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ヒトとしての生態。あるべき姿。そして現状。それらについて論理的に検証を試みるという主旨です。

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2009/09/23

[hitogaku no katawara]


[内なる自然と環境]

よく言われます。自然のままがいい、などと。

しかし、それは環境について、のことで
人間個々の内なる自然は、一定のテリトリーを要します。

ですから、過密環境であったり社会であったりすると
その、内なる自然同士の折り合いをつける環境が必要....

と、一言で終ってしまいますが
近年は、こうした配慮がなされていない例が多く
内なる自然は、軋みを覚えているかのようです。


筆者は、技術者と交流を持つ事があります。

たとえば、自動車のエンジン制御技術者と話し、
現場に趣くと、論理的にはおかしなエンジン制御の
プログラムを見ることがあったりします。


彼等曰く「びっくり制御」と言い
エンジンの反応を過敏に演出する制御、で

こうした車に乗ると、アクセルを踏んだ瞬間だけ
過度にエンジンが反応する、筆者が見ると危険な制御を
している車が多く、世に出ているのだそうです。


つまり、数を売ろうとして
力があるように見せかけている、と云う事です。


しかし、この「環境」に対し、人間の「内なる自然」は....


もともと、人間は行動力を持っています。
環境から見ると「攻撃性」と言われる所以で
ですから、刺激的なものを嗜好するのは
これは文明以前の、基本的な部分と言えます。


故に、こうした危険な車に乗ると
自制の効かない人なら、この騙しプログラムに乗って
危険な運転をしてしまう。


筆者が見かけた例では
軽自動車が、無理矢理に大型バスを追い越そうとし
対向車と正面衝突しかけて、急停止。

....であるとか。


一見、力強いエンジンと感じられても
それは騙しプログラムのせいで

本当は、アクセルを踏んだ瞬間しか力強くないので
大型バスを追い越そうとしても、追い越しきれずに....


これは、騙しプログラム、と云う環境に
内なる自然が煽られた例です。


本来、環境は自然に存在するものですから

人間の内なる自然は、その騙し、と云う
不自然な環境に呼応できていない、と云う訳ですね。


そこで、考える人は「内なる自然」から離れなくてはならない。


....のですが、これが煩雑(笑)なので

筆者などは、なるべく不自然なものから離れて生きていきたいな、と
そう思っております。



それでもまあ、原始人に戻ろうとしても
税金が追って来たりします(笑)

が。


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