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2008/06/30

***DOKUSHO-ZARU No.138***

=== Reading Monkey ======================================
   読 書 猿   Reading Monkey
     第138号 (本草家目録号)
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■■ベンジャミン・ウリー『本草家カルペパー』(白水社) =======■

カルペパーの名は、医学史の中には見当たらないか、ニセ医者として扱われ、呪わ
れた文字で描かれるか、いずれかである。 

イギリスの17世紀、王権神授説を未だ信じるチャールズ1世と、すでに相当の力
をつけてきた議会が対立し、内戦から国王の処刑へといたる清教徒革命へと至る動
乱の時代。 
当時、薬剤師たちは薬を処方するのに、内科医師会編『ロンドン薬局方』に準拠す
ることが求められ、応じなければ刑罰にかけられた。もっとも『ロンドン薬局方』
はラテン語で書かれ、薬剤師の大半はラテン語を読むことができなかった。薬剤師
は薬草に関する大まかな知識を、親方の下での修行を通じて身につけるだけであっ
た。 

時代はまだ、著作権なる「自然権」を生み出すにいたっておらず、『ロンドン薬局
方』の著作者としての内科医師会の力は、国王によって与えられた特権に支えられ
ていた。もっともこの特権は確固たるものとはいえず、『ロンドン薬局方』の出版
特権を与えられていた印刷業者は、勝手にこの書を何版も発行し、これらは増補改
訂されたものだから内科医師会の差し止め要望も受け付けなかった(もちろんそれ
はただ繰り返し印刷されただけで新たな版でも増補改訂されたものでもなかった)。
内科医師会は遅まきながら反撃に出た。国王の御前で医師会を開催し『ロンドン薬
局方』の第2版を編集・出版を決定した。これにより、件の印刷業者は、旧『ロン
ドン薬局方』を出版するインセンティブを失う。薬剤師たちが準拠せねばならぬの
は、正式の『ロンドン薬局方』、つまり第2版が正式に出版された際には新しい版
の方だったからだ。 

オックスフォード大学をある事件のために退学し、その後薬剤師の親方の下で修行
するも、不幸な事件によって薬剤師になる道も閉ざされ、結局身につけた知識だけ
をよすがに、無免許の「医師」を生業とした男がいた。ニコラス・カルペパという
名前のもぐり医師は、貧しい者からは治療費をとらず、その門前には行列ができる
ほどのにぎわいだったという。改革派たる議会派を支持し、やがて革命につながる
内戦では議会派として戦ったカルペパに、国王や医師会に辛酸をなめさせられてき
た印刷業者のひとりが、『ロンドン薬局方』の英訳を持ちかける。 

英訳『ロンドン薬局方』の出版は革命的だった(もちろん新聞はその翻訳をこき下
ろしたが、実際の売れ行きは勝負を決めた)。独占されてきた医薬の知識が誰にも
読める形となり、少なくとも薬剤師たちは、これまで医師会に犯されてきた自分た
ちの領域と権利に自覚的となり、医師会に対してはっきり物を言うようになった。
医師会の「由らしむべく知らしむべからず」のやり方は終焉をむかえた。 

しかしカルペパは次の著作で一層人々に知られるようになった。今度は薬剤師たち
だけでなく、一般の人々にも当時の医学知識を知らせるものとなった。皮肉にも"
The English Physician"という題名のその著作は、「英国の医者」ではなく、「英
語で書かれた医学知識全般」を意味する。しかし人々はその本を「カルペパーの薬
草大全」と呼んだ。 


■■Kline, R. B. "Beyond significance testing: reforming data analysis 
methods in behavioral research". (American Psychological Association =■

統計ができないと、少なくとも生き物相手の研究(生物学、医学、心理学あたりま
で、やや怪しいが社会学なども入る場合もある)は「科学的」とは認められない。 
ここでいう「統計」とは、統計学的検定を下限とする。つまり、すくなくとも検定
をやってないと、科学的研究とは認められない、ということである。 

検定とは、おおざっぱにいえば、次のようなものである。 
0.主張したいことがある。たとえば「この薬は効果がある」といったような。 
1.主張したいことを、実験で甲乙つけられるような形で表す。「薬を飲んだグルー
プと飲んでないグループを比較すると(他の条件は同じ)症状の改善に差がある」 
2.1とは反対の仮説を作る。「薬を飲んだグループと飲んでないグループとでは、
症状の改善に差がない」 
3.実験データから、2.の仮説が成り立つ確率を計算する。 
4.3.の確率がかなり小さければ(たとえば5%より小さいとか、1%とより小
さい)、2.の仮説を捨てる。だから1.の主張が言える(そう主張しても、間違
う可能性はかなり小さい) 

しかし、1%はともかく5%がなぜ「小さい確率」といえるのか?
 
