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2009/06/30

CRJ-tokyo Weekly Mail-Magazine 特別インタビュー号 vol.29

━━CRJ-tokyo ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Weekly Mail-Magazine 特別インタビュー号 vol.29 09/6/30
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■Special Artist Interview vol.29 'ウミネコサウンズ'
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2009/5/15 新宿
interviewer:ウーロン
 
待望の1stアルバム『夕焼け』を5月13日にリリースしたウミネコサウンズ。
次々と大手レコード店などで特集されているウミネコサウンズですが、
CRJ-tokyoでも、古里おさむさんの今までの音楽活動について(もちろん
ウミネコサンライズ時代のことも含めて)、また真っすぐで懐かしい彼の音楽が
生まれる所以について、などなどじっくりとお話を伺ってきました。
7月28日に渋谷 O-nestでのレコ発も決定!
そしてFUJI ROCK FESTIVALへの出演も決定! 
その他、京都、名古屋、つくばでのライブと、超多忙のウミネコサウンズ。
今後も目が離せません! (ウーロン)
 
 
 
●自己紹介をお願いします。
 
 ウミネコサウンズの古里おさむです。よろしくお願いします。
 
 
●よろしくお願いします。今までの音楽活動歴をお話いただけますか?
 
 22か23の時にギターを初めて持って。それまではずっと、剣道一直線で、
就職しても剣道してたんです。ケガでやめちゃったんですけど。それまで
ずっと、ビートルズとかは好きで。あとカラオケ行くのも大好きだったし。
ユニコーンとかブルーハーツとか、フリッパーズギターとかすごい好きで。

 それでそのケガの時に、上司が「ギターあげるよ。」って言って、ギターを
譲ってくれて。で、教えてもらいながら始めた。だから遅いんです。
そっから曲を作りだし、バンドを組んだけど、ボーカルがいなくなっちゃった
ので、そのバンドが解散して。しばらくベースとギターとドラムの3人で
やっていて。その時僕はギター担当だったんですけれども。それで結局
3人とも、バラバラになってしまい、残った俺1人で、今まで作った曲とかを
ちゃんとまとめてやろうかな、と思って作ったアルバムが『ロードショー』
っていうアルバム。
 それを持って上京して。そしたらすぐに、くるりがラジオで取り上げてくれて、
それでソロアルバムがリリースになりました。
 僕は全然、くるり周辺の音楽って詳しくなかったんですけど、知り合いの人が
「デモテープオーディションみたいなのやってるよ。」って言って、僕の曲を
送ってくれたんですよ。そしたらラジオで流れて。しかも「すごい反響が
あった。」って言われて。それで何ヶ月後かに、(くるりの)佐藤君から電話が
あって、「CD出さないか。」っていう話になったんです。
 それで、ソロアルバムを出したんですけど、そのソロアルバムっていうのは、
今までやってきたものに対して、今まで関わってきたメンバーに対しても
そうだし、「証明したい。」っていう気持ちで作ったんですね。青森では何も
録音環境がなかったから、自分たちで、バンドみんなで、お金だしてローン
組んで、機材をそろえて、雑誌読んで、地下室にドラムセット組んで、マイク
置いて、そうやって作業していたのが『ロードショー』の曲。
それが世に出ないのは嫌だって思って、みんなもそれは嫌だって言ってたし、
メンバーが「お前は続けろ。」って言ってくれて。
 でも、もともと僕はバンドマンだったし、頭ん中では「弾き語りの曲
じゃなくて、ドラムとベースがいる曲をやりたい。」っていうのがあったの。
それで、ソロでアルバム出したけど、ライブはサポートの人たちに入って
もらってやってた。自分がバンドで「ライブ」をしたのが、初めてだった。
東京で言うとライブって普通かもしれないけど、青森にいたころは
ライブなんて見る機会もないし。そうやって、ドラムやベースが
いるようなサウンドをしばらくライブでやってた。その時ドラムは、
何人くらいとやったんだろ……10人近く、色々な人とやってみました。
そこで、今回のCDの中で叩いてくれているドラムのコテイスイとも
出会いました。
 で、ウミネコサンライズっていうバンドを始めたんですが。その時の
メンバーのユタカ。彼とは上京してから出会ったんです。僕はずっと
USインディーが好きで聴いていたんだけど、Sparklehorseとか、
青森にいた時はそういうのを共有する人がいなくて。その時COILっていう
バンドのディレクターの人が「君にすごい合う人がいるよ。」って会わせて
くれたのが、ユタカ。ずっと彼は「バンドやろう、やろう。」ってアプローチ
してくれてたんで、核となるものが見つかった時に始めようと思ってたんです。
で、ドラムが見つかったから、やろうかって話になって、
「ウミネコサンライズ」ができた。
 ウミネコサンライズの時は、トントン拍子で進んで、すぐ「リリース
しないか。」って話になったんだけど、ちょっとダメになっちゃって。
そっからが色々崩れだして、建て直すの大変でした。ドラムが色んな事情で
抜けなきゃいけなくなって。とっかえひっかえ色んな人とやってみたけど、
誰とも違う、って。
 ほぼ弾き語りでライブをやってた時、今回のCDのレコード会社CINRAと
プロデューサー・エンジニアの日向さんが、それを見ててくれて。2年くらい
「うちでリリースしませんか。」ってアプローチしてくれて。だからCD出そう、
って思った時、ドラムのコテイスイに「もっかいちゃんとやるから一緒に
やってくれないか。」って頼んで、やってもらうことになりました。
 いろいろ複雑だけど、自分の中では音楽に関しては正直を貫いています。
 
