あなたの夢をかなえよう!
☆☆☆◆◆◆...・☆.. あなたの 夢をかなえよう!◆◆◆☆☆☆
★★★★ Mail Magazine◆◆ 21世紀のサバイバルマガジン ◆◆
今回は岡崎けい子さんのメールマガジンを紹介します。
アフガンやいろいろなところを回って体当たりで取材されていて、
お葉書なども頂いたりと、ささやかながら交流しています。
このメルマガ掲載の許可もこのように頂いてます。
*
TOMOKOさま
ありがとうございます。
なにしろ貧しさにかけては天下一品?の私です。
宣伝にお金をかけることはできません。
資料となる本代がとても高くて青息吐息です。
ご尽力をうれしく思います。
溪子
編集後記は久しぶりの恋話です。(^^)
☆・..・.☆...・.・..☆. .☆・..・.☆..・.・..☆・.・..☆
救国の提言
第2話 ODAは金は出さず人間を出す
2008年8月24日、北京オリンピックは終わった。
と同時にもう一つやっと終わるのが中国に対する円借款である。
日本は日中国交正常化のなったのち、1979年(昭和54)戦争賠償の意味を込めて中国の
近代化を支援するため、円借款の供与を開始したが、27年間に低金利で中国に貸したお金は、
総額3兆3597億円に上る。
円借款の金利はそのプロジェクトごとに違うが、大体は1%前後の超低金利である。
2007年にやっとオリンピック終了時で打ち切ることを通告したが、中国側は何かと長引かせて
お金を出させようと懸命である。
四川省の地震についても日本にさまざまな要求を求めている。
この円借款は将来日本に返済する義務があるのだが、中国側は返す気があるのかどうか疑わしい。
ところがこれとは別に返済の義務がない「無償資金協力」と「技術協力」も行っている。
旧輸出入銀行経由の借款など一切合切含めると、日本から中国に渡った金額は10兆円にも
達している。
それでも一度も感謝されたことはない。
それどころか「反日教育」は過激になるばかりで、北京オリンピックでは日本選手に対して
ブーイングや罵声の嵐である。
日本は大いに外国に恥を晒した。
政府開発援助(Official Development Assistance 略してODA)は、先進工業国の政府及び
政府機関が発展途上国に対して行う援助や出資で国際貢献の一つである。
日本のODAは多少の差はあるが大体1年間に1兆円を開発途上国に拠出している。
この巨費を中国はどのように使っているのか、日本は一切知らされていないが、中国の国防
予算は毎年10%以上膨らみ、2008年度は4177億元(6兆600億円)になると発表した。
これは日本の2008年度防衛費が4兆7426億円であるのに比べてみるといかに巨額
の軍事予算であるかが分かるだろう。
人口が日本の10倍なのだからこれくらいはかかるという中国側の理屈は通らない。
兵器や武器の製造と開発に力を入れて核ミサイルを日本に撃ち込んだら、日本は世界の笑い者に
なるだろう。
中国や北朝鮮の社会主義の国が理念として掲げるのは「日本資本主義の破壊」なのである。
戦前の話ではない。
いまでも中国は日本を仮想敵国とみなしている。
年10%近い高度成長率を遂げ、世界第二位の外貨保有国となった今の中国には、そもそも
ODAなど必要ないのだ。
日本から経済援助を受けながら、中国は北朝鮮、カンボジア、ミャンマーなどのアジア諸国、
アフリカやユーゴスラビアなどに経済援助を行っている。
2008年4月26日に聖火リレーが行われた長野市では日本各地からやって来た中国人に
占拠され、共産中国は牙をむいて「反日」の本性を現した。
巨大な中国旗をふりまわし、我が物顔で怒号を発しながら練り歩き、日本人にペットボトルを
投げつけ、悪態をつき、集団ヒステリーを如実に見せた。
私は当日、独りで長野に行って、「西蔵独立 新疆解放」と書いた腹掛けを着けて街を歩いたが、
中国の戦闘的集団によって暴力を振るわれ、ひどい目に遭った。
