2005/12/29
快適通信 No.00010 05.12.29
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 快 適 通 信 No.00010 05.12.29 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ Contents=================================================================== ■◇■ ホノルルマラソン ■□■ ヒーリング・ライティング 〜 ライフデザインの節目 ■□■ 瞑想会 ■□■ 世界にその名をとどろかす人を創るセミナー ヒーリング・ライティング〜めぐり逢いのコラボレーション =========================================================================== ■◇■ ホノルルマラソン 1999年からジョギングを始めて2001年のホノルルマラソンに参加するつもりだった。 しかし、911が起きてしばらくホノルルマラソンに行くことはひかえていた。もうい い加減に行かないとと思っていたら西一(にしはじめ)さんと出会い一緒にホノルル マラソンに行くことになった。 西一さんはつい最近までギネス記録を持っていた。七大陸でおこなわれる任意のフ ルマラソンに最短期間で完走したという記録だ。それが最近破られたという。もと もと西さんはギネス記録にそのようなカテゴリーがなかったのを、いろいろと資料 を集めてそのようなカテゴリーを作った人なのだ。それが誰かに破られたという。 つまりその記録を追って新しい記録を作ろうという人が現れたのだ。西さんはその ことを喜んでいた。 西さんはエコマラソンというマラソン法を提唱している。 http://ecomarathon.org/ その方法で年に50回以上のフルマラソンに参加している。 ところで今回のマラソンに僕は必死で走らなければならない理由ができた。それは 飛行機の予約が遅れ、希望の便が押さえられず、ホノルルマラソン当日の午後1時 の便で帰ってくることになったからだ。それに乗るためには午後11時には空港にい なくてはならない。そのためには・・・。 午前五時にマラソンはスタートする。午前九時から午前十時にはゴールについてい なければならない。そのためにはつまり42.195キロを四時間から五時間で走りきら なければならなかった。 はじめてのマラソンで五時間以内は無理だろういろんな人に言われた。確かに無理 かもしれなかった。でも僕はなんとかなるなと思っていたのであまり心配していな かった。練習では最後の二ヶ月ほどはほぼ毎週20キロを走っていたからだ。週に二 度走るときは一度は20キロ、一度は10キロ走っていた。はじめて20キロ走ったとき はさすがにかなり疲れたが、何度か走っているうちにそれほど大変ではなくなって きた。大会直前は20キロ走ってもほとんど体に負担を感じなくなっていた。 ホノルルに着き、バスでワイキキまで行こうとして乗り合いバスに乗ると、そこに 一人の日本人がいた。話しかけると彼もやはりホノルルマラソンに出るという。彼 は昨年ホノルルマラソンに出場したという。大阪から来たそうだ。去年、友人に誘 われてホノルルマラソン出場を決めたが、直前に誘った友達が「仕事の都合で...」 と出場をキャンセルしたので一人で出場したそうだ。記録があまり伸びず、今年は 雪辱戦に来たのだとか。はじめてマラソン参加で飛行機の都合で四時間を目指して いると言ったらアドバイスをしてくれた。彼は去年、五時間を目指すラインに並ん だが、スタート地点を出るのに10分以上かかったという。目指す時間がギリギリな のだからなるべく前から走り出すべきだと。四時間を目指すなら三時間あたりのラ インに並んだ方がいいでしょうと言ってくれた。 そこで当日、僕は三時間から四時間のタイムを目指す人が並ぶラインに並んだ。西 さんははじめてのマラソンなら五時間あたりにした方がいいと何度も言ってくれた が、とにかく僕は飛行機に乗らなければならない。達人のお言葉ではあるがスター トラインは西さんと別れて並んだ。 はじめの10キロは快調だった。しかし、10キロのラインに来たとき、ほぼ一時間が たっていた。目算と違った。このテンポなら10キロを50分前後で走っているはずだ った。 おそらく、普段走っているトラックが一周500メートルと表示されていたが、ほん のわずかに短かったのだろう。実はそれが一番心配だった。たとえば一周10メート ル足らなかったとしよう。1km走ると20メートル。10km走ると200メートルの差が出 る。