JOG-Mag No.557 瑞穂の国と食糧危機
■■ Japan On the Globe(557)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■
The Globe Now: 瑞穂の国と食糧危機
迫り来る食料危機に対して、世界最大の穀物
輸入国・日本はいかに対処すべきか。
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■1.食糧危機での新国家主義台頭■
世界の食料価格が高騰を続けている。小麦価格は2006(平成
18)年1月まで1ブッシェル(約27.2キロ)3ドル近辺
だったが、今年の2月には10ドルを超えた。トウモロコシも
同じく3ドル程度だったが、最近では8ドルを超える。大豆は
6ドル程度だったのが、15ドル以上となっている。
こうした国際穀物市場での価格高騰は、我が国の台所を直撃
している。日本は世界最大の農産物純輸入国であり、かつ穀物
自給率は28%と、先進国の中でも異様に低い水準である。
ちなみに穀物自給率で言えば、アメリカは128%、フラン
ス142%、ドイツ122%と輸出余力を持ち、また比較的自
給率の低いイギリスで70%、イタリアで62%である。
「フラット化する世界は終わり、新国家主義が台頭した」とは、
ウォール・ストリート・ジャーナル紙が、地球温暖化問題での
各国のエゴのぶつかりあいを評した言葉だが[1]、この言葉は、
食料環境にも当てはまる。
たとえば、ロシアは国内需給の逼迫による価格高騰を抑制す
るため、昨年11月から大麦、小麦にそれぞれ30%、10%
の輸出税を課した。アルゼンチンは、一昨年11月から、トウ
モロコシや小麦の輸出規制を行っている。各国はまず自国民の
食料確保を優先し、他国への輸出は余力がある場合のみ、とい
う「新国家主義」が台頭しつつある。
こうした中で、我が国はどれだけ食料危機への対処ができて
いるのだろうか。
■2.人口増による食料消費増に生産が追いつかない■
現在の食糧危機は人口増などに起因する需要増加に、供給の
増加が追いつかないことから生じている。それだけに一時的な
ものではなく、短期的な解決の見通しもない。
世界の穀物の消費と生産は、次のように伸びている。
2000/01年 2006/07年
・消費 19億0170万トン → 20億5022万トン
(100%) (107.8%)
・生産 18億3900万トン → 19億7450万トン
(100%) (107.4%)
・不足 6270万トン → 7572万トン
このように生産よりも消費量が大きい。この分だけ穀物の在
庫量が食いつぶされており、在庫量は半分程度になっている。
また両方とも拡大しているが、消費量の伸びの方がわずかに高
く、不足量(すなわち在庫食いつぶし量)も拡大している。
消費量の増加は、人口増加によるものである。国際連合人口
部の統計では、2000年以降の人口増加率は1.2%程度で、上
記の食料消費の伸びが6年で7.8%、つまり年率1.3%なの
で、ほとんど人口増加率と同水準である。
現時点でも世界で飢餓に苦しんでいる人口は8億5千万人ほ
どいると国連食料農業機関(FAO)は推計している。この飢
餓人口の定義は、人間が健康に生活するのに最低限、必要な約
2300キロカロリーをとれない人々、である。
すなわち、近年の世界の人口増は、在庫の取り崩しによって
まかなわれており、やがて在庫が無くなっていくにつれ、食料
価格は高騰を続け、この飢餓人口はさらに拡大していくだろう。
■3.伸び悩む穀物生産■
一方、生産の方はどうか。穀物の生産は、耕地面積に単収
(単位面積当たりの収穫量)を掛けあわせる事で得られる。
耕地面積の方は70年代の7億2400万ヘクタールから、
2003年には6億4580万ヘクタールへと、11%も減少した。
これは砂漠化や、都市化・工業化に伴う工業用地・宅地への転
換によるものだ。
もう一つの要因である単収の方は、品種改良や農業の近代化
(灌漑整備や肥料・農薬の投入、機械化など)により着実に増
加しているが、その伸び率は、60年代の年平均3%が、90
年代以降は1.5%程度へと低下してきている。
60年代の収率増加は、弊誌555号で紹介した小麦や稲の品
種改良による「緑の革命」の成果である[a]。近年は遺伝子組
み換え技術が進んできたが、それでも単収の伸び率を押し戻す
までには至っていない。
