2005/03/09
東光寺だより 57号(その2)
***** 東光寺だより 第57号 2005年3月9日発行 *****
<その2>
二つに分割して、お送りしています。
--------------------------------------------------------
東京発 楽健法事情
子松志乃子
2004年5月29、30日 東光寺合宿
楽健法を実践している各地の方々に是非お目にかかりたい。
常々そう思っていました。私は2001年4月からの東光寺宿泊研修の第1
期生ですが、終了後も同期会と称して、集る機会を持ってきました。
もちろん宥厳先生、幸子先生の多大なるご協力があってのことですが。
ひょんなことから、島根県松江市の楽健法師範の土江正司さんと連絡が取れ、
5月の合宿となりました。
半年振りの東光寺は、とても懐かしくてホッとします。
見知った顔に懐かしさが溢れ、初めての方には「どんな方だろう」
と興味が湧く。 石段を一段抜かしで駆け上がる宥厳先生の真似をすると、本
堂にたどり着く頃には息が上がりそうになります。一段抜かしで駆け上がるの
は出来ても、一段抜かしで駆け下りるのは、ちょっと怖い。
今回の研修のプログラムの中でいつもと違った事は、NHKスペシャルのビデ
オ、ビオレッタ・パラの歌「人生よ ありがとう」を見せて頂いたことでし
た。軍事クーデターが起きていた頃の、南米の事情もよくわかっていなかった
私は、改めて繰り返す歴史の中で翻弄される人々を身近に感じました。自分の
これまでを振り返った時に「人生よ ありがとう」といつでも言えるようであ
りたい。そしてこうして楽健法に出会えて「人生よ ありがとう」
集ったメンバーは北は秋田から、長野県、石川県、愛知県、千葉県、東京
都、島根県と多彩でした。 自己紹介、体験を話し合い、問題の提起もいくつ
かあり、それぞれのパワーを感じた2日間でした。 共有する時間と空間、楽
健法を通していろいろな人と出会えることが、嬉しいです。夜の時間があっと
いう間に過ぎ、6時から朝の勤行。爽やかな緑に囲まれて、このひと時も心が
洗われる思いがします。午後3時半、またお会いしましょうと、挨拶が交わさ
れました。
雑誌の取材の反響 昨年秋、紹介で体験サロンに見えた「健康ジャーナル
社」の編集者から取材の申込みがあり、「冷え取りジャーナル」と言う本に、
イラスト入りで楽健法が紹介されました。インタビューや、楽健法の本を丁寧
に読んだとはいえ、1回の取材でこれだけ書けるのは、流石と思いました。
「冷え取り」を見ての問合せは7,8件あったのですが、実際に友人を連れて
参加された方がいました。生憎土曜日があいていないという事で、野方の会に
来てくださいました。その後も編集者の方とは、連絡が取れていますので、よ
い出会いだったと思っています。 又、春にはソニーマガジンズの「リンカラ
ン」に東光寺での取材が掲載され、問合せがぼつぼつ入っています。先日は一
人施療依頼があり、施療後とても喜んでお帰りになりました。興味を持たれた
ようで、これから続けていただけたらと、期待しています。 もう一件、ラジ
オのミニFM局からの生放送取材がありました。住まいの近くで月に3回の楽健
法の会を開いていますが、会員の紹介で3回ほど参加した方が、そのFM局の
DJをやっておられ3,4分でしたが、「楽健法ってどんなことをするのです
か?」「特徴はどんなところですか?」とか「何処に行けば体験できますか
?」などと、電話でやり取りをしました。修正の利かない「生」の時間が流れ
ていると思うと、何時もと同じ筈なのに、ちょっと緊張してしまいました。い
ずれにしても、興味を持つ人が増え、愛好者が増えてくれることに繋がったら
嬉しいですね。 東京研究会 第2,3,4土曜日、JR水道橋駅西口近くの
東京学院4階で、研究会が開かれています。指導者養成講座がメインですが、
資格を取られた方のその後のスキルアップや、情報交換の場としての機能が働
いたら、本来の研究会の面白さが増してくると思っています。資格を打ち出す
以前から、楽健法と取り組んでこられた方にも、是非お越し頂けたらと思いま
す。いつか宥厳先生が「お江戸は広いから・・・」とおっしゃった事がありま
した。本当にいろいろな分野で働き、行動されている方が沢山おられます。ど
うぞ水道橋の研究会にマイカップ持参でお出かけください。楽しい研究会にし
ていきましょう!
