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2007/05/20

[聖書を読んでみよう ヨシュア記16]

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|______/__|_____|__|_____| ヨシュア記 第16回
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             第四部:ヨシュアの最後             

■■■■■ ヨシュアの遺言(23章) ■■■■■

「わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、
広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモ
リ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。」
これはかつて、ヤハウェがモーセを召し上げ、その果たすべき任務を告げた
ときの、ヤハウェの誓いの言葉です。(*1)

この任務はその後モーセからヨシュアに引き継がれました。そしてヨシュア
に率いられてイスラエルはヨルダン川を渡り、約束の地に入ったのです。
それから戦いの連続でしたが、全面征服はまだ見ていないものの、ヨシュア
記12章までに勝利は定まり、そして13章で「ヨシュアが多くの日を重ねて老
人となったとき」に12部族に土地の分配が行われたことを、これまで読んで
きました。

23章は、[主【ヤハウェ】が周囲のすべての敵を退け、イスラエルに安住の
地を与えてから長い年月が流れ、ヨシュアは多くの日を重ね、老人となった。]
で始まっています。
110年に及ぶヨシュアの生涯がいよいよ終わりを迎えようとしているのです。
それを悟ったヨシュアは全イスラエルを呼び寄せて、後事について教え諭し
ました。
その最初の言葉は、イスラエル自身が何を見たのかについてでした。[あな
たたちの神、主【ヤハウェ】があなたたちのために、これらすべての国々に
行われたことを、ことごとく、あなたたちは見てきた。あなたたちの神、主
【ヤハウェ】は御自らあなたたちのために戦ってくださった。]

約束の地に入ったイスラエルというのは、ヤハウェが海を二つにわけるとい
うとんでもない奇跡を見せたときには、未成年だったか生まれていなかった
世代です。
しかしこの世代も、ヤハウェがヨルダン川の水をせきとめてイスラエルを渡
らせたこと、難攻不落のエリコを超自然的に打ち破ったこと、烏合の衆にひ
としいイスラエルが強力な部族に勝ち続けたことを体験してきたのでした。
そして今や、東はヨルダン川から、西は太陽の沈む大海つまり地中海にいた
るまでが、12部族に分け与えられその一族伝来の土地とされたのです。

すべては、神ヤハウェの力によるものでした。それでヨシュアは[だから、
右にも左にもそれることなく、モーセの教えの書に書かれていることをこと
ごとく忠実に守りなさい。]と命じます。これははじめにヤハウェがヨシュ
アに語ったこと(*2)によるもので、その時は新指導者ヨシュア個人に向けて
のものでしたがその結果をイスラエルも見てきたのだから、今後ともヤハウェ
の言葉に忠実であれとするものです。

具体的には、十戒の厳守、特に「ヤハウェのほか何者も神としてはならない」
ということです。そのためにヨシュアは、まだ征服していない諸部族との雑
婚を禁じました。異民族=異教徒と交わることによってその宗教の影響を受
け、ヤハウェを離れて異教徒の神々を礼拝したりすることが懸念されたので
す。
実際イスラエルは、シティムで宿営していたときにモアブ人の罠にかかって
います。イスラエルの男たちが[モアブの娘たちに従って背信の行為をし始
めた]ことによりヤハウェが[イスラエルに対して憤られ]て、つまりスケ
ベ心のせいで神の裁きにあい犠牲者を出すに至ったのです。(*3)
まだ後代には、名君のほまれ高いソロモン王も、政略結婚で後宮に入った妻
たちのためにヤハウェから離れてしまい(*4)、その結果もあって国が分裂す
るに至ってしまいます。

ヤハウェについてさえいればイスラエルは向うところ敵なしなのですから、
道徳的な問題である以上にこれは安全保障上の問題です。つまりイスラエル
という弱小国が、ヤハウェという圧倒的超大国と同盟を結んでいるようなも
ので、イスラエルがヤハウェの庇護の下にいるなら何者もイスラエルの前に
立ちはだかることはできませんが、イスラエルがヤハウェに背を向けてその
庇護の下から飛び出してしまうなら、もうイスラエルを守る者はいないので
す。
この同盟関係のおもしろいところは、ヤハウェはイスラエルのために戦いま
すが、イスラエルはただヤハウェを愛するだけでよいというところでしょう。
全能の神ヤハウェを守るためにイスラエルが戦うなどということはありえま
せんから、一般的な軍事同盟とは異なります。ヤハウェはイスラエルに『勝
利』を与え、イスラエルはそれに『信義』で応えるのです。

