月9日に「連盟」発足という資料が 出てきたが、じっさいにどの程度の会員がいたか、活動はどうだったか、などは不明だ。会員が多く、活動が活発だったなら「不明 」なんてことはないはずで、おそらく守屋氏の呼びかけにもかかわらず、「笛吹けど踊らず」で、賛同者は少数にとどまったのでは なかろうか。 ◆健康な長寿のために不可欠 私自身はいま65歳。前々から、老後は「医辞連」の精神で生きていきたいと考えていた。あくまで自分自身の問題として考えて いただけだが、後期高齢者医療制度をめぐる大騒ぎで考え方を変えた。21世紀版医辞連を結成しなければいけないと考えるように なったのである。 いまの大騒ぎは、高齢者の金銭的負担をテーマとしているだけで、高齢者の健康と医療の問題はそっちのけになってしまっている 。どうしたら70歳以降も[健康で](この[ ]で囲んだ字句は、ゴチックで印刷するという気分)長生きできるのかを、きちん と考えたい。そのためには、医辞連という考え方は不可欠だと思っているのである。 ◆「病院に来るな。医者に診てもらうな」という健康指導 私自身の私的な体験だが、20歳ごろ以降、「医者に行かない。薬を飲まない」を健康法にして生きている。そのきっかけは名を 知ることもなかった一人の医師のアドバイスだった。 19歳のときだが、体調が悪くなり、大学の診療所に行った。そのときまで私は、初期の結核だと言われたり、心臓弁膜症だと言 われたりしていた。高校のときは、毎年晩秋から初春にかけて病院通いを強いられていた。そんなことを訴えると大学病院に回され た。私は東京大学の学生だったから、大学病院は東大病院ということになる。 いろいろ検査した上で、主治医格の医師が「君の場合は、病気を気にしすぎだ。以後、病院に行かない、医者に診てもらわない、 ということを健康法にしなさい。それでいいということを私が保証する」と言ってくれた。例えば心臓については、何人もの医師が 聴診器で心音を聞いてくれた。心電図も何人もの医師が見て検討したのだという。そういう作業を経て、「病気ではない」というの だから説得力がある。しかも「権威」の固まりのような東大病院である。 私はそのアドバイスを信じることにした。学生時代、そのとおりやってみて、けっこう健康に暮らせることがわかった。新聞記者 という肉体的にハードな職業を選ぶことができたのも、この医師のアドバイスのおかげだといえる。 ◆「欠勤の自由」を勝ちとる 記者時代は、体調が悪いときにはすぐに欠勤することを心がけた。体調不良はたいてい風邪ひきである。会社に電話して休み、酒 でも呑んで1日中寝ていると治る。すぐ翌日出勤してキャップにあたる人に、「昨日はすみませんでした。おかげですぐに治りまし た」と謝っておく。そのうち酒でも呑んだとき、「体調が悪いとき頑張るのもいいが、風邪をこじらせて3日も4日も休むのでは同 僚に大きな迷惑をかけることになる。だから私はすぐに休ませてもらうんです」というようなことを言っておく。これで「1日休み の自由」は確保できた。 ◆漢方以外の薬も絶つ 30歳になったばかりのとき、兄が白血病で入院、200日近くの闘病生活の後に死亡した。骨髄移植が定着する以前で、大量の 抗ガン剤を注入する以外の治療法はなかった。がん細胞となっている白血球が消え、治癒したという時期は来るのだが、大量の薬物 によって肝臓が冒され、ボロボロになっている。結局、肝臓がダメになって死んでしまうのである。 酒を飲んで、この経験を話すと、「私の知り合いもそうだった」と言う知人が多数いた。「薬は異物だから、肝臓を冒す」という ことを強く印象づけられた。以後、漢方薬以外の薬はのまないことを厳重に守っている。 ある時期、メニエル氏症候群にかかってしまった。市立病院に行って病名を告知されて、安心した。心因性の病気であることは自 分の知識として知っていたからだ。それでも4、5種類の薬を出された。その薬はすべて捨てて、会社で遠慮することをやめ、先輩 に対しても「言いたいことは言う」姿勢に切り替えた。短期間で治った。 ◆自己流リハビリに成功 14年前、脳こうそくで倒れ、1カ月半入院したということはあったが、それ以外はおおむね健康な生活を送っている。このとき はリハビリに成功し、後遺症はおおむねゼロと言えるところまで回復した。 その経験は 「私の脳卒中体験―自己流リハビリは楽しかった」(同時代社1995年9月) に書いた。ほとんど医師や理学療法士の世話にならず、自分でリハビリに成功したのである。 ◆「医辞連」精神で健康で長生き その体験から考えて、「老い」を克服するためには、意識的なリハビリが必要だという結論を導き出していた。70歳代以降とな れば、全身のさまざまな機能が衰えてくる。その衰えを鈍化させ、健康な日常生活を維持するためには、意識的な努力が必要になる という意味である。全身の機能を維持するため、自分自身で努力することが必要不可欠なはずだ。 「健康な老後のためには、医者にかかる必要がある」というのが、後期高齢者医療制度について騒いでいる人たちの言い分だろう 。それは全く違う。医師たちは「不健康で長生き」の老人たちを大量生産するだけだ。逆に「健康で長生き」を目指すためには医辞 連の考え方が必要なのだ。 高齢期の健康づくりは、病院や医師に依存してできるものではない。脳卒中のリハビリなどと同様、一人ひとりの個人が、自分で 努力して築き上げる必要があるのだ。 ◆「制度化」の弊害 この問題を考えるとき、オーストリア生まれのユダヤ系知識人イヴァン・イリッチが、 「脱学校の社会」(東洋・小澤周三訳、1977年10月、東京創元社) 「脱病院化社会」(金子嗣郎訳、79年1月、晶文社) などの著書で指摘している、「制度化」の弊害はとくに強く考える必要がある。 人々はほんらい自立した生き方ができる。それなのに学校・病院などの施設や、その背後にある教育・医療などの制度が、人々か ら自立して生きる力を奪う……。端的に言えば、これがイリッチの思想である。 ◆独学のススメ 日本の学校の異常さは、その「制度化」の弊害がどんどん肥大した結果だと私は考えている。「あらゆる学問は独学である」とい う言葉がある。自分で学ぶという意欲を持ち、自分なりの問題意識をもって学ばなければ、どんな知識も身につかないということで ある。 そういう発想で書かれた本としては、 佐藤忠男著「独学でよかった―読書と私の人生」(07年4月) 加藤秀俊著「独学のすすめ―現代教育考」(1975年)などがある。 佐藤忠男氏(1930年10月生まれ)は、高等小学校卒で国鉄に入り、定時制高校(新潟市立工業高機械科)で学んだ。54年 、雑誌「思想の科学」に「任侠について」を発表、ユニークな日本人論として注目され、その後「映画評論」「思想の科学」などの 編集長となった「独学の人」である。加藤秀俊氏(1930年4月生まれ)は東京商大(現一橋大)卒後、京大人文研にに入り、ハ ーバード大、シカゴ大に学んだ学歴エリート。対照的な2人が、ともに「独学論者」であるのも面白いが、ぜひこの2冊を読み比べ てほしい。 ◆独学の成果 私自身は、小中学校はもとより、高校も村立であった。大学受験のための勉強など、自分でやる他ないと思っていた。それなりに 独学でやったのである。しかしやればやるほど、こんなこといくらやっても無意味だという評価しかできなかった。 例えば数学の入試問題。私が受験したころは、たいてい問題を解かせるとか、結論を提示して証明させるとかであった。受験指導 の正統派は、「分かるまで考えなさい」と教えていた。「数学は論理的思考力・問題解決能力を問う学問です。自分で考えることに よって、その力が養われるのです」というのである。 しかし当時の東大入試は、各教科2時間。数学では6問が出題されていたから、1問20分しかかけられない。分かるまで考えて 、2時間以上かかったのでは、0点でしかない。 ◆高級推理パズルに過ぎない受験勉強 私は5分考えて分からなかったら答を見ることにした。そういう手法で、分厚い問題集にとり組む。