日本の警察は何もせず、ただ見ているばかりである。
自国民が外国人に殴られているのを見ても知らん振りなのである。
情けなくなって、抗議したが、何の反応もない。
しつこく抗議すると警官は「上からの指示に従っている」と、やっと答えた。
私は新疆を5度訪れたが、そのたびにウイグル人たちが漢民族の公安(警察)に日夜厳しい
取り締まりと弾圧に苦しむ姿を目撃した。
漢民族以外にはパスポートの発行を出し渋り、夜は警察のスパイを使って密告を勧めたり
時間を問わず、警察が些細な容疑で逮捕するなど、およそ「新疆ウイグル自治区」という
名には似合わない「自由のない自治区」であった。
そして漢民族がウイグル人たちの土地に流れ込んできてやった最大の悪は新疆に「核実験場」を
設置したことである。
日本がODAでこれまで支援してきた国々の中で、インド、パキスタン、中国は核実験を行い、
成功させ、核兵器を持つに至った。
1992年に日本政府はODA大綱を決め、軍事目的には支出しないことを決めている。
ところが1995年5月15日、中国は新疆ウイグル自治区・ロブノール地区で地下核実験を
行ったことを発表した。
実はこのときの地下核実験は42回目の実験であった。
初めての核実験は1964年10月16日に新疆ウイグル地区上空で行っていたのだ。
日本政府はこれに抗議して1995年8月以降、日本は無償資金協力のうち緊急・人道的
性格の援助及び草の根無償協力を除く全援助を凍結した。
ここで中国へのODAをきっぱりと止めるべきであった。
ところが翌年9月に中国が包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Nuclear-Test-Ban
Treaty)に署名したことを踏まえて、1997年3月に凍結を解除し、以後のODAは以前にも
増して金額が増え続けた。
日本から経済援助を受ける一方で、中国は北朝鮮、カンボジア、ミャンマーなどのアジア諸国、
アフリカ諸国やユーゴスラビアなどに経済援助を行っている。
中国にお金を与えて中国が豊かになれば貿易相手国となり日本の輸出が増えて日本経済が
潤うという人々がいる。
ではその代償に憲法でまともな自衛権さえ保障されていないのに攻撃を受けたらどうするのか?
戦闘訓練を十分積んでいる人民解放軍と核弾頭をつけたミサイル攻撃であっという間に日本は
廃墟となる。
アメリカが助けてくれると思っている人々はおめでたい。
大統領にお伺いを立てている間に決着はついている。
核爆弾の脅威を知り尽くしているのは日本国民のはずである。
21世紀の戦争は瞬時に勝負がつく。
迎撃ミサイルが撃ち落せる数より日本本土に落ちる数が多いのだから猫でもわかる話だ。
1998年5月、インドとパキスタンが核実験を行ったが、この場合も同様に核実験をした時だけ
ODAを凍結するが、すぐにまた再開してきたのである。
この3国が核保有できたお金は日本が与えたと言っても過言ではない。
世界で唯一の被爆国であり、原爆の恐怖を知りながら近隣諸国が軍事大国へなるための金を
国民の血税でだした日本という国は何と愚かな国よ、と現在でも外国から蔑まれている。
私は初期仏教を研究しているので、1999年9月、インドのカシミール地方のスルナガルを
訪れたが、その時、住民に詰問された。
「日本人はサディストなのかね。戦争しているインドとパキスタン両方に金を与えて戦争を
させ、それを見て喜んでいるのかね?日本からのお金がなかったらどちらも貧しい国で核実験や
戦争に使う金はなかったよ。あんた、あのダル湖のそばの小学校に爆弾が落とされて破壊
された跡地を見ただろう?橋も壊されたままさ。
パキスタンは日本から金を貰って元気になって毎日のように空爆してきている。もちろん
インドも負けじと応酬しているがね。」
この年の5月〜7月は第4次印パ戦争ともいわれる大規模な武力衝突が起きた。
住民たちの恨みは戦争する両国よりも戦争資金を与えた日本とアメリカにあった。
