2008/07/05
中国人から聞く訪日の印象 (041)
「追われる日本、追いつく中国」 ━ 日本語教師のメガネを通して見る中国 ━ 中国人から聞く訪日の印象 (041) 日本へ行った経験がある中国人によく出会う。 出張、留学、研修など、経験はいろいろだ。 彼らに会うと、日本の印象を聞きたい衝動に駆られる。留学や研修は 長期になるが、出張だとせいぜい1、2週間と短期の滞在でしかない。 そして、初めての人ほど新鮮な感想を持つ。ところが、日本へ行った 経験者のほとんどが、「きれいだった」と異口同音に答えるから驚く。 英語で聞いた場合でも、「クリーン」という単語が答の中に出てくる。 ほめ言葉だろうと理解し、それ以上に根掘り葉掘り聞くのは遠慮する。 つまり、何がどうきれいだったのか、分からない。 中国のトイレは、昔から評判が悪い典型だろう。 ドアもなければ仕切りもなく、1本の溝に沿って並んで排便するなど、 プライバシーがゼロのトイレが多くあり、清潔感に乏しいのも理由だ。 最近は少なくなったが、田舎のレストランやガソリン・スタンドでは、 普通のスタイルといえる。日本人なら、遠慮するに越したことはない。 これは、中国伝来の生活習慣に根差した中国人にとって当然の方法だ。 ということは、日本の「きれい」の象徴かも知れないシャワーつきの トイレを、仮に彼らが使ってみたからといって感動するとは限らない。 彼らが「きれい」という価値の基準は、あくまでも中国的観点からだ。 日本人のわたしとは根本的に違って不思議はない。 とはいえ、彼らの印象を少なからず理解できる。 両国を何度か往復するうちに、日中の違いの大きさが見えてくるのだ。 中国の普通の風景の中にある雑然さや大雑把さとは違う、整然として 細やかな「まとまり」を日本に発見する。視覚的なものばかりでなく、 日本人の一般的な生活風習にも目が行き、「きれい」さが見えてくる。 例えば、省都の中の1つのこの大都市に住んでいて気づくことがある。 全体のたたずまいは、日本に比べて大きく変わらないと思うが、何と なく大雑把で薄汚れた感じがする。建物の外装のデザインには好んで 突起が採用され、メンテナンスが十分でないためか、老朽化が目立つ。 日本のよく手入れされ、箱庭的にまとまったたたずまいとは違うのだ。 日常的に世話になる空気や水も、日本ほどの純度を感じることがない。 東北ほどひどくはないが、室内に日本の比ではないほど砂埃が溜まる。 水道水は飲用にしないとはいえ、バケツに溜めるとヌメリが発生する。 きれいさにおいて、日本とは大いに勝手が違う。 歩道が雑然としてユーザーフレンドリーでない。 これは驚きの1つだが、道路沿いにはゴミ箱が日本以上に多く置かれ、 主要な道路になると、朝早くから清掃を欠かさずやっていてきれいだ。 ゴミを道路の上に捨てる人が多いが、拾う体制もしっかりできている。 さらなる驚きは、盲人用の点字ブロックが広く採用されていることだ。 郊外の舗装道路の脇にある歩道にも、これが一列にはめ込まれている。 ところが、歩道の敷石を割れたまま直さず、路面の谷間のあちこちに 水溜りができていたりするから歩き難い。歩道沿いに終端まで行くと、 極端な段差があり、用心しないと足をくじいてしまう。自転車などが 真ん中に置かれ、歩行の障害にもなっている。恐らく、歩行者のこと など眼中になく、どこに置こうが問題ないのだ。クルマも歩道に乗り 上げたまま、歩行者が避けて通ることが多い。点字ブロックが各所に 設置されていても、盲人たちは余計な障害物に悩まされることになる。 設計と施工の時点で配慮が足りないし、メンテナンスの悪さも目立つ。 さらに、他人に迷惑をかけないという最低の公徳心が守られていない。 ハードとソフトの不整合が、雑然さを際立たせる。 それ以上に、建物の内装のずさんな仕上げに驚く。 新装のレストラン、床の上にこぼした塗料や接着剤が付着したままだ。 とくに、壁際の汚れが目立って印象がよくない。日本なら、施主から 工事のやり直しを命じられてもおかしくないような汚れが残っている。 わたしの居宅の風呂にあるタイルも、取れない汚れが付着したままだ。 精緻な工芸品を多く産出してきた中国とは思えないお粗末さを感じる。 見かけに気を使わないのが現代中国流としても、何とも理解に苦しむ。 美的観念が欠落し、大雑把さばかりが目立つのだ。 中国の名誉のためにいえば、照明の暗さも大きい。 近代化されたデパートやコンビニなどは明るいが、市中の個人商店に なると、蛍光灯1本だけで営業しているところが多い。昼間の時間に 道路側から内部を見ると、薄気味悪さを感じて入る気にさえならない。 照明の暗さは、きれいさを消す効果しか生まない。 公共バスやタクシーも、きれいとはいえない。 北京オリンピックを控えた大都市では、新車がふんだんに採用された。 しかし、ここは内陸部の省都、公共バスやタクシーはポンコツ寸前の ものが多い。きれいでない理由には、車体が古いことも影響している。 しかも、肝心のメンテナンスに力を入れていない。バスで気づくのは、 どのバスのフロントガラスも亀裂が入り、針金で吊ったにわか造りの カーテンも、せっかくだが汚れがひどい。プラスチック製のゴミ箱が 降り口に置いてはあるが、平然と床にゴミを捨てる乗客が少なくない。 古さとモラルの低さも、きれいさを損なうに十分だ。 日本のきれいさは、そんな違いが貢献している。 先天的な国民性のみならず、多分に、後天的な貧富やインフラの差も 大きく関わる。北京オリンピックの開催を控えた中国、先進国入りの 重要な節目を迎えた。しかし、わたしが「中国がきれいになった」と 答えるには、もっと時間が必要だ。一方、中国の変化は急スピードだ。 わたしの残された寿命との競争になってきた。 さぶみごろう つづく


