2008/03/13
***DOKUSHO-ZARU No.137***
=== Reading Monkey ====================================== 読 書 猿 Reading Monkey 第137号 (とばずかたり号) ====================================================== ■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。 ■■ロルフ・デーゲン『フロイト先生のウソ』(文春文庫)========■ 「異端」という言葉は、もはや悪を意味しなくなったばかりか、事実上、頭がよ く勇気があることを意味し、「正統」という言葉は、正しさを意味しなくなったの みならず、事実上、悪を意味するようになっている。-------チェスタトン 「常識」や「通説」にたてつくと、それだけで喝采してくれる人たちがいる。 「大切なのは批判精神だ」と信じて、逆説めいたことを口にしたり揚げ足を取る だけなら実に容易いから、反権威は実は結構参入障壁が低い。障壁が低いと我も我 もと集まって、反権威が多数派になるから、こんどは権威の側に立って反権威の偽 善ぶりでもひやかすことが、何やら「批判精神」っぽく思えてくるらしい。 『フロイト先生のウソ』は、聞きしに勝るトンデモ本。『「フロイト先生のウソ」 のうそ』で、軽く一冊は書けるくらい。これがまた、ネットでは好意的な評価がお おくて、ちょっとめまいがする。大量の文献を縦横無尽に使って、たとえば心理療 法の権威にたてついた勇気ある立派な本だ、心理学が植え付けた「常識」に挑戦し ている、何事も批判を忘れてはいけない、忘れたら宗教になる、とかなんとか、書 いた覚えのある人は胸に手をあてて、このドイツ人が引いてくる文献をひとつでも 自分でチェックしたか、思い出してみるといい。 『フロイト先生のウソ』は、大量の文献を縦横無尽に使って、たとえば心理療法 の権威にたてついた勇気ある立派な本ではなく、文献の新旧やピア・レビューのあ るなしなどその質を無視し、加えて研究の蓄積が生み出した文脈、さらには原著者 の主張までもまったく無視して、都合のいい部分だけをあちこちからつまみ食いし たあげく、自分のあらかじめ出してある結論(偏見)をつまみ食いでデコレーショ ンした、ウソツキ本に過ぎない。「人は脳の10%しかつかってない、というのは ウソ」「右脳左脳説はほとんどがウソ」と正しいことも(しかし、こんなの今時「 常識」だろうに)混ぜてあるから始末が悪い。と、いつもの読書猿なら、このあた りでおしまいだが、あまりに悪質なので、字数の許す限り、細かいことをやってみ る。長い文章が苦手な方は、次の本に進んで、ほっこりしてください。 とりあえずこの本のカンバンらしい、第1章(21〜75)の心理療法への批判をい くつかチェックしておこう。本文を引用した上で、=>以下に、反証や反論を書い ていくことにする。( )内の半角数字はページ数を示す。「/」は、原文ではそ の位置に改行があることを示す。 (22)「数十年間に及ぶ「実証的データに基づく心理療法研究」の結果明らかになっ たのは、「心理療法は精神障害に対して恐ろしいほど(おそらくは完全に)無力で あるだけでなく、最悪の場合にはちりょうするどころか精神障害を引き起こす場合 さえある」という事実だった。/1997年に死去したイギリスの心理学者ハンス・ユ ルゲン・アイゼンク---心理療法の批判の大立者として知られた、世界的な心理学 者----は、何十年も前にこのような全面否定的結論に達していた。1960年に(当時 はまだ、学会の異端児として厳しい批判にさらされていた)彼はこう書いている。 「私はこれまで数多くの実験によって、心理療法の有効性を示す客観的な徴候がほ とんどないことを証明してきた。……この批判的観察を裏付ける確固たる証拠は、 年々増加していく一方である」 =>アイゼンクはEysenck, H. J.(1952). The effects of psychotherapy: an evaluation. Journal of Consulting Psychology. 16 (5), 319-24.という論文で、 心理療法の効果研究の嚆矢になった。アイゼンクの主張は当時の心理療法、分析に 対して極めて厳しいものであったので、多くの批判があり、アイゼンクとの間で反 批判、再批判の論文の応酬があった。この事実だけでも、アイゼンクが当時「学会 の異端児」などではなく、すでにひとかどの心理学者として認められていたことを 示す。事実、彼は因子分析などの統計的手法を導入したパーソナリティ研究につい ての著作(Dimensions of Personality (1947)、The Scientific Study of Personality (1952)、The Structure of Human Personality (1952) )をすでに著 わしている研究者だった、通常「学会の異端児」に向けられるのは激しい批判など ではなく、徹底した無視である。