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2008/07/25

「日本史なんて怖くない」日本宗教史1

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 「日本史なんて怖くない」 2008年07月25日発行 第 874号

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■ 今回の内容 ■
┃日本宗教史(1)−奈良時代以前
┃本日のノート
○縄文時代…アニミズム・呪術が支配する時代
  土偶の作成、屈葬・抜歯

○弥生〜飛鳥時代
  農耕儀礼の発達−濃厚に関係深い自然物・自然現象を崇拝
          祈年祭・新嘗祭
  氏神信仰−伊勢神宮・出雲大社・住吉大社など
  禊・祓、太占・盟神探湯

○飛鳥時代
  仏教伝来…欽明朝に百済の聖明王が仏像・経典などを献じる
        公伝は538年(『上宮聖徳法王帝説』など)
           552年(『日本書紀』)
       蘇我氏と物部氏の対立−仏教受け入れをめぐって

  聖徳太子の政策…仏法興隆の詔、憲法十七条制定
  寺院建立…蘇我馬子の飛鳥寺、秦氏の太秦寺→氏寺へ
  経典研究…聖徳太子の三経義疏

○白鳳時代
  寺院建立…官寺建立
       藤原京の四大寺−大官大寺・薬師寺・元興寺・川原寺


┃文章
 縄文時代は、アニミズム(精霊崇拝{せいれいすうはい})・呪術が支配す
る時代だったといわれている。アニミズムは、岩石・樹木などすべての自然物
や動植物に霊魂が存在するとして、それを畏怖{いふ:恐れおののく}し、崇
拝する原始信仰である。呪術は、まじないなどのように、超自然的な神秘力の
助けを借りて、種々の現象を起こさせることである。

 そのような考えが支配する中、人々は土偶{どぐう}を作り、屈葬{くっそ
う}・抜歯{ばっし}をした。土偶<注1>は、大きさ20cm前後の土人形で、
縄文中期から後期に作られ、東日本に分布する。女性像が多く、生殖{せいし
ょく}・収穫を祈る呪術に用いたと考えられる。屈葬は、死者の四肢{しし:
足}を折り曲げて葬る埋葬方式で、死霊の活動を防ぐためと解釈されている<
注2>。抜歯は、縄文後期から晩期の風習で、犬歯・門歯{けんし・もんし}
などを左右対称に抜き取る行為で、成年式(今の成人式)の意味を持つと推定
されている。

  <注1>顔面や髪形の特徴からハート型・山形・遮光器{しゃこうき}型
      ・ミミズク型と呼ばれるものもある。よく似たものに、土面{ど
      めん}・土版{どばん}・岩版{がんばん}もある。
  <注2>弥生時代には、伸展葬{しんてんそう:死者の両脚を伸ばして葬
      る埋葬形式}が普通になった。


 水稲耕作の普及・発展にともない、農耕儀礼も発達した。弥生時代には農耕
と関係の深い山・水・木などの自然物や、風雨・雷などの自然現象を崇拝の対
象とし、豊作を祈っていた。後の祈年祭{としごいのまつり・きねんさい}と
新嘗祭{にいなめのまつり・しんじょうさい}はこの時代に始まったらしい。

 祈年祭は年の初めに五穀豊穣{ごこくほうじょう}を祈る祭りで、新嘗祭は
収穫に感謝する祭りである。新嘗祭は勤労感謝の日の前身で、天皇即位の年に
行なわれるものを、特に大嘗祭{だいじょうさい}という。

 また、自然神や氏神をまつる社{やしろ}を建て始めた。自然神は海・山・
月日・風雨など自然物や自然現象に宿るとされる神で、三輪山を神体とする大
神{おおみわ}神社が知られる。神霊をまつった祭祀遺跡は、山・海に関する
ものや神が宿るとされる磐座{いわくら:岩座とも}など石にからむものが多
い。沖ノ島{おきのしま}<注3>には、宗像大社{むなかたたいしゃ}の沖
津宮{おきつのみや}として海神{かいじん}が祀られた。

