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2008/06/03

【出たっきり邦人 欧州編】759 イギリス

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             ◇◆乙編◇◆
        
            〓イギリス・ケント発〓

           『万華鏡』 第60回 

            <加齢の楽しさ>

ヨーロッパの大学院でジェロントロジー(老齢学)という学問を勉強している
若い日本人女性の学生さんに会いました。彼女は、現在の老人軽視・若者重視
の風潮がある社会に対して疑問を持ち、若い世代はもっとお年寄りから何かを
学べるのではないか、お年寄りにはもっとポテンシャルがあるのではないか、
そんなお年寄りたちをもっと舞台の前に出すことはできないだろうか、などと
考え、日本ではまだあまり馴染みのない老齢学という学問を勉強することで、
多方面から老齢についての知識を高め、その知識を生かせる仕事に就きたいと
いう漠然とした夢を持っています。

そんな彼女がイギリスの大学院にモジュールを受けに来た際、私は彼女と面談
する幸運に恵まれました。日本だけでなく、イギリスでも老後のネガティブな
面ばかりが強調される現在、加齢をポジティブに捉えられないだろうか。私と
共通する考え方を持った彼女とたくさん話し、大変有意義な時間が持てました。

折りしも、イギリスに居住する日本人コミュニティの中で、日本人向け老人ホ
ームの建設に向けて、色々な方たちが行動を起こしています。当たり前ですが、
海外で老後を迎えるには、日本では考えられない問題が付随します。

よく言われるのは、年を取ると、まず日本食がどうしようもなく恋しくなる。
そして、言葉もどんなに外国語がたんのうでも、日本語しか使いたくなくなる
と。年を取ると子供に戻ると言われたりしますね。若いうちは外国生活をエン
ジョイしても、年を取れば取るほど故郷が恋しくなる。また、体が動くうちは
飛行機に乗ることも問題ないけど、それも加齢とともに変わってくる。

そんな諸問題を包括し、答えはイギリスで日本人の、日本人による、日本人の
ための老人ホーム建設だと、多くの人が思うのも無理ありません。何を隠そう、
私も8年前はそう考えて、色々夢を描いたものでした。しかし、その後の見聞
を通して、高齢者は若者や子供と混じることが大切だと思うようになりました。

インタージェネレーションを通して、高齢者は若者に英知を、あるいは海外に
出たからこそ蓄えられた英知を若い世代に伝えていくことが大切だし、若い人
たちと接触することが老化防止でもあると。また、若い人にとっても、英知を
授かることは重要であると。

そんな理念に基づいて何かできないだろうか。この老齢学を研究している学生
さんも、結局私と同じような考え方をしていたのです。私より20歳ほど年下に
も拘らず、とても意気投合し、非常に充実した会話を持つことができました。
色々お話を伺っているうち、二人の共通点の土台は、どちらも「おばあちゃん
っ子」だったことが分かりました。祖父母の世代の重要性とありがたさを、私
はこの年になってやっと心から重宝しています。

私が今一番楽しみにしていることは、孫の顔を見ることです。子供とは違った
ことを教えていく機会であるし、祖母が私にしてくれたように、自分の孫との
絆を築きたい。そんな願望があります。この学生さんとそんなことまで話し、
まだ独身の彼女も、勉強を続ける傍ら、いつか結婚して子供を作ることも視野
に入れ始めているようでした。

私が年少の頃、祖母は私たち家族とずっと一緒に住んでいました。祖母に肩こ
りの薬を塗ったり、肩たたきをしてあげたりしたし、銭湯にしょっちゅう一緒
に行きました。いつもお弁当をこしらえてくれたし、冬は同じ布団の中で寝て、
暖めてくれたものでした。だからなのでしょうか、昔から老人は大切だと考え
てきたし、イギリスに来てからも、元気な高齢者と話す機会があると、「長生
きの秘訣は何ですか?」とよく尋ねました。 

「ハッピーでいることだよ」とほとんどの老人は答えてくれました。長い人生、
幸せなことばかりではないはず。それでもハッピーでいることが秘訣という答
えは矛盾しているように聞こえますが、辛いことでも肯定的に捉えられるよう
になり、未来への糧にしていける能力を培ってきたことが、それら元気なご老
人に共通していることではないだろうかと感じます。

こうなると、身体的なことより、精神的な心構えが重要になってくる。事実、
70歳の老人たちについて、活動的な人と病気ばかりしている人の違いは何かを
調べたアメリカの研究で分かったことは、それら老人たちが20台、30台のとき、
何を考えてきたかによって異なることです。行動の前に思考が来る事実を思え
ば、納得する答えです。