そして『フロイト先生のウソ』は、あとのページ で行動療法についても批判するのであるが、1960年にアイゼンクが「こう書いてい る」のは、『行動療法と神経症 : 神経症の新らしい治療理論』(原書: Eysenck, H. J. (1960). Behaviour therapy and the neuroses; readings in modern methods of treatment derived from learning theory. Oxford: Symposium Publications Division, Pergamon Press.)の編著者としてである。つまり、『フ ロイト先生のウソ』は、この高名な心理学者にして行動療法の創始者のひとりを、 「心理療法の批判者」としてだけ取り上げ、行動療法との関わりについて一切触れ ないのである。アイゼンクはまた、心理療法の無効性を論じた論文を発表した同じ 学術誌にEysenck, H. J. (1971). Behavior Therapy as a Scientific Discipline. Journal of Consulting and Clinical Psychology. 36 (3), 314-31 9.という論文を発表してもいる。 (36)「しかし、心理療法の信奉者たちは現在、「専門家による治療を受けたほうが、 そうでない場合(つまり、何もしなかった場合)よりも確実に改善する」と自信たっ ぷりに主張している。彼らの主張の根拠は、「われわれの主張を裏付ける研究例の ほうが多い」という点に尽きる。しかし、彼らの実験は方法的に問題がある。彼ら の実験方法はこうである。治療を希望する被験者を二つのグループに分け、一方の グループには心理療法を受けさせ、もう一方は順番待ちリストに登録させてただ待 たせておく。そして、治療終了後に二つのグループの状態を比較するのである。/ すると、ほとんどの場合(必ず、というわけではないが)、心理療法を受けた被験 者の方が(いくらか)良好な状態を示す。ちなみにこれが、現在、心理療法が治療 効果を主張することのできる唯一の実証的根拠である。「しかし、心理療法を受け たグループと順番待ちのグループを比較するというやり方は、科学的実験の必要条 件をまるで満たしていない。これでは、心理療法に有利な実験結果が出たからといっ て心理療法の有効性が証明されたことには決してならない」とアメリカの著名な精 神医ドナルド・F・クライン(向精神薬研究のパイオニア)は批判している。「治 療を受けたいという願いが叶った被験者は、治してもらえるという強い期待を抱い ていると思われる。一方、順番待ちグループは、希望通りにいかなかったために期 待をそがれ、意気消沈しているだろう」 =>まず、治療待機対照(waiting-list control)とは、すぐ治療を始めないで、 一定の期間、待ってから治療を始めるものであって、順番待ちグループを放置した ままにする訳ではない。そして治療群と治療待機群を比較するやり方が、「現在、 心理療法が治療効果を主張することのできる唯一の実証的根拠」ではない。治療効 果を研究するやり方は幾通りもあって、たとえば対照群として順番待ちグループで はなく、偽薬(ピル・プラセボ)を与えたグループと心理療法を行ったグループを 比較してもよい。『フロイト先生のウソ』が引用するドナルド・F・クライン医博 の論文(『フロイト先生のウソ』の文献リストのURLは古い、現在(2008.3.12)の URLはhttp://journals.apa.org/treatment/vol1/97_a1.htmlである)も、そのメリッ トとデメリットを検討し、ピル・プラセボとの比較を心理療法の効果研究にも勧め るのが論文の主題である(ここでも『フロイト先生のウソ』は、論文の主題などお かまいなしに「つまみ食い」をやらかしている)。またすでに1961年に満足いく研 究デザインでなかったとはいえJerome Frankが偽薬(ピル・プラセボ)と心理療法 を比較する研究が行われたことを、クラインは引用している。あるいは他の心理療 法との比較、アテンション・プラセボ(例えば害はないが効果もない処置を行うな ど)との比較が可能であるし、行われている。 (48)「動物の学習行動から発達した行動療法や、その新流派である「認知行動療 法」(行動だけでなく、学習された考え方やイメージにも目を向ける)も、プラセ ボとの比較実験の結果は精神分析と似たり寄ったりである。行動療法は大学の研究 室が関わっている場合も多いし、これに関する論文の数も多いので、行動療法の治 療者たちは自分たちの説には確固たる科学的基礎があるとして、「古くさい」フロ イト流の精神分析を見下す傾向がある。行動療法は、恐怖症(特定の状況や対象に 対するいわれのない恐怖)などの神経症の治療に効果的だという評判を確立するこ とに成功した。その行動療法がプラセボとの比較実験となると恐怖反応を示すので ある。