 
●では、今の「バンド」という形での音楽が、元からやりたいもの
だったのですね。
 
 そう、「1本通った何かがやりたい」って思ってるんですよ。最初は、色んな
ことがやりたかった。好きなUSインディーの音に似せたりとか、こういう
サウンドに近づけたいとか、こういうニュアンスの音が出したいとかで。
その程度でしかやっていなくて。でも、ライブをやったりしていくうちに、
大事なものはそこじゃない、ってことに気がついたっていうか。やるからには、
生活に近い、生活に必要なくらいの重要な音楽っていうのを、自分の中で提示
したいって思って。

 ライブをやっていくうちに、たくさんの人に出会って、自分の向き・不向きが
分かってきたっていうのも。周りにばっか気つかって、「自分はいいから」
という感じになってたんだけど、持って生まれた声とか、メッセージとか
本当にやりたいことに気付いて、「あ、歌うたいたいな。」って思って。
一番ダイレクトな方法、っていうのを探してて。で、今の形になったっていう感じ。
 
 
●今回、ウミネコサウンズとして1stアルバム『夕焼け』を発売されて、素直な
感想をお聞かせください。
 
 やっと発売したって感じです。少し楽になったというか。
 ジャケットは、CINRAのデザイナーの方に、自分なりの今回の音源についての
考えを話して、「こういうことがやりたい」って伝えたり、地元のウミネコが
たくさんいる風景の写真を見せたりしてから作ってもらったものです。最初
ジャケットを見たとき、「そうそう、こういうことがやりたい。」って思って。
すぐ決まりました。すごい気に入っています。
 
 
●今回サポートで参加していらっしゃる、ベースの須藤さん、ギターの田辺さん
とはどのように知り合われたのでしょうか?
 
 ベースの須藤さんは、ウミネコサンライズのお蔵入りになったCDを
レコーディングしてくれた。だから今回のCDの曲も全曲知ってて。すごい
プロデューサー気質の人というか、全体的に何でも器用にこなせる人で。
本当はドラマーなんですけど。初代のMELT-BANANAのドラマー。僕は
須藤さんの人柄にほれてて。ベースをGOMES THE HITMANとかHARCOで弾いてる
っていうのは知ってて。今回「ベース弾いてくれないですか。」って頼んだら、
快く引き受けてくれて。
 ギターは、mojocoかな。1回対バンして、その時にギターで弾いてた玄が
いて、楽屋でお互い「いいね、いいね。」って言ってて。仲良くなって、遊んで
いるうちに、「じゃあ今回ギターで参加してくれない?」って言ったら、
「いいよ。」って言ってくれて。
 
 
●東京と青森、それぞれの街についてどのような印象を持っていますか?
 
 東京に出てきて思ったのが、単純に「人多いな。」ってこと。全てが早送りにして
動いてるみたいで。着いていけないんじゃないかっていう。まあ
嫌いじゃないんですけど。
 青森は、時間がたつのが早い。ぼーっとしているうちに1か月たってたり
とか。あと、八戸は空がグレーなイメージですね。漁業が盛んで、工業地帯も
あって、常にデカい煙突から煙がモクモクと出てて。
 
 
●表題曲「夕焼け」についてお聞かせください。

 今回のアルバムの「夕焼け」という曲は東京の夕焼けに感動 してできた
曲です。青森で印象に残ってる夕焼けは、 水平線に沈んでいく夕焼けだった。
でも東京でみた夕焼けは、ビルの向こうに沈んでいった。自然の
あるがままの、夕焼けの沈んでいく姿と、人がつくり だしたビルとが、絡んで
いくのが不思議だった。とにかく、ビル・カラスっていうのが印象に残ってる。
それで出来た曲です。
 
 
●曲作りについて聞かせてください。
 
 ギター1本持って、テープレコーダー回して。メロディはすぐ浮かんで
くるんですけど。1曲に込めるのは、一言だけでいいって思ってて。その
「一言」を探すのに随分時間がかかる。だから曲が完成するのは遅いです。
「言いたいこと」が見つかったら早い。青森でバンドをやってた頃は、詞も全然
考えてなくて。ただ楽しいことをやってたんですけどね。韻を踏んで言葉を
発散させてただけだった。それはそれで全然いいんですけど。

 極論を言うと、音楽がなくても人は死なないじゃないですか。
でも、音楽は常にこう、生活を美しくしてくれるって言うか、人の心を
豊かにしてくれるって言うか、そういう強い力があるもの。だからこそ、より
生活に必要なくらいのものを作りたいっていうか。うまく言えないけどね。
 
 
●ライブについてはいかがですか?
 
 ウミネコサンライズの時は、すごい悩んでて。どうしたらいいかって考えて
いったら、分んなくなったりもして。ライブは、わざわざ足を運んでくれる
お客さんがいるから、楽しんでもらえるよう頑張らなきゃな、と思います。
どっちかと言うと、曲作ってるほうがすきなんですが。やりがいはありますよね。
 
 
●最後に何かあれば!
 
 とりあえずウミネコサウンズいろんな人に聴いてもらいたいです。
あとは、自分自身の意志で全てがきっと変えられるんじゃないかっていう
意識を、みんなが同じように持っていたらいいな、と思います。

 今後は、自分がいいと思える曲をずっと作っていけたらいいなと思います。
フィルターが音楽であれ、小説、絵であれ、なんであったとしても、作品に
対しては自分に正直でありたい、それを貫いていきたいと思っています。


[official site]
http://uminecosounds.com/
[MySpace]
http://www.myspace.com/uminecosounds

●7/28(火) ウミネコサウンズ『夕焼け』リリースパーティ @ 渋谷 O-nest
<前売/当日 2500/2800、開場/開演 18:30/19:00>
<LIVE> ウミネコサウンズ / シャムキャッツ / and more
 
ウミネコサウンズホームページにてチケットご予約受付中!
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