第2次大戦後、インドがイギリスから独立する時にイスラム教徒とヒンズー教徒が自分たちの
領土拡大のため新たな戦争が生れた。
「日本は両国が戦争を止めなければお金の援助は一切しません」と宣言すべきであった。
紛争国にODAを与え、核を持たせた日本政府はマゾヒストである。
1958年からインドへの円借款が開始されたが、これは戦争賠償とは別に経済のため、
つまり日本の輸出振興のためである。
パキスタンに対しては1961年から円借款や無償援助が行われてきた。
インド・パキスタン両国ともに日本は支援金第1位なのである。
私はパキスタン西方のぺシャワールの市場で日本の赤十字のマークの付いたまま売られている電気ポットや毛布などの救援物資を見た。
民衆のための救援物資もひとたび相手国に入れば横流しされ、現金に換えられて個人の懐ろに
入ってしまう。
ミャンマー(旧ビルマ)にも1954年以来、経済協力を行ってきており、 1992年4月
23日から成立したタン・シュエ軍事政権下においても日本は世界で第1位の援助国であった。
公表されただけでも軍事政権時代の20年間で6000億円以上になる。
しかし民主化に逆行する現状に対して世界各国が支援を打ち切ったので、日本も2004年
から表面上ではODAを行っていない。
しかし人道援助の名の下に2005年度は16億円、2006年は30億円と続いている。
日本政府が「日本政府はアジア諸国を経済的に助けている」と言ってきたことが大間違いで
あったことが最近次々に証明されてきている。
ODAを受けた国の中で日本の資金が政府要人の賄賂となり、自国の民主化を妨げている
と
いう訴えである。
日本のゼネコンや地元の政治家が私腹を肥やす目的でODAによって不必要な施設が作られ、
それによって住民が援助ではなく被害を受ける事例が現在でも多々あるとされ、2002年
にはインドネシアのコトパンジャンダムの建設によって住処を奪われた住民らが、その正当性を
巡って受注したゼネコンと日本政府・JBIC・JICAを東京地裁に提訴して大きなニュースとなった。
日本の政府援助金は、鉄道や高速道路、空港、港湾施設などにも注ぎ込まれているが、これらの
インフラ施設は軍事に転用を念頭に置いて作られていて、中国の人々の生活の役にたって
いないものも多い。軍事目的で援助金がつかわれるのを懸念して、アメリカは対中援助を
中止している。
ODAで一番問題になるのは汚職だ。贈収賄である。
日本とODAを貰う相手国が組んで予算を分捕る構図である。
2008年にはベトナムでの贈収賄事件が発覚した。
ベトナムでの政府開発援助(ODA)事業を巡る大手コンサルタント「パシフィックコンサル
タンツインターナショナル(PCI)」の贈賄事件で、東京地検特捜部は7月25日、ホーチミン市
幹部に計約9000万円のわいろを渡したとして、前社長、多賀正義容疑者(62)ら4人と
法人としての同社を不正競争防止法違反(外国公務員等への不正な利益供与)罪で起訴した。
しかしこの事件は氷山の一角である。
日本の国会議員がさかんに中国詣でをする本当の意味は中国に落ちる金にたいしてキック
バックを求める卑しい心がある。
4千年の歴史を持つ中国の歴史はほとんどが戦いの中にあった。
敵を篭絡する術にかけては百戦錬磨のしたたかさをもっている。
確固たる信念を持たず利権のおこぼれにあずかろうとする人間を操縦することはたやすい
ことなのだ。
また共産党の一党独裁で報道の自由もない国ではすべてが闇に葬られてしまう。
そもそも国債及び借入金債務現在高が857兆を越す借金大国日本が、外国に援助できる
身分ではない。
戦後60年間も戦争をしていない日本がこれだけの借金を背負ったのは官僚や政治家が大甘で、
自分たちの利権をむさぼった結果なのである。
それでも役人の天下りは今日も続いている。
もしも本気で行政改革をやって天下りを根絶したら50兆円が浮くと自民党の幹部は述べている。