どうしたわけだろう。 /それには十分な理由あることが、ピッツバーグ大 学の精神医学者キャサリン・M・シ ーアによって明らかになった。彼女はパニッ ク障害の患者を被験者として実験をおこなった。パニック障害とは、理由のない不 安の発作に突然襲われる不安神経症の一種である。被験者は二つのグループに分け られ、一方のグループには、不安発作をその根から断つと言われる認知行動療法に よる治療がおこなわれた。もう一方のグループには、プラセボ療法がおこなわれた。 「反射傾聴療法」と名づけられたそれは、何のコメントもせずに患者の話に「じっ くり」耳を傾けるというものだった。その結果、治療成績はどちらのグループも同 じということが判明した。」 =>パニック障害の「なんだかなあ」な説明や「不安発作をその根から断つと言わ れる」認知行動療法だとか(なんだよ、その根って?)突っ込みどころ満載だがと りあえずスルーしといて。ここで『フロイト先生のウソ』がつまみ食いしている文 献は次のもので、 Shear MK, Pilkonis PA, Cloitre M, Leon AC., Cognitive behavioral treatment compared with nonprescriptive treatment of panic disorder. Archive of General Psychiatry. 1994 May;51(5):395-401。 アブストラクトによると、すでにエビデンスもあって標準的となってるパニック障 害への認知行動療法(以下、CBT)だけれど、対照群としてnonprescriptive, reflective listening(非指示的で「反射(言い返し)」を用いた傾聴) を施し たグループと比較してみると、効果に有為な差がなかった、という論文である。し めしめ、とデーゲンは思ったろう。しかし、いわゆるロジャーズ派のカウンセリン グは、およそnonprescriptive, reflective listeningにみたいなものだから、そ れを「プラセボ療法」というのは大変失礼である(笑)。いや(笑)じゃない。 ここから始まる一連の研究で、パニック障害治療の研究者Shearの目的は、CBT以 外に、もっと厳しくなくて脱落率が低い心理療法を、クライエントとに選択肢とし て呈示できないか、つまりCBTと同じくらい効果があり、CBTほどきつくない(笑) 心理療法をパニック障害のクライエントに提供できないか、というものである。一 連の研究を見ていけば、それがわかるが、このデーゲンは、またしても自分に都合 のいい文献の使い方しかしておらず、研究の文脈についてまるで配慮を払っていな い。 さてShearはこの研究から、 次へ進む。翌年の論文、 Shear MK. Psychotherapy for panic disorder.Psychiatritic Quarterly. 1995 Winter;66(4):321-8. では、クスリとCBTは同等に効果があるけれど、他のエビデンスが得られてない心 理療法も同様に効果的みたいだとして、emotion focused brief psychotherapyと いうのをやってみて効き目に統計的に有為な差がなかったとしてる。 で次。 Shear MK, Weiner K., Psychotherapy for panic disorder., Journal of Clinical Psychiatry. 1997;58 Suppl 2:38-43; discussion 44-5. でShearは、Our psychotherapeutic approachとしてemotion-focused treatmentと いう心理療法を引っさげて登場する。だって誰もがCBTに向いてるわけじゃないか ら、パニック障害の心理療法に選択肢があってもいいでしょ、と言うわけだ。 Shear MK, Houck P, Greeno C, Masters S., Emotion-focused psychotherapy for patients with panic disorder., American Journal of Psychiatry. 2001 Dec;158(12):1993-8. では、とうとうタイトルロールとなりましたEmotion-focused psychotherapy(以 下、EFP)。CBTや薬(イミプラミン)やピル・プラセボとEFPとのガチンコ 勝負は、治療効果では、ピル・プラセボには勝ったけれど、CBTや薬には負けた。 しかし治療から脱落する人は、どれよりも少なかった。 さて、ドイツ人は何を言っていたっけ(笑)?「行動療法がプラセボとの比較実 験となると恐怖反応を示す」??同じ研究者Shearの論文では、CBTはEFPと ともに薬やピル・プラセボと比較されている。