ヨーガ&二人ヨーガ 巷は今ヨーガブームだという。報道によればヨガマッ
トを抱え、ブランド品のウエアを身に付け、ヨーガスタジオに通う人が増えて
いるそうだ。流行はいずれ廃れていくだろうが、ヨーガを愛する者にとって
は、興味を持ち足を運ぶ人が増えてくれるのは嬉しい。といっても近所のサー
クル指導の立場の私にとっては、わんさと押しかけてくる若い人がいるわけで
はないが、それでも問合せなどはほんの少し増えている。
このヨーガブームに二人ヨーガ「楽健法」が興味を持たれてきているのは、
無関係だろうか?私はヨーガをやっているからこそ、二人ヨーガ楽健法により
興味を覚えた。本来は自分で自分をケアするところを、人の力を借りて補助を
してもらう。或いは人と人とのつながりが、より深い安心感や優しさ、一体感
を生む。
人の身体を踏んでみて我が身を振り返る。辛い時は誰かの手も足も借りたく
もなる。そしてほっとしたところで、静かに自分を振り返ってみる。身体はと
ても正直です。身体が軽くてしなやかな時は、心もとてものびのびとしなやか
です。一人ヨーガに二人ヨーガ、楽しみな毎日です。
=============== エッセイ ==============
縁を結ぶ その二
小西 辰典
「結縁」と言う言葉について再度にわたって書き、東光寺だよりに載せて頂
いた。山内宥厳先生とは私の友人と一緒に散歩の帰り道、東光寺山に登ってき
た時、偶然寺の縁側に立って居られたのが師でした。それから縁が出来再々東
光寺を訪れ段々と親しくさせて頂きました。
桜井を展く会主催の歩く会にも皆様を案内して東光寺の歴史を語らせて頂き
ましたし、二十八日の護摩供にも列席して護摩を焚いて頂きました。
真言密教の東寺へも高野山へも再々参拝致しましたし、私の亡母の永代供養
も亡父も継母も皆高野山で永久の安息をしています。
私の亡母は私の小学一年生の時に幼稚園児の妹と二人を残して三五才で死に
ました。母の供養に購入した佛壇は私の妻の実家の亡父が作った佛壇でした。
私と妻が赤い糸で結ばれていたのはもう生前から決っていたのです。
そして私の亡父の祖先が東光寺山の一角に別宅を所持して居り、東光寺の信
徒であり、亡母が平等寺で僧籍に得度した大安宗禅の後継者でした。
平等寺は聖徳太子が発願された寺であり、明治の廃佛棄捨の時荒廃した寺を
復興させる一因となった寺領を私方の先祖が寄贈した寺であります。
また私が言霊研究発端となった柿本人麻呂の歌が多く載っている万葉集の歌
碑が門の傍に立っています。
信貴山も四天王寺も聖徳太子の発願の寺であり、私が大阪に移住の時家内一
同が最初に詣でた寺院が四天王寺でした。
私が天理語学専門学校のロシア語科を卒業後、毎日新聞社主催の復興博覧会
が夕日丘で開催された時、そこの出品部に臨時採用されて三ヶ月間勤めたので
すが、此の地も四天王寺に由緒のある土地でありました。
私の宗派は融通念仏宗です。本山は大阪の平野区の大念仏寺で此の寺院は現
在日本で二寺のみ残っているお経供養の寺。
息子の立原啓裕がタレントとして最初に訪れた寺院が大念仏寺でありました。
此の寺の末寺の大融寺の和尚から頂いた声明会のチケットで声明会に参加し
て声明を聞きました。宥厳師が声明のCDをお持ちでしたので、お誘いしたの
