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2008/04/26

宮沢賢治 Kenji Review 479

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Kenji Review 479
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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第479号--2008.04.26------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「書簡(1930年)2」「一本木野」

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ブログ毎日?更新中
http://www.kenji.ne.jp/blog/
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--〔話題〕--------------------------------------------------
「書簡(1930年)2」
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 1930年、宮沢賢治は病床から起きられるようになり、自宅で園芸
などをしていたようです。今回紹介する書簡は教え子の沢里武治あ
てと花巻温泉の冨手一あてからはじまります。これらの中で近況を
語っています。

 一時は危篤だったそうですので、奇跡的に回復したといってよい
と思います。のこされた時間は短いのですが、その中で賢治にとっ
て大きな意味を持つのが東北砕石工場の鈴木東蔵との出会いでした。

 全集の書簡の中で、最もたくさんあるのが鈴木東蔵あての書簡で
す。ほとんど封筒なしで、便箋だけですが、鈴木家に大切に保管さ
れていました。

 今回掲載分でもいろいろとやりとりしています。順に見ていくと、

[262] 1930年4月13日

 合成肥料のアイデアを提案。

[263] 1930年4月19日

 送られてきた広告文の感想を伝える。

[264] 1930年4月21日

 秋田、山形の農会への紹介を頼まれたが、知人がいないとことわ
る。

[265] 1930年5月7日

 前に提案した合成肥料は法律的にダメだという謝りを伝える。出
資者を探すようにも頼まれていたが、難しいと答える。

[266](1930年5月17日)

 風邪をひいて返事が遅れたと言い、広告文を提案している。

[267]1930年5月29日

 米の搗精用の「搗粉」について聞かれ、石灰岩粉を搗粉として使
うことが有望であると答える。

[268] 1930年6月30日

 広告文の感想。

 こんな感じでやりとりをしています。本格的な活動は翌年になっ
てからですが、こうして徐々に健康を取り戻すとともに、新しい活
動への展望を開いていったわけです。

 しかし、東北砕石工場の経営はなかなか苦しかったこともわかり
ます。何につけても経営はたいへんなものなのですが、やはりある
程度の資本がないとうまくいくものも行かなくなってしまいます。

 病身をおして、何も苦労を背負い込まなくてもよいのに…、と家
族は思っていたでしょうが、もちろんそんなことでやめてしまうよ
うな賢治ではありません。東蔵と賢治の、苦闘がはじまろうとして
いました。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

東北砕石工場
http://www.gijyutu.com/ooki/tanken/tanken2005/saiseki/saiseki.htm

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 鈴木東蔵(1891〜1961)は、妻の叔父・鈴木貞三郎(1
882〜1940)、その弟で小岩井農場に勤める鈴木(川村)貞
助(1887〜1944)の協力により、大正13年、東北砕石工
場を設立しました。(鈴木東蔵と鈴木貞三郎の共同出資)地元の石
灰資源と、大船渡線の開通で製品の鉄道輸送が可能になることが、
事業をおこす大きな契機となりました。

 当時、小岩井農場では、土壌改良のために農地に石灰を散布して
おり、年間かなりの量の石灰を八戸などから買い入れていました。
(石灰石は主にアルカリ質の炭酸カルシウムでできている。酸性土
壌の中和剤として、その粉末(石灰肥料)をまくことで、作物の生
育に、より適した環境をつくりだす。)