誰が何を恐れているというのだろう? ちなみにShearも参加した最近の研究McHugh, R. K., Otto, M. W., Barlow, D. H., Gorman, J. M., Shear, M. K., & Woods, S. W. (2007). Cost-Efficacy of Individual and Combined Treatments for Panic Disorder. JOURNAL OF CLINICAL PSYCHIATRY. 68 (7), 1038-1044.では、 (49-50)「行動療法の治療者は、「系統的脱感作法」なる治療法が不安神経症に 最も効果的だと 称している。「系統的脱感作法」とは、パニック障害や恐怖症な どの患者を、恐怖の 対象(大蛇など)に段階的に直面させることによってその状 況に慣らしていく療法で ある。刺激(徐々に強くなる)を与えると同時に、患者 の緊張を緩和する措置を取る。 これが繰り返されると、患者は恐怖に耐えられる ようになり、やがてそれに対する免 疫を得るという。しかし、アメリカの心理学 者ジョエル・クーパーが実験によって確 認したところによれば、この系統的脱感 作法の効果もプラセボ効果以上のものではない。 /クーパーは、「タキストスコー プ」を使って蛇に似た絵(最初は抽象的だが次第にリ アルになる)を瞬間的に映 写し、蛇恐怖症の被験者に見せた。被験者の一部には、光 刺激だけで実は何も写っ ていない「フラッシュ画像」を見せた。被験者には、「画像 が映写されるたびに 柔軟体操をおこなって体をほぐしてください」という指示が出さ れていた。「治 療」終了後、どちらのグループの被験者も蛇恐怖症が緩和されていた。 比較対象 として、「画面が映写されるたびに筋肉を緊張させてください」という(つ まり、 通常の治療とは正反対の)指示を被験者に与える実験もおこなわれた。このよ う な「間違い」にもかかわらず、この場合も同等の効果が得られた。 /心理療法の クライアントは、かなりの苦労を自発的に担おうとする。この点からも心 理療法 のプラセボ効果が生じているものと思われる、とクーパーは述べている。この 投 資を正当化するため、患者は自らの真の意見を訂正するのだろう、と。つまり、彼 らは馬鹿を見たと思いたくないために、「治療効果があった」と解釈するのである。 /この「労力正当化」効果は、行動療法のなかでも恐怖症に最も効果的と言われて いる 「破裂療法」の効果にも匹敵するほど強いようである。「破裂療法」とは、 患者に (徐々にではなく)最初から恐怖の対象に直面させる治療法である。たと えば蛇恐怖 症患者は、自分の足に大蛇が巻き付いてくるところを想像してくださ い、と指示され る。高所恐怖症患者は、町で一番高い塔に連れていかれる。クー パーは、蛇恐怖症の 被験者の一部をこの「破裂療法」に忠実に従って治療してみ た。他の被験者には、 「恐怖症に効く新療法」という触れ込みで、無意味な「労 働療法」---治療のあいだ じゅう、たとえばサイクリングマシンを漕ぎ続ける、な ど-----をおこなった。 /肉体労働に参加したグループは、実験終了後、本物の破 裂療法を受けたグループと同 程度に蛇恐怖症を克服していた。確固たる科学的基 礎に基づいているような体裁をと っていても、行動療法の効き目は瀉血や悪魔祓 いやおまじないのそれと同じようなも のなのである。 」 =>さて、ついに裏表紙の煽り文句にもつかわれた箇所が登場である。 まず「行動療法の治療者は、「系統的脱感作法」なる治療法が不安神経症に最も 効果的だと 称している」やら「行動療法のなかでも恐怖症に最も効果的と言われ ている 「破裂療法」」(どうやらexposer法をExplosion法(こんなのはないです) と勘違いしたらしい)など突っ込みどころ満載だが、もういいや。こんなのは、ま あご愛嬌だ。 残念ながら、Cooper, J. "Effort Justification in Psychotherapy"を入手する ことができなかったが、クーパーが弟子のDann Axsomyを第一著者としてアメリカ 心理学会で発表させた Axsom, D. Cooper, J., The Role of Effort Justification in Psychotherapy. (Paper presented at the Annual Convention of the American Psychological Association (87th, New York, NY, September 1-5, 1979)) というものの発表要旨がマイクロフィルムからおこされて、次のURLで全文読める ようになっていた。 http://www.eric.ed.gov/ERICWebPortal/custom/portlets/recordDetails/ detailmini.jsp?