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中国内陸の省都の大学に招かれて単身赴任、題材を「中国」に変更。「お客さまーっ!」とビザの申請者に叫ぶ麻布の中国領事部に先ず仰天(2006/02/26号)。伸び盛りで目が離せない中国の実相を内側から伝えます。著者の備忘録でもあります。

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2007/12/03

中国の大学3年が書く世相 (032)

「追われる日本、追いつく中国」

━ 日本語教師のメガネを通して見る中国 ━

中国の大学3年が書く世相 (032)

 大学3年生の作文の授業を受け持っている。

 作文から生活や思考の裏側が分かって面白い。
わたしにとってお気に入りの授業だ。以前、添削の作業中、あまりの
面白さに姿勢を崩したまま読みつづけ、立とうとしたところで激痛が
腰に走り、あわてて全身の力を抜き、危うく難を逃れたことがあった。
作文の題は、前の週の授業の中でわたしが予告する習慣になっている。
それに反対する学生はいない。学生に提案させようと強く誘うのだが、
中国の学生の特徴なのだろうか、反応がない。もともと中国の教育と
いうのは、学生の自主性を引き出すよりは、教師が全体を仕切るやや
押しつけ的な慣行があるように見受けられ、それの影響かも知れない。
共産党(マルクス)思想の授業などでは、思考の回路を断つがごとく
丸暗記させるらしく、学生たちの人気がよくない。

 作文で取り上げる題は、生活に即したものが多い。
一方、中国の大学や内外の諸団体が催す作文やスピーチコンテストは、
日中間の「友好」や「協力」に関わる題が定番で、戦後60年以上も
経つのに「またかいな」と気分が消沈する。しかし、ここの授業では、
「日本語を志す後輩へのアドバイス」「10年後の私」「私の故郷」
「ケータイの功罪」「テレビと私」「私のストレス解消法」などなど。
高校まで鍛えられているためか、日本語の難しさを忘れて自在に書く。
題材はいくらでもあるので、政治に関わるシリアスなものは出さない。
たまに「秋の終りに思うこと」などの変化球も投げる。

 3年生は、毎年12月前にストレスが最高になる。
日語学科の学生が合格を目指す「日本語能力試験」が行われるからだ。
難易度が最高の1級から4級まで分けられ、12月の最初の日曜日に
全世界で実施される。海外は海外協力基金の各国の出先機関が担当し、
昨年の受験者総数は、全世界で35万人余、認定者の数は13万人余。
彼らが受ける最難関の1級は、漢字2千字、語彙1万語、学習時間は
900時間がめど。文字・語彙・聴解・読解・文法とあり、400点
満点の70%(280点)以上を取れば認定される。1級ともなると
日本の大学生でさえ、高得点が危ういかも知れない。

 「私のストレス解消法」は、そんな最中に書かせた。
書かせることで、彼らのストレスが少しでも解消できればよいという
願いもあった。かえって、寝た子が起きて逆効果だったかも知れない。
隠れて思いっきり泣く、親と長電話する、ケンタッキーとかマックで
思いっきり食べる、ショッピングする、一人で散歩する、バスケット
コートでシュートをつづけ、疲れを利用してぐっすり寝る、などなど。
われら日本人と何ら変わらない工夫があって面白い。

 前にも書いたが、複数から1つを選ばせる場合もある。
最近、「私の科学的発展観」と「私の金銭感覚」の2つから選ばせた。
「国家」と「個人」という対象の違いはあるが、2つの本質は重なる。
科学的発展観(中国語では「科学発展観」)とは、10月の全人代で
胡錦濤総書記が新たに提示した新指導思想だ。中国人から叱られるに
違いないが、よくぞ提言したといいたい。わたしなりに解釈するなら、
「発展は発展でも効率よい発展をやれ」ということに尽きる。中国の
巷で見る風景は、「もったいない」という観念が薄い。ムリ・ムダ・
ムラ(3M)のオンパレードだ。建築でいえば、2階正面玄関へ登る
大きな階段や曲線や突起が豊富な構築物など、先々のメンテナンスの
煩わしさを顧みない過剰設計が各所に目立つ。中国の科学的発展観は、
このようないかにも大陸的な非効率性への警鐘として出されたと思う。
2つの題は、何れも3Mと関わりなしには書けない。

以下引用

 結果は、学生全員が「私の金銭感覚」を選んだ。
科学的発展観なんてものは北京に任せとけ、ということか、それとも、
日本語だから、身近で易しい話題でなければ書けない、ということか。
しかも、金銭感覚どころか「金銭観」といった主旨に変わり、自己の
浪費癖を明かしたりする告白ものがなく、もくろみが外れた。恐らく、
もう一つの科学的発展観と対比させながら、金銭観を書いたのだろう。
私事を避けて原理原則を書いた学生たちは、たいへん賢い。

 提出された中のもっとも短い作文をここに載せよう。
本文中には、やや不自然な表現や説明不足があるが、そのままにした。
可も不可もない作文ながら、現代中国の世相に鮮やかに反応している。
飽食暖衣を肯定するも、警鐘を鳴らすことも忘れない。

 「お金は万能でないが、なくては絶対に困る」と中国人はよく言う。
 日進月歩の経済成長を遂げていく中国の今では、人々の金銭観念も
大きく変わってきた。苦難が伴った貧しい日々から急速的に豊かな
生活に飛び込んで幸せの極みだ。
 ところが、物質の欲望も、そのように急に満足されるうちに
無限膨大になってしまった。もっと大きなマンションがほしい、
もっと高級な車がほしいなど、もう必需品なんて遠く越えて
贅沢にもなってしまった。大人はおろか、若者も贅沢品を要求し、
見せびらかしてばかりいる。
 やはり、過高速化の発展も人々の歪みのある金銭観念をもたらした。
 私は、飽食暖衣の上に適当な追及をして、もっと有意義なところに
お金を使うのがいいと考えている。

以上引用

 他に、横行する不正な蓄財を糾弾するものもいた。
貧富が拡大する中で、弱者を救済する仕事をしたいというものもいた。
これまで書かせた多くの作文を読むと、学生たちの思考回路は意外に
柔軟で、わたしが何となく持っている中国人像を打ち消すものが多い。
そして、彼らの生活や思考の裏側が、わたしの学生時代と妙に重なる。
東京オリンピック(1964年)前後に送ったわたしの学生時代とだ。
その時代、日本も高度成長期をひた走っていた。

さぶみごろう

つづく

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