もしこの信義に反するようなことをするなら?つまり、ヤハウェが滅ぼせと
命じた部族を滅ぼさずに、馴れ合ったり婚姻関係を結んだりするなら?
その時にはもはや、ヤハウェはそれらの部族をこの土地から追い払わず、イ
スラエルのほうがこの「約束の地」から滅びうせる、とヨシュアは宣言しま
す。

ヨシュアは今、この世のすべての者がたどるべき道、つまり陰府への道を行
こうとしています(*5)。その終わりの時に臨んでイスラエルに思い出させた
いことはただ一つでした。
[あなたたちは心を尽くし、魂を尽くしてわきまえ知らねばならない。あな
たたちの神、主【ヤハウェ】があなたたちに約束されたすべての良いことは、
何一つたがうことはなかった。何一つたがうことなく、すべてあなたたちに
実現した。何一つたがうことなく、すべてあなたたちに実現した。]

「心を尽くし、魂を尽くし」という表現は旧約聖書だけでも18回も出てきま
す(*6)。ヘブライ語の慣用表現でしょうか、「全身全霊で」ということでしょ
う。
後の時代には新約聖書で[信仰とは、…見えない事実を確認することです。]
と語られています(*7)。そうすると私たち現代人には、信仰とは不確かな根
拠によるものかとも思いたくなるものですが、当時のイスラエル人にとって
は見えないものどころか、自分の目で見て、身を持って体験したものです。
しかもその体験はどんなものかといえば、ヨルダン川がせきとめられるのを
見たし、エリコの城壁が崩れるのも見たし、客観的な戦力分析からは勝てる
はずのない強力な部族にも勝利してきたのです。

敵を滅ぼすヤハウェの力を見てきたイスラエルにとって、ヤハウェと結んだ
契約を一方的に破棄して他の神々に従い、仕え、礼拝するならどうなるか、
想像の必要もないくらいなものだったかもしれません。
しかしそれでも、モーセもヨシュアも重ねて念を押す必要を感じるほど人は
忘れっぽいものであり、そして実際にイスラエルは忘れて行ってしまうので
す。旧約聖書を読み進めれば、これがイスラエルがヤハウェに背を向けた歴
史の記録でもあることがわかってくると思います。

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*1 出エジプト記3章8

*2 ヨシュア記1章7。本誌サイトでは http://www.nunochu.com/bible/06_joshua/jos03.html

*3 民数記25章。本誌サイトでは http://www.nunochu.com/bible/04_numbers/num16.html

*4 ネヘミヤ書13章25〜27。ここでは26のみ引用します。
[イスラエルの王ソロモンすらも、このようにして罪を犯したのではなかっ
たか。数ある諸国の中でも彼のような王はおらず、神に愛され、神によって
すべてのイスラエルの王に立てられた、その彼でさえ、異民族の妻たちによっ
て罪に引き込まれてしまった。]

*5 陰府は、新改訳では平仮名で「よみ」と訳されていますが、人が死の後
に行くところです。人が神の国(天国)に迎えられるか、火の池(地獄)に
投げ込まれるかは、この世の終わるときの裁き、いわゆる最後の審判で決定
されます(ヨハネ黙示録20章11-15、同21章23-27)。キリストを信じる者は
裁かれないと書かれているので(ヨハネ福音書3章18)、死の直後に天国に迎
えられると考えられます。
ヨシュアはキリストが世に来るより前の時代の人物なので「キリストを信じ
た者」ではありませんから、今も陰府で最後の審判を待っていると考えられ
ます。
ただ、キリストは十字架で死んでから三日後に復活するまでの間は陰府に行っ
ていたので(使徒2章30-31、1ペトロ3章20)、想像の域を出ませんがそのと
きにヨシュアがキリストに会えて信じたなら今はすでに天国にいるかもしれ
ません。次のURLにある拙文も御参照ください。
http://www.nunochu.com/bible/faq/z_yomi.html


*6 新共同訳の場合。新改訳では「心を尽くし、精神を尽くし」という表現
で旧約に19回。

*7 ヘブライ人への手紙11章1


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[〜]は聖書の引用です。本誌では特にことわりのない場合、新共同訳聖書
から引用しています。
(c)共同訳聖書実行委員会
  Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 

ただし以下に限り、筆者が手を加えていますので、あらかじめ御承知おきく
ださい。

  新共同訳聖書の旧約で「主」と書かれている箇所は適宜、読み方を添え
  て「主【ヤハウェ】」と表記しています。

  誤読を招きやすいと思われる漢字は、次の例のように平仮名で表記する
  場合があります。
    僕→しもべ

  詩歌や預言などで改行されている箇所を、次の例のように1行で記す場合
  があります。
    死の陰の谷を行くときも
      わたしは災いを恐れない。
     ↓
    死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。

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          http://www.nunochu.com/bible/

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