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ヒトとしての生態。あるべき姿。そして現状。それらについて論理的に検証を試みるという主旨です。

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2008/01/30

[hitogaku no katawara]

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[悲しみ]



悲しいような顔をして歩いている人の方が
笑顔で歩いている人よりも目立ってしまったりするのは

やはり、悲しい人にそこから立ち直ってほしいと思ったりするからでしょうか。



そもそも、悲しいってどんな状況だろうと定義して見たくても
例えば、脳の中でどんな現象が起こっている、とか
ある神経回路がどの程度興奮しているとか

そういう、データとして表出するものは計測できたとしても

悲しみのレベルを計測するなんて事は出来ないでしょう。

客観的な悲しさ、なんてものも有り得ない。



なので、他人の悲しみを理解すると言っても
そこは、自分の悲しい体験と比較して推し量るか
一般的な悲しさ、と云う事例と比較してそう考える他は無い訳ですね。






方向性としてはマイナスの方向、消極的、閉的、暗い....

なんて感じに見えたりもします。

積極的な悲しさ、があるとしたらそれは
かなり特殊な心理でしょう(被虐的な趣味でしょうか)。


演歌とかメロドラマなんかはそうかもしれませんけれど
まあ、これは表現媒体の中での話ですから
現実にあれば、少々困ってしまうでしょうね。


明るい悲しさ、それはあるかもしれません。
例えば黒人霊歌なんかにはそういう表現がありますが
明るく唄う事で、深い悲しみを沈む事無く伝えるのは
黒人が普段、虐げられていたからだ、と言う方も居られますね。







深い悲しみがあったとしても、その悲しみをどう処理するか?
は、その人の資質だと言う説もあったりします。


....と、言うのは、洞察的な分析から見ると

その人の「心」に安定があれば
悲しみが、心を壊そうとしても

安定感があるので、自然に元のところに戻ってきてしまう。


そして、この「心の安定感」と言うのは
無意識下に得られた、乳児期の環境に対する感覚で培われる、のだそうです。



その時期に、環境が乳児に対して快適であり、欲求が充足されていれば
意識が生まれた後に仮に「悲しみ」が襲ったとしても

その無意識下の「安定感」が支配して
いずれ心は元の状態に戻る、のだそうです。



構造主義的に見ると、この現象は、おそらく
嗜好の傾向、のようなものでしょう。






その説を支持するならば、悲しみに挫折し
ケアが必要な人が多いのは、乳児期の扱いに問題があったからだ、と云う事になりますが....






また、心に安定感があれば
無闇に徒党を組んで少数派をいじめたり、と云う行為を
好む事は無い筈なのです(そう言えば、企業などでパワハラを行う人、と云うのは
会ってみると大抵がどこか心に障害があるような人ばかりです。
人間的な温かみが無い、と云うか....壮年層にも居るのは呆れる他無いですが)。


無意識下に安定感があれば、「攻撃」等と言う安定を壊す行為を
好む訳もありませんし.....



特に経済的に豊かでも無かった昭和30年代の生まれの人々に
そうした「温かみの無い人」は少数派だったような記憶からすると



経済はあまり関係無いような気もしています。


肉体労働者の人たちも、昭和50年代あたりには
その攻撃性を仕事に向けている感もありました。




パワハラ、なんて言葉も無かった。

それは、管理職の人にも心の安定感があるので

無用な攻撃性を見せる事はなかったから、だと考える事もできます。


で、フト思うのですが
今、パワハラを行っている(仮に)50代の人が居たとして
昭和50年代にはその人は若者だった筈です。

では、昭和30年代に生まれたその人の環境は
「安定感」を欠く要素が格別に多かったのでしょうか?
「少数派」だったのでしょうか....?





たまたま、パワハラを行える立場になってしまったから。
自制する能力が低いから。


そう考える事もできますね。


特に日本人、自制意識はあまり無い人も多いですし
それよりも集団のルールに従う、なんて言う人も多いでしょう。


だとすると、「集団のルール」がパワハラだったら.....?




そんなところが実情なのではないか、と思ったりもします。





そう言う環境の影響を受けて生まれついてしまった人たちは
悲しさへの耐性が低いのもまあ、頷けますし


集団のルールが支配的だと思いこまされている人にとって
ルールから排除されたら絶望的になったりするのもまあ、判らないでもない心理ですから


そういう悲しみが大きいのだろう、とも思えます。



つまりは、環境が悪いのですから

環境に依存しなければいい、と発想を変えれば
それだけのこと、と思えてしまうのですが.....

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