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「聖書はあるけど読んでない」「読みかけたけど途中でやめた」「難しそう」など、聖書を本棚のコヤシにしている人。むずかしい神学は抜きにして、読み進めるためだけの説明をしますから、一緒に読んでみませんか。

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2008/07/04

[聖書を読んでみよう 士師記10]

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 ______ __ __    __        聖書を読んでみよう
|   __ |__|  |--|  |-----.  旧約聖書第7巻「士師記」
|   __ <  |  _  |  |  -__| 第10回 エフタ(2)
|______/__|_____|__|_____| (11章12〜28)
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■■■■■ 帰ってきたエフタ(2) ■■■■■

□□□□□ イスラエルの正当性(11章12〜11章28) □□□□□

イスラエルのリーダーとなったエフタが最初にしたことは、アンモン軍の大
義名分を質すことでした。
これにアンモンの王は[イスラエルがエジプトから上って来たとき、アルノ
ンからヤボク、ヨルダンまでのわが国土を奪ったからだ。今、それを平和に
返還せよ。]と答えましたが、それが歴史の歪曲であることをエフタは突い
ていきます。

まず、エジプトを出てきたイスラエルは、近道であるアンモンの地を避けて
います。アンモンとモアブは、アブラハムの甥ロトの子孫なので、ヤハウェ
が手出しを禁じたのです。(*1)
さらに、ヤコブの兄エサウの子孫であるエドム人の土地も迂回。この迂回の
ためにイスラエルはヤハウェに不平不満を言って、それでこらしめられるこ
とになったのです。(*2)
イスラエルは迂回して迂回して、アンモンの王がいうアルノンではなくその
東側に宿営しました。その際も、モアブの国境を侵犯することがないように
注意がはらわれています。(*3)

その後のカナンの他部族とイスラエルとの戦いに、アンモン人やモアブ人が
絡むことはありましたが、それを踏まえてエフタは「あなたはあなたの神ケ
モシュが得させた地を、わたしたちは、わたしたちの神ヤハウェが得させた
地を得たのではないか。すでにイスラエルは300年(*4)もこの地を実効支配し
ているのに、領土権を主張するならなぜイスラエルが入ってきたときにやら
なかったのか」とたたみかけました。
つまりエフタは、「今さらヤハウェvsケモシュという戦いを始めるというの
か。その勝負づけは300年前に済んでるじゃないか」と言っているわけです。

アンモンの王はもう答えられませんでした。現代の領土紛争にたとえるなら、
一方が「国際司法裁判所なり国連なりで判断してもらおうじゃないか」と言
うと他方が無視する、といったところでしょうか。


□□□□□ 悲しむべき帰還(11章29〜40) □□□□□

さて、これまでに登場した士師はだいたい、ヤハウェが選んで擁立したとい
う記録が出てきます。でもエフタについては実はここまでそうした記述があ
りませんでした。神意ではなく、ギレアドの長老たちが選んだかのようです
が、ここへ来てようやく[主の霊がエフタに臨んだ]という記録が出ていま
す。こうして聖霊なる神にともなわれたエフタは、兵を前進させました。

この時エフタは、とんでもない誓いを立ててしまいます。「もしヤハウェが
アンモン人をわが手に渡されるなら、無事に勝って帰ったとき、私の家から
最初に出て迎える者を『焼き尽くす奉納物』としてささげます」と言ったの
です。
奴隷か使用人でも生け贄にしようと思ったのでしょうか。レビ記18章21では、
人身御供は異教の風習として禁じられているのですが。それとも「生きて帰
れるなんてことがあるはずない」という思いがこのように言わせたのでしょ
うか。

とにかくエフタは出陣しました。
するとヤハウェは、イスラエルを艱難辛苦の目にあわせていた敵を[エフタ
の手にお渡しになった]のです。イスラエルが異教の神々を捨てたことで
[イスラエルの苦しみが耐えられなくなった]ヤハウェは、帰ってきたイス
ラエルを庇護のもとに置いたのでした。(*5)
イスラエルはアンモン人の領土の中にある町を20も攻め落とすまほど敵を討
ち、屈服させたと記録されています。

かくして戦いから帰ってきたエフタ。彼が家に着いたとき真っ先に飛び出し
てきて迎えたのは、年頃の一人娘でした。彼女は手鼓を打ち鳴らし踊りなが
ら、帰ってきた父を迎ました。
それを見たエフタは、悲しみのあまり自分の衣を引き裂いたと記録されてい
ます。出陣の前に「勝って帰ったら、家から最初に出迎える者を『焼き尽く
す奉納物』としてささげる」と誓っていたからです。

トブから帰ってきた時には、困難ながらも光栄な役割が待っていましたが、
その役割をはたして戦場から帰ってきたときにこんな展開が待っているとは。
しかもそれはエフタ自身が招いた悲しみ。

