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中国内陸の省都の大学に招かれて単身赴任、題材を「中国」に変更。「お客さまーっ!」とビザの申請者に叫ぶ麻布の中国領事部に先ず仰天(2006/02/26号)。伸び盛りで目が離せない中国の実相を内側から伝えます。著者の備忘録でもあります。

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2008/11/16

中国体験を総括すれば−1 (047)

「追われる日本、追いつく中国」

━ 日本語教師のメガネを通して見る中国 ━

中国体験を総括すれば−1 (047)

 中国へ行くについて、対日感情が心配だった。

 常識的には、良くないというのが正解だろう。
靖国や尖閣諸島など、日中で争う火種が絶えず、何かの拍子に中国で
燃え盛る。2004年、上海の日本領事館や日本料理店が、デモ隊に
よって投石されたりして被害を受けた。取締り当局が、そんな悪行を
傍観していたという報道もあった。内政への鬱憤を募る民が中国にも
少なくない。それを晴らすには、因縁ある日本が格好のターゲットに
なるのだ。サッカーの試合中継では、中国以外の国と対戦中の日本の
チームにブーイングを浴びせる観衆が写った。憎々しさ一杯の面相を
TVカメラに向けた女性を忘れることができない。日本人は、そんな
中国人の異常な振る舞いに、急に頭を打たれたように驚き、中国への
警戒感を深めた。とはいえ、日本人が、誘拐されて殺傷されるほどに
治安が乱れているわけではない。わたし自身は、突発的な反日活動に
遭遇することはあるとしても、身体に危険はないと納得して出かけた。
観光で訪れた経験からも、格別の不安はなかった。

 周囲から、行くなというアドバイスはなかった。
しかし、同期で入社し、入社以来のつき合いがつづく中国通の友人は、
わたしの赴任先が内陸部にあって日本へ飛ぶ空の直行便がないことを
知ると、万一の場合の脱出策を十分に考えておけ、と注意してくれた。
緊急事態には、日本の航空会社の直行便が通う最寄りの都市へ何とか
たどり着けば、無事に中国から離れることができるだろうと算段した。
彼自身は、日中間の火種が原因になるよりも、中国の内政上の衝突が
突発的に生まれ、国を挙げた内乱に発展する可能性を否定しなかった。
もう一度革命があっても不思議がないというのだ。

 とはいえ、体験から得た結果はどうだったのか。
2006年の2月から2年半、中国で実際に暮らした体験を踏まえて
答えれば、幸いなことに、「不快なことは一度もなかった」といえる。
もちろん、国内の治安状況についても、不安を感じることはなかった。
学生、大学の同僚、職員、省や市の役人、市中で会った人々、誰もが
わたしを日本人だと知った上で、意外に思うほど親切に接してくれた。
彼らの振る舞いから、好意を感じこそすれ、差別的に扱われた体験は
ない。学生たちに限ったことではあったが、靖国や歴史などについて
議論したこともあった。当然とはいえ、日本の非を遠慮がちに述べた。
彼らの日本語力では、核心を突くようなやり取りにはならないのだが、
わたしのほうも、突っ込んで反論することを意図的に避けた。極端に
公正さを欠き、情報不足に基づく知識と思われる部分は、やんわりと
訂正した。例えば、生粋の中国人のノーベル賞受賞者がいないことを
嘆く学生に、ダライ・ラマが「平和賞」の受賞者だと話すと仰天した。
彼らの立場では、亡命ダライ・ラマは純正の中国人ということになる。
バイアスがかかった情報を抱える彼らを笑えない。