 その後、花巻の肥料店「渡嘉(わたか)商店」を通して、宮澤賢
治の存在を知った鈴木東蔵は、宮澤賢治に工場への協力を求めたの
でした。

「東北砕石工場」の歴史

1924(大正13)年 東北砕石工場 設立

1930(昭和5)年 宮澤賢治が石灰石粉を「肥料用炭酸石灰
(タンカル)」と命名する。

1931(昭和6)年2月 宮澤賢治が技師として就任 その販路
拡大に努める。

1937(昭和12)年 東北砕石株式会社に社名変更、法人組織
となる。

1940(昭和15)年11月 東北タンカル興業株式会社となる。

1956(昭和31)年1月 東亜産業株式会社東北支店となる。
その後も、永年親しまれてきた「タンカル」の名称から「東北タン
カル工場」の呼称を通している。

1971(昭和46)年 販売協同組合をつくる。

1975(昭和50)年 協業組合をつくり、生産の一部を残し、
主力を組合工場へ移す。

1978(昭和53)年 操業を停止。

1994(平成6)年10月 工場建物の保存を願って東山町に寄
贈される。

1996(平成8)年7月 国土庁と岩手県の補助を受け、地域個
性形成事業として工場周辺の整備開始。

1996(平成8)年12月 産業分野の近代化過程を物語る近代
化遺産として、文化庁登録有形文化財に登録される。砕石産業関係
建造物では第1号。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

精白に搗粉を用ふることの可否に就て
http://why.kenji.ne.jp/shiryo/sonota/403seuhaku.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 精白に搗粉を使用するとしないでは、その工程と費用に非常な差
がありますので、経済的立場からは、これを用ひること当然得策で
ありますが、衛生上の見地からは一般に搗粉を用ひて精白した飯米
は有害であるとされ、殊に近年栄養研究所で混砂米が胃癌の有力な
原因であらうといふやうなことを主張しましてから、搗粉の使用を
法律で禁ぜよとの議論さへ処々より起り近頃では需要家は白米の購
入に際して、一々その無砂搗であるや否やを問ひ訊すやうにさへな
りましたので、搗粉を使用せられる精穀家の方々は、何か四面楚歌
の声といふやうな感じもせられ、結局は不経済で困難な無砂搗を標
榜しなければならないやうな状態に立ち至りました。 

 然るに上来の議論に於て搗粉の害と称したものは三四年前迄殆ん
どその全部でさへあった房州砂のそれに該当するものであります。
房州砂といふのは浮岩質凝灰岩乃至火山灰等を乾かして砕いたもの
で、大部分珪酸から成り、中には針状の玻璃質物や石英の斑晶など
も入って居りますから、これを用ひて精白した米は、もしその水洗
が不充分でありましたら、丁度ガラスの粉を食ったと同じ害をなす
場合なしとも全く云へないのであります。ところが同じく搗粉とい
っても、只今まで房州砂の原料のない処や、或は単に化粧粉として
用ひられてゐた石灰石粉(大理石粉)でありましたら、事情は全く
之と異るものであります。 

 最近の実験によれば原料たる石灰岩が良質なる場合には、これを
用ひて精白した米は、水洗すればその鉱物質の量に於て無砂搗に異
ならざるは勿論、寧ろその微量に残存する石灰は、白米中に含有さ
れる苦土の毒を消す作用さへあって、却って無砂搗米よりも衛生的
であるといふのであります。蓋し、栄養資料中の苦土が石灰に比し
ある程度以上多くなりますと、人畜乃至植物の成育をさへ害し、こ
の程度をば石灰率と称し、その価は各生物によって異なるために、
人畜の栄養乃至植物の肥培に於てこの点常に注意を要することは既
にご了知のことと存じます。にも係はらず、若し単に搗粉が一般に
害ありと云はば、実に玉石混同の素人論と申すより外ありません。
之等に関しては左の論文を直接ご参照いただかば事自ら明白と存じ
ます。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

未来派宣言
http://www.tanken.com/miraiha.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

1 危険を愛し、いつもパワフルで無謀な我らを謳え!

2 大胆不敵で、敢然となにかに刃向かっていたい、それが我らの
本心だろう。

3 与えられた言葉は、いつだって退屈で眠いものばかりだった。
これから我らは熱に浮かれるまま、そして眠らず、死に物狂いで攻
撃に走るのだ。

4 我らが手に入れたスピードは、世界をより美しくした。ゴテゴ
テのマフラーからすさまじい爆音をあげ、機関銃のように疾走する
自動車は、どんな美術品より美しい。

5 スピード狂を賛美せよ! 加速された車は地球を横切り、軌道
を越えて進むだろう!

