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2008/04/25

【出たっきり邦人 欧州編】748 ポーランド共和国

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■□■□■   出たっきり邦人・欧州編・2008・04・25・748    ■□■□■
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           〓ポーランド・ワルシャワ発〓

              ポーランド便り
                               第7回
               ショパン

ショパンについて問題です。

1.ショパンはどこの出身か?
2.ショパンは何歳まで生存したか?
3.ショパンの誕生したのは西暦何年? 
4.ショパン国際コンクールは何年ごと?

1.ショパンはどこの出身か?

ポーランドの出身です。母親はポーランド人、父親はワルシャワでフランス語
教師をしていたフランス人。ワルシャワから西に50キロのジェラゾヴァ・ヴ
ォラというところで誕生しました。ここは現在博物館になっており、夏の間に
は日曜日にピアノのリサイタルなども行われます。

ピアノのリサイタルといえば、ワルシャワの中心にあるワジェンキ公園でも夏
の間の休日には野外コンサートが行われます。この広場には大きなショパン像
があり、市民の憩いの場です。この広場から流れてくる音楽とともに散歩をす
るのは、とても気持ちいいですよ。。

ワルシャワでは幼い頃から有名だったショパンですが、20歳のときに祖国ポ
ーランドを出て、更なる音楽の勉強のためにウィーンに旅立ちます。そして、
二度と祖国に戻ることはありませんでした。

しかも、彼の作曲家としての活躍の舞台はパリが中心。ショパンはフランス人
とのハーフでもありますし、ショパンにとってはフランス人としてのアイデン
ティテイが強かったのでは?と思っていたのですが・・・。

彼の祖国への思いはとても強かったようです。家族はずっとポーランドに住ん
でいたし、その頃のポーランドは情勢不安で革命などが勃発していたので、帰
りたくても帰れない、それなのに大切な家族はポーランドにいる、ということ
でいつも心はポーランドにあったのでしょう。

実はショパンの時代、地図にはポーランドという国は存在しませんでした。彼
の望郷の念の強さと、ポーランド人としての意識の強さは、彼の作曲したポロ
ネーズやマズルカに反映されています。最近はショパンの曲をきくと、切なく
なることが増えました。今飛行機で簡単に故郷に帰れる私達はなんて幸せなん
だろう、とおもったりして。

彼の墓地はパリにあります。でも心臓だけは遺言でポーランドに帰ってきてい
ます。今では、ワルシャワにある聖十字架教会の柱の中に保管されているの
で、私もお参りに行ったことがあります。気軽に入りやすい教会なので、機会
があったら訪れてみてください。

ここの近くには、ショパンがワルシャワ時代に住んでいた場所(博物館になっ
ています)や、子供時代にオルガンを弾いていたヴィジトキ教会があります。

このヴィジトキ教会は、周りの建物と比べてかなり黒ずんでいます。なぜか?
ワルシャワは、ワルシャワ蜂起の後にほとんどの建物が破壊されたので、旧市
街を含めほとんどは戦後に再建されたものです。ただ、この教会だけは奇跡的
に全焼を免れたので、ほかの建物よりもずっと古く、黒ずんでいるのです。

教会のオルガンは当時のものではないようですが、ショパンがオルガンにたど
り着くまでにつかった木製階段は当時のままだそうです。

2.ショパンは何歳まで生存したか?

39歳。幼い頃から病弱で、風邪などをひくと血を吐くことなども多かったよ
うです。妹も肺結核で幼いときになくなっていることもあり、中にはショパン
が肺結核だったと書いてあるものもありますが、それは確かではないようで
す。でも、病弱で何度も死の淵をさまよい、ついには39歳の若さでなくなっ
てしまいました。

それでも「ジョルジュ・サンド」という女性がいなかったら、ショパンはもっ
と早くに亡くなり、名曲の数々もこの世に生み出されないままだったかもしれ
ない、というように私は思っております。彼女とショパンの話はここでは割愛
いたしますが、興味のある方はぜひ読んでみてください。

彼女の紹介で画家のドラクロワとも親交が深かったようです。ドラクロワ作の
ショパンとジョルジュ・サンドが一緒の絵画があったようですが、今では途中
別れた2人を象徴するかのように、パリとコペンハーゲンに別々の絵画として
保管されているようです。

3.ショパンの誕生した年は西暦何年?

1810年。およそ200年前です。ナポレオン、リスト、ベートーヴェン、
シューベルト、メンデルスゾーンなどが同時代の人たちです。ずっと昔の人と
いうイメージでしたが、なんとショパンの写真が現存しています。きちんと残
っているのはたった1枚ですが、写真があるというだけで、距離がずっと近く
なったような気がしますよね。

4.ショパン国際コンクールは何年ごと?

ショパン国際コンクールは1927年に創設され、5年ごとにワルシャワにて
開催されています。

1918年にポーランドは悲願の独立国家となります。そして、「フランスの
ものになりかかっていたショパン」を取り戻すべく、「ポーランドのショパ
ン」としてのショパン国際コンクールを創設したのです。

ショパンの音楽を聴くときには、ぜひこの時代の背景、ショパンのポーランド
への慕情などを想いながら聴いてみてください。きっと目の前にはヨーロッパ
の田舎、ワルシャワが広がってくるはずです。

ショパンが好きなあなたはぜひワルシャワに遊びに来てくださいね。

のこ@ポーランド 
ご意見ご感想、お待ちしております。<nokodetaho@yahoo.co.jp>


◇◆次回は4月29日(火)フランス・パリ郊外から配信予定です◇◆
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