2009/05/13
■Weekly Mail Journal■2009/5/13 No.483
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 2009/5/13 No.483 週刊メールジャーナル 読者数10822(前回) ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ●被害者面する「週刊新潮」にメディアの資格なし (会員制経済情報誌『現代産業情報』5月1日号より転載) 欧州の古い風刺画に「記者」なる作品がある。 教会のミサで参列者が目を閉じて説教に聞き入る中、1人の男だけが目をかっ と見開き神父を見据え、ペンを動かしている絵。 無遠慮なこの男に、「記者」の本質を描いている。 疑問なしに人々が神父の言うがまま精神を委ねている空間で、この男だけは自 分の目で確かめようとしている。 権威への盲従を拒み、自身で見たことしか信じないリアリズム。諷刺画はそう した記者の本質をとらえている。 無遠慮さに眉をひそめつつも社会がメディアの必要性を認め、記者なる職業に 一定のステータスを与える理由は「リアリズムの付託」に集約されよう。 が、そのメディア(記者)が与太話に騙されたら存在意義は失われる。 百歩譲って騙されたとしても、堂々と被害者面をして同情を求めるメディア (同)は、もはやメディア(同)と呼ぶにふさわしくない。 『週刊新潮』の朝日新聞襲撃事件犯“告白手記”をめぐる4月16日発売号の 同誌「弁明」は、自身が被害者であることを再三強調するもので、メディアが メディアであることを放棄せんばかりの恥ずかしい内容だった。 果たして、堂々と被害者面する週刊新潮には、再び各方面から強い批判が集中 した。 恥の上塗りと言うべき醜態を週刊新潮が繰り返す背景には、構造的な問題がの ぞく。 「この話は『新潮45』前編集長で、リニューアルを成功させたN女史が昨秋 に部長職編集委員として週刊新潮に異動する直前、『実行犯だ』と言う島村征 憲氏から持ちかけられた。上昇志向の強いNは飛びつき、週刊新潮に土産とし て持参してきた。スクープを出世の道具と見る脇の甘さが、島村氏に付け入ら れた原因でしょう」(新潮関係者) 『週刊新潮』の編集部内では、「手記」掲載への反対論が大勢だったという。 現場は「危ない」と直感したのである。だがNは引かない。 新潮関係者が語る。 「バックにいるI常務を味方につけ、政治力で現場の異論を押し切ったのです。 出版部門を総括するIは、『電車男』『バカの壁』など一連の大ヒットを生み 出し、『新潮45』にサッカー元日本代表の中田英寿を登場させるなど抜群の 企画力で社内影響力が強い。『影の社長』とささやかれるほどの力を持つIを バックにするNの『手記』企画に、編集長だったHも積極的に乗った。社内政 治力の強い一部の人間にニュース現場が押し切られた結果が、あの『手記』掲 載だったのです」 驚くのは、今に至ってもI―H―Nラインに責任を求める空気が、新潮社内部 にないことだ。 「今回の問題で販売部数と広告の大幅ダウンは不可避。経営を直撃することは 間違いない」(関係者)とみられながら、佐藤隆信社長は、お気に入りのI、 H、Nを無傷で守ろうとしているのだという。 期待された新編集長だが、どうやら上ばかり見ているようだ。 その雰囲気に現場は何も言えず、鬱屈とした不満だけが蓄積しているようなの だ。 本来であれば編集長、担当役員の更迭はおろか、社長の引責辞任があっても不 思議でない事態なのに、である。 出版社の良識ある自浄作用は、現在の新潮社には認められない。 「虚言壁の島村に、4週連続分の架空話を構成するだけの論理性はない。新潮 側が誘導しなければ、あれだけのボリュームの記事は完成しないはず」(関係 者)と、いぜん「虚報」の疑いは残っている。 新潮はこれで問題を幕引きにしようと考えているのだろうが、社会の目は新潮 が思うほど甘くはなかろう。 強烈なしっぺ返しがあるはずだ。 ミサの最中に目を見開いて現実を見る男のいない『週刊新潮』は、社会からリ アリズムの付託を受けられず、紙を浪費するゴミとして駆逐されていくだけで あると指摘しておく。 ◆会員制(法人・個人)経済情報誌『現代産業情報』購読のご希望は、本誌が お取次ぎします。お申し出いただければ見本誌を無料でお送りします。 ◆◆いい社内誌・社内報とは、どんな社内誌・社内報か(前編)◆◆ (「ナナ総研」コミサポネット『社内広報を考える』から転載) 「ナナ総研」が定期的に開催している「社内広報サロン」は、毎回テーマを決 めて論議をすることにしている。 そのテーマに関心のある社内広報担当者が参加して論議を深めることができれ ば、お互いに有意義な結果を持ち帰れる、と思われるからだ。 しかし実際は、社内誌・社内報にかかわる課題には、いろいろな問題がオーバ ーラップしている場合が多く、ひとつのテーマを論議していても、他のテーマ に発展してしまうことがよくある。 しかし、それはそれで大変参考になるので、実際、脱線論議が大いに盛り上が ることが多い。 最近は、テーマに関係なく初参加者が多く、「また、参加したい」という感想 も多いので、サロンの発起人の一人としては嬉しく思う。 事実、経験の少ない担当者も、幅広い論議に結構参加することができるので、 ぜひとも、このサロンに参加してみてほしい。 最近の、そんな脱線論議から感じたことを、このコラムでも、時折、取り上げ てみることにしよう。 しばしば論議の的になる悩みごとのひとつ、それは、「いい社内誌・社内報と は、どんな社内誌・社内報か」が、ときどき分からなくなることだという。 経営者や上司の指示どおりに編集発行しているのに、読者の評判がすこぶる良 くないとき、などはそれにあたる。 広報担当者には、コンプライアンスを社内に定着させる任務があるのだから、 上司の指示命令を遵守するのは当然。 