2009/07/06
[クリスチャン・ライフ 牧師のお話:キリストの体]
=== Christian Life ===================================================== クリスチャン・ライフ 2009/07/06号 ======================================================================== キリストの体 「あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です」 (第1コリント12:27) 聖書は、「教会」を「キリストの体」と表現しています。体は、一つの部分で はなく多くの部分から成っているように、教会も、イエス様を頭としてわたした ち一人一人がその部分として成り立っているのです。 神様は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。目は目としての役割 があり、耳は耳としての役割があります。体が、全部目であったら大変ですし、 耳であっても大変です。 いろいろな部分があっていい。違いがあっていい。そして、いらない部分はなく、 すべての部分が必要なのです。 さて、私は、「違いがあっていい。人にはそれぞれ個性や役割がある」と聞く とき、うれしくなる反面、寂しさを感じることもあります。 人間誰しもが個性を持ち、役割をそれぞれ与えられているということは、うれ しいことです。他者をうらやましがったり、ねたんだりする必要はありません。 自分は自分であってもいいのです。 ところが、教会だけでなく、やっぱり、夫婦、恋人、親子、親友であろうとも、 それぞれ違いがあるのです。どんなに相性がいいようでも、違って当たり前、む しろ違わなければおかしいのです。つまり、相手との間には、“距離”が存在す るのです。 違いを認めるということは、相手との“距離”を認めることであり、互いを尊 重するということは、違いがあるからゆえの孤独をかみしめるということにもな ります。 そして、聖書は、そんな部分が分裂せず、一致しているのは、互いの配慮、愛 であると言うのです。愛がそれぞれを結び合わせ体をつくるのです。愛を追い求 めたいと思います。主にある交わりを感謝します。 (by 平賀 和弘) ======================================================================== ○電子メールマガジン「クリスチャン・ライフ」 発行元:「クリスチャン・ライフ」発行委員会 Home Pages: http://www.clife.info/sda-osaka 安息日礼拝説教の音声サービス:http://www.clife.info/sda-osaka/voice1.html 御感想、御意見はhirata@usa.net メールマガジン「クリスチャン・ライフ」は、 まぐまぐ( http://www.mag2.com/ ) ID:0000010733 メルマ!( http://melma.com/ ) ID:00001533 メルマ!( http://melma.com/ ) ID:00152227 カプライト ( http://cgi.kapu.cplaza.ne.jp/m/163.html ) ID:163 ミニまぐ(http://mini.mag2.com) ID:M0080748 のシステムで発行されています。 ================================================ Christian Life ========


