中国で見る「追われる日本、追いつく中国」
「追われる日本、追いつく中国」
━ 日本語教師のメガネを通して見る中国 ━
中国の北京オリンピック熱 (034)
今年、北京で第29回目のオリンピックが開かれる。
夏季オリンピックとしてはアジア地区で3回目という。
1964年の東京、1988年のソウル(韓国)大会につづくものだ。
子供の頃、「勝敗を争うのでなく参加することに意義がある」という
オリンピック精神を何度も聞かされて「なるほど」と納得させられた。
しかし、ことが国家に及ぶと意味合いが異なる。とくに中国のような
開発途上国は、開催権を得ることのメリットが大きい。国内に与える
経済的利益だけでなく、対外的な国威発揚の場として利用価値が高い。
その意味では、ヒトラー政権下のベルリン・オリンピックがもっとも
悪名が高い。1936年のドイツ、第11回の大会での話だ。つづく
1940年、第12回は東京が予定された。日本も国を挙げて準備に
かかっていたが、「幻の東京オリンピック」になった。不幸なことに
日中戦争が拡大の一途を辿る。国際世論の対日非難が急速に高まるや、
不参加を表明する国が相次ぎ、返上やむなしと日本が決断したからだ。
オリンピックとは、国際世論を敵にできないスポーツの祭典と分かる。
1964年の東京大会は、名誉回復への悲願でもあった。
北京開催は、国際世論が中国を認知した証明といえる。
大阪を含む海外の有力な都市との激しい誘致合戦に勝利し、開催権を
手に入れた。争って負けた大阪のショックは少なくなかったと思うが、
いいにつけ悪いにつけ現在の中国が全世界に与える存在感と、同国で
初めての開催という好条件を持つ北京と比べれば、大阪は不幸な巡り
合わせからの敗退だったと思う。かつて、名古屋も手を挙げたことが
あった。この時はソウルに完敗した。敗退の翌日、たまたま名古屋に
出張した。前日の夜、勝利を確信していた市当局は、ホテルで盛大な
祝賀パーティーを行うべく待機し、テレビの中継も入れて今か今かと
待っていたところに敗退したとの意外な知らせ、場は一瞬にして白け、
見るも哀れな光景だったと、訪ねた客先で聞かされたことを思い出す。
この国際舞台での苦労の体験が、教訓として引き継がれたのだろうか、
1998年に行われた長野の冬季オリンピックは、大成功で終わった
大会だが、誘致過程で使われたと推測される多額な不明金が見つかり、
その証拠書類が、早々に焼却されていたことも知れて大騒ぎになった。
カネが票を動かす国際舞台の裏の現実を否応なく見せた。
東京が2016年の夏季大会に向け立候補している。
半世紀を経て、再び開催しようとの意気込みだ。日本以外のアジアの
国々に、ソウルや北京につづく有力な都市がないというのも寂しいが、
名古屋や大阪の経験とは違い、共食いにならないとすれば幸いだろう。
予断を許さないが、半世紀振りの祭典も捨てたものでない。
北京大会は、ソウルから数えて20年目になるという。
名実ともに世界の大国になろうとしている中国だけに、遅きに失した
といってもおかしくない。2010年の上海万博も控えた中国政府は、
「5千年の歴史」にもなかった全世界を一度に相手にする祭典を前に
準備に怠りない。しかし、北京での深刻な水不足や大気汚染の問題が
TVで報じられる。インフラの整備では、強権を発動して住民に立ち
向かったのはよいが、彼らの強い抵抗を誘い、従来ならば表沙汰には
ならなかったような官と民の対立関係が、足もとのメディアにも取り
上げられ、常々監視を怠らない海外のメディアにも短い時間に伝わる。
中国といえども、オリンピック開催には、国威の発揚や経済的利益と
引き換えに、西側が発する体制への干渉や批判のリスクを負う覚悟を
固めていたはずだ。現政府には、それに耐える自信があったのだろう。
外の攻勢にも、内の動揺にも、たじろがない構えだ。
北京から遠い省都でのオリンピック熱はどうか。
北京から約1300キロ、夜行列車で13時間もかかる遠い距離だが、
TVや新聞には5匹のマスコット人形が登場し、空港や競技場などの
インフラの整備状況がニュースとなり、市場では、ビールなどの協賛
企業の商品にシンボルマークが印刷され、それらしい雰囲気を感じる。
市内で、開催まで残り何日と表示したディスプレーを見た覚えもある。
日本語専攻の学生宛てには、日本語通訳のボランティアの募集があり、
中国人の同僚教師が試験官に任じられ、市内の志望者相手に面接した。
わたし自身は、パンダをマスコット化して織り込んだソファを買った。
居宅にやって来る学生たちが、奪い合いで膝に抱え、離そうとしない。
当然、ニセモノが出回ってもおかしくないが、その存在は定かでない。
北京との距離が災いしてか、大会の入場券を買った人物に会うことも
ない。何れにしても、ホテル代が5倍とか、10倍とか、期間中だけ
跳ね上がるという悪い情報が広く一人歩きし、今ひとつ熱く燃えない。
北京では、バスに乗るマナーが変わったともいう。しかし、ここでは、
相も変わらず乗客がダンゴ状態で乗降口に集まり、お互いに当たらず
触らず、身をかわしながらわれ先にステップを登る。わたしは、相も
変わらず終わりを見届けてからステップへと向かうという繰り返しだ。
マナー改善への波及効果は、絶望的といえるほど希薄だ。
しかし、競技が始まれば熱の入りようが簡単に一変する。
静かに流れつづける大河を変えるエネルギーが、マグマのようにある。
北京大会の見所は、何といっても米中で争うメダルの獲得競争だろう。
前回のアテネ大会は、米国103、ロシア92、中国63という順で、
中国は3位だった(日本は37個、オーストラリア、ドイツに次いで
6位)。当局が否定するとはいえ、コーチ陣や選手たちは、トップを
狙う準備に怠りない。56族からなる13億人もの民の集団、上から
「右向け右」と号令しても、容易に動かない人々であることは間違い
ないが、個人の富と名誉に関わるとなると事情が一変する。トップに
なるためのニンジンが、国からも十分に用意されていて不思議はない。
米国か、開催国か、メダル争いに賭ける中国観衆の反応も興味津々だ。
余計なお節介とは分かるが、実は、わたしには、中国人の「国」への
本質的な意識が読み取れない。中国人は、国をどう評価しているのか。
国というものの存在や恩恵が、どのような意味づけを持っているのか。
意識の中で個人と国がどう重なるのか、重ならないのかということだ。
オリンピック熱が過熱して頂点に達した時、本質が見える期待がある。
中国の「参加」が、わたしにとっても有意義になる期待だ。
さぶみごろう
つづく


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