もう一つ穀物生産の阻害要因になっているのは水不足だ。国
際灌漑管理研究所によると世界の水の年間使用量は、この半世
紀で4倍近く増加した。しかし、この間、人口増加や地下水の
枯渇、水質汚染などにより、人口一人あたりの水供給可能量は
減少を続けている。
たとえば、中国では総給水量が減少しつつあるなかで、生活
用水、工業用水需要が急増し、全体の7割を占める農業用水が
圧迫されている。水不足に悩む農業用地は、全体の約1億ヘク
タールのうち、13〜40%に達すると見られている。
「世界は今、水戦争のまっただ中にいる」とは、全国連事務総
長コフィ・アナンの言であるが[b]、水不足は食糧生産を直撃
する問題である。
■4.不安定な国際穀物市場■
以上のように食料需要は増加し続け、増産の方はままならな
い、という事で、食糧不足は構造的なものであり、事態はます
ます深刻になりつつある、ということが分かるだろう。
その状況の中で、我が国は世界最大の食料純輸入国となって
いるのだが、日本が依存する国際穀物市場そのものが、以下の
3つの点で不安定性を抱えている。
第一に、国際穀物市場における取引量は総生産量の10%か
ら12%に過ぎない、ということである。基本的に各国は自国
内での消費を優先し、余剰分を輸出に回す。干ばつで不作とも
なると、不足分は輸出量の減少となり、それが穀物価格の高騰
を招く。
第二は、主要な穀物輸出国が、米国、カナダ、オーストラリ
ア、南米、中国などに限られる点である。たとえばトウモロコ
シの輸出量の7割は米国一国で占める。大豆は米国、ブラジル、
アルゼンチンの3カ国で世界輸出の9割を占める、といった具
合である。したがって、米国一国でも異常干ばつに見舞われる
と、世界貿易上の需給はすぐに逼迫する。
第三に、穀物輸入国も日本、韓国、台湾などアジア諸国中心
である。トウモロコシ輸入の約4割はアジアであり、その半分
が日本である。大豆に至っては、中国と日本で世界輸入の過半
を占める。
このように食料は各国の自給が前提であり、ごく一部の余裕
分が、一部の国から一部の国へと売り買いされているのが、国
際穀物市場の実態である。前述したように我が国の穀物自給率
は28%と先進国中最低の水準であるが、こういう不安定な穀
物市場に依存していることの危険性を認識する必要がある。
■5.農政と食糧政策の行き詰まり■
こういう国際状況の中で、我が国の農業はどういう状態になっ
ているのか。現在の農業の状態を規定したのは、昭和36(1961)
年に施工された「農業基本法」である。これは基幹作物である
コメについては、農家の生産を補償するために価格支持を導入
するとともに、規模拡大による生産性の向上を図る。
トウモロコシなどの飼料作物は限られた土地の中で生産性向
上にも限度があるので輸入に依存することとした。小麦、トウ
モロコシ、大豆などで日本が世界有数の輸入国となったのは、
このためである。
一方、コメの方は高価格政策により、生産過剰を招き、食管
赤字という形で財政負担を増大させている。同時に消費量の方
は、食の洋風化とともに、昭和36年頃には一人年間120キ
ロあったコメ消費量は、現在の60キロ台へと半減した。
またコメの生産性向上の方も着実に進み、水田1ヘクタール
あたりの収量は昭和36年時点の381キロから、昭和59
(1984)年には500キロを超えた。需要が減少する中で、土地
生産性が向上したので、平成17(2005)年時点で、39万ヘク
タールもの耕作放棄地が生じている。埼玉県や滋賀県に匹敵す
る土地が放置されているのである。
また稲作1アールあたりの労働時間も、農耕機の導入などで、
5分の一近くまで減少してきており、コメの需要減とあわせて
農業人口は昭和55(1980)年の506万人から平成15(2003)
年には259万人と半減し、高齢化と後継者難の問題が生じて
いる。
要約すれば、国際的な食料危機と不安定な穀物市場というリ
スクのもとで、我が国はコメ以外の穀物はひたすら輸入に依存
しおり、コメの方も需要の減退と共に生産余剰を抱え、土地は
有効活用ができず、農民も明るい未来を描けない、という行き
詰まりを迎えている。農政と食料戦略の一大転換が必要な時期
にある。
■6.企業の活力による農業再生■
このような農政の行き詰まりを打破するには、従来の官僚的
統制から脱却して、民間の活力を農業に導入することが近道だ
ろう。
幸い、そのような方向での企業の動きも各分野で見られるよ