_nfpb=true&_&ERICExtSearch_SearchValue_0=ED179867& ERICExtSearch_SearchType_0=no&accno=ED179867 これを読むと ジョエル・クーパーらがいう「労力正当化Effort Justification」 効果が、 プラセボ効果なんぞじゃなくて、認知的不協和cognitive dissonanceだ と(彼らが考えていたと)いうことがわかる。認知的不協和ならば、あらかじめ自 由選択させた方がその効果は高まるだろう、などと理論的予測がつく(この発表で は、自由選択の効果ははっきりしなかったようだが)。 さて、「行動療法の効き目は瀉血や悪魔祓いやおまじないのそれと同じようなも のなのである」との根拠となった「労力正当化Effort Justification」論について の、この発表要旨の最後は、次なる一節で結ばれている。 Finally, I'd like to emphasize what we're not saying. We 're not saying that effort justification is the only influence on therapy outcomes; nor are we advocating an effort therapy. Existing, therapise often rely on well- established principles, and it would be presumptuous for us to lump the complex social influence that occurs all under the rubric of effor justification. What we do believe is that effort justification influences outcomes. To the extent that therapists take advantage of this process they may enhance the efficacy of their therapies. 最後に、我々が述べてはいないことについて強調しておきたい。我々は、心理療 法の成果(アウトカム)に影響を与えるのは労力正当化だけだと言っている訳では ないし、「労力セラピー」なるものを提唱している訳でもない。既存のセラピーは それぞれ確固した原理をもとにしているし、我々が複雑な社会的影響をひとまとめ にして、それらすべてを労力正当化で括ってしまうのは、思い上がりだろう。我々 は、労力正当化が(セラピーの)成果に影響を与えると、信じている。セラピスト が労力正当化のプロセスを上手く利用するならば、その程度に応じて、心理療法の 効果を強めることができるかもしれない。 --------------- 不思議なことに、治療効果研究の歴史(これまでどんな問題がありどんな研究が それを取り上げ解決してきたか)や現状(現在利用できる情報源には何があるか) について、心理療法についてだけでなく、精神医学の薬物療法についても、さらに 医学全体についても、『フロイト先生のウソ』は何も触れない。ついでにいうと、 この本は英訳されていない。すでに効果研究の現時点での成果を利用できる本が英 語ではいろいろあるからかもしれない。医学全体なら毎年発行されるClinical Evidence(これには2001年以降、改訂は毎年ではないが『クリニカル・エビデンス』 という邦訳名で日本でも翻訳されている)、薬物療法、心理療法を含めた精神医学 について1冊にまとめたNathan, P. E., Gorman, J. M., & Chambless, D. L( Eds). (1998,2002,2007). A Guide to Treatments That Work. Contemporary, New York : Oxford University Press.があるし、心理療法だけに限っても Roth, A., & Fonagy, P. (1996,2006). What works for whom?: a critical review of psychotherapy research. New York: Guilford Press.などがある。 心理療法の治療効果研究については、W. ドライデン, R. レントゥル編 ; 丹野 義彦監訳『認知臨床心理学入門 : 認知行動アプローチの実践的理解のために』( 東京大学出版会, 1996)の第1章の末尾にある「訳者解説1−4 なぜ心理療法の 治療効果研究やメタアナリシスが必要か」がコンパクト(2ページ強)にまとめら れている。心理療法の治療効果研究については、頼藤和寛他著『心理療法 : その 有効性を検証する』(朱鷺書房, 1993)が問題点を含み真摯なアプローチで考える 助けになる。 医学の中で治療効果研究がどのように治療に生かされるかについては、名郷直樹 著『EBM実践ワークブック : よりよい治療をめざして』(南江堂, 1999)が、また 特に精神医学の分野に関しては、古川壽亮著『エビデンス精神医療 : EBPの基礎か ら臨床まで』(医学書院, 2000)がそれぞれ参考になる。