6 我らは原初の情熱を燃やす言葉を紡ぐため、あらゆる手段を講
じるべきだ

7 もはや美は闘争の中にしか存在しない。攻撃性こそ傑作の要件
だし、未知なるものを人間の掌に収めることこそ言葉の使命だ。

8 世紀の最前線にいる我らよ! 神秘的な不可能の壁を破るべく、
常に前を向け。時空は既に死んだのだ、極端なまでの永久加速を持
った我らは、もはや絶対の存在である。

9 戦争こそ我らの健康法だ。軍国主義、愛国心、アジテーション、
殺戮の思想、女性蔑視。みんなみんな賛美しよう!

10 博物館や図書館? そんなものいらない! あらゆる学問の砦、
道徳、フェミニズム、そして腐った心を叩きつぶせ!

11 金、快楽、反抗……理由は何でもいい、興奮した群衆を応援しよ
う! 街には革命の種が溢れてる。夜でも止まらぬ兵器庫の振動、列
車を呑み込み続ける駅、煙を吐き続ける工場、威容を誇る建造物、水
平線を越えて進む商業船、鉄路を驀進する機関車、プロペラの轟音が
心地よい飛行機……そんなすべてを、さぁ謳いあげろ! 

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------


--〔書簡〕--------------------------------------------------

[260] 1930年4月4日 澤里武治あて 封書

(表)上閉伊郡上郷村 上郷尋高小学校内 高橋武治様
(裏)四月四日 花巻町 宮沢賢治(封印)〆
 
    四月四日               宮沢賢治

高橋武治様 

やどりぎありがたうございました。ほかへも頒けましたしうちでも
いろいろに使ひました。あれがあったらうと思はれる春の山、仙人
峠ヘ行く早瀬川の渓谷や赤羽根の上の緩やかな高原など、をいろい
ろ思ひうかべました。 

お手紙もまことにありがたう。休みがなくてお出でになれないとの
ことは甚残念ですが、もう私も一日起きてゐて、またぞろ苗床をい
ぢり出したりしてゐますから、どうかご安心下さい。こんどはけれ
ども半人前しかない百姓でもありませんから思ひ切って新らしい方
面へ活路を拓きたいと思ひます。期して待って下さい。 

あなたもどうか今の仕事を容易な軽いものに考へないであくまで慎
み深く確かにやって行かれることを祈ります。

私も農学校の四年間がぽちばんやり甲斐のある時でした。但し終り
のころわづかばかりの自分の才能に慢じてじつに虚傲な態度になっ
てしまったことを悔いてももう及びません。しかもその頃はなほ私
には生活の頂点でもあったのです。もう一度新らしい進路を開いて
幾分でもみなさんのご厚意に酬いたいとばかり考へます。 

オルガン奏法別便で送りました。病気以来手もふれませんでしたし
病気もたうたう結核にはなりませんでしたが念のため充分消毒しま
したから安心してお使ひ下さい。  まづは。

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[261] 1930年4月8日 冨手一あて 封書

(表)花巻温泉遊園地事務所内 富手一様
(裏)四月八日 花巻豊沢町 宮沢賢治(封印)〆

先頃は立派なヒアシンスをありがたう存じました。いゝ時候になり
ました。小生又もや苗床を作って花の仕度をしました。結局園芸か
ら手は切れさうもありません。

就いて突然ですがあなたの処でダリヤの球の余るのはありませんか。
もし余分があれば一種一球づつお譲りを得たいのですが。尤も高価
なのは手が出ません。ありふれたものでいゝのです。私の方ではこ
の夏、ヒアシンス色分二百球、ダッチアイリス五種四十球、水仙十
八種五十球、オーニソガラムその他百球などできますが、それらと
交換でも願へるなら特に有り難い次第です。今春は中菊は三十種洋
菊は十六種とりました。例のサガ菊はやめました。ご返事お葉書で
下さい。よけれぱこちらから誰か頂きに上げます。まづは。