うになった[b]。最近のニュースとしては、イトーヨーカ堂や
セブンイレブンを保有するセブン&アイ・ホールディングが農
業に参入する計画が報じられた。[2]
それによると、3年以内に全国10ヶ所に農業生産法人を新
設し、そこで生産した野菜を傘下のイトーヨーカ堂全170店
で販売する。店舗から出る食品ゴミは、農業生産法人で肥料と
して活用し、食品資源の循環を図る、というアイデアも面白い。
8月に設立が予定されている千葉県豊里市の農業法人は、農
家から農地を借りて、イトーヨーカ堂が派遣する社員らが農作
業を行い、大根、キャベツ、ほうれん草など5品目を千葉県内
のヨーカ堂21店に直送する。
イトーヨーカ堂だけで、野菜・果物の販売額は年1千億円に
達するという。これだけの規模の小売りチェーンが消費者のニ
ーズに直結した食料生産を行うことは、良質安価な食料の供給
に大きな効果を上げるだろう。また海外からの輸入野菜の品質
や安定供給上のリスクを和らげ、国内の土地や労働力の有効活
用をするなど、一石三鳥、四鳥の効果がある。
■7.野菜工場でレタスの「28期作」■
日本のお家芸である技術革新も、農業分野で花開きそうだ。
日本鋼管と川崎製鉄が経営統合した生まれたJFEホールディ
ングスでは、無農薬レタス「エコ作」を作っている。
子会社JFEライフの土浦プラント(茨城県)に設けら
れた栽培ハウスはまさに工場だ。巨大水槽には苗の入った
シートがびっしり浮かぶ、温度差を微調整する製鉄技術を
応用しコンピュータで室温や光量を管理する。
「28期作」という高い生産性が自慢で、営業部長、川崎
海(60)は「年中、安定供給できる」と語る。・・・
仮に土浦規模のハウスを約1兆1千億円で1400棟ほ
ど建てれば、国内需要分を生産できる。[3]
レタスなどは天候に影響されやすく、値段の上下が激しいが、
こうした生産技術の革新により、常に良質な野菜が安定的に供
給できるようになる。食料の安定供給という国家安全保障の上
からも、効果的である。
このような野菜工場が、前述のように近傍のスーパー・チェ
ーン店と直結されれば、わざわざ中国から野菜を輸入して、海
上輸送によるCO2排出をするようなムダも排除することがで
きる。地球に優しく、また消費者も安心できる食料供給システ
ムができる。
■8.ごはんをもう一杯多く食べれば■
一方、コメ余剰と小麦、トウモロコシ、大豆などの輸入依存
という矛盾が生じたのは、食生活の洋風化が急速に進み、パン
食による小麦の輸入、肉類の消費増による飼料としてのトウモ
ロコシの輸入、そして油を使った料理のための大豆の輸入、が
原因である。
「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」は、われわれが毎日
ごはんをもう一杯多く食べるだけで次のような効果がある、と
いう試算を発表している。[4]
・食糧自給率が8%向上。
・転作された田んぼが、60万ヘクタール、水田に蘇る。
・貯水機能が12億トン(東京ドーム1000杯分)高ま
り、洪水、水不足を防止する。
・稲の光合成により二酸化炭素を300万トン(東京ドー
ム1520杯)吸収する。
さらに肉や油の多い食生活は、高脂血症、糖尿病、がん、肥
満などの生活習慣病を増やし、医療費の高騰を招いている。
コメは健康増進面でも、環境保全面でも優れた作物なのであ
る。
■9.瑞穂の国の再生■
そうは言っても、食習慣を戻すのは難しい。そこで今風の食
生活にあうような形でコメを活用する、という技術が広まりつ
つある。たとえば、米粉で作ったパン、うどん、ラーメン、パ
スタ、お好み焼きなど。
米粉は小麦粉よりも水分を多く含むため、パサパサした小麦
粉のパンに比べで、米粉パンはしっとりとした食感で、飲み物
がなくても食べられる。同じ量でも低カロリーで、腹持ちも良
い。すでに学校給食では8千校以上で導入されている。
瑞穂の国とは古代の我が国の自称であった。青々とした水田
に豊かな稲穂が垂れる光景は、美しく豊かな国土の象徴である。
現代日本の先端技術を活用して、コメの生産と需要を増やし、
食糧自給率を高め、安心で豊かな美しい国を作っていきたいも
のである。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(555) 稲塚権次郎とボーログ博士
〜 世界を変えた「農林10号」
一粒の種子が世界をかけめぐり、世界を変えていった。
