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中国内陸の省都の大学に招かれて単身赴任、題材を「中国」に変更。「お客さまーっ!」とビザの申請者に叫ぶ麻布の中国領事部に先ず仰天(2006/02/26号)。伸び盛りで目が離せない中国の実相を内側から伝えます。著者の備忘録でもあります。

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2007/11/12

中国で教える同僚の外国人 (031)

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「追われる日本、追いつく中国」

━ 日本語教師のメガネを通して見る中国 ━

中国で教える同僚の外国人 (031)

 この大学にも10数人の外国人がいる。

 英語やMBAコース担当の老師たちだ。
わたしに限ったことでもなさそうだが、日本人は、とかく自己紹介の
場で、聞かれもしないのに日本人であることを告げたがる傾向がある。
裏を返すと、相手が外国人であれば、出身国を聞いておきたいという
日本人特有の好奇心が頭をもたげてしまうことにある。にも拘わらず、
ここにいる雇われ外国人たちは、初対面でも互いに出身国をいわない。
単に名前を伝え合うだけだから、わたしなどは物足りない気分になる。
群れたがる弱き性向の日本人とは違い、独立心が旺盛なためだろうか。
やがて彼らの出身国が分かってくるのだが、それは親しく話すように
なってからのことだ。例えば、同乗したクルマの中で「中国のように
警笛をのべつ幕なしに鳴らすと、オーストラリアでは規則違反になる、
お前の国はどうだ」などと聞かれて察しがつく。

 同じ外人村に暮らすので、頻繁に顔を合わせる。
北からカナダ、アメリカ、日本、韓国、フィリピン、オーストラリア、
ニュージーランドなどと多彩。日本は、わたしとJICA派遣の2人。
最近はガーナ人が加わった。中国政府の活発な対アフリカ接近策にも
拘わらず、ここで黒人は珍しい。いっしょに歩いていると学生たちの
視線が彼に向かって集中するのがよく分かる。

 韓国人は会計学の客員教授、1年間の契約という。
彼の場合は、時給800元(12000円)というから破格の待遇だ。
日本の大学でも教えたことがあり、そのせいか、正確、そして丁寧な
日本語を話し、しかも実に流暢だ。中国語初心者というが、6ヶ月も
すれば日常の会話程度ならマスターできるだろう、と驚くこともいう。
先日の土曜の朝、大学が毎週用意する買い物バスに彼と同乗、成果を
聞くと、この2ヶ月間でテレビのドラマの字幕から約50%の意味が
理解できるようになった由。中国の多くのテレビドラマは字幕つきだ。
中国語学習にはこれを利用しない手はない、と彼によって教えられた。
彼の世代までは、ハングルだけでなく、幸い漢字も習ったのだそうだ。
さすがは学者、学ぶ集中力が並外れているのだろうが、わたしの住む
建物の対面にある棟の3階の彼の書斎は、毎朝5時には明かりがつく。
努力と無縁のわたしも、これには目を覚まされる。

 フィリピンのN嬢は、日本へ鞍替えする構えだ。
今年の冬、日本にいる彼女の同朋からの招へいで初めて日本へ渡った。
観光ビザ入手のため、わたしも頼まれるままに、日本でトンズラする
恐れはなかろうと見て身元保証人になってあげた。しかし、わたしを
裏づける添付書類は、わたしのパスポートのコピーだけ、署名しては
おいたが、気休め的な代物ではあった。大学の雇用証明書なども提出、
難攻不落と評判の日本領事館も、予想外に簡単に観光ビザを発行した。
初訪問を果した彼女は、中国とは大違いの高い物価に仰天していたが、
すっかり日本が気に入って夏休みにも再び行った。何れ日本へ移って
英語教師をつづけたい、という希望を持っている。

 中国にとりわけ厳しい目の外国人老師もいる。
ビジネスマン時代に、商用で度々訪日したというニュージーランド人、
どうしたものか、わたしを相手に中国を辛らつに批判することが多い。
同じアジアとはいえ日本と比べれば、ひいき目に見てもアラが目立ち、
わたしに同意を求めたいのだろう。人とクルマの交通マナーの悪さや、
滅多に経験しないことだが、タクシーの運ちゃんの悪質なボッタクリ、
外国人と見ればメーターを倒さなかったり、隙を見て平然と目的地と
逆の方向へ走る、「公安」と書かれたパトカーに家族と思しき一家が
楽しげに同乗する、ナンバープレートをつけないクルマが堂々と走る、
などの先進国の規範とは異質の不思議世界が、目の前で繰り返される。
キャンパスにある狭い歩道の中央部に点々と植樹したのはよかったが、
歩行する学生たちは、その街路樹が妨げになるのでやむを得ず車道を
ぞろぞろと歩き、そこを通るスクールバスが、学生たちに容赦もなく
警笛を浴びせるなどという光景は、彼がもっとも好むネタモトになる。
万事に辛らつな彼だが、昨年末、地元に新設されたホテルの中国人の
女性幹部と結婚した。先日、あるパーティーの帰り、奥さんも交えて
そのホテルのバーで飲んだ。日本事情に通じた物腰の柔らかい女性で、
高い知性をうかがわせた。彼のほうは、この夏、先妻との間の長女が
結婚するので一時帰国した。彼がしみじみというには、その時、彼に
とって、中国が「第二の故郷」になったことをはっきり悟ったそうだ。
新しく良縁を得たことも、悟りの大きな理由だったことは間違いない。
中国への愛あってこそ、舌鋒が鋭かったのだろう。

 中国での、外国人への評価や期待はどうなのか。
10月の国慶節(建国記念日)になると、外国人功労者が表彰される。
今年、大学の外事処の指名で省主催の表彰式に参列した。招待状には
正装で来いとあり、式場では20人の「フォーリンエキスパーツ」が
省書記などと上座を占め、式典では省書記が感謝の盾を各人に渡した。
その中には日本人も4人いて、同国人として誇らしい気分になったが、
会ったこともない人ばかりで、挨拶をしそびれた。ビジネス界の現役
2人と老師の2人という配分だった。市内の日中合作会社で8年間も
副総理をつづけるN氏は、数年前にこの表彰を受け、後年には北京の
中央政府からも表彰された。人民大会堂の式典に50人が夫婦で出席、
国家主席が、「国家友誼賞」という金メダルを手づから与えたそうだ。
滞在した1週間というもの観劇や観光づくめ、昼夜を分けない濃厚な
ホスピタリティに、夫婦そろって感激した、と思い出を語ってくれた。
功労には、熱烈に報いようという姿勢が見える。

 わたしは、2年経ったら帰るつもりでここへ来た。
3ヶ月を残した今、まだまだやり足りない気がしてならない。この間、
2回の夏と1回の冬の休暇があり、約5ヶ月間は日本で過ごしたので、
実質の中国滞在が意外に短いのだ。公私を超えて交流してきた学生や
同僚がくれる評価の高低だけでなく、高齢のことも考える必要がある。
雇われ外国人として、きれいな退け際をつくりたい。

さぶみごろう

つづく

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