   四月八日                  宮沢賢治

 富手 一 様

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[262] 1930年4月13日 鈴木東蔵あて 封書(封筒ナシ)
 
拝啓 昨日は折角の御来花に何の風情も無之甚失礼仕候 その節は
亦結構なる御土産頂戴仕厚く御礼申上候 扨その際お詞の合成肥料
調整の件大体左の如くにては如何に候や 

◎調合歩合   石灰石粉九貫六百五十匁
  十貫に付「加里肥料」(肥料名)三〇%加里三百五十匁

◎右による加里保証含量 一・〇%(強)

◎右価格  石灰石粉三十銭乃至三十五銭
  十貫に付「加里肥料」十一銭五厘乃至十二銭五厘

◎右を反当三十貫水稲に施したる場合の増収玄米最低二斗
  仝     大麦に施したる場合の仝上  最低三斗

◎備考「加里肥料」は燐酸加里を主成分とし調合には最適なるが如
し。一車は八噸十貫当り三円三十銭の割合、一車以下は三円五十銭
位、価格変動なし 

尚右充分御考慮の上実行の際は御不審の点御遠慮なくご照会願上候
 先は右御報迄                    敬具

  四月十三日                宮沢賢治

 鈴木東蔵様

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[263] 1930年4月19日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

拝啓

貴簡並に広告文拝見誠に結構に存じ候

但し読者の誤解を惹起すると思はるゝ点、並に技術者に対する参斟、
誤植等一応校正致し置候間御参考に資せられ度存候 先は右用件御
返事まで                       敬具

  四月十九日                宮沢賢治

 鈴木東藏様

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[264] 1930年4月21日 鈴木東蔵あて 葉書

(表)東磐井郡 陸中松川駅前 鈴木東蔵様
(裏)花巻町 宮沢賢治

背景 今日御照会の秋田及山形農会の件相憎小生に知人無之誠に乍
遺憾別途を以て御工夫奉願上候

    四月廿一日                  敬具

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[265] 1930年5月7日 鈴木東蔵あて 封書(封筒ナシ)

拝啓

貴簡拝誦仕候、配合の件肥料法該当品としては何としても窒素燐酸
加里の孰れかを以てするより仕方なき法文に有之先日の加里配合不
許可とすれば燐鉱粉などを混じても矢張同様に有之べく甚遺憾の次
第に御座候 次に出資の件四五の資本家にも話し候へ共事業の必要
或は有利は充分認め乍ら当今の株式の低落等にて多くは借り入れ金
担保価格以上に達し居る現状に有之急の用には六ヶ敷模様に御座候
間、貴工場としては既に石灰生産の咽喉部を扼し居るもの故当年は
只今迄の需要注文を以て御満足被遊候方得策かとも存候 先は甚乍
不充御返事迄如斯御座候                敬具

  五月七日                 宮沢賢治

 鈴木東蔵様

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[266](1930年5月17日)鈴木東蔵あて 封書(封筒ナシ)

少し風邪を引きましてご返事遅れて済みませんでした。大豆の方に
は或は間に合はないとも思ひますがとにかく書いて見ますこんどは
ずっと砕けて葉書へ刷ったらどうかと思ひます。

農業合理化の尖端に!!

 稲作麦作養蚕いづれにもいかに摘順な気候でご同慶の至りであり
ます。かくこうも啼いて大豆を播くころになりましたが石灰はご用
意でありませうか。私ども製作の炭酸石灰は木灰或いは燐酸と混じ
乃至直接に種子に接触せしめて何等の害なく効果は全生育期間に通
じます。大豆をよく作ることは単に収量を増すばかりでなく又地味
を肥す結果ともなりますのでぜひご使用をねがひます。直接の石灰
肥料間接の燐酸加里肥料たる炭酸石灰を!

