2007/03/28
***DOKUSHO-ZARU No.134***
=== Reading Monkey ====================================== 読 書 猿 Reading Monkey 第134号 (改めない号) ====================================================== ■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。 ■■小林 大治郎, 村瀬 昭『国家売春命令』(雄山閣出版)==========■ RAA、レクレーション・アミューズメント・アソシエーション、日本名で(進駐 軍)特殊慰安施設協会。 敗戦後の昭和20年(1945)、近衛文麿の発案により、進駐軍から「大和撫子の貞操 を防衛する」ことを目的に、日本政府が設立した性的慰安施設、飲食施設、娯楽場を 管理運営するサービス機関。 1945年8月18日、内務省警保局長から都道府県警察部長に対し、無線で一斉秘密通 達が出された。 警察署長は左の営業について、積極的に指導を行い、 設備の急速充実をはかるものとする。 記 性的慰安施設・飲食施設・娯楽場(カフェー、ダンス ホール)等、営業に必要なる婦女子は、芸妓、公娼妓・ 女給・酌婦・常習的密淫犯者をもって、優先的にこれ を充足するものとする。 これは、東久邇内閣の副総理格の国務大臣・近衛文麻呂が時の警視総監・坂信彌を 呼んで、「日本の婦女子をぜひ守って下さい。この問題は、部下に委せるのではなく、 あなた自身、陣頭に立って指揮してもらいたい」と指示したことに基づいて、行われ たものであった。 東京では、警視総監自身が直接、性産業関連業者を召集して、協力を要請した。料 理飲食組合、芸妓置屋同盟、待合業組合連合会など七団体が「特殊慰安施設協会」を 設立し、慰安所の運営に当たることになった。 閣議で、連合軍兵士のセックス処理が議題にあがったのは秘密通達が出た3日後の 8月21日。マニラから帰国したばかりの全権委員・軍使の河辺虎四郎陸軍中将から、 連合軍の終戦処理に関する諸要求についての説明を受けるために開かれた閣議におい てだった。 こうして1945年8月26日、敗戦から2週間後という、きわめてはやい時期に、吉原 の売春業者、芸姑置屋組合、接客業組合などを中心とした政府出資の会社〈進駐軍特 別慰安施設組合(RAA)〉が正式に発足。この日、皇居前広場で、つぎの宣言文が 読み上げられた。 「本協会は、日米両国民の意思の疏通をはかり、あわせて国民外交の発展に寄与する と共に、世界平和の建設の一助とならんとするものである。天皇陛下万歳!」 協会のオフィスは銀座パレス(現・博品館)におかれ、銀座八丁目に出された大看 板には「新日本女性に告ぐ。女事務員募集。年齢十八歳以上二十五歳まで。宿舎、被 服、食料全部当方支給。」とあった。 これを期に銀座には、千疋屋、松坂屋が進駐軍向けのキャバレーとなり、伊東屋に も国際親善協会がキャバレー「メリーゴールド」を出店。松坂屋の地下五百坪を借りて 開いた「オアシス・オブ・ギンザ」はその中でも最大の規模だった。 しかし、翌年3月10日、性病の蔓延と協会内部の権力争いに端を発するずさんな経 営のために閉館。 R.A.A自体の活動は主として東京であったが、各地に同様な施設が行政あるいは警 察主導のもと設立された。 5万人以上という規模で集められた「娼婦」と集めた運営者たちがこの後、(終戦 後、多くの人から悪し様に言われた)「パンパン」や「赤線」へとつながっていく。 米兵の性犯罪の横行がRAAを作ったと主張している人がいるので(ええ、従軍慰 安婦なんかなかったとか言っている人です)、日付け関係を少し詳しく書いてみた。 ■■能勢 仁『世界の書店をたずねて』(本の学校・郁文塾)=========■ もっとも優れているといわれるドイツの出版物流。注文品の95%が翌日届き、雑 誌は同時発売、といった当たり前のことが当たり前に行われる。出版と物流が一つの 産業として総合的にとらえられ、無駄な投資を省き合理的な姿で実現している。 これを支えるのが、ドイツ書籍業学校をはじめとする、ドイツの出版業界人育成で ある。もともとドイツの産業教育は、かってのマイスター制度を根幹とし、業界と政 府が共に責任を持つ、「未来への投資」と位置付けられた国を挙げての制度である。 人々の多くは、義務教育を終え職業に就き、働きながら、3年間の職業訓練期間、毎 週職業学校に通い、「プロ」になる。職業訓練のために職業組合が学校を独自につくっ ているものもある。ドイツ書籍業学校もその一つである。 「本の学校」は、書店人が社会的にその職能を認められるためには日本にもドイツ のような学校が必要だと語っていた今井書店の三代目今井兼文の遺志をつぎ、1987年 「本の国体」といわれたブックインとっとり‘87「日本の出版文化展」を源として、 平成7年開設された。 「本の国体」のメイン会場となった米子産業体育館前に、出版業界の実習を兼ねる モデル書店・今井ブックセンターとメディア館、出版文化を理解するための本の工房、 本の博物館、図書室、子ども図書室、研修室、多目的ホールなどの施設が設けられ、 この地の製紙、印刷、製本工場などの協力も得ながら、「本の学校」正式開校をめざ し、出版業界人研修や生涯学習の講座、講演などが行われている。 出版業界人研修の記録など、とくに見どころ多し。この本の著者、能勢氏も講師の 常連である。 http://www.hon-no-gakkou.com/ ■■遠山茂樹『昭和史』(岩波新書)====================■ 私事(自分の好みや「思い出」)を公事にしようという人たちに抗して。 よく知られていることだが、「おおやけ」と「パブリック」はまるで違う。漢和辞 典の中には「八印(開く)+口で、入り口を開いて公開すること」などと俗説に浸り きっているものもあるが、漢字の「公」はもとは一族や部族の長をあらわす文字であ る。 