それでも開発途上国に援助しなければ国際社会で日本が生きていけないというのなら方法はある。
私がよく見ているテレビ番組で「世界ウルルン滞在記」がある。
この番組を見ながらいつも世界との付き合い方を思い知らされる。
お互いに顔をみて相手の求めていることを真剣に聞き、素直に応えて行動するのが原点だ。
たとえば農業支援が必要な国があれば、農業のどの部分が知りたいのか調査する。
そして要求された分野のスペシャリストを日本の農家から50人出す。
彼らには一家庭に1千万円払って一年間責任を持って現地で指導してもらう。
その間の土地は農協が管理するのだ。
すると経費は50億円と必要な物資代で済む。
日本人と現地の人たちの交流が生まれ、日本の農業のノウハウも確実に伝わり、現実の果実を
得ることができるのである。
金をめぐむような相手を蔑んだ行為よりはるかに価値があると私は思う。
重工業でも同じである。
日本人技術者集団が相手国に出向いて共に汗を流すことが大切なのである。
そうすれば日本の援助が軍事目的に使われることもなくなる。
書類だけを見て多額の金額を渡す現行のODAに金の亡者が群がる弊害をなくさなければ
日本の
国際社会の地位はいつまでたっても上がらない。
なお中国の戦争賠償についてあまりにも日本人が日教組の嘘の歴史を教えられているので
正しい歴史を述べる。
終戦で日本が満洲国を去るとき、個人資産もすべて放棄した。
満洲国は13年間の短い間であったが、満洲族の故地に事実上存在した。
260年続いた満洲族が建てた清朝が滅んで満洲族は故郷の万里の長城の外に帰ったのである。
それをソ連が虎視眈々と狙っていた。
そこでソ連の南下を阻止するため日本の関東軍が置かれて事実上の治安を保っていた。
日本はモンゴル、満洲族、漢族、朝鮮人、日本人の「五族協和」を掲げた。
満洲国の国歌は漢語であるし、満洲国の官吏のトップは満洲族であり、副官が日本人である。
もちろん、事実上は日本が統治したのであるが、産業における日本の投資は膨大である。
満洲国創建当時の人口は3千万人であったが、日本の投資が続いて豊かになっていくと
毎年
中国本土から漢民族が移住してきて年間100万人に規制するほどであった。
それでも1941年には4千300万人に急増した。
鉄道は約4千キロの新線建設を行ったし、道路は国道6万キロ、地方道路5万キロを整備し、
橋梁も30メートル以上のもの300カ所が造られた。さらに港湾も、1931年には大連に
東洋一の埠頭を造った。
首都・新京(現在の長春)では水洗トイレも完備し、近代的な100万都市であった。
中国大陸では万里の長城が国境の役目を果たしており、漢民族にとっては北狄(ほくてき)
という野蛮人が住んでいる境界であった。
中華思想は2500年前の孔子により、漢民族のみが文化的に高度で周囲の野蛮な国々の
風習や文化は受けるべきではないという国粋思想である。
この思想は今も変わらない。
ちなみに日本や朝鮮は東夷(とうい)、チベットや西の国々は西戎(せいじゅう)、東南アジアは
南蛮(なんばん)と、差別した。
したがって満洲国は他国であり、周恩来も毛沢東も最初は認めていた。
日本がいなくなると早速ソ連が侵攻してきて満洲の資産を持ち去った。
その総額は約8億9千5百万ドルにのぼる。
本当は満洲をソ連に併合したかったのだが西欧諸国の反対で、自分の子分である毛沢東に
残りを与えたのである。
それでも鴨緑江・水豊ダム(20万キロワット)、鏡泊湖発電所(2万キロワット)、渾江
(こんこう)・桓仁(かんじん)ダム(28万キロワット)、松花江・豊満ダム(70万キロワット)
などが毛沢東の手に入った。
農業しか知らない毛沢東には垂涎もので「もし、我々がすべての根拠地を失っても、東北
(満洲)さえあれば、それで中国革命の基礎を築くことができる」と言って喜んだ。
また文化面でも「満映(満洲映画)」を育てた甘粕正彦は何もできない漢民族にも日本人と