  <注3>5〜9世紀の祭祀遺跡が多く、出土品の貴重さ・豊富さから「海
      の正倉院」の称がある。

 氏神は、氏の間に伝えられた祖先神(祖霊{それい})や氏を守るとされた
守護神である。皇室祖神(天照大神{あまてらすおおみかみ}と豊受大神{と
ようけのおおみかみ})を祀る伊勢神宮<注4>、大国主命{おおくにぬしの
みこと}を祀る出雲大社{いずもたいしゃ}、神功{じんぐう}皇后と3海神
を祀る住吉{すみよし}大社がその例で、それぞれに独特の建築様式を持つ<
注5>。

  <注4>天照大神を祀る皇大神宮{こうたいじんぐう:内宮{ないくう}
      とも}、穀物神たる豊受大神を祀る豊受大神宮(外宮{げくう}
      とも)とがある。
  <注5>伊勢神宮は神明造{しんめいづくり}、出雲大社は大社造、住吉
      大社は住吉造。

 一方、禊{みそぎ}や祓{はらえ}をして身を清め、けがれをはらった。神
々の意向を知るために行なう占法も広がり、太占{ふとまに}や盟神探湯{く
かたち}が行なわれた。禊は、身に穢{けがれ}などがある時や神事の前に川
など水の中に入り、身に付いた穢を落とし清めることである。祓は、災厄{さ
いやく}や罪悪・穢を払いのけるために行なう神事である。太占は、鹿の肩甲
骨{けんこうこつ}を焼いてそのひび割れの形で今後の策を占うことである。
盟神探湯は、熱湯に手を入れて、火傷{やけど}の有無によって真偽を確かめ
る原始的な神判の方法で、氏姓の不正を正すために行なったという。


 日本に仏教が伝わったのは、欽明{きんめい}天皇朝に百済{くだら}の聖
明王{せいめいおう}が仏像・経典などを献じたによる。その年は、『日本書
紀』は552(壬申{じんしん})年、『上宮聖徳法王帝説{じょうぐうしょう
とくほうおうていせつ}』や『元興寺縁起{がんごうじえんぎ}』は538(戊
午{ぼご})年と記されている。この頃の朝鮮半島情勢<注6>から判断する
と、538年説が有力である。一方、『扶桑略記{ふそうりゃっき}』<注7>
には、司馬達等{しばたっと}ら渡来人が仏像を礼拝したという記事がある。
この記事は「継体{けいたい}天皇即位十六年」とあり、522年に当たる。

  <注6>538年、百済が新羅{しらぎ}に圧迫され、熊津{くまなり}か
      ら扶余{ふよ}に遷都した。
  <注7>皇園{こうえん}が平安時代末期に著わしたもの

 ●仏教公伝(上宮聖徳法王帝説)
   志癸嶋{しきしま}天皇の御世戊午{つちえのうま}年十月十二日、百
  済国主の明王、始めて仏像経教并に僧等を度{わた}し奉る。勅して蘇我
  稲目宿禰{そがのいなめのすくね}の大臣に授けて興隆せしむる也。

 ●仏教公伝(日本書紀)
  (欽明天皇十三年)冬十月、百済の聖明王、…釈迦仏の金銅像一躯{ひと
  はしら}、幡蓋{はたきぬがさ}若干、経論若干巻{そこらまき}を献
  る。

 ●仏教私伝(扶桑略記)
   継体天皇即位十六年…司馬達止{しばたっと}、…。即ち草堂を大和国
  高市{たけち}郡坂田原に結び、本尊を安置し、帰依礼拝す。世を挙げて
  皆云ふ。是れ大唐の神なりと。

 百済から伝わった仏教をめぐり、受け入れ賛成の蘇我氏{そがし}と反対の
物部{もののべ}・中臣氏{なかとみし}<注8>が対立した。特に、蘇我氏
と物部氏の対立は激化し、587年に蘇我馬子{そがのうまこ}が物部守屋{も
ののべのもりや}を滅ぼし、政権内の権力を掌握した。この戦いには聖徳太子
{しょうとくたいし}が参加し、四天王{してんのう}に祈って勝利を得たの
で、四天王寺を創建したといわれる。

