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中国内陸の省都の大学に招かれて単身赴任、題材を「中国」に変更。「お客さまーっ!」とビザの申請者に叫ぶ麻布の中国領事部に先ず仰天(2006/02/26号)。伸び盛りで目が離せない中国の実相を内側から伝えます。著者の備忘録でもあります。

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2008/04/09

中国学生の意識にある日本 (037)

「追われる日本、追いつく中国」

━ 日本語教師のメガネを通して見る中国 ━

中国学生の意識にある日本 (037)

 中国の大学生は、日本をどう見ているのか。

 積み残しの問題が多い日中関係だけに気になる。
日本語を専攻する学生には、日本語作文やスピーチのコンテストへの
参加の誘いがある。だいたい中国国内の大学や日中の友好団体などの
主催によるものだが、直接的な表現を使わない場合でも、「日中間の
友好促進」に通じるテーマを取り上げる例が多い。いわば定番のお題、
もう食傷気味なのだが、日中の関係者の間では外せないテーマなのだ。
隣国同士という宿命の地理的環境のもと、日中間に横たわる「氷」が、
割れもせず、融けもしていないことを正直に反映しているからだろう。
しかし、主催者側も早く卒業したいと密かに願っているのか、最近は、
環境問題なども並行して取り上げ、参加者が2つの題から1つを選ぶ
選択式のコンテストもある。過去に出尽くした感のある「民間」とか、
「草の根」交流とかの古い論理を焼き直すような苦労が少なくなった。
選択肢が増えた分、参加者の層も広がるなら喜ばしい。

 中国学生の決まり文句は「一衣帯水」というもの。
つまり、彼らが日中について語るとき、必ずといっていいくらい持ち
出して地理的な近さを強調する。しかし、文化的、社会的な親密度を
印象づけるものではない。ましてや、政治に関わるシステムは大きく
異なり、過去の歴史問題も頭を持ち上げるのでいろいろな障害を生む。
地理的な近さに反比例するかのように、日中関係は複雑さを内包する。
一衣帯水とは、望まずとも対立の構図も意識させる。

 先日、日本語学部の1年生が、ある栄誉に輝いた。
全学で「魅力女生(魅力ある女子学生)」を選ぶコンテストが行われ、
1年生女子3名がチームを組んで出場したところ、見事3位になった。
決勝の日に誘われて見学したところ、出場者は歌や踊りなどの得意の
隠し芸を披露し、難しいクイズもあって知性も問われる。グループや
個人で参加するなどいろいろだ。われらが「日語専攻女生」は、何と
茶道の実演を織り込んだ寸劇を披露、100組もいたという出場者を
尻目に勝ち抜き、決勝で3位という栄冠を得た。この寸劇は、日本の
茶道をステージ上で紹介するもので、お茶を立てる役は日本の浴衣を
着用、飲み役や説明役とのチームワークのよさも評価された。笑って
しまったのは、浴衣を着た学生が日傘を差して静々と現われたことだ。
小机の前に座ると、おもむろにシャカシャカとお茶を立て、飲み役が
控える場所まで立って移動、座って茶碗を置くと、菓子を食べ終えた
飲み役は、作法に従ってお茶を飲んだ。そんな一連の動きを説明役が
1000人はいる観客に逐一伝え、飲み終わったところで寸劇は終了。
観客席のクラスメートも、「加油!」と大声援を送った。

 この寸劇を見ながら、大げさと思いつつ日中を考えた。
説明を聞き、浴衣を見た観客は、日本を正面から意識させられたはず。
そのとき、出場した学生や観客たちにとって、日本とは何だったのか。
栄冠を得た裏で、日本オリジナルが、何か特別に貢献したのだろうか。
同僚だったJICA隊員が任務を終えて去った今、日本人は1人のみ、
わたしという日本人が会場に紛れていることを、わたしの学生以外は
知らない。もし、知ったなら、少しは変わった結果になっただろうか。
否、ことさら意識されることもなく、変化もなく進行したに違いない。
少なくとも、日本人の間で強い記憶として残る中国で数年前に起きた
反日デモを思い起こすと、この平和な風景が不思議に思えてしまった。
対立の構図、それは彼らの忘却の彼方なのかも知れない。

 英語でよく話しかけてくる経済専攻の学生がいた。
「歴史」には厳しい意見をはく。一方、日本経済の戦後の復興過程を
高く評価、あるときは、日本のODA(対中支援)にも触れ、高額に
驚いたと興奮気味に話した。ダンマリを好む中国当局だが、その種の
データが公になっているものらしい。彼が就活のために北京へ去る日、
冬休みの帰国で不在中のわたし宛てに1冊の中国の本を届けてくれた。
題は「寛容と正義」、戦中戦後の日中間で撮られた315枚の白黒の
写真を載せ、各々に中国語の短い解説がつけてある。彼は、グラビア
仕立てだから、中国語ができないわたしでも内容がよく分かるだろう、
とメールで伝えてきた。そして、日本人の苦労の様子もよく分かるが、
理不尽に受けた中国人の痛みも、分かってほしいと書き添えてあった。
日本軍の中国での残慮行為を示すものや原爆投下直後の広島の焼け跡、
厚木に降り立つマッカーサー、発展を象徴する上海の浦東の風景など、
すべてランダムに載せ、日中の災いの歴史を概括的に収録したものだ。
315枚目の写真には、2004年のオリンピックで活躍した中国の
メダリストたちの笑顔の写真、「西方よりもっと高い文明」を目指す
という中国の心意気を示していた。日本人として見れば、後味が悪い
写真も多い。寛容と正義、日中の不幸な歴史を総括したものといえる。
彼が贈ってくれた理由も、そこにあったはずだ。

 中国学生には、対立を中日の象徴とする意識は弱い。
つまり、日本人がことさら外国人、なかんずく中国人に抱く違和感や
警戒感ほどには、中国学生は、日本を厳しく捉えていないように思う。
しかし、悠揚とした学生たちも、政治の話題は一歩も譲ることがない。
とはいえ、官製の少ない情報に縛られているため、日本を知れば知る
ほど、世界を知れば知るほど、相手との遠い距離に驚く。政治面での
順応性に乏しいだけに、ウルトラ愛国になるか、黙り込むか、最後は
自身を疑うしかない。インターネットは、その迷いを増幅させている。
好感を持って日本を受け入れている彼らの迷いに、どう対処すべきか。
アンタッチャブルでよいものか、教師の悩みは深い。

さぶみごろう

つづく
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