誰一人、エフタ自身も、勝利を得たイスラエルの人々も、ヤハウェ自身も望
まない生け贄を、ささげなくてはならなくなったのです。
(もしも娘でなく奴隷か誰かだったなら、エフタだけは喜んでいけにえにし
たのでしょうか。そんな彼の心根が、この結末を招いたのでしょうか。)
「ヤハウェ自身がその蛮行を止めることはしないのか」と思う読者もいるか
と思います。筆者自身もそう思います。しかしヤハウェには「誓いを破って
よい」と言うこともできないのです。まして人に誓いを破らせるために実力
行使することも。(*6)

父から誓いのことを知らされた娘は[父上。あなたは主の御前で口を開かれ
ました。どうか、わたしを、その口でおっしゃったとおりにしてください。
主はあなたに、あなたの敵アンモン人に対して復讐させてくださったのです
から。]と告げました。
といっても彼女は、何の懊悩もなく命を差し出したわけではありません。彼
女は父にこう言いました。[二か月の間、わたしを自由にしてください。わ
たしは友達と共に出かけて山々をさまよい、わたしが処女のままであること
を泣き悲しみたいのです。]
父が許すと、彼女は友達と共に、今や平和と安全を回復したイスラエルの山
々に分け入って[処女のままであることを泣き悲しんだ。]と記録されてい
ます。

聖書には神から人への多くの定めが記されていますが、その一番最初は[産
めよ、増えよ、]でした。創世記1章28に記録されたヤハウェのこの言葉は、
最初の定めであるだけでなく、神から人へ最初にかけられた言葉でした(*7)。
そののち婚外の性を厳しく制限するおきてが与えられました。エフタの娘の
言葉は、単に「性的な快楽」のことだけを残念がっているのではなくそれを
超えて、「結婚によって結ばれた男女だけに許される、神からの祝福と幸福
をともなう喜び」を知らないままで、という悲しみなのだと思います。

二ヶ月が過ぎると、娘は父のもとへ帰り、エフタは自分が誓ってしまったと
おりにしたと記録されています。
そののち、イスラエルにある習慣が生まれと聖書に記されています。[年に
四日間、イスラエルの娘たちは、ギレアドの人エフタの娘の死を悼んで家を
出るのである。]
新約聖書の「ヘブライ人への手紙」の第11章を、「信仰者列伝」と呼ぶ人も
います。旧約聖書に出てくる人々のことを「信仰によって誰それはこれこれ
のことをした」と書いているからですが、その中にエフタの名もあるのです。
サムエル記の中で士師たちを回顧する場面を別とすれば、士師記以外では唯
一エフタの名が出てくる箇所です。
もしかするとそれは、エフタ自身のことよりも、あの習慣によって語り継が
れた「名も記録されていない信仰深い娘」の父としてのことなのではないで
しょうか。


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*1 申命記2章19〜。http://www.nunochu.com/bible/05_deuteronomy/deu02.html
ロトの子らについては創世記19章30〜38。http://www.nunochu.com/bible/01_genesis/gen27.html

*2 民数記21章4〜。
*3 民数記21章11〜。
ともにhttp://www.nunochu.com/bible/04_numbers/num13.html

*4 第8の士師エフタの時代まで、ヨシュアの頃から文字通りに300年が過ぎて
いたかは不明。キリがよすぎるので、もしかするとかなり大雑把に切り上げ
られた数字かもしれません。

*5 ローマの信徒への手紙11章28〜29には、イエスをキリストだと信じなかっ
たユダヤ人についてさえ「神の選びについて言えば、先祖たちのお陰で神に
愛されています。神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。」と書
かれています。

*6 マタイ5章34でキリストが「一切誓いを立ててはならない。」と教えてい
ますが、それを聞いた人々は間違いなく、このエフタと娘のことを思い出し
ただろうと思います。

*7 アブラハムの妻サラが90歳の時に神から出産を予告されて「もはや楽しみ
があるはずもなし」とつぶやいた場面(創世記18章12)は、TEV(英語の現代
訳聖書)では「Now that I am old and worn out, can I still enjoy sex?」
と訳しています。

*8 「ヘブライ人への手紙」の著者(誰かはわかっていません。パウロっぽい
とも言われますが。)は、ノアやアブラハムなどの事跡を紹介したあと、[も
しギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル、また預言者た
ちのことを語るなら、時間が足りないでしょう。]と書いています。

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[〜]は聖書の引用です。本誌では特にことわりのない場合、新共同訳聖書
から引用しています。
(c)共同訳聖書実行委員会
  Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 

ただし以下に限り、筆者が手を加えていますので、あらかじめ御承知おきく
ださい。

  新共同訳聖書の旧約で「主」と書かれている箇所は適宜、読み方を添え
  て「主【ヤハウェ】」と表記しています。

  誤読を招きやすいと思われる漢字は、次の例のように平仮名で表記する
  場合があります。
    僕→しもべ

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