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2009/11/05

日刊デジクリ[#2737] まほろばな人たち

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.2737    2009/11/05.Thu.14:00.発行
 http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 13661部
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           《やはり地道に進むのが王道》

■わが逃走[54]
 仕事で沖縄の巻
 齋藤 浩

■電網悠語:日々の想い[137]
 0から1、1から2、1から10
 三井英樹

■私症説[09]
 まほろばな人たち
 永吉克之

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■わが逃走[54]
仕事で沖縄の巻

齋藤 浩
< http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20091105140300.html >
───────────────────────────────────
10年前にちょいと訳あって本島北部にある某リゾートホテルに泊まって以来、
沖縄はわりと好きな場所のひとつになっています。

その後も、今はなきJASの誕生日割引を使って毎年1万円で行っていたのですが、
JASがJALと統合されると同時にこのサービスは廃止(JALってほんとヒドイ)、
プロパーはさすがにツライので一時的に行かない年もあったりしたのですが、
分相応で居心地もいい宿との出会いと「早割」等の出現により、ここ数年は秋
になると沖縄に行って、2〜3日ゆっくりと流れる時間を満喫するというゼータ
クなことを続けていたのです。

で、今年はというと、なんと仕事で行ってきました。前日に決定して、翌日か
らカメラマンとモデルと3人で3日間撮りまくるという超ハードスケジュール。
正直な話、以前から仕事で行けたらなーと思ったことはありますが、結論から
申し上げると、沖縄は休暇に行くのが正解です。

という訳で今回は、『仕事で行く沖縄・青い海と白い砂浜2泊3日の旅』の、当
たり障りないところを語ります。

1◎金曜日

プレゼンはすでに1か月くらい前には通っていて、実際に雑誌広告を作ること
にはなってはいた。しかし、提案したいくつもの方向の中からどの案が採用さ
れるかの返事は全く来ておらず、スケジュール的にも11月発売号への掲載はな
いなーなんて思っていたら、電話が鳴った。某広告代理店営業のS氏である。

「齋藤さん、沖縄ロケの話、アリかもしれません。至急段取ってください」
「マジで? 間に合うの?」
「マジです。間に合わせるのです。でも、まだ確定ではありません」
「確定するとしたらいつ頃?」
「月曜の夜にはなんとか」
「げえっ、月曜〜! それから撮影してデザインして入稿…って逆算したら、
火曜には出なけりゃならんなあ」
「モデルとスタイリストとヘアメイクも予算的にキビシイのです」
「まあ、遠景に立たせるだけだから、モデルはなんとか素人でも大丈夫でしょ
う。ヘアメイクなし、スタイリストなし、衣装は私物で対応ってことになっち
ゃいますよ」
「なっちゃいますね。ということで、モデル探しもあわせてよろしくお願いし
ます」
「はい、なんとかします」
と言って、電話を切ってしまってから青ざめた。なんとかなるのか????

まずはカメラマンの確保だ。この案件に関しては、いつもM氏にお願いしてい
るので、速攻電話してみた。「火曜はキビシイかもー」的な話だったが、なん
とか拝み倒してスケジュールを空けてもらった。

次にモデルである。それなりにスタイルが良くて、遠目に見てなんとかイケそ
うな若い娘リストを作成、片っ端からメールする。

「モデル募集。ただ遠くに立ってるだけ。どなたにもできる簡単なお仕事です。
交通費・食事支給。撮影場所:沖縄。」

うっわー、胡散臭いですね。こんなメールで返事なんか来るんでしょうか。な
んて思ってたら速攻で来た!!!!