20台、30台のときに何を考えていたか。その20台、30台も、その土台は幼少
期と10台です。70歳の地点では、すべての結果が現れているだけなのです。

一般に、誰もがリタイヤを一番楽しみにしていますが、経済的理由からなかな
かリタイヤできず、65歳を過ぎても働かざるを得ない状況にある高齢者もたく
さんいます。

反面、65歳を過ぎても働ける場があることは幸せなことだと捉える人も多い。
社会の役に立ち、老化防止にもなるなど、ポジティブな面もたくさん。年金で
生活していようが、仕事を持っていようが、健康で元気いっぱいのご老人たち
は若者に伝えるべきものをたくさん持っていると感じます。元気でいられる考
え方を20台の頃からずっとしてきたのですから。それこそ秘訣であり、それを
伝えていくことが重要なのではないかと思います。

また、若い世代も、メディアの言うことに惑わされず、実績を積んできた先輩
たちの生き方やアドバイスを仰ぐことで、自分もその人と同じ道を歩むように
なるのです。私の好きな言葉に「You become what you think about.(自分は
自分の考える通りになる)」というのがあります。前述の研究結果を裏付けて
いますが、自分が瞬間瞬間考えている想念が人生という織物を作り出している
のです。若い人はどんどんいいサンプルに接するべきだと感じます。成功した
ければ成功者から学べ、というビジネス成功哲学と同じように。

私は6歳から93歳までの老若男女にピアノを教えていますが、こうやって年少
者から高齢者に接するチャンスがあることに、とても感謝しております。93歳
の紳士生徒さんは、91歳のときにレッスンを始め、膝の手術で8ヶ月間レッス
ンを休みましたが、今年から再開し、今でも車を運転するし、頭もしっかりし
ています。まだ飛行機に乗ってホリデーに出かけるし、何よりもユーモアに富
んでいます。戦争での体験や昔のロンドンの話など、色々な世間話もして私の
知識を豊かにしてくれているありがたいお年寄りの存在です。

先月に93歳のお誕生日を迎えたのですが、私はカードと小物をプレゼントしま
した。そんな高齢な方にプレゼントできるチャンスも稀で、私は光栄にさえ感
じました。当の本人は、誕生日なんて思い出したくない、迎えすぎ、と、いつ
ものユーモアいっぱいの口ぶりで語りましたが、それでも感謝してくれました。

こういったポジティブに生きる高齢者に接するチャンスがあるのとないのとで
は、思考が変わってきますね。私の77歳になる姑でさえ、この93歳の紳士と
会話をしてから、人生の見方が変わったと話しているのですから、若輩はそう
いった良質なサンプルに接することが非常に大切だと感じるのです。

こちらの新聞で、祖母について特集した記事がありました。現代の祖母は私た
ちの祖母とはライフスタイルが違います。まだ現役で活躍したり、旅行ばかり
出かけたり、趣味に没頭したり、新しいことにチャレンジしたりと、孫の面倒
を見ながらも動的な要素が多いのが現代的祖母です。また、孫の存在が自分を
若返らせると、これら現代的祖母たちは語っています。「目指すはこれだ!」
と私は思いました。 

しかし、私が目を向けているのは自分だけではありません。一度は老人ホーム
建設を考えましたが、今は、ホームという目に見える形を取るのではなく、見
えない形でいいので、若者と高齢者を結ぶ役割を模索しています。

この老齢学を研究する若者も、具体的な計画はないものの、私は彼女にも、具
体的という自分の限界を作らず、崇高な願望だけを不動なものにしておけば、
手段は向こうからやってくることを伝えました。

人は誰でも年を取る。その自然さは本当は素晴らしいものであることがデフォ
ルトだと思っています。一日一日を大切に、有意義に過ごすことで、知らず知
らず健康で美しい年の取り方をするものではないでしょうか。

現在は男女ともアンチ・エイジングや表面上の若返りが大きな産業になってお
り、実に多彩な商品が人々の関心を集めていますが、白髪、しわ、老眼鏡をセ
ットにしても、長年の経験とその中で培われた素晴らしい教養に溢れた年配の
方に接するたび、<自然の美>という言葉が浮かび、その人たちからたくさん
学びたいと私は思ってしまうのです。 

内側の美は表面に出てきます。上辺の美は上辺だけで、常に修復作業に集中し
なければなりません。そのために大切なお金と時間を費やすのはどうも私の性
に合わないのです。自分に正直になることほど、大切なものもないと思います。

「七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず。」を目標に、
自分の内側を磨く努力を続け、自分が70歳になったとき、今以上に若者に伝え
るべきものをたくさん携えていたいと感じています。

プリマ

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◇◆次回は6月6日(金)ポーランドから配信予定です◇◆
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