これには、統計的検定が農学の分野で発展したことに関係があるというフォークロ
ア(民間伝承)がある。つまり研究者が現役の期間はだいたい20年間くらいであ
る。農学はその対象の性質上、1年間に1回しか実験ができない(笑、これはすご
くあやしいぞ)。つまり20年間で20回しか実験できないので、間違える確率を
1/20にできるのなら、彼は間違えることなく研究者生活を全うできる、という
訳である。

しかし本当は、5%水準の検定を20回やったとすると、これらがそれぞれを独立
しているとすれば、20回(20年間)で「少なくとも1回以上の間違った主張を
してしまう確率」は,実は65%近くにもなる。つまり1度も間違えない確率は9
5%(=0.95)の20乗なので、それを1から引けば、少なくとも1度は「実
際は全く差がないのい、差があると」間違えて判断する確率は、65%近くにもな
るのである。 

仮説検定の使用は広く広がっている。しかし一方では、1960年代あたりから、
その使用に注意と反省が繰り返し行われている。統計学的仮説検定を使わない方向
に、おそらく最も進んでいる分野のひとつは心理学だろう。たとえばアメリカ心理
学会はタクスフォースをつくってhttp://www.apa.org/science/bsaweb-tfsi.html、 
仮説検定の問題点の指摘と代替手段(検定力分析Power analysisと効果量effect 
sizeの信頼区間の報告)の普及とに力を注いで来た。学会誌に仮説検定の結果を載
せることを禁止しようというところまで話は進んだ(しかし、これは検閲にあたる
のではと、いろいろ抵抗もあって実現には至らなかったらしい)。おかげで、注が
れた力に見合うほどには、検定を用いた研究は減っておらず、「検定力分析と効果
量の信頼区間」を使用した研究は増えていない。人の行動はよりマシな選択肢があ
る場合でもなかなか変わらない。人は手の延長である慣れた道具をなかなか手放さ
ないものだ。
しかし、少なくとも、《2値的な判断しかできない (有意か否か) 検定よりも、効
果量 + 区間推定を利用する方が望ましい》という考え方は、American 
Psychological Association (APA) の投稿要綱(Publication Manual of the 
American Psychological Association) 
http://www.amazon.co.jp/dp/1557987912/ 
には無論のこと、他にも多くの心理学系学会誌のEditorial Policyに採用されてい
る。(http://www.coe.tamu.edu/%7Ebthompson/ 
の24 Journals now requiring effect size reporting:というところに、学会誌の
リストが、http://www.coe.tamu.edu/%7Ebthompson/journals.htmには、それぞれ
の学会誌のEditorial Policyの抜き書きがある)。 

(参考) 
・Johnson, Douglas H. 1999. The Insignificance of Statistical 
Significance Testing(統計的有意性の無意味さ). Journal of Wildlife 
Management 63(3):763-772. Jamestown, ND: Northern Prairie Wildlife 
Research Center Home Page. 
http://www.npwrc.usgs.gov/resource/1999/statsig/statsig.htm (Version 16
SEP99). 

■■綱本将也(原作), ツジトモ(画) 『GIANT KILLING』(講談社) ===■

 異論はあるだろう。
 例えば、ボクシング漫画がボクシングよりも面白い瞬間がある。『はじめの一歩』
にも『あしたのジョー』にも『がんばれ元気』にも、それはあったと思う。『10
ポンドの福音』や『のぞみ・ウィッチィズ』にも『リングにかけろ』にだってあっ
たかもしれない。『満天の星』にはなかったと思う。
 紙の上に描かれたものだから、一瞬というのはおかしいかもしれないが、とにか
くそういうものがある、あるというよりも顕れる、何かそんな風にしか言えないよ
うなことが、この宇宙には時々生じるのだ。描き手に、あなたの漫画はボクシング
よりも面白いですね、などと言おうものなら、漫画家はかぶりを振って否定するだ
ろう。何よりも漫画を愛しボクシングを愛するものにだけ、この僥倖は降りてくる
ものだろうから。
 今、サッカーよりも面白いという一瞬が舞い降りるサッカー漫画があるとしたら、
この漫画だろう。漫画がサッカーより面白いなんてことがある訳がない、という人
がいても否定しはしない。読み手が書き手がサッカーを知れば知るほど、そんな奇
跡は起こりっこないように思えて来る。そしてこの漫画の作者たちはグラウンドの
内側で起こることも、外側で起こることも、実によく知っている。
 しかし奇跡については、いくらか言うべきことがある。奇跡はそれを信じる人の
ところに訪れるのではない。逆だ。それは信仰の成果ではなく、むしろその契機な
のだ。つまるところ、奇跡は前払いを求めない。


■■久野能弘『 行動療法−医行動学講義ノート』(ミネルヴァ書房) ====■

 我が国の第一世代行動療法が到達し得た高み、世界に誇るべきもののひとつ。
 クライアントの苦しみを取り除くのに、そしてその技(そして業を)後に続くも
のたちに伝えるのに、すべてを注いだ行動療法家がわずかに書き残した「大著」。
 ページからは、更に書き残さねばという、使命感と情熱、しかし時間がそれを許
さぬことへの抗いがほとばしる。クールブレイン、ウォームハートなど生ぬるい、
口当たりの良い妄言を一刀両断し、不明のため隘路にはまり込む臨床家の条件反射
理論の不勉強を一喝する厳しい科学者の峻厳さと、時に吉本面談とよばれるほどに
笑い声に満ち、また決死の思いでやって来た外出恐怖のクライアントの手を握りし
め「もう大丈夫やで!ここは病院や!もう大丈夫やで!」と喜怒哀楽のすべてに渡
る情熱の熱さ、全身行動療法家とでも呼ぶべき著者の書き残したこの書からは、マ
ニュアルを手にした第二世代(認知療法・認知行動療法)が失ったものの多さが、
そして新しい理論と技法を装備した第三世代が未だ至ることのできない言外の何か
が、照らし出されるかのように浮かび上がる。
 復刊ドットコムではすでに250を超える投票があるにも関わらず、
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=34751
再版の動きはないらしい。ミネルヴァ書房が、この熱き筆致に燃え上がらなくて済
む紙を開発できないのが、その理由なのではないかと疑ってしまう。

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