薄情なもんで、いくらオレが「たまには飲みに行こうよー」なんて誘っても大
抵はぐらかすか無視するかの娘達から「詳細求ム」のメールが次々と届く。一
瞬、自分がモテてるんじゃないかと錯覚するくらいの、今までに経験したこと
のないケータイのプルプルっぷりだ。

「火曜から木曜まで。2泊3日。ただし決定は月曜夜。拘束時間:早朝から日没
まで。ギャラ:xxxxx」

ここで大半が脱落。やはりスケジュールが急すぎるし、ギャラがxxxxxっての
はねー。そんな中快諾してくれたのがU嬢。たまたまリストラされて有給を消
化しなければならないところだったのだそうだ。しかも彼女はちょっとだけモ
デル経験もあるし、オレ的には実にラッキー。

しかし、彼女にしてみればけっこう切実な感じだろうし、手放しに喜んではい
けないなあ、なんて思いながらも手放しに喜んでしまったオレ。よしっ。これ
で少なくともロケには行ける。

2◎土曜日・日曜日

ファッション雑誌を見ながら、こんな感じの服がいい的な話をメールにて。
U嬢の私物で似たようなものがなければ、安くてそれっぽい服を購入してもら
う。またロケ地をリストアップ、地図と写真を探して企画書を作成。沖縄で土
地勘がきく場所というのは極々限られてはいるが、なんとかなるような気がし
てきた。

3◎月曜日

明日出発ということで飛行機のチケットも確保、ホテルの手配やその他事務的
な手続きも営業チームにしてもらったが、まだ行くかどうかの最終決定はなさ
れていない。

夜、2泊3日撮影計画をクライアントにプレゼン。時間も時間なので、その場で
沖縄行きは決定。ただし構図やシチュエーションに関してはできるだけ多くの
パターンを、ということになってしまった。スケジュールとしては、火曜沖縄
到着〜ロケハン、水曜撮影、木曜撮影〜沖縄出発。

会議終了後、M氏とU嬢に連絡。「明日沖縄行き決定。羽田に7:45集合ってこと
でよろしく」。

実に慌ただしい。事務所に戻ってレンタカーの予約。天気予報では台風が来て
いるようだが、明日にはどっかに行くだろう。別の仕事も残っていたのでなん
とか片付け、夜明け前に荷造りを終えて仮眠をとる。

4◎火曜日

朝、羽田にて無事全員集合。搭乗後、シートベルトを締めた次の瞬間に沖縄に
いた。ずいぶんとよく眠ったものだ。

那覇は暑かった。真夏である。空は見事に青い。もう、晴れてくれたというだ
けで気持が楽になる。レンタカーを借り、沖縄自動車道を北上する。この道路、
那覇から終点の許田までストレスなく一気に移動でき重宝しているのだが、地
元の人に言わせれば「高速乗っても国道とぜんぜんかわらないさー」なのであ
る。都市部の渋滞を避けられるだけでも相当ありがたいと思うんだけど、複数
の方が異口同音にそう言う。

オレの脳は東京時間を刻む癖がついてしまっているから、高速道路を便利に感
じるのだろうか。そう思うと少々さみしいものがある。

伊芸PAにて昼食。実はここのレストランは隠れた名店なのだ。沖縄そばからタ
コライスまで、郷土料理が充実している。そしてけっこう旨い。しかも安い。
私は煮付け定食を注文した。沖縄風煮付けと沖縄そばのセット。

旨い、実に旨い。ピリピリしていた脳がぽわーんと落ち着いてくる。見事な出
汁パワーである。ふと窓の外を見る。空が青い。海が青いーというかバスクリ
ン色。風もなく、波は穏やか。日差しはまぶしい。ああ、沖縄に来たんだなあ
としみじみ思う。

高速の終点、許田から国道を通って本部町へ向かう。このあたり一体にロケ候
補地が点在する。駐車場に車を置き、A地点からD地点までを歩きながらよさそ
うな場所を確認。木々の合間から見える海が美しい。

海沿いを30分近く歩いたところ、なんかもう、このまま本番イケそうな気がし
てきたので急遽撮影しちゃうことにした。いわゆる夕焼けではなかったけど、
空全体が淡い紫色に染まっていく感じが実に情緒的。

