「日本史なんて怖くない」経済復興
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「日本史なんて怖くない」 2008年06月17日発行 第 864号
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■ 今回の内容 ■
┃経済復興
┃本日のノート
○経済復興
・特需景気…朝鮮戦争の4年間、「糸へん・金へん景気」
経済構造の変化…鉱工業生産指数が戦前の水準回復
重化学工業の産業構成比率の高まり
政府は重要産業に資金投入、税制上の優遇
電源開発…ダム式水力発電の建設→火力(石炭→石油)に転換
造船…「計画造船」→造船量世界一に(1956)
鋼船建造量が世界の半分に(1960)
IMFとIBRDへの加盟(1952)
・神武景気→高度経済成長の開始
食糧難の脱出←農地改革で生産回復←ガリオア資金による緊急食料輸入
「もはや戦後ではない」(1956年度の『経済白書』)
┃文章
朝鮮戦争で、アメリカ軍は日本から軍需品を買い付けたり、兵器や車両の修
理を求めてきた。ドッジ・ラインによる不況にあえぐ日本は、アメリカ軍の特
別需要(特需)で息を吹き返した。朝鮮戦争の4年間に特需景気が訪れ、最初
の1年は繊維や鋼材が多かったので「糸へん・金へん景気」といわれた。
経済構造も変わり始めた。鉱工業生産指数が、1951年10月に141.8となり、
戦前の1932〜36年の水準を回復した。また、景気回復の過程で、重化学工業の
産業構成比率が著しく高まった。金属・機械・化学の3業種の比率は、1934〜
36年平均で38%だったが、1951年に45%となった。一方、軽工業、特に紡績業
の比率は44%から24%(比較年は重化学工業と同じ)と大きく減少した。そし
て、1952年に個人所得、1953年に消費高、1954年に実質国民所得<注1>が戦
前の水準に回復した。
<注1>1946年の実質国民所得は、1941年の約半分、1919年と同水準まで
落ち込んでいた。
政府は、重要産業に国家資金を投入したり、税制上の優遇措置を与えたこと
で、設備投資が活発化した。深刻な電力不足を解消するために、1950年代に中
部山岳地帯などにダム式大型水力発電所<注2>を次々に建設した。しかし、
電源開発は、1950年代後半には水力から火力に変化した。それは、大規模水力
発電に適する場所が少なくなったこと、急増する電力需要に対応できなくなっ
たためである。また、火力も石炭から石油へ主力が替わっていく。
<注2>天竜川{てんりゅうがわ}に佐久間{さくま}ダム、只見川{た
だみがわ}に奥只見ダム・田子倉{たごくら}ダム、黒部川{く
ろべがわ}に黒部第四ダムなどである。
造船も1947年、政府主導で「計画造船」が始まった。これは、戦前の軍艦建
造技術の蓄積を元に、欧米の技術を導入して近代化を図るもので、資金の半分
は財政資金を使った。石油タンカー、鉱石専用船などの超大型化を推進する原
動力になるなど、造船業の復興と成長に大きく寄与した。その結果、1956年に
造船量がイギリスを抜いて世界第一位となった。そして、1960年に鋼船建造量
が世界の半分を占めたが、半分以上は輸出用だった。
日本は1952年、国際通貨基金(IMF)と世界銀行に加盟し、国際経済に加
わった。IMFは、金本位制による通貨の安定と国際支払いの円滑化を図る目
的で設立された国際金融機関である。世界銀行は、加盟国の復興・開発のため
の国際金融機関で、国際復興開発銀行(IBRD)ともいう。
1955〜57年、世界的な好況や朝鮮復興資材の輸出、民間の活発的な設備投資
の結果、大型好景気を迎えた。有史以来の好況という意味で神武{じんむ}景
気と名付けられた。高度経済成長の開始である。戦後、深刻な食糧難でガリオ
ア(占領地域救済)資金による緊急食糧輸入を受けていたが、農地改革の実現
で生産が回復し、1955年から米の豊作が続いて食糧難を脱出し、1955年には住
宅を除く経済水準が戦前の水準を回復した。1956年度の『経済白書』には「も
はや戦後ではない」と記され、日本経済はこれより新しい飛躍を求めて、急成
長することになった。
■ コーヒー・ブレイク ■
┃お便りをいただきました。
<引 用>
毎号着信を待っています。
今勉強している時代は、学校で歴史を勉強していた頃は現在進行形だったので
す。
今、改めて当時のことを思い出しています。
ところで、
> ┃本日のノート
> ○池田勇人内閣…「寛容と忍耐」を唱える
> ・経済の高度成長政策…「所得倍増」をスローガン
> ・中国との貿易拡大…_*「政教分離」*_の方針、LT貿易も途絶える
_*_*「政教分離」*_*_は公明党の話で、中国とのはなしは「政経分離」ではな
かったかなと思いますが、思い違いかもしれませんが。
明治以降の現代史は教科書にはありましたが、学年の終わり頃はまだ江戸時代
くらいで時間切れで、習っていませんでした。ややこしい時代だから先生も意
図的に避けていたのかもなんて、勘ぐっています。
今回、学ぶ機会が出来て、大変うれしく思っています。
<引 用>
「政教分離」は公明党の話にも、当時の中国との貿易にもあります。発行者
が高校生の時は2年にわたり日本史B(通史)を学びましたが、最初の1年
(2年生)で江戸時代で終わりました。次の1年(3年生)は、幕末からで現
代史は大慌てでやった記憶があります。実は教員になってから、終戦後の現代
史は1回だけしかやったことがありません。意図的に避けたのではなく、時間
がなかったのだと思います。
<発行者からのお願い>
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「日本史なんて怖くない」(毎週火曜・金曜日配送)
発 行 者:村田圭(kei-mu30_his2@nifty.com)
ホームページ:http://homepage1.nifty.com/keimurata/
(バックナンバーは「日本史」にあります)
掲示板:http://8526.teacup.com/keimurata/bbs2
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<発行者からのお願い>
次回は?
内容は、「経済の高度成長」です。
「その時歴史が動いた」は、
「移民は共存共栄の事業なり〜ブラジル移民100年〜」です。
最後にひとこと:そろそろテストを作らんと。
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