同額の給料を払って雇っていたから、のちに共産党が宣伝映画を作ることができたのである。
日本人は日本から移住する時に持ってきた資産まで放棄した。
それらがすべて「満洲の遺産」である。
これらには負の遺産もある。ハルピン郊外の731部隊の毒ガス実験場やソ連が終戦間際
8月9日に侵攻してきたときに関東軍との戦闘で撃ちあった毒ガス弾の残骸である。
この処理のために日本政府はお金を払っている。
おいしい遺産だけは頂くが、負の遺産は要らないというわけだ。あつかましい。
百歩譲ってもソ連の不発弾を日本政府が処理する義務はない。
また、満洲国の評判をおとしめるために中国は満洲で日本人が漢民族を虐待したと大嘘を
ついている。
「万人坑」という洞穴を掘って疲れた漢人労働者を埋めたというのである。
これはハルピンに漢民族ばかりが住む「傅家甸(フジャデン)」という地区があった。
清朝末期、満洲人以外の永住禁止区域とされていた満洲に漢人の傅(ふ)氏が移住してきて
開墾し、そこにあとからやってきた漢人たちが住み着いた。
満洲国はこの40万人が住む漢人地区には近づかなかった。
というのもここには「大観園」という麻薬館があり、満洲で一攫千金を夢見た敗残者がその日
暮らしの阿片の夢に生き、やがて路上に屍をさらした。
死者は年間4000人もおり、このような行き倒れ死体を埋める「貧民義地」はハルビンで
3ヵ所あった。奉天の漢族地区にも「貧民義地」があった。
これを当時から「万人坑」とよんでいたのである。
路上に捨てられた死体は市公署の衛生自動車が来て、死骸を拾い、自動車に積んで「万人坑」に
捨てたのであって漢人によるひとつの漢人社会の始末のつけ方である。
それを中国共産党は日本人がやったと大嘘をついたのである。
満洲には日本は真剣に情熱を注いだ。
もし撫順炭鉱や日本の会社で働く漢人をいじめたら数で圧倒的に劣る日本人は生活できなく
なることをよく知っていた。
さて、ともかくも中国共産党が満洲族が建国した清朝の最大版図をそのまま中国の領土で
あるというのは間違っている。
モンゴルもチベットも新疆も清の宗教は自由という政策に同調していたのである。
特にチベットは清の歴代の皇帝がチベット仏教の信仰者であったので、檀家が奉仕するごとく
保護した。
北京の頤和園(いわえん)は乾隆帝が夏の離宮として造ったものであるが、万寿山の北側は
「後山」と呼ばれ、チベットのサムイェ寺を模したという建築群「四大部洲」がある。
18の建築物で構成される広大な建物群は乾隆帝の信仰の厚さを思い知る。
また紫禁城には擁和宮というチベット仏教の寺もある。
モンゴル人や満洲族の熱狂的な信仰がチベットを支えていた。
1950年、中国人民解放軍はチベットを侵略した。「宗教は毒だ」という毛沢東の命令
による。チベット文化の破壊・略奪とともに、チベット族の大量虐殺がおこなわれ、その後
チベット自治区が設置された。
現在も中国共産党による民族浄化が行われており、その総数は120万人以上という。
弾圧はまだまだ続くだろう。
中国と日本の戦争は1937年(昭和12)7月7日に北平(現在の北京)郊外の盧溝橋で
起きた発砲事件を発端とする支那事変である。
これが膠着化して日本軍と国民党政府(蒋介石)は戦争状態に突入し、終戦時まで続いた。
これはいわゆる万里の長城の内側で起きた戦争であり、日本は戦争責任がある。
たとえソ連の命令で共産党が仕掛けた発砲であってもそれに乗せられた日本軍が愚かなのである。
しかも南下を続け、山岳地帯を通ってビルマを目指す昭和19年の「大陸打通作戦」にいたっては
東条英機の狂気に日本全体が踊らされたのである。これで敗北は決定した。
最後の蒋介石との和解のチャンスを逃がしたし、アメリカとの戦争まで同時進行できるはずがない。
この支那事変における戦争の賠償をする義務が日本にはある。
しかし1972年の日中国交正常化の共同声明で「中華人民共和国は日中両国国民の友好
のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」と述べられている。
それでも日本は上記のように巨額の支援を行ってきている。
そして中国は日本への内政干渉、尖閣諸島の領土問題、東シナ海ガス田開発問題、環境汚染
などを引き起こしても一方的な言い分を押し通している。
「もういい加減にしてくれ!」というのが日本国民の正直な声である。
______________________________
※みなさんからのご意見をお寄せください。
岡崎けい子のホームページhttp://www12.ocn.ne.jp/〜okazaki8/
メールアドレス okazaki88@mocha.ocn.ne.jp
◎救国の提言
のバックナンバー・配信停止はこちら
⇒ http://archive.mag2.com/0000269096/index.html
このメールに返信すれば、発行者さんへ感想を送れます
■編集後記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■■■
http://artfll.269g.net/
久しぶりに恋愛してる〜〜?
このメルマガで「久々に緊張する出会いがあってドキドキです。」
と書いてたんですよね。
彼は今26才。11月13日の誕生日になれば27才。
時間が立つうちにどんどん話しもしていき、彼も私のことをかなり気に入ってくれてる
ようで、「尊敬してる」や、「シンデレラ」とか、「カルピス大好き TOMOKOさんの次に好き」
とか、いろんなことを言ってくれてて、
私としては、とてもミラクルです。
ミラクルだなあって言う体験は3回目ですネ。
空手2段だそうです。ハッキリいってイケメンです。
蠍座で、最初見た時からセクシーさが感じられるなあとは思ってましたが、
はじめは別に必要以上に話しはしなかったんですが、
少しづつ話すようになっていきました。
そして、この暑さでぐったり疲れている様子なんで、ちょっとお水を出したり、
汗を拭くためのタオルを渡したりしてるうちに、だんだん親しくなっていきました。
今ではカルピスと凍らしたタオルでおもてなしするのが習慣化してます。
夏生まれなのに「雪女」と言われた(心が冷たいからではなく〜)
TOMOKO
(7月生まれ しし座 O型 和歌山県 御坊市出身)
☆・..・.☆...・.・..☆. .☆・..・.☆..・.・..☆・.・..☆. .☆・..・.☆.
(有)高橋いらすとるうむ ☆★妖精ショップ★☆
TOMOKO
TEL 06-6927-6760
http://www.infomart.or.jp/t9276760



![転職なら[en]社会人の転職情報!転職成功者続出 転職なら[en]社会人の転職情報!転職成功者続出](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/sya.gif)
![派遣のお仕事探しなら[en]派遣のお仕事情報 派遣のお仕事探しなら[en]派遣のお仕事情報](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/haken.gif)
![アルバイト探しは[en]本気のアルバイト アルバイト探しは[en]本気のアルバイト](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/baito.gif)
![就職サイトは[en]学生の就職情報 就職サイトは[en]学生の就職情報](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/gakusei.gif)
![転職なら[en]転職コンサルタントキャリアを活かした転職に! 転職なら[en]転職コンサルタントキャリアを活かした転職に!](http://kamogawa.mag2.com/bn/recommend/consul.gif)