http://archive.mag2.com/0000000699/20080706000000000.html
b JOG(469) 人類を襲う水飢饉
水飢饉から人類を守るために、日本の「緑と水」の技術が求
められている。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog469.html
c. JOG(527) 夢と誇りを持てる農業を
伝統的な「土づくり」と近代的な経営とで、農業は大きな夢
を持てる職業となる。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog527.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 日経新聞「環境力 議論する間に国沈む」、H20.05.31
2. 日経新聞「セブン&アイ、農業参入」、H20.06.19
3. 日経新聞「資源立国へ逆転の好機」、H20.06.17
4. 「ごはんもう一杯で自給率は8%上がる」『明日への選択』
H20.6
5. 柴田明夫『食料争奪』★★、日本経済新聞出版社、H19
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532352673/japanontheg01-22%22
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「日本人の家族観」に寄せられたおたより
フレディ・マーキョリーさんより
日本の宗教観を分かりやすく解説されており、大変勉強にな
りました。特に、在家仏教興隆の背景の説明が面白かったです。
個人的には、聖徳太子が日本人が学ぶべきお経として、惟摩経
と勝鬘経を選ばれた理由の話が、印象的でした。
それにしても、聖徳太子というお方は、後世の私達になんと
色々な贈り物をされたのかと、有り難く思います。今年のお盆
での話のよいネタになりそうです。ありがとうございました
m(_ _)m
「らきたろう」さんより
いつも有益な情報をありがとうございます。日本人の家族観、
それの元になる死生観は種々の所で西洋の人達との違いを見せ
ていると思います。
最近の話題では、死刑廃止論議についても、日本人は悪人で
も「死ねば仏様になる」という考え方があるので「罪を償って
死ぬ」というのは「被害者」、犯人はともかく「犯人の家族」
にとっても「悪い死に方ではない」のだと思います。
日本人の多くは死刑継続について異論がないという調査結果
は、日本人が生命を軽んじているのではなく、死生観の違いに
よるものではないかと考えます。人質事件において犯人に屈し
てでも人質を助けようという日本特有の姿勢からも、日本人は
生命軽視ではないと思います。
親や年よりを大切にする気持ちが自分を大切にすることにも
つながるというのが日本の家族観というものなのですね。
修司さんより
No.556日本人の家族観において婚姻契約書のことに触れてい
らっしゃいます。浅学菲才の身ですが、江戸時代には隠居契約
が広く行われていたと仄聞しております。家督相続させる代わ
りに、食い扶持を毎月これこれ寄こせ、定期的に隠居所に来て
肩腰を揉め、などが取り決められていたようです。実行されな
いときは五人組なり代官所なりに訴えて実行させることができ
る実効力のある文書だったそうです。
共働きでなければ満足に子育てもできない現代においては女
性は家(=夫)に従属するのではなく自活できる経済力を持っ
てきています。そのような背景のもと婚姻契約書は一定の存在
感を増していると感じておりました。婚姻生活における相互の
協力を具体的に記し、反すれば離婚の根拠ともなり、財産分与
の根拠ともなります。小生はむしろ婚姻契約書は普及すべきで
はないかと愚考いたしておりました。
■ 編集長・伊勢雅臣より
たしかに日本は法律や契約を重んずる国柄もありますから、
そう思えば、「婚姻契約書」というのも、まんざら国柄に背く
ものではないのかも知れません。
読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
への返信として、お送り下さい。
掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_res.htm
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