しかし、体感では1キロから2キロくらい違う感じがした。なので10キロはだい たい一時間で走ることができたが、そのあとが少しずつ遅くなっていく。 大きなマラソン大会ではチップを靴につける。JRのスイカに載っているようなコン ピューターチップだ。それで10km、ハーフ、20km、30kmでのタイムをコンピュータ ーが集計している。当日にそれはインターネットで公示され、世界中どこでもイン ターネットにつながることさえできれば誰がそれぞれのポイント地点をいつ通った かがわかるようになっていた。それをあとでチェックすることで自分の記録がわか る。僕の記録は以下の通りだった。 10K: 01:00:50 Half Marathon: 02:18:37 30K: 03:25:27 Gun Time: 05:04:17 Finish Time: 05:00:49 Place Overall: 8059 Place Men: 5464 Place Division: 748 (Men 40-44) ちなみに参加者総数は28,048人、そのうち日本人が17,345人だった。あと50秒速け れば四時間台で走れたのにと悔しがっている。次のマラソンは絶対四時間台で走り たい。 帰ってきたらたくさんの人に来年はホノルルマラソンに行きたいと言われた。来年 は10名くらいと一緒に行くかもしれない。四、五名はもう確実だ。 マラソンをして理解できたことがある。それはかつては自分が走っていると考えて いたことだ。いまでは僕が僕の体を走らせてあげると考えるようになった。自分が 走るのと、自分の体を走らせてあげるのとでは何が違うのか。どちらで考えても結 局行動は同じだ。しかし、メンタルの部分が違う。 マラソンを走ったと言うと、たいていの人は大変だったでしょうと言う。つまり長 い距離を走ることは大変疲れることだと思いこんでいるのだ。確かに疲れるが、疲 れるだけではない。充実感が得られる。しかし、多くの人はそっちのことを考えな い。 僕はずっと苦しみながら走ってきたわけではない。ひさしぶりに走り出した頃は確 かにちょっとつらかったが、何回か走るとそれほどつらくはなくなった。そして、 気持ちよく走れるテンポで走ればいいと決めた。これを続けていると勝手に体が育 ってくれる。僕がどう考えようが考えただけでは体は育たない。僕が僕の体を走ら せてあげることではじめて体は育っていく。それは僕の意識とはまったく別のとこ ろで起きる現象だ。これが僕が体を走らせてあげると考えるようになったきっかけ だ。そして走らせてあげるうちに体への執着が薄くなった。体は自然からいただい た僕の意識を載せる器だ。この器は僕のもののようで、僕の意識のものではない。 僕というのは体と意識でできているが、それは自然の摂理で動くもので意識だけで 動くものではない。意識も僕のもののようで、自然が生み出した器なしには存在し ない。人は死をおそれるあまり自我を失うことを考えない。しかし、それはいつか 来るものだ。いくら否定しても否定することで苦しみが生まれるだけである。死は 来る。だからそれまでどうこの器を使ってやるのか、どう自分の意識を使ってあげ るのか、それを感じていけばいい。そんなことを悟った。 このことは以前からうすうす知っていたし理解していた。しかし、理解のレベルで はなく、感情でも受け入れるレベルにマラソンのおかげでなった。 コースの東端に往路と復路が分かれる場所がある。そこまでに絶対三時間以内で行 こうと決めていた。実際には二時間五十分ほどでそこに着いた。そのときに僕はふ と泣けてしまった。まずそこまで走れてうれしかった。そこを走っていることがう れしかった。両親にもらったこのからだを使ってあげられたことがうれしかった。 1999年にジョギングを始めようと決めなかったらできなかったことだ。さらに、自 分がヒーリング・ライティングというワークショップを偶然の機会を得て主宰させ てもらっていることも関係がある。文章を書くことで自分の意識を変化させていく ことがなかったら、いまでも僕は「自分で走るなんて疲れて嫌だ」と思っていたか もしれない。そういうようなことへの感謝が次々と浮かんできた。 30kmあたりで両足がつりそうになってきた。無理し続けるといつか痙って動けなく なると思い、歩き始めた。そのとき後ろから西さんが走ってきた。西さんは笑いな がら先を走っていった。僕はそのときは歩くしかないと思い歩いていた。しばらく 歩いて走れるかなと思うようになるとまた走る。あと10km走らなければならないが、 そのことはそのこととして今はとにかく次の一歩が出せるかどうかだけに意識を集 中した。時間も迫っている。30kmをほぼ三時間半で通過したとき、四時間で走るこ とは断念した。