2009/09/21
中国体験を総括すれば-3 (049)
お詫び: たいへん遅くなりました。 加齢とともに、パソコンの前に長居するのが苦痛になってきたことが、 遅れの原因になりました。 謹んでお詫び申し上げます。 さぶみごろう 「追われる日本、追いつく中国」 ━ 日本語教師のメガネを通して見る中国 ━ 中国体験を総括すれば-3 (049) 衣食で不便や不満を感じなかったか。 先ず衣についてだが、あまり困らない。 わたしが、服装にうるさい性格だったら違ったかも知れない。しかし、 世界一の繊維製品の輸出国に変わっただけに、着るものに不足はなく、 人民服を着た人々で埋まる映像からは想像できないのが現在の中国だ。 例えば、30人の学生が集まったグループで、同じデザインの服装を 見つけることはない。男子だけでも同じだ。ただ、中国独特の好みや 流行を採り入れてあり、日本人の目から見れば野暮ったい印象はある。 そして、輸出国とはいえ、国内向けの商品になると品質とデザインの 規格が緩いのだ。市内のウォルマートで買う下着も、縫い目のずれや 縫い忘れがある。買うときには、すみずみをチェックして選ばないと 後悔する。信用が厚いはずのウォルマートでも、中国人は買うときに チェックを怠らない。コストを抑えるため、厳しい日本的品質管理を 省略しているのだと思う。些事ながら、シャツの首の裏の縫い込みが、 肌をチクチク刺してむず痒いことがあった。フックも兼ねる布切れが、 不自然に隆起していたのが原因だ。昔であれば日本製にもあり得たが 最近はない。デザインか、検査の段階で欠陥として摘み取られるのだ。 日本国内とは違う品質の甘さが目についた。 欧米の有名ブランドの雑貨も多く出回っている。 ナイキからアディダス、サムソナイト、バーバリー、ノースフェース、 コロンビア、キプリングなどなど。中国国内で生産されているためか、 地方都市のデパートでも、専門店をオープンしている。商品の品数も 展示の工夫も、接客のマナーも申し分ない。しかし、客の姿は少なく、 ただのアンテナ・ショップの役割しか果たしていないようにも思える。 登山用品のノースフェースやコロンビアの場合は、愛好者がそれほど 多く育っていないことが大きいが、価格が日本で買うのと同じ水準に あることも原因だ。休日には、特価品が出ないかと思って冷やかしに 寄ったものだが、いつまでもつづく閑散振りが不思議でならなかった。 しかし、客がいないはずはない。富裕層が需要を担っているのだろう。 一方で、庶民は安手の商品か、拘りがあればニセモノ市場でニーズを 満たすことができる。需要に合わせた市場の二重構造が明らかにある。 わたしは、もっぱらウォルマート派だったが。 厳寒の2月、最初の日の授業を思い出す。 暖房がない教室で初めて学生と相対した。室内でも厚手の上着に身を 包んだままの彼らは、前述のように単一ではないが、日本の中学生を 思い出させるほど華やかでなく、没個性的な装いに驚かされたものだ。 男女とも、下は冬季も夏季もジーンズで通す。ジーンズの消費量では、 中国がアメリカを抜いていると確信させるほど高い利用度だ。しかも、 見たところ、女子学生はスッピンで髪型にもあまり気を遣っていない。 後日、彼女たちも、日本人に負けずオシャレに関心が深いことがよく 分かったが、低学年では、ほとんどがお化粧とは縁がない生活を送る。 学生生活にとって有害という健全なる暗黙の了解が、あるかのように。 しかし、高学年になるにつれ、化粧を薄く施す女子が少しずつ増える。 髪を薄茶に染めた学生を見ると、西洋かぶれの日本人の直伝かと疑う。 市中のデパートへ行けば、日本と同じように1階のフロアは化粧品の 売り場が占め、実演を競い合っている。テレビや雑誌で宣伝を派手に 打つから、財布に余裕がありさえすれば手が伸びるのもやむを得ない。 「メード・イン・ジャパン」の資生堂は、プレミアがつくとも聞いた。 いざオシャレとなると、日中に大きな差はない。 消費性向の変化の反映を目に驚いたことがある。 大学脇のスーパーの利用客は、圧倒的に学生が占めている。ある時期、 1階の店舗のレイアウトが大幅に変わった。化粧品を売るスペースが 広くなった上に、ゼロだった小間物の店が4、5軒も新しく出現した。 明らかに女子を当て込んだ造り。色とりどりのアクセサリーや部屋を 飾るかわいい置物など、実用性に遠いファンシー・グッズであふれる。 