ですが此のときは時間の折り合いがつかず不参加されました。
次の年のNHKホールで行われた声明の会には私と二人で参加致しました。
声明は京都の大原へ初めて中国から導入されたのですが、三千院の奥の院で
声明を聞いたときは本当に感激したものでした。此の声明会は国際永久平和記
念祭典として全世界宗教界の協力の元に毎年宗派が交替で開催されて居り、昨
年(平成一五年)は二三回目でした。
京胡を呉汝俊が演奏され黄檗宗の黄檗梵唄が実施されました。私の息子や
五行歌の会の会員の大阪吹田市の矢野貴子さんは舞台に立って発声致しますの
で、声明を聞くことは大変大事なことと考えられます。
声明は本当に歌謡の基本であると考えられていますから此れも又縁が繋がっ
ているのです。
宥厳師の東光寺への階段を一段宛登る毎に心が洗われて行く。小さな石佛の
前で手を合せて次の石段を登る。四国八十八ヶ所の石佛が設えられたのは明治
の終りか大正の始めであったとか、それも無住となった東光寺山は久しく荒れ
て居たので、全山に散乱して居たのを宥厳師が住職として在山されてから今の
状態に整理されたのであった。
私が訪れるようになってから大和霊場の大きな石碑を今の地に移されて前の
瞑想場も整備されました。私は本堂で護摩供養後に煙を扇を開けて出してから
本堂の北側の縁から、三輪山と箸墓古墳を大きく息を吸いながら眺めるのが大
好きです。
山頂の雑木林の間から二上山が見え夕日が沈んで行くのを眺めるのも好きで
した。三輪山は日本最古の大物主大神の岩座のある山ですし、箸墓古墳は卑弥
呼の墓と言われている伝承の古墳である。
三輪山を中心に此の桜井磐余の地には多くの古墳群が散在している。大和
古代王朝の宮廷が多く設立されている。
此の東光寺は崇峻帝が桜井寺を設けられた処であり、東光寺の西麓には若桜
磐余宮ががあった土地である。
万葉集に弓削皇子が亡くなられた時柿本人麻呂が詠んだ歌がある。
此の磐余山は石村山と言って天香久山の東から多武峯音羽山の裾の山々まで
の広い山域であって雲が常に煙の様にただよっていた程の宏大な山々であった。
私が関係していた日本文化源流桜井を展く会の幹事が講師として開塾してい
た「まほろばセンター」の講座でも宥厳師に講義して頂いた事もありました。
また桜井は「カグヤ姫」の土地だと主張して研究する会があり、その主催で
名月祭を催した際にも宥厳師に横笛を演奏して協力して頂きました。
私は楽健法にあまり協力的でなく、いつも申し訳ないと思っているのですが、
宥厳師は楽健法を施療されているときにも、いつも五鈷杵を手放さず握ってい
られ、私も五鈷杵の霊力を信じて居りますので、宥厳師からお譲りいただいた
五鈷杵の使い方を教えていただいて、その方で協力させて頂き、常に五鈷杵を
持って歩いて、人々にその不思議な効力を実施して喜んで頂いています。
真言密教は加持祈祷を大切にしています。元々インドでは鈷は武器でありま
したが、此の鈷には不思議と宇宙のエネルギーがうずまき状になって入って来
ますから(宇宙は大きな回転(うずまき)の中で動いている)それが気となっ
て鈷を通じて人体に導入する事によって悪い気を排除するのです。
鈷を身体(患部)に当てると鍼灸の鍼をさした様なかすかな痛みがありそれ