なんだけど、この情緒ってのがクセものなのだ。これが出過ぎると美しい写真
にはなるかもしれないけど、広告の目的よりも情緒が主張されてしまうと本末
転倒になる。このあたりが芸術とデザインの違いなのだ。

夕方の光は一瞬で変わる。その一瞬を見事にM氏は切り取ってゆく。さすがプ
ロである。こういう姿ってかっこいいと思うなあ。成果はオレ的に想像以上で
あった。

空と海の境目がまだ淡いピンク色だが、もう周囲には闇が広がっていた。さて、
これからホテルにチェックインして撮影データをまとめてリサイズ、東京のS
氏にまとめて送らねばならんのだ。

A地点から車で15分くらいのところにそのホテルはあった。それなりに覚悟は
していたが、ひと言でいえば、こぎれいな“廃ホテル風ホテル”だ。チェック
インしたけど、おそらく客は我々のみ。客室は悪くはないが、ボロいところは
ボロかった。

ツインの部屋を一人で使っているので、なんとなく独り言が多くなる。さて、
先程の写真をまとめる訳だが、けっこうな量がある。M氏に来てもらって、一
緒にあーでもないこーでもないなどと言いながらなんとか選び出し、まとめて
メールで東京へ送る訳だが、当然『高速インターネット常時接続』なんてない
から送信にはスゲー時間がかかる。5メガのデータを3回送るのに1時間以上か
かってしまった。でもまあ、電波の届くところで良かったっす。

営業のS氏からの返事を待つ間に食事に行くことにした。このホテルにはレス
トランがないので、フロントに紹介してもらう。ところが夜の8時半ともなる
と、このあたりの店は(店自体少ないのだが)軒並みラストオーダーってやつ
で、やってる店が一軒しかないらしい。選択肢はない。我々はその店へと向か
った。

その店はいわゆる“民謡居酒屋”というやつだった。到着したときは、ちょう
どライブが終わったところだったようだ。ちなみに我々の他に客は地元のオヤ
ジ3人組だけ。沖縄伝統の衣装を着た店の奥さんと、その息子と思われるジャ
ージを着た中学生くらいの坊主が料理を運んでいる。完全なる家族経営。

ここはやはりオリオンビール! といきたいところだが、仕事もあるし運転も
するので、私はノンアルコール。このへんの意思の強さは我ながらエラい。ゴ
ーヤチャンプルーと島らっきょう、刺身の味噌和え、海鮮サラダ、もずくの天
ぷら、足ティビチなどなど、旨そうなものを片っ端から注文する。

で、実際旨いし、けっこう量もある。旨いものを食べると、たとえアルコール
が入ってなくてもシアワセな気持になってくる。相当食ったところでライブが
始まった。なんと料理を作ったり運んだりしていたヒトたちが三線持ってステ
ージに上がり、唱いはじめたのだ。おお、まさに完全なる家族経営。

『安里屋ユンタ』『ちんさぐの花』などのベーシックなナンバーに続いて、な
んだかわかんないけどノリのいい愉快な曲が始まった。すると、荒井注似の地
元のオヤジ(自称会社社長)が「おお、にいちゃん、どっから来たの」と声を
かけてきた。東京からと答えると、「おう東京、こっち来て一緒に踊れ」と無
理矢理連れていかれ、なんだかわからんなりに一緒に踊ってみた。ああ、酒が
入ってたらこの20倍くらい楽しいんだろうな。気づいたら店員も客もみんな踊
ってる状態で、M氏もU嬢も一緒になって踊っていた。こういうのって旅だなあ
と思う。

さんざん飲み食いして会計してもらったら、なんと3人でxxxx円だった。安す
ぎる。ホテルに戻ったのが11時前。ちょうどその頃東京から連絡が。C地点で
撮影したものが、けっこう評判良かったとのこと。

その他、注意点などノートにリストアップしたり、いろいろ事務的な仕事をし
ていたところ、気がついたら2時だったので寝ることにした。明日は5時起き。

ということで、水曜日以降のネタはまた次回。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられ
ないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィ
ックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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■電網悠語:日々の想い[137]
0から1、1から2、1から10