まるで日本のサンリオショップに踏み込んだ趣だ。テディ・ベアから キティーちゃんまで、贋作づくりで世界を悩ます中国だが、この種の 商品になると、今や世界の供給元として揺るぎない地位を築いている。 レイアウトの大変更は、消費の大きな変化を受け入れた証左と言えた。 CD店が消えていたが、パソコンのダウンロードが一般化した結果か。 実用を超えた新しい消費の広がりに適合した例だ。 この新しいレイアウトで気づいたことがあった。 日本なら、同業者間の競合防止のため、開業前にある種の出店調整を すると思われるのだが、ここでは、同じような店がドーンと出揃った。 オーナーは、来る者は拒まずの大らかな態度を貫いたものと思われる。 無秩序と思えるなかの活気は、こういう性根から生まれるのだろうか。 1年後も生き残っていたので、これには脱帽した。 このスーパーには、毎日のように通った。 2階の全フロアが、食品と日用雑貨の売り場だ。但し、肉や魚、野菜 などの生鮮食料品は、近くの体育館のように大きな建物の公設市場で 売られ、冬になるとイヌの肉もあると聞いた。自炊をしないわたしは 縁がなく、もっぱらスーパーのほうを利用した。昼と夜は学食へ通い、 カフェテリア形式で供される安い中華料理を学生に混じって食べるが、 朝のパン類や牛乳、粉コーヒー、果物は、このスーパーが頼りだった。 学生と宿所で楽しむ地場特産のビールや白酒、紹興酒、ワイン、菓子、 茶なども、ここで買うのを習慣にしていたから、大得意の客と言える。 レジ精算で、言葉が不要だったのも幸いした。 食のバラエティには、中国ならのものがある。 食パンも菓子パンも、種類豊富で日本のパンと遜色ない味と舌触りだ。 牛乳は2種類あり、保存期間が長くて保冷不要のものと「鮮牛乳」と 称するものがあった。鮮牛乳は日本のものと同種と思われ、冷蔵庫に 入れて愛用したが、製造日が近いにも拘らず、時々臭うものがあった。 ここは内陸部だけに消費量がまだ少なく、地場に生産拠点もないため、 遠路を運ぶ流通システムの不備によって鮮度が落ちたものと想像した。 沿海部とは違う意外な後進性が否めない。 飲料も種類が豊富で生活を潤してくれた。 水道水は飲用には適さないので、ミネラルウォーターが広く飲まれる。 炊事用はスーパーにはなく、専門業者によって大きな透明なタンクが 各家庭に配達され、なくなると取り替えを頼む。アジアでは一般的な 風景だが、日本では見られない独特のビジネスだ。コーヒーを楽しむ 習慣は、まだポピュラーではない。しかし、ビン入りインスタントは、 ネスカフェもマキシムもあった。白酒や茶は種類が多くて価格もさま ざまだ。中国ワインも種類が多くて驚いたが、滞在中に掘り出し物に 当たらなかったことが今も悔やまれる。1892年以来の生産を誇り、 ブランド名が「張祐」というブランデーは市価19元(約300円)、 JICA派遣教師で酒豪の同僚と試しに「カミュXO」と飲み比べた。 香りも喉越しも大差なかったが、まさかとは思う。 中国の食品には、どうしても不安を感じる。 「毒ギョウザ事件」は、日本が舞台になった。つづいて、中国では、 牛乳の「メラミン混入事件」で大騒ぎになったことも記憶に新しい。 公徳心や法整備が、日本レベルからは程遠いとの厳しい指摘がある。 しかし、2年半というもの、「中国人も食べている」ことを頼りに、 食のバラエティを大いに楽しみ、大きな問題もないままつつがなく 過ごすことができた。実は、食にまつわる諸問題は、中国人同僚や 学生が百も承知し、折々に防御策を伝授してくれ、それを尊重した。 「郷に入れば郷に従え」というのが大切だ。 前号と併せて衣食住体験を総括するとどうか。 乱暴な言い草だが、日本が歩んで来た道を、今の中国が歩んでいる。 そして、2008年の北京オリンピックと重ねる意図はないのだが、 東京オリンピックが行われた1994年頃が、ちょうど今の中国の 世相のように思う。その時代に学生だったわたしは、中国の学生を 教えながら物心両面の共通点を感じた。当時のわたしと同じように、 彼らも、卒業して数年すればクルマを持つようになると信じている。 例外は、政治的な関心と行動の発露に、光明がないことだけだろう。 つまり、1990年代の再体験だったのが、今回の中国生活だった。 いつか来た道、さほど窮屈には感じなかった。 さぶみごろう つづく