四時間半ではどうだろうかと考えた。そのためには最初の10キロを 走ったテンポで走らなければならない。それは無理だと感じた。 では、五時間。 それもその時点では自信がなかった。走っても10kmに1時間15分ほどかかっている。 歩いていては1時間30分で10キロは無理だ。かつての僕ならここで後悔したり自分の 力を奪うようなことを頭の中でぐるぐると考えたかもしれない。しかし、僕はそれ をすべて手放した。 「いますべきことは次の一歩を出すこと」 「この状況を楽しむこと」 それだけ考えて走り続けた。そして、時々歩いた。ホノルルマラソンにはきれいな 女性がたくさん走っていた。その彼女らと追いつ追われつした。黒人は足が速いと 言われているが、僕同様、苦労している人がたくさんいた。はじめの10kmはたくさ んの人を追い抜き、10kmを過ぎるあたりから30kmあたりはだんだんテンポが落ちて たくさんの人に抜かれたが、30kmを過ぎるあたりからまたたくさんの人を抜くこと ができた。その人の流れの波を面白く感じていた。 40km地点に着いたとき、四時間五十分だった。あと2.195キロ。なんとか五時間以 内で走ろうとテンポをあげようとした。しかし、なかなか足が動かない。それでも テンポアップして走っていった。ゴール直前で西さんに会った。西さんはゴール前 でスルスルと速度を上げたが、僕には上げられなかった。 ゴール。感激する暇もなくとにかく飛行機に乗らなければならない。西さんと完走 Tシャツのブースに行き、Tシャツをもらい、すぐにホテルへ向かって歩きました。 西さんとはそこで別れた。フィニッシュエリアのカピオラニ公園内は木々の根が張 り、地面がでこぼこしていて不自由な足では歩きにくかった。そのときほぼ10時20 分。 ホテルに帰ると10時30分。ホテルの人に10時45分にタクシーを呼ぶようにお願いし て部屋に行き、シャワーを浴びて荷物をまとめ、タクシーに飛び乗った。 乗ったタクシーの運転手はいい人で、いろいろと面白い話をしてくれた。そのなか で「Hitachi Treeを知っているか」と言われた。よく聞くと「このー木なんの木気 になる木」のCMで出てくる大きな木がホノルル空港のそばにあるという。見に行く かと言われて、時間が迫っているのでいいと答えたら、ほんの10分くらいしかかか らないと言われ、その公園に行った。 Hitachi TreeはCMの通りに大きく枝を広げて芝生の上に立っていた。 ■■■■■■■■■■■■■■■■イベント告知■■■■■■■■■■■■■■■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ヒーリング・ライティング 〜 ライフデザインの節目 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「一年の計は元旦にあり」と言います。 この一年のスケジュールや自分の意図を明確にするのと同時に 生涯のことも考えましょう。 自分の生き方、暮らし方、 何を目標にし、どんな行動をしていくのか。 そのようなことを考える際に着目すべき点などを お話ししながら、一緒に未来を作り上げていきます。 このワークは半年に一度繰り返す予定です。 この講座を使ってあなたの意図通りの人生を送ってください。 ■□■ ヒーリング・ライティング 〜ライフデザインの節目 日時 : 2006年1月6日(金) 午後7時から午後9時30分 会場 : 東京芸術劇場 小会議室1 豊島区西池袋1-8-1 http://www.geigeki.jp/access.html 講師 : つなぶちようじ 主催 : オフィスタラーク 受講費: 一般の方 3,000円 五回シリーズに参加した方 2,000円 お問合、お申し込みはこちらで。 http://www.t3.rim.or.jp/〜yoji-t/form/HWappli.html つなぶちようじ 略歴 1961年 東京都新宿区高田馬場に生まれる。 1986年 早稲田大学理工学部卒業。 同年株式会社電通 入社。 1991年同社 退社。 1992年よりライターとして活動。 1997年からヒーリング・ライティングを始める。 著書 『胎内記憶』 七田眞氏との共著 ダイヤモンド社刊 『ヒーリング・ライティング』 VOICE刊 『あなた自身のストーリーを書く』 主婦の友社刊 『わかる! 図解マーケティング』 ダイヤモンド社刊 その他の役職 非営利活動法人(NPO) ピース・キッズ・サッカー 理事 東放学園高等専修学校 講師 さらに詳しいことを知りたい方は以下のホームページをご覧下さい。 