2008/04/10
空気を読まない 「地震屋さんたち」机上の対策は役に立つの?
「KY(空気が読めない)」というイヤな言葉が流行っている。 なぜ空気を読まなければならないのか? 理由はない。 みんなが同調してつくる「空気」などほとんど間違っている。 意識的に空気を読まず、空気に異議申し立てをする必要がある。 この論評は「市民の市民による市民のためのメディア」インターネット新聞JanJanに4月6日付で掲載されたものです。 JanJanで読むなら http://www.news.janjan.jp/column/0804/0804034166/1.php JanJanでのコラムタイトルは【大気圏外】です。次行のリストページからバックナンバーが読めます。 http://www.news.janjan.jp/column/taikikengai/taikikengai.php 首都圏直下型地震が起きたら帰宅難民で道路が満員電車並みの混雑に……。中央防災会議のシミュレーションが報じられたが、地震 想定訓練は実際にはあり得ない警察や消防など救援要員が顔をそろえているのが前提で、このような訓練は役に立たない。予知だ、 対策だ、想定訓練だと多額の税金を使っても、何の意味もないのではないか。 ◆満員電車並み道路で、歩行渋滞? 首都圏直下型地震が平日の正午ごろ起きたら帰宅難民で道路が満員電車並みの混雑になる……。2日夜のテレビニュース番組から 3日付朝刊各紙が、中央防災会議のシミュレーションをおどろおどろしく報じていた。 マグニチュード7.3の地震が平日正午に発生すると……。約1,252万人が自宅を目指して歩き始める。発生3時間後には、1 平方メートルあたり6人という満員電車並みの混雑が、交差点や火災現場の近辺を中心に都内の13区35カ所に広がる。3時間以 上その混雑に巻き込まれる人は約201万人。千代田区丸の内から横浜市役所へは15時間弱、埼玉県和光市役所へは15時間強な ど、普段に比べ2〜3倍の時間がかかる……などというのである。 ◆宮城県沖地震の情景 じつは私はちょうど30年前の1978年6月12日夕方の宮城県沖地震(マグニチュード7.4=死者28人、負傷者1,325 人)の時、出張で仙台市にいた。応援で取材し、2日後の紙面に「過密首都圏に大きな警鐘」という見出しの「記者の目」を書いた 。地震が激しければ激しいほど、想定訓練は、ほとんど役に立たないということが、あまりに強烈に印象づけられたからである。 地震発生と同時に、仙台駅周辺の道路は車で埋まった。20分もたつと車は全く動かなくなった。当然ながらパトカーも消防車、 救急車もこの渋滞に巻き込まれ、身動きできない。 ◆役立たない想定訓練 翌日、仙台市消防局に取材してみると、非常呼集をかけたにもかかわらず、連絡のつかなかった消防署員が総勢500人中、10 0人余もいた。宮城県警に電話してみると、「そういう数字は公表できない」という返事だった。警察官の集まりが極めて良好なら こんな返事はなかったはずである。 仙台市の人口の集中度は、首都圏はもとより阪神地区よりもはるかに低い。それでも緊急車両は身動きできず、消防署員も、警察 官も、非常呼集に応じることができない。首都圏では、こういう現象はもっとひどくなる。 首都圏に限ったことではないが、地震想定訓練は「警察官や消防署員の指示に従いましょう」式がほとんど。警察官や消防署員だ けでなく、さまざまな救援要員が顔をそろえているということが前提となっている。このような訓練は役に立たないと、「記者の目 」で再検討を提言したのである。 ◆防災担当者の「役人の論理」 反響はあった。神奈川県の中枢部にいた知人が「防災担当者に話をしてもらいたいということになるかもしれないが、よろしく」 と言ってきた。もちろんOKしたのだが、最終的には沙汰やみになった。彼の言によると、「現実の地震の話を聞くのは有益だろう が、対策をやってもしようがないという無力感につながらないかという疑念が出て、実現に至らなかった」ということだった。 その時は、まあそんなものかと思っていたが、阪神大震災を経験した後は、こんな態度ではいけなかったと考え直した。神奈川県 の防災担当者は、 <宮城県沖で起きた事態の話を聞き、その教訓を生かした地震対策を立案・決定するのは極めて困難だ。それを県民に理解しても らうのはなおさら難しい。そんな困難な課題にチャレンジするよりも、ともかく型通りの地震対策をやっていた方がラクで、県民の ウケもいい> という「役人の論理」から踏み出そうとしなかっただけなのだ。 ◆巨額の税金を注ぎ込むおおようさ よく考えてみれば、地震対策はおかしいことばかり。大元では、「地震予知」が可能かどうかという問題がある。その根本問題を あいまいにしたまま、毎年巨額の税金が注ぎ込まれている。 現実に大規模地震による死者・負傷者・物的損害を減らすためには、発生日時・場所・規模を特定し、「警報」などの形で流され るものでなければならない。 しかし、大規模地震の「警報」を出したとすると、それ自体による損害が生じる。たとえば病院が入院患者を、福祉施設が入所者 を、安全な地域に移すと想定したなら、莫大な経費がかかる。しかし、予知による警報が出されたのに、何百人も患者を死なせた病 院経営者は、明らかに業務上過失致死罪に問われるだろうから、こういうことをやらなければならない。やったうえで何もなかった ら、警報を出した国への損害賠償訴訟がひん発するだろう。 そこまで考えると、日時・場所・規模を特定した地震予知なんかできっこない。できたとしても警報など流せるはずがないのであ る。 それなのに国・都道府県・市町村は多数の「地震屋さん」を抱えている。やれ予知だ、対策だ、想定訓練だと言って、多額の税金 を使っている。しかし予知はできないのだし、対策の方も大規模地震では役に立たない。 日本の納税者はおおようだよネ。何の意味もない地震屋さんたちを税金で食わしてやっているのだから……ということになる。 ◆机上の対策は役立つか? 冒頭の帰宅難民シミュレーションも、「だからどうするの?」が問いたいのである。新聞記事によると、さまざまな対策によって 、混雑に巻き込まれる人数を減らせるというシミュレーションも出た。例えば、全体の3分の1が帰宅を翌日にずらせば、混雑は約 半分に減るという。しかし3分の1が翌日にすることなど可能かどうか、疑問というほかない。 防災会議は、企業や学校に一時的な待機や休息の場所を設けるよう求めることや、主要駅周辺の混乱防止などの対策を立てるのだ という。阪神大震災クラスの地震では、 <机上の対策はありました。誰も対策どおりに動きませんでした> ということが現実となる。机上の対策があればいいと考えるような人は、ほんとうに地震の怖さが分かっているのだろうか?