三井英樹
< http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20091105140200.html >
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0から1を生み出す人がいる。1を2に、あるいは10にする人がいる。生産性とか
効率性とかのキーワードのもとでは、これらは同じスキルのように扱われてい
るように思う。

何かを生み出すという点では同じで、生み出された量とそれに費やした時間と
の関係性を論じる人たちには、同じものとして扱わないと面倒なのだろう。け
れど、かなり違う。いや全然違うと言ってもいいかもしれない。アイデアを練
る時と、アイデアを展開や拡張している時は、自分でも脳の違う部分を使って
いる気がする。

根拠は間食。私は食欲でストレスに対処するタイプで、ボリボリとお菓子をむ
さぼっているときは、何かしらのストレス下にある証。そして嫌々ネガティブ
ストレスも、創造性を求められるポジティブストレスも、同じ対処法。とにか
く食べて凌ぐ。短期決戦系ではチョコが必須。でも、アイデアがあった上での
展開系作業のときは、あまり食欲に刺激が行かないようだ。淡々と作業を進め
ればいい場合は、食べてる時間さえ惜しいとも感じる。自分を観察する限り、
必要とするものが異なるのだから、明確に別物なのだと思う。

自分の中に、「0から1」と「1から2」を生み出す別人格(大袈裟)があるよう
に、組織の中でもそういう別働隊が必要だ。そして別働隊が存在し続けるため
には、それぞれに適した評価軸が必要になる。「0から1」も「1から2」も、差
分(増加分)は同じ1だが、それを生み出すコストは異なる。前者では、私が
行うと少なくともチョコの分だけ割増し料金がかかる。

そして重要なのが、「0から1」を生み出す人がいなくなったら、その組織では
創造的生産が止まってしまうという事実である。組織とは、自分でも、企業内
チームでもいい。もちろんどこでも何でもネット社会になりつつあるので、最
初の0が自組織内にある必要はない。起点はどこにあってもいいものかもしれ
ない。でも自分発といえないのは、ちょっと淋しい。そう感じるのが、プロだ
と思うし、その意地にも似た感覚が最終的に踏ん張れる土台だと思う。

■
そして、1を0.5にするのが得意な人たちがいる。いわゆる劣化コピー。猿まね、
なんちゃって○○ともいう。Webの世界にも横行している。どこをどう真似た
らそうなるのか分からないけれど、でも目指したかった行き先か憧れ的ににじ
み出るもの。でも、残念な形に落ち着いている。もう少し頑張ればいいのに。
レベルも、「惜しい」から「意味不明」まで千差万別。

スキルの問題もあるけれど、無意識的な自己認識の勘違いも大きいように思う。
0を1にする能力が、1を2にする能力と別なように、何かを知っているという状
況と、それを使い切れるという状態とは別物だ。無意識劣化コピーの主犯は、
憧れの対象を見つけて、それを自分でも作れると思い込んでしまった人たちな
のではないだろうか。

筋肉などの構造を研究した人が、自分自身でその筋肉をあますことなく使いき
り、世界最速で走れると勘違いするのに似ているのかもしれない。知っている
のと、実行できるのとの間には明らかな壁がある。アスリートの世界なら常識
的なことも、IT世界ではちょっと違う。何でもできることが優れていることで、
そもそも分業を潔しとしない文化がある。できもしないことを、しようともし
ないで、偉そうに他人にさせることに陶酔する文化も根強い。で、丸投げを繰
り返して劣化コピーを量産していく。責任感が減衰しているのだから、良いも
のができるはずがない。

でも、生産量を考えた場合、どちらも同じ「1」を生産しているように見えて
しまう。そう、たとえ品質が半分でも。これらは、ネットの品質を測ることを
サボってきたからなのだと思う。300円GIF画像でも、ウン万円画像でも、品質
が同じであろうはずがない。でもそれを証明する手段はあまりない。その辺り
の標準化にチャレンジしなかったことが、Webが犯した決定的なミスである。
使い易さについての評価軸を置いてきぼりにしたことが、今になって様々な弊
害を生んでいる。ただ、そこを置き去りにしたからこそ、この速度で発達でき
たのかもしれないが。