が心地よいのです。皆様も楽健法と共に一度鈷の力も試してみて下さい。
東光寺に宥厳師が在山されている限り宇宙エネルギーの発信基地として発展
して行きます。宥厳師の楽健法、天然酵母パン、五鈷杵、インド古来のアーユ
ルヴェーダの原理を応用した諸々のご研究により人々に光明を与え続けてゆか
れると、私は常日頃から心に思いつづけながら、諸般の都合上、桜井から離れ
て大阪に住むようになり、宥厳師とお逢いする機会が少なくなった事が残念で
なりません。
============== エッセイ ==============
佛さまと和尚と猫と
梅木天湖
慣れ
スポーツクラブでの出来事です。知人がぎっくり腰になり易いと言うので、
少しでも改善できればと思い、週一のペースで楽健法を続けていました。
そして楽健法を気に入った彼女は“気持ちいいから私も主人を踏んでいるの”
と言うので、正確な踏み方を教えました。
しばらくたって「踏んでるの?」と尋ねたら、「気持ちいいと言ってすぐ寝
ちゃって私がやってもらえないから、今は踏んでない」との事。やはり目的意
識が違うと続かないのかなぁ。
しかし彼女の方は再発もなくなり、私としても一安心、自信にもつながっ
ていました。
そして楽健法をやり始めて一年近くたったある日の事、こんな事件(大袈裟
かな)がありました。いつものように楽健法を踏み終わった直後、ほんとに直
後ですよ!彼女は鍼・灸にかかっている友達を見かけて駆け寄り、
「ねぇねぇ、〜さんが貴方の通っているマッサージがすごく良いって言っ
てだけど、どの辺にあるの?本当に良いんだってね・・・」
良いを連発した後、私に向かって
「一緒に行ってみない?」??私の目が点?!
“え、モ〜楽健法をやる私に向かってそこまで言うかぁ”と思いながらその
無神経さにショックを受けながら、自信も喪失!私は冷静さを装いお誘いを断
ると、彼女は「今入り口で、無料で電気座布団に座って血流を良くするのをや
っているから行くね」と言って、そそくさと行ってしまった。
本当に唖然とした出来事でした。
しかし、結局は商売にしているわけではないので、お互い週一の決まった時
間が習慣になり、“おざなり”になっていたかも知れない。踏み慣れてくると
気持ちも集中せず、無駄話も多くなったりもする。あの出来事は“初心を忘れ
てはいけない!”という戒めとしておこう。また人の為と思っても、安易にだ
らだら楽健を続けるのも問題ですね。楽健法 をもっと大事にしよう。
言い方
面白いものですね。言い方一つでこうまで素直にその言葉を受け入れられる
とは。 私はあまり公共トイレは利用しないのですが、止むを得ずコンビニの
トイレを借りた時の事です。目の前に“きれいに使っていただきありがとうご
ざいました”。
う〜ん、参った、うまいなぁ。
いかなる場合でも最初に礼を言われてはねぇ…。
結果同じ事でも“きれいに使いましょう”
は見慣れているし、言い換えれば“汚すなヨ”と言う事だからあまり響いてこ
ない。
似たようなことで、私は会話でもポジティブな方向で表現するように心掛け
ています。否定的、悲観的、批判的な話し方は重く苦しく暗い雰囲気を漂わせ
るだけだから、何とか希望の持てる内容の話し方をしようと…。しかしなかな
か完璧にはいかないのも現実!