                  まづは床申乱筆ながら

 十七日                      宮沢賢治

 鈴木東藏様

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[267]1930年5月29日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

拝復 御照会の米搗用白土の件 営養−研究所佐伯博士発表の分と
存候 思ふに右は千葉県栃木県山形県等に産する石英粗面岩の浮岩
乃至凝灰岩吉製したるものに有之御詞の針状物は一、石英斑晶 二、
披璃質物 三、長石 中の孰れかに属するものと存候 元来右白土
は孰れの成分も胃液に溶解せず殊にその圭角あって胃壁を傷つくる
ものは胃癌等の原因ともなるといふ意味と存じ候 右に対して石灰
岩製品は仮令稜角を有し搗白に有効なるも胃中にては直ちに胃液に
作用して溶解性の塩化石灰となるべく白米中に存する如き微量にて
は何等の害なきものと存じ候 右の点一応新聞紙上にて亦は直接研
究所へ御問合せ確答を得られ置かば今后の販売に御有利と思はれ候
 次に米糠に依て牛馬下痢の趣は白土によるもの石灰によるもの共
に、多量に与ふれば或は当然惹起するに至るものかと存候、但し石
灰によれる米糠(適当ならぱ)は鶏には充分有効なるべく牛馬にも
幾分の効はあるべくと存候この点専門家の意見を徴され度候 肥料
としては特に申し分なくよきものに候 先は貴答まで

   五月廿九日                   敬具

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[268] 1930年6月30日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

ご送附の広告類拝見いたしました。いづれも申し分ないと思ひます。
殊に搗粉のもの最有効と存じます。大版のものは次回には裏面の表
類多少整理し諸権威者の著述から抜萃を加へたいとも思ひますがそ
れは今冬のことにいたしませう。暑くなりました。ご折角ご奮闘祈
りあげます。

   六月三十日                 宮沢賢治

 鈴木東蔵様

--〔作品〕--------------------------------------------------

     一本木野

松がいきなり明るくなつて
のはらがぱつとひらければ
かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え
電信ばしらはやさしく白い碍子をつらね
ベーリング市までつづくとおもはれる
すみわたる海蒼〔かいさう〕の天と
きよめられるひとのねがひ
からまつはふたたびわかやいで萌え
幻聴の透明なひばり
七時雨〔ななしぐれ〕の青い起伏は
また心象のなかにも起伏し
ひとむらのやなぎ木立は
ボルガのきしのそのやなぎ
天椀〔てんわん〕の孔雀石にひそまり
薬師〔やくし〕岱赭〔たいしや〕のきびしくするどいもりあがり
火口の雪は皺ごと刻み
くらかけのびんかんな稜〔かど〕は
青ぞらに星雲をあげる
   (おい かしは
    てめいのあだなを
    やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)
こんなあかるい穹窿〔きうりう〕と草を
はんにちゆつくりあるくことは
いつたいなんといふおんけいだらう
わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる
こひびととひとめみることでさへさうではないか
   (おい やまのたばこの木
    あんまりへんなおどりをやると
    未来派だつていはれるぜ)
わたくしは森やのはらのこひびと
芦〔よし〕のあひだをがさがさ行けば
つつましく折られたみどりいろの通信は
いつかぽけつとにはいつてゐるし
はやしのくらいとこをあるいてゐると
三日月〔みかづき〕がたのくちびるのあとで
肱やずぼんがいつぱいになる 

(校本全集2 「心象スケッチ 『春と修羅』」より)
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--〔後記〕--------------------------------------------------

 鈴木東蔵あての書簡はたくさんあってわかりにくいので、一つず
つ見出しをつけて紹介するようにしようと思っています。これから
しばらくおつきあいください。

 よい季節になってきました。連休の予定は何もないのですが、と
りあえず29日には高野山に行ってきます。妻の実家が旧高野山領
の、由緒ある山村なので、宿坊とつきあいがあるのです。私もいつ
のまにか檀家になっています。そこで精進料理を食べて、お経をあ
げてきます。

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--通巻--479号---------- e-mail why@kenji.ne.jp-- -----------
--発行--渡辺--宏------- URL    http://why.kenji.ne.jp/
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 購読者数865名です。ご購読ありがとうございます。
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