そうして発行している社内誌・社内報は、「会社にとっていい社内誌・社内報」 であるはずだ。 原則として、それは正しい。だから、読者の反響がどうであれ、命令に従がっ てきちんと仕事をしている担当者の職務評価は良くて当たり前。 でも、何となく納得できないこともある、という。 読者が期待している社内メディアの役割や、読者が求めている情報は、いま作 っている社内誌と違うような気がする、というのである。 そんなときは、自分がやっている仕事に、価値もやりがいも感じられないとい う。できれば早く、他の仕事に異動したいと考えてしまう、ともいう。 読者の期待に応えるメディアと、経営の指示によって発行するメディアと、一 体どちらが「良いメディア」なのだろうか。 それが一致するのがいいメディアに決まっているが、いま、世界の経済状況は、 多くの会社で、それを許さなくしているように見える。 なぜなら、最近の経営では、多かれ少なかれ労使の利害の不一致が広がってお り、加えて、読者の内側にも格差の拡大などで心理的、潜在的な溝は深まって いるからだ。 「100年に一度」と、どこかの偉い人がいっているとおりだとすれば、日本 の会社の多くは、創業以来経験したことが無い事態に直面しているといっても いいはずだ。 こんなとき、積極的な役割を果たせない社内誌や社内報なら、経営環境が変わ るまで、しばらく休刊にした方がいいのかもしれない。 だが、経営者側にも、そんな勇気のある決断ができないのが、いまの社会的な 状況でもある。 もし仮に、「あの会社は社内メディアを休・廃刊したようだ」などというコン フィデンスが千里を駆けて同業者間を駆け巡ったら、たちまち株価へ影響した りして、会社の競争力を弱めてしまう懸念もあるからだ。 結果として、単に、社内メディアのコスト削減に走ってしまう。それが、いま どき誰にもできる選択肢なのである。 そんなマネジメントで、果たして今のような経営環境のもとで、会社は生き残 っていけるのであろうか。 結論からいえば、そんな「社内広報に自信のない経営」は、みずから「競争か ら脱落する経営」に走っている、といっても過言ではないだろう。 そんな経営者、上司の指示で発行されている社内誌・社内報は、一見、カラフ ルな装丁で、デザインレイアウトがまずまずであっても、パラパラと頁をめく ってみただけで、“毒”にも“薬”にもならないメディアであることが、一目 で分かってしまう。そんな代物が多いのも、事実である。 こんな時代、こんな環境だからこそ、近代資本主義社会で成功を勝ち取った経 営者がよくいうように、「ピンチはまさにチャンス」なのである。 現に、こんな経営環境のもとでも、早くも勝ち残り組と目されている会社が、 多数生まれはじめているではないか。 それらの会社は、たいがい、過去からの流れに決別、新しい独自のマーケティ ングで売り上げと収益を伸ばしているのだが、従業員の働き方もすごい。 そんな会社を取材させていただくと、共通しているのは、社内メディアがすこ ぶる元気で活躍しているということだ。それはおそらく偶然ではあるまい。 そうした会社では、複数の社内メディアが、それぞれの役割を自覚して発行さ れているのである。 例えば、メディアの一つはトップダウンの方針をもっぱら伝え、別のメディア は経営の現況を解説し、他のメディアは、現場の空気や問題点を生き生きと描 き、ボトムの意見や提案を取り上げている、といった具合だ。 要するに、経営が、思うように従業員の意識と行動をマネジメントしているの である。 その源泉が「社内広報のマネジメント」(ICM)なのである。戦略的なIC Mが、きめ細かな配慮で機能しているのである。 例えば、通知や通達といったハードの社内メディアを通じてトップダウンの方 針が下達されると、間髪をいれずに、それを分かりやすく噛み砕いて解説した 印刷メディアが現場に届くのである。 パート従業員や契約社員のOJTのマニュアルは、社内広報のメディアとデュ アルタイムで調整されるので、現場ではコミュニケーションの齟齬が起きない という。 加えて、社内用の電子メディアが会社業績やコンシュマーの反響などをリアル タイムで伝送し、あるいはマスメディアの報道やそれに対するトップのコメン トをすかさずネット伝達するという。 これがまさに、戦略的なICMなのである。 このような経営状況のもとでは、社内誌・社内報といった社内メディアは、独 りで過大な役割をこなそうとするのではなく、ICMの一翼を担えば良い。 例えば、印刷メディアの社内誌は、その特質を生かした伝達に徹することが、 ICMにおける役割期待に応える道である。 電子メディアの社内報もまた、その特質を生かした社内コミュニケーションに 専念することで、ICMにおける役割期待に応えれば良いのである。 「良い社内誌・社内報とは、どんな社内誌・社内報か」、その答えはひとつ。 「ICMにおける役割期待を、キッチリ果たしている社内誌・社内報は、良い 社内誌・社内報」なのである。(以下次号) 【お知らせ】 第21回社内広報サロン 6/19 金曜日 「社内報、経営企画の展開の仕方を考える」 ⇒http://www.commu-suppo.net/salon/20090619salon.pdf --------------------------------------------------- 株式会社 ナナ・コーポレート・コミュニケーション 取締役 社内広報事業 ナナ総合コミュニケーション研究所 所長 豊田 健一 〒160-0022 東京都新宿区新宿1-26-6 新宿加藤ビルディング5F Tel : 03-5312-7471 Fax : 03-5312-7475 E-mail :toyoda@nana-cc.com URL : http://www.nana-cc.com URL : 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