ガードポジション
私は「高輪スキークラブ」に所属しています。
指導員、準指導員の青年が多く、それはそれはスキーにかける意気込みは半
端ではありません。毎年、検定の時はメンバーが受験者のサポートとして合宿
に参加。とは言っても、私が出来るサポートは技術面では無理なので今年は楽
健をやらせていただきました。
皆最初は半信半疑で、ギャーギャー騒ぎながらも満足な様子。見る見る集ま
ってきて順番待ち状態。翌日調子がいいと感謝されれば、こちらもこんなに嬉
しい事はない。
楽健法に慣れてきた青年が
「ガードポジション。大事なところ苅谷さんから踏まれそうで怖い」
と言って、仰向けの時両手で股間をガードしはじめた。
以後、青年達は仰向けになると「ガードポジション」と言って大事に保護し
ている。こう堂々と意識されると“たぶん、私は近所のおばさんみたいで、女
として意識されていないんだなぁ”と…やり易いが、うれしくもあり、悲し
くもあり。ちなみに冗談でも本気でも、我が愛するダーリン以外は、聖域に踏
み込んだことはありません。ご安心ください。
佛さまと和尚と猫と
その日、小川にかかっている東光寺橋を渡り、狭い石段を上り詰めると、そ
こが東光寺であろうか。周りは草木が茂り、長い歴史を見てきたような小さな
地蔵があちらこちらに点在している。建物は古く、明かりが灯っていなければ
本当に人が住んでいるのかなぁと思わせるような、何十年も前に時が止まった
風情である。
雨が降っているせいか、建物はどこも戸が閉まっており、どこから入ってい
いのかわからない。
ちょっと隙間からのぞいてみた。暗がりの中の仏像にびっくりし、思わず
「こわ〜い」
と言ってしまった。
覗くという行為はスリルがあり、恐怖心も沸いてくるもので、遊び心もてつ
だって“怖い”を連発していたと思う。ウロウロしていたら和尚がヌッと出て
きた。東京でお目にかかる和尚とは違い、何ともこの雰囲気に溶け込んでいる。
“…このまま挨拶だけして帰ろうかなぁ…”
家の中は外見とは違い生活感があるせいかすぐ馴染み、正常さを取り戻した。
和尚もいつもの和尚に見えてきた。“…ホッ…” 引き戸を開き、お茶をいた
だきながら外を眺めていると、外で感じた霊気は感じず、雨に濡れた草木が緑
をさらに深くし、懐かしさまでおぼえ、下界から遠く離れた場所に身を置いて
いるような落ち着いた気分になった。 雑音もなく通行人もない、この静寂な
自然の中は絶好の瞑想の場所である。
そこに、何事にも動じない様子で、のんびりとしたテンポで歩いてきたネコ
(マニス)が和尚のひざに抱かれる。
あくまでも自由な世界。この当たり前のような光景だが、二人の世界を確立
しているように見えた。ここは仏さまと和尚とネコの三位一体の神聖な場所に
思えてきた。 きっと和尚にとってここは俗世界から離れた、一番居心地の良
い場所なのだろう。今度は護摩をたいている和尚に会ってみたい。
帰る時は、来た時の気持ちが一転して、満たされた気分であった。
合掌。
==============「生活の知恵袋」=============
奇跡的なやけどの治療法
先週のパンの日に、天板で手のひらをやけどしました。 親指の付け根のと
ころが真っ赤になってかっかかっかと脈打つ感じで、痛みも相当なものでし
た。このままだと水疱になって、後が大変だと思いましたが、アーユルヴェー
ダの古典、チャラカ本集に、やけどは即座にあたためるのが最善だと書いてあ
る、ということを、イナムラ先生からうかがったことを思いだして、ガスス
トーブの前に患部を近づけて暖めました。その痛いことったらありませんでし
たが、十数分間、繰り返し暖めているうちに、痛みがやや快感に変化してき
て、三十分後には、痛みもひいてしまいました。それで治ってしまいました。
水で冷やすより確実なやけどの治療法だと、インドの知恵に感心することし
きり。いい体験をしました。 【宥厳】
東光寺だより57号
=============================== 以上
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
yugen iwaresan
山 内 宥 厳 磐 余 山・東 光 寺
楽健法本部
日本アーユルヴェーダ学会
〒633-0053 奈良県桜井市谷381-1
電話と電紙 0744-46-2410
携帯 090-4301-0228
http://www2.begin.or.jp/ytokoji/
ytokoji@begin.or.jp
_/_/_/_/_/_/_/05.03.09 17:10_/_/