■
そしてもう1軸存在する。生み出されたものの価値の種類の差。品質だったり
アイデアだったりという価値と、お金という経済的な価値。これらの関係が比
例関係になっていないところに、苦労がある。品質がいかに良くても、アイデ
アがいかに良くても、経済的に豊かになれるとは限らない。むしろ、劣化コピ
ーの方が出回っているように見えることを考えると、そっちの方が儲かってい
るのかもしれない。

オリジナルを生み出す方が、少なくとも調査や試行錯誤の時間(=コスト)が
かかる。なのに報われないことが、しばしば起こる。アンフェアな世界だと思
う。それでも、創造的活動は止まない。ネットの世界を見ていると、よくぞ出
るなぁと強く思う。儲からずに苦労している実例の方が多いだろうに、それを
検索/検出できないはずもなかろうに、とめどもなく湧きあがって来るようだ。

「0から1」も「1から2」も、それらがアイデアだけでなく経済的なものも全部
含んだピースが揃った時に、イノベーションのスイッチが入るのかもしれない。
愚痴ったり、ねたんだりする時点でそのレースから脱落しているのだろう。

だとしたら、やはり地道に進むのが王道であり、成功への主導線なのだろう。
地道に0を1にし、1を2にし、2を10にする。それを繰り返す。その先には、ビ
ジネス的な成功だけでなく、もっと人を幸せにするものが待っているはずだ。
今生き残っていけそうなものは、技術的に優れているかというよりは、いかに
便利か、いかに使えるか、が焦点になってきているように見えるから。情報が
蔓延して、ようやくそこに至った感もある。先は長そうだ。精進精進。

【みつい・ひでき】 感想などはmit_dgcr(a)yahoo.co.jpまで
精進日記になりつつあるなぁ。
・mitmix< * http://www.mitmix.net/ >

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■私症説[09]
まほろばな人たち

永吉克之
< http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20091105140100.html >
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私が、大阪にある美術館のなかでもっとも気に入っていたサントリーミュージ
アム天保山が、入館者数の減少などから、来年閉館することになったと聞いて、
やっぱりねえ、やーっぱり大阪では美術は育たんわ、と再認識した。大阪の美
術館については以前も書いたので、そちらも参考にしていただきたい。
< http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20080403140300.html >

といいながら、私自身もこの数年、美術というものからすっかり遠ざかってし
まって、制作はおろか、美術鑑賞に出かけることすらご無沙汰している。つま
り私も微力ながら、サントリーミュージアムの閉館に貢献していたわけである。

                 ●

先日のこと。アルバイトに向かう途中、大阪市内にある、JR相笠駅構内の掲示
板に「玉垣由奘(たまがきゆじょう)と天満橋派」なる展覧会のポスターがた
またま目に入った。ポスターといっても、タイトルと会場と開催期間と開場時
間を書いただけのもので、作品の写真が載っておらず、主催者のやる気を疑い
たくなるような告知ではあったが、どうやら美術展らしいことは判った。

会場は相笠の駅ビルの地下にある「アートスペースまほろば」。展示用の照明
設備もない、10坪ほどの単なる「部屋」だった。入場無料だし、美術への愛情
を再燃させるためのリハビリになるかもしれないと思い、仕事の帰りに寄って
みたが、入り口のドアに「玉垣由奘開催中。お気軽にお入りください」と、マ
ジックインクで書いた紙をセロテープで貼ってあるのを見て、腹立たしいよう
な可哀想なような複雑な気分になった。

心配した通り、私以外に来場者はいなかった。また、展示会場では普通、入り
口の受付に、たいてい誰かが手持ち無沙汰そうに座っていて、来場者に、ご記
帳お願いしますとかなんとか言うものだが、場内は無人で、記名帳すらないの
だ。どう見ても、美術の素人が運営しているとしか思えなかった。