  <注8>中臣氏の職掌は祭祀で、反対の立場を採ったと考えられる。

 政権内の実権を握った蘇我馬子は、592年に崇峻{すしゅん}天皇を暗殺さ
せ、推古{すいこ}天皇を即位させた。推古天皇の下で摂政{せっしょう}に
就いた聖徳太子は、594年に仏法{ぶっぽう}興隆の詔を出した。これは、仏
法僧{ぶっぽうそう}<注9>の三宝{さんぽう}を興せというもので、国家
仏教のはじまりとなった。また、604年に憲法十七条を制定し、仏教に根底を
置く政治思想を示した。

  <注9>仏、仏の教え、仏の教えを説く僧侶のこと

 この頃の仏教は教義としての信仰ではなく、呪術の一種として受け入れられ
た。そして、寺院の建立が豪族の権威を現わすようになった。蘇我馬子の飛鳥
寺{あすかでら}(法興寺{ほうこうじ})、秦氏{はたし}の太秦寺{うず
まさでら}(広隆寺{こうりゅうじ})などは、後に氏族一門の帰依{きえ}
を受ける氏寺{うじでら}となった。それ以外にも、聖徳太子の四天王寺や法
隆寺{ほうりゅうじ}などが作られた。

 一方、中国の南北朝時代に重んじられた経典の研究も行なわれた。聖徳太子
は、三経義疏{さんぎょうぎしょ}を編修した。これは、法華経・勝鬘{しょ
うまん}経・結摩{ゆいま}経の3経の注釈書である。聖徳太子の仏教の師が
高句麗の恵慈{えじ}と百済の恵聡{えそう}で、仏教の布教に努めた。恵慈
は、聖徳太子が亡くなった時に同日の死を願い、翌年の同日に入寂{にゅうじ
ゃく:僧が亡くなること}したといわれている。


 白鳳{はくほう}時代も仏教寺院が多く建立された。国が伽藍{がらん}造
営<注10>・維持・管理を行なう官寺{かんじ}が建立され、大官大寺{だい
かんだいじ}・薬師寺{やくしじ}・元興寺{がんごうじ}・川原寺{かわら
でら}(弘福寺{ぐふくじ})は藤原京{ふじわらきょう}の四大寺{したい
じ}と呼ばれた<注11>。また、山田寺{やまだでら}もこの時代に建立され
た。山田寺は蘇我石川麻呂{そがのいしかわまろ}の創建、薬師寺は天武{て
んむ}天皇の皇后(後の持統{じとう}天皇)の病気平癒を祈って発願{ほつ
がん}された寺である。

  <注10>伽藍は寺院の建築の配置様式。
  <注11>大官大寺は奈良時代に大安寺{だいあんじ}となる。川原寺は平
      城京には移されなかった。


■ コーヒー・ブレイク ■
┃大掃除
 採用試験の翌日に部屋の大掃除をしました。久しぶりに2つある本棚を動か
しましたが、そこには1センチ程に積もったほこり。しかもこびり付いていま
した。しかし、コンビニや薬局などの袋や来店の記念品、クリアファイルなど
がたくさん積み重なっています。しかも壊れた扇風機や使わないプリンターや
ラジカセもあり、処理に困っています。

 多分年末に大掃除するとたっぷりほこりが溜まってるんだろうなぁ。


┃夏休み期間中の配送について
 夏休み期間中は通常通り配送を致します。8月15日(金曜)は当初は休刊の
予定でしたが、出来るだけ早く配送を終わらせるために配送致します。今年は
久しぶりに大阪で開催される「全国臨時教職員問題学習交流集会」にも参加す
る予定ですが、火曜・金曜の配送日と開催日が重なりませんので、関係なしに
配送します。よろしくお願いします。


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次回は?
 内容は、「日本宗教史(2)」です。
 「その時歴史が動いた」は、「特別編成のためお休み」です。

最後にひとこと:朝が特に暑い。

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プレゼント提供者に住所も電話番号も渡さずに応募できます。
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