そうすると、例えば3角関数 でも何でもいいが、1つの分野について入試の出題のパターンはせいぜい6種類か7種類程度しかないことが分かる。そのパターン のどれかを判別すると、たいていの問題は解けるのである。 こういうことを見抜いたのは高校2年のときで、以後、大学入試はちょっとだけ高級な推理パズルだと考えることにした。割り切 れば割り切るほど、上手にできる。しかしパズルなんかいくら上手でも、人間が上等になるわけではない。「村立高校から東大に現 役で」というと、尊敬の眼差しで見てくれる人は多いが、私自身は、そんなことで尊敬されたくない。 ◆「優秀だ」という錯覚 おそらく名門高校や予備校でしっかりした受験指導を受けた人は、私の割り切りとは逆の認識を持っているのではないか? 数学 の指導者は、すでに書いたように「数学の入試問題は思考力・問題解決能力を問うものだ」と言う。英語、国語なら「読解力を身に つけなければダメ」と言うし、暗記物と評判の悪い、世界史・日本史などについても「東大の入試は、歴史の流れをきちんと理解し ていなければダメ」などと言うだろう。誰でも自分がやっていることは意味あることだと思いたいから、「受験勉強にもそれなりの 意味がある」と思い込んでしまうのである。これこそ独学しないことによる、最大の誤解・錯覚である。 東大卒で65歳となると、会社人間としての評価がほぼ決まっている。端的にいえば、自分自身「優秀だ」と思っている人物が社 長など「成功した会社人間」となっているという印象だ。あくまで私が知る範囲の人物についての、「感じ」にすぎないが……。自 己肯定感覚と、企業内の地位の上昇ぶりは正比例する、という法則が成り立ちそうな気がする。 ◆鴎外が指摘した「駆け抜ける人生」 明治の文豪、森鴎外は明治43(1910)年の作品「青年」で、主人公の小泉純一に次のように言わせている(正確に言えば、 「青年」の中に純一の日記を登場させている。その日記の一節だから「書かせている」というべきであろうか)。 <一体日本人は生きるといふことを知ってゐるだろうか。小學校の門を潜つてからといふものは、一しよう懸命に此(この)學校 時代を駆け抜けようとする。その先には生活があると思ふのである。學校といふものを離れて職業にあり附(つ)くと、その職業を 為(な)し遂(と)げてしまはうとする。その先には生活があると思ふのである。そしてその先には生活はないのである。 現在は過去と未来との間に劃した一線である。此線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。> 学校を秀才として駆け抜け、職業もエリートとして駆け抜ける一生! 本人が満足ならそれでもいいかもしれないが、「生活がな い」のは、鴎外の指摘どおりだろう。学校でばかり学ぶと、駆け抜ける人生しか送れない人間になってしまうのである。 ◆病院依存は不健康な長寿 同じように病院に依存する長寿も、不健康極まりないものになるというのが私見である。がんとか脳こうそく、心筋こうそくなど 、はっきりした病気を治すためには、病院の医療は有益だろう。というより不可欠である。 しかし日常の健康維持は、リハビリと同じで、本人が努力する以外にない。「病院に行きたい。薬をもらいたい」などと思ってい る人たちには、不健康な長寿というプレゼントしかない。だから、いまこそ「医辞連」なのである。 ◆厚生官僚のお粗末さは別立てで 後期高齢者医療制度のお粗末については、別のコラムで論じたい。問題は健康・医療・福祉・介護などを人質にして、「組織益」 を最優先させている厚生官僚の体質なのである。厚生労働省の旧厚生省部門については、解体するほど強烈なメスを入れなければな らない。それなのに政治家もメディアも、そして国民も甘やかし続けているから、いま問題になっているお粗末が出てきたのである 。もう一つ、「後期高齢者だけの医療制度などつくらず、老後も安心して医者にかかれるようにしろ」などという主張は、最終的に 厚生官僚を利するだけだということもある。これらの問題については、遠からずコラムをまとめるつもりだ。