しかし不幸中の幸いというべきか、作品は見るべきものが揃っていた。すべて
水墨画。由奘以下、天満橋派の画家11人、28点の絵はいずれも、江戸時代に描
かれたとはとても思えないような、極度に先鋭的な作品で、イタリア未来派の
画家が水墨画という技法を用いて描いたらこんな絵になるにちがいないと思わ
せるようなものばかりだった。しかし、それゆえに当時は認められず、現代に
なって再評価され始めたのだろう。

1枚のB5用紙に両面コピーされた目録によると、由奘は、1726年生まれで1791
年歿。与謝蕪村と同時代人だ。その時代に、20世紀のヨーロッパで興った未来
派の芸術思想を先取りするような発想で制作していたのだ。『椴松杜鵑鳴山水
図』では、イタリア未来派の画家ボッチョーニの彫刻『空間における連続性の
唯一の形態』を思わせる、人物の連続する動作をひとつの画面に描くという試
みすら、すでに行なっているのである。

・ウンベルト・ボッチョーニ『空間における連続性の唯一の形態』
< http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/fd/%27Unique_Forms_of_Continuity_in_Space%27%2C_1913_bronze_by_Umberto_Boccioni.jpg >

特筆すべきは、天満橋派という呼称からも察せられるように、彼らのほとんど
が大阪在住であったことだ。由奘は堺の商家の出身らしい。私は、美術に長い
こと関わってきて、もうほとんど見尽くしたようなつもりでいたが、大阪にこ
んな埋蔵金があるとは知らなかった。

                 ●

気に入った絵はたくさんあったが、この日は、由奘の『椴松杜鵑鳴山水図』を
持って帰った。大きさはB1ほどあって、帰りの混んだ電車の中で肩身の狭い思
いをしたが、それに懲りず、翌日は函伊暮骨(はこいぼこつ)の『阿頼耶富士
桜図』という、これまた大判の作品を持って帰った。

3日目に会場を訪れた時のことだった。相変わらず来場者の姿はなかった。そ
の日は、ブンダメン・オハリンドゥ(ぶんだめん・おはりんどぅ)の『涅槃寂
静比翼初花図』をもらって帰ろうと思っていたのだが、すでに誰かが持ち去っ
ていて、絵を吊るしていたワイヤーだけが残っていた。

しばらく茫然と白い壁を眺めているうちに腹が立ってきた。これはいったいど
ういうことなのか、会場の管理責任者に説明してもらおうと、部屋の奥の、い
つも閉まっているアコーディオンカーテンを開けたら、その向こうはいきなり
全面ガラスのドアになっていて「ビューティーサロンまほろば」という字を切
り抜いたカラーシートが貼ってあった。店内は満員で、順番待ちの客たちがソ
ファで鈴生りになっていた。

この美容室のなかの誰が責任者なのか判らなかったが、とにかく中に入り、ド
アの近くのシャンプーチェアで客の洗髪をしていた若い女性の美容師に尋ねた。
「『涅槃寂静比翼初花図』がないんですけど、どういうことですか?」
「え? ありませんか……。じゃ、ちょっと待ってくださいね」

その美容師は、客を仰向けに放置したまま洗髪台の下にもぐりこんで、そこに
あった段ボール箱の中をしばらく掻き回すと、ありましたありましたと言いな
がらそこから出てきて、写真立てに入った『涅槃寂静比翼初花図』のミニチュ
ア複製画を私に差し出した。洗髪していた手で持っていたので、写真立ては泡
だらけになっていた。
「1,500円です」
ミニチュアの複製画では、オリジナルのダイナミズムが伝わらないが、ないよ
りはましだと諦めて、それを買って、おとなしく帰った。