 しかし、議論しながら安堵することも多かった。
彼らは悪い日本に詳しいが、良い日本についても豊富な知識を持って
いる。靖国と尖閣諸島などは、日本に非があるとの主張を繰り返すが、
日本の経済力や技術力の高さには一目置く。情報の全部にバイアスを
かけるのは難しい。「リッチで、安全で、清潔な日本」というような
プラス側の情報を、正確に知っているのだから意外に思う。日本語を
専攻する学生に限らず、その他の人々も日本に強い関心を持っている。
リップサービスとして聞き流すべきかも知れないが、大学内で親しく
なった職員の多くが、日本語の学習に一度ならず挑戦し、あきらめた
経験があると告白したものだ。日本語講座をラジオ放送で聞くことが
できたという。反日的な世相が支配的であれば、公共放送を利用する
敵性講座がご法度であって不思議はないと思うのだが、そうではない。
つまり、対日感情についていえば、プラス面とマイナス面を合わすと、
官民を問わず、日本を頭から否定したり嫌ったりする対立軸が消える。
日本を忌避する偏った閉鎖性は、隠れて見えない。

 わたしが意外に思ったのが、中国の「緩さ」だ。
というのも、半世紀以上も昔のことになったが、戦時下の日本の言論
統制の徹底振りは、目を見張るほど厳しかった。例外があったものの、
敵対していた英米の常用語であった英語の教育を全国的に中止したし、
当時のマスメディアへの検閲も厳格を極め、国家に不利なニュースは、
迷うことなく削除させて葬った。同様に、言論の自由や表現の自由が
ないのが、今の中国といわれる。しかし、実は、日本のそんな時代と
重ねることに大きな間違いがあることに気づく。つまり、緩さの点で
当時の日本の公安当局とは大違いなのが現代の中国というべきだろう。
上に政策あれば、下に対策あり、とはよくいうが、中国の実務面での
言論や表現の「不自由」が、尻抜けかと疑うほど厳格さに欠けるのだ。
日本の窮屈だった時代と重ねるのは、公平でない。

 何が中国人の対日感情をプラス側に傾けたのか。
中国人の間で暮らすようになったわたしにとって大きな関心事だった。
抗日とか、反日とか、嫌日とか、日本人が身構える威勢の良さがない。
それより、中国人の日本へ示す強い親近感が印象に残るばかりだった。
学生たちから聞いて分かったことは、日本のアニメや漫画、映画など、
TVを通して毎日のように見ながら育ったという。物心がつき始めた
頃には、家にTVがあり、夕方に始まる幼児番組を楽しみに待った由。
「ドラえもん」は、現在でもTVの人気番組だ。主題歌から台詞まで
完全な吹き替えだが、画面は、畳部屋や看板が出たりするオリジナル
そのものだ。連続TVドラマ「おしん」も一世を風靡した作品だった。
学生の卒論によると、中国で1978年公開の映画「君よ憤怒の河を
渉れ」も大ブレークした。高倉健の熱烈なファンが中国に多くいるが、
10億人の中国人が見たというから影響が大きい。同学生の指摘では、
当時の中国にはまだ優れたコンテンツがなく、穴を埋める形で日本の
作品が大量に輸入され、TVの幼児番組にその傾向が強かったという。
学生に日本の作品だという認識があったかと聞くと、あったと答えた。
主題歌が、中国語でないこともあったし、風景や家の造作などを見て
中国でなく、外国だと分かり、やがて日本の作品だと分かったそうだ。
バスターミナルで「欽ちゃんの仮装大賞」を大画面で見たことがある。
見た瞬間にパクリかと疑ったが本物を流していた。中国で暮らす老若
男女とも、非政治的な空間のお茶の間から日本文化が知らぬ間に浸透、
日常生活の身近な存在として彼らに宿ったといっても大袈裟ではない。
アニメや漫画、映画などは、有力な文化大使だ。

 中国体験を総括すれば、心配は杞憂に終わった。
日本の文化輸出が、中国のニーズを満たす一方、対日感情をプラスに
動かす役目を少なからず果たした。靖国や尖閣諸島などは頭から消え
ないが、日本発のコンテンツの浸透が日本人との立ち位置を近くした。
逆に、中国への開放性に欠け、わが道を行く日本、日本の対中感情が、
彼らに近寄る術がなく、距離を置いたままマイナス方向へ走ることに
ならないか、心配でもある。欧米優先の古い縛りからも抜けられない。
日中関係には、日本側により大きい課題がありそうだ。

さぶみごろう

つづく
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