漢字の訓読みは、漢語とやまとことばがどう出会ったのか、どのような意味の重な りでつながったのかを刻み込んでいる。漢語「公」に結び付けられた和語の「おおや け(おほやけ)」の意味はもっとはっきりしていて、「大宅」や「大家」とも書いた ように、集落で第一の家を指す言葉だった。田舎で村一番の家を「本家」などといっ て有り難がるが、あの感覚である。そして「おおやけ」と結びついた(いまも「おお やけ」なる訓を持つ)もうひとつの漢字が「官」である。こちらは余分な説明はいら ないだろう。「公」と「おおやけ」はそんな風に結び合わされ、小さなコミュニティ のリーダー(むらおさ)から領主、そして天皇までを意味するようになった。 「公」が「公開」や「公(おおやけ)になる」のように、「多くの人に知られる」 や「オープンネス」をも意味するようかのような用法は、元は「公沙汰(おほやけざ た)」になる、つまり「お上」=公的機関の手をわずらわすこと、から来ている。つ いでに対となる「私」の方も述べておけば、こちらは「公」(族長)に支配・私有さ れる「奴隷」のことで(「公」の「ハ」の下にいる「ム」が「私」の原字である)、 こちらもプライベートと重ね合わせるには、いささか無理がある。 パブリックの方は綴りを眺めればあらかた正体が知れるように、peopleと同じ語源 (ラテン語)から来ている。all the people in a country or communityくらいの意 味で、ようするに「ひとびとの」「みんなの」という意味である。 「公(ボス)のもの」と「みんなのもの」はまったく違う。村長が私有する財産と、 村の共有財産は、まったく別物である。また王様の私有財産と、王国のパブリックな 財産は異なる。中国では,少なくとも後漢の時代には、皇帝の財産と、国家の財産は 区別され、それぞれ別のセクションで管理されていた。もっとも皇帝財産を管理する セクションが国家運営の実権を握ったことも少なくはなかった。そうした場合にはも ちろん、国家の私物化、官位の売買や口きき、賄賂がはびこる。 社会主義経済を検討したコルナイが言ったように、不足は、大抵の場合,権力者に 味方する。市場で手に入らなければ、身の回りの(自身がアクセスできる)プチ権力 者に頼る(頼む)ことになるからだ。頼んだほうは、対価としてお金を支払う代わり に(あるいはお金に加えて)、従順を示さなくてはならない(いわば権力を引き渡 す)。頼まれた権力者はこうして権力を維持できる。そしてご近所のプチ権力者も同 様に、さらに上位の権力者に頼んで、不足している何かを手に入れる。こうして末端 から中枢までつながる権力の網目ができあがる(プチ権力者から順順に立ち上る陳情 と従順のネットワークは中枢にまで至っている)。独裁者は、こうした事情に精通し ているので、不足を利用するばかりか、わざと不足を作り出す。経済制裁などは、ほ とんど常に独裁者の追い風だ。 プチ権力者に話を戻そう。彼らの権力の源泉は、周囲のお願い事を引き受けるとこ ろにあるのだが、なぜ彼らだけがご近所でそうした役割を担えるのかといえば、それ はつまるところ、「おおやけ(公・官)」へのアクセス権をもっているからである。 ベタに言い直せば、議員や役所に口を利けるからである。 「世の中は星に碇に闇に顔、馬鹿者のみが行列に立つ」。 (清沢冽『暗黒日記』) 「顔」は、生活必需品配給の末端機構となった隣組の隣組長,町内会・部落会の役員 となった町のボスや地主、はては配給所の職員となった米屋にまでおよんだ。彼らは 官僚統制組織につながることでお役人意識を持つようになり、自分も民衆の一人であ ることを忘れがちにされた。私用が一切禁じられた結果は,一切の私事が公用の名を 借りて行なわれた。(遠山茂樹『昭和史』) ■■内藤朝雄『いじめと現代社会』(双風舎)================■ 教育改革は,政治家や有象無象のエライ人にいつも人気のナンバーだが、その結果 は、いつもいつも悲惨である。 教える中身がトンデモであるだけではない、「人を教え導く」というスタンスがも う徹底的に間違ってるのだ。 配給という物資の「上からの分配」が至る所で「公用の名を借りた私事」をはびこ らせたように、「愛国心」や「公共心」といった《あるべき像》という非物質的(精 神的なもの?)なものの「上からの配分」もまた、「公用の名を借りた私事」をはび こらせる。お互いがどれだけ《あるべき像》から外れているかを密告し合い、「公用 (正義)の名を借りた私事(例えば、ひがみからの復讐)」が蔓延する。 この書は、そうした「生き難き」社会をつくりだすメカニズムをあぶり出し、ほん とうの「代替案」を組み立てる基盤となる。 -------------------------------------------------------------------- このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して発 行しています。(http://www.mag2.com/ ) ======================================================= ○電子メールマガジン「読書猿 Reading Monkey」改めない号 【読書猿のバックナンバーはこちら/引っ越しました】 →http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/DOKUSARU.html 【読書猿本舗はじめました】 →http://astore.amazon.co.jp/readingmonkey-22/503-2772705-9655923 【読書猿の読者欄はこちら】 →http://www.tcup1.com/100/kurubushi.html? 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