                 ●

今回の展覧会には、多分、たくさんの来場者があったのだろう。にもかかわら
ず、いつも閑古鳥が鳴いていたのは、来場者が、みなビューティーサロンまほ
ろばに吸収されてしまっていたからにちがいない。つまり、ビューティーサロ
ンまほろばが、客を吸収するための装置として、アートスペースまほろばを開
設し「玉垣由奘と天満橋派」展を開催したのだ。

私も、もう少しで吸収されるところだった。展示会場を満たしていた、女性的
な芳しい香り(ビューティーサロンまほろばから漏れ出していたのだろう)に
鼻をくすぐられながら、天満橋派絵師たちのダイナミックな絵を観ているうち
に、なぜか無性に襟足のあたりをカットしてもらいたくなったのだ。そうしな
かったのは、私が貧乏だったからにほかならない。

では、なぜ消極的な宣伝しかできなかったのか、その理由も推測できる。それ
は、ビューティーサロンまほろばに客を吸収したいという願望と、玉垣由奘と
いう大阪の至宝をエサにしているという後ろめたさの間で折り合いをつけよう
とした結果なのである。実利と倫理のジレンマに悩む経営者の姿が眼に浮かぶ
ようだ。しかし、この一件で、大阪人も心のどかかでは美術には敬意を払って
いることが判ったというのも皮肉な話である。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >

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■編集後記(11/5)

・最近は新聞を1面から順に読んでゆくようになった。以前はまず1面をざっと
見てからひっくり返し、テレビ番組欄をチェックし、その後は社会面から1面
方向に戻って読んでいた。民主党政権になってから政治関連がやたらおもしろ
くなったので、1面からページを追って読む。今まで斜め読みしていた社説も
じっくり読む。読売新聞の主張ならたぶん安全だ。その後、Webサイト「あら
たにす」に行って朝日や日経の社説や記事も速読するが、いまのところとんで
もない物件は見当たらない。なにがおもしろいって、つっこみどころ満載の民
主党政府のドタバタぶりだ。独裁者のやり放題で、党と政府の不調和ぶりはま
すます増していくわ、閣内はどんどん不一致になっていくわ、ご都合主義が次
々に出て来るわ、それみたことかな話題だらけで、新聞を開くのが楽しみであ
る。いまは国会論戦の鳩サンの苦しい答弁がおもしろい読み物になっている。
偽装献金問題の答弁でますますドツボにはまっているが、ホントこれからどう
するつもりなんだろう。普天間飛行場の移設問題も迷走に時間を費やしている
が、ホントこれからどうするつもりなんだろう。国民を納得させられる答えが
出せるのだろうか。でも、こんなおもしろい事態が続くのは、日本という国に
とってとんでもなくヤバい(通常の意味の)ことである。おもしろいけど心配
の種は尽きない。ところで先日、平野官房長官は記者会見で「(北朝鮮は)六
カ国協議に復帰していただきたい」と言っていた。ばか…。    (柴田)

・Gmailの表示がおかしくなった。普段見ていたフォントと違うのだ。調べて
みたら、「Arial Unicode MS」というフォントで表示されているらしく、Font 
Bookで該当フォントの使用停止をしたら、元に戻った。このフォントは、
「51180文字(glyph)を表示でき、日本語はもちろん、ラテン語、キリル言語、
ギリシャ語、Shift JIS以外の漢字、韓国語、簡体字中国語、繁体字中国語、
タイ語の〜」とあって、文字化けさせないためにはいいんだろうけれど、
Gmailだとジャギってたの。               (hammer.mule)
< http://makotowatana.ld.infoseek.co.jp/font.html#Arial_Unicode_MS >
説明はここから
< http://www.dtp-booster.com/vol09/ >
次回は12/8。制作者のための「出力できるPDF」。

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発行   デジタルクリエイターズ < http://www.dgcr.com/ >

編集長     柴田忠男 < mailto:shibata@dgcr.com >
デスク     濱村和恵 < mailto:zacke@days-i.com >
アソシエーツ  神田敏晶 < mailto:kanda@knn.com >

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