http://www.healingwriting.com ■□■ 瞑想会 瞑想はいつでもどこでも簡単に出来るリラックス法です。 最近はやりのヨガと同じように呼吸をとても大切にします。 この情報化時代、常にあなたの頭や心は氾濫している情報を 忙しく追い かけてとても緊張しています。 そして、緊張するとその機能は上手く作動しません。 瞑想では短時間で簡単に頭と心をリラックスさせ、 本来のパワーを存分 に発揮できるよう調整します。 この瞑想会では、ライティング・セラピーと瞑想を融合させた ヒーリング・ライティグを主宰している つなぶち氏が ファシリテートします。 私は、昨年、ヒーリングライティング「未来への鍵」で、 つなぶちさんの瞑想を体験しました。 静かな空間の中で、つなぶちさんのリードに誘われるままに、 呼吸とのコミュニケーション、身体の各部とのコミュニケーション、 そして、心とのコミュニケーションをしていきました。 それは、ほんのわずかな時間の中で、旅をしているようです。 その旅を終えて目を開けると、 拡散している意識が自分の中に戻ってくる感覚、 エネルギーが自分に戻ってくる感覚がありました。 まるで、心と身体に知らず知らずにつけている鎖を解き放し、 自分になるようです。 何をするにも、重い鎖をつけたまま動くのは大変ですよね。 本来の自分になるために、瞑想はとても有効です。 そして、瞑想は難しくありません。 コツをつかめば一人でもできるようになります。 ぜひ、一緒に瞑想の効果を体験してみませんか。 わくわくライフ.com 代表 内村直美 日時 : 2006年1月12日(木) 午後7時00分から午後9時30分 会場 : わくわくライフ.com 教室 東京都大田区西糀谷4-2-6 電話 03-3745-6559 京浜急行羽田空港線「糀谷駅」徒歩3分 http://www.wakwaklife.com/Beginner/beginner.htm ファシリテート : つなぶちようじ氏 主催 : わくわくライフ.com http://www.wakwaklife.com/ 受講費: 2,000円 定員 : 15名 お問合、お申し込みはこちらで。 http://www.t3.rim.or.jp/〜yoji-t/form/HWappli.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ とどろき塾主催 世界にその名をとどろかす人を創るセミナー ヒーリング・ライティング〜めぐり逢いのコラボレーション ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ヒーリング・ライティングを主宰しているつなぶちは、 1991年、ソ連最後の大統領ゴルバチョフ氏に会いました。 1993年、グローバル・ブレインの著者 ピーター・ラッセル氏に会いました。 1994年、「地球交響曲」に登場する 野生の象エレナにケニアで会いました。 1995年、「わんぱくフリッパー」の調教師 リック・オバリー氏に会いました。 1996年、グランブルーで有名なダイバー、 ジャック・マイヨール氏に会いました。 2003年、サッカー日本代表チーム監督の ジーコ氏に会いました。 どうしてそんなことが可能なのでしょう? 今回のヒーリング・ライティング特別講座では、 人との出会いを生むコラボレーションをテーマに ワークショップをおこないます。 この講座の中で意図する人と出会うための いくつかのプロジェクトをはじめます。 そのプロジェクトへの参加は自由です。 上に書いた出会いはすべてそれぞれのプロジェクトの結果 出会いました。 その話もいたします。 どうしても会いたい人がいる人、恋人に出会いたい人、 ぜひいらしてください。 ■□■ ヒーリング・ライティング 〜めぐり逢いのコラボレーション 日時 : 2006年1月20日(金) 午後7時から午後9時30分 会場 : きゅりあん 品川区東大井5-18-1 http://www.shinagawa-culture.or.jp/curian/ 講師 : つなぶちようじ 主催 : とどろき塾 受講費: 4,000円(予約の場合) 当日払いは5,000円 さらなる詳細、お問合、お申し込みはこちらで。 http://www.todorokijuku.com/oshirase/seminar013.htm ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 快 適 通 信 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 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