この辺は、その道に進む 人なら、今更言われるまでもないだろうけど。 ■■平塚晶人『サクラを救え「ソメイヨシノ寿命60年説」に挑む男たち』 (文芸春秋)==■ 染井吉野は江戸末期に今の駒込辺りで誕生した突然変異種である。染井吉野は奇 形で実生(種から成長する事)はしないため、全国に80%ある染井吉野は同じ遺 伝子を持つクローンである。性質も全く同じなので咲く時期も同じ、開花宣言する 気象庁にとっての桜とはこのまったく「都合の良い女」染井吉野のことなのである。 生育が早くどの土地にも馴染むこの桜は、明治期に爆発的に普及するが、誕生し て40年ほどでその勢いを失い、その寿命はせいぜい60年ほどであるということ が分かった。またバラ科の植物には厭地という現象があって同じ種は同じ土地で育 つことができない。というわけでほっておくと全滅するクローン兵士たちは、時期 がくると土地ごと総入れ替えされる。隅田川も荒川も、はたまたあなたの家の近く の桜の名所も四十年に一度土ごととりかえられていたのだ。しかしこれは地主が力 を持っていた時代のことで、自治体や地域住民の声を無視出来ない現代ではそうそ う”歴史”ある染井吉野を切ったり、”思い出”の無い桜(この場合実生の山桜だっ たりするのだが)をもってきたりできなくなりつつあるのである。 この本はその郷土の”歴史”を守り今や定説となっている60年の寿命に抗うべ く、染井吉野の延命を計ろうとする青森県は弘前市職員の三世代に渡る活躍を描い たノンフィクションである。 弘前公園の染井吉野は明治15年に誕生したクローンがあって、樹齢は100歳 以上で世界で最古の染井吉野だ。「染井吉野には寿命が無い」がこの市の職員の合 い言葉で、そのきっかけは同じ時期に日本にやってきて青森で栽培が盛んになった 同じバラ科のリンゴの栽培がヒントになった。「桜切る馬鹿梅きらぬバカ(桜は切っ た所から腐り、梅は切ったところから生える)」という日本人なら誰もが知る格言、 桜は手をかければかけるほど駄目になるという常識に反して、この市の職員はある ときリンゴ農家の息子が間違えて行った剪定をヒントに二つのタブーに挑戦する。 一つは桜を幹から切ることと、肥料を大量に与えることであった。 物語中盤、大学教授に幹を切る愚行を揶揄(要するに「切る馬鹿」といわれた。) され、地方新聞上で論争となり、はては市長も巻き込んでの植物学者対園芸家(つー か市の職員)の大論争になるシーンは見応えがある。 弘前公園の染井吉野は約3000本、弘前はその維持に毎年4500万かけてい る。「一本の桜に一万五千円の予算がつめますか?」というのが他の自治体から相 談に来た人への最初の質問らしい。金がなければこの桜、やっぱり死ぬんである。 (お) □□「読書猿」で紹介した本を虫干しするブログをはじめました======□ 年数で10年を超えて、冊数で数百冊程度ではあるけれど、 最初の頃に取り上げた本など、記憶は鮮明に見えてどこか頼りなく、 手を伸ばせば届くかといえば、それも堆(うずたか)く積もった本を取りのけて、 いくらかの足場を拵えることができるかにかかっているといった塩梅だ。 虫干しのようなことをやろうと思う。 何人かの方から提案された 「昔紹介した本を、一冊ずつコピペするだけでもいいじゃないですか」 という程度の軽作業なら、息切れせずやれるかと思ったのだ。 10と数年の間に、いろんなものが変わった。たとえば世紀が変わった。 住処も変わったし、体脂肪率も変わったし、アメリカの大統領も変わった。 かわらないものもあるだろうけれど、それは書き進むうちに登場願おう。 興が乗れば、何か書き足してもいいし、削ってもいい。 多くの近しい人と見知らぬ人に感謝と、そして挨拶を。 読書猿Classic: between / beyond readers http://readingmonkey.blog45.fc2.com/ -------------------------------------------------------------------- このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して発 行しています。(http://www.mag2.com/ ) ======================================================= ○電子メールマガジン「読書猿 Reading Monkey」とばずがたり号 【読書猿のバックナンバーはこちら/引っ越しました】 →http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/DOKUSARU.html 【読書猿の読者欄はこちら】 →http://www.tcup1.com/100/kurubushi.html? 発行元:くるくるPATIO ======================================= Reading Monkey ==


