2012/05/11
言葉の森新聞 2012年5月3週号 通算第1224号
言葉の森新聞 2012年5月3週号 通算第1224号 文責 中根克明(森川林) ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇創造性を育てる作文・読解・国語◇◆◇◆◇ 毎週担当の先生から電話の指導がある続けやすい通信講座 自宅で無料体験学習を受けられます お申し込みはこちらからどうぞ http://www.mori7.com/ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ■■小学生の日記の書き方―文章を書く勉強は、目標を決めることが大事 小学校低学年では、学校で日記の宿題が出ることがあります。毎日書くこと によって文章を書きなれることと、日常生活の中から書く価値のあるものを見 つけてくることが練習の目的です。 しかし、子供によっては、「書くことがない」と悩んでなかなか書き出せな いこともあります。確かに、毎日の生活はそれほど変化のあるものではありま せん。いつも同じように学校に行き、同じように勉強したり遊んだりして家に 帰ってくるのですから、書くことがないという気持ちになるのはやむを得ない 面もあります。 ここで大事になるのが、何をどう書くかという目標です。 言葉の森では、作文を書くときに、子供たちにいろいろな目標を指示します 。例えば、「書き出しを工夫する」「中心を決める」「お母さんやお父さんの 似た話を聞いてくる」「会話を思い出す」「たとえを入れて書く」などです。 学校の日記の宿題をするときも、こういう目標が役に立ちます。子供たちが 作文を書くときにいちばんの助けになるのが、「会話を入れる」という目標で す。会話を入れて書こうとすると、自然にその出来事を描写的に書くようにな ります。作文が長く書けてしかも内容が面白くなるのは、出来事を具体的に描 写するからです。説明や感想だけで書いてしまうと、長くも書けませんし、内 容もいつも同じようなものになってしまいます。 例えば、「今日もサッカーをして遊んだ」「昨日もサッカーをして遊んだ」 という説明だけでは、いつも同じことしか書けません。しかし、そこに会話を 入れると変化が出てきます。「けんちゃんが、『なんでパスしないんだよ』と 言いました」とか、「じろうくんが、『ナイスシュート』と言いました」など 、そのときの場面を具体的に書くようになると毎回違ったことが書けるように なるのです。 会話と並んで、日記を個性的にするのは、たとえ(比喩)です。たとえを入 れて書こうとすると、作文の中にその子らしい見方が出てきます。しかし、読 書量の少ない子は、個性的なたとえがなかなか出てきません。ありきたりのパ ターン化されたたとえを書いて済ませてしまうこともあります。そのときは、 家庭でお父さんやお母さんが、一緒にたとえを考えてあげるといいのです。身 の回りのものを見ながら、「おなべがことこと何かつぶやいているみたいだね 」とか、「今日は風がないから、鯉のぼりが干物みたいになっちゃったね」な どと話すと、たとえを見つける練習ができます。 たとえよりも見つけやすいのがダジャレです。身の回りのものからダジャレ で表せるものを見つける練習をすると、たとえと同じように言葉の感覚が磨か れてきます。 日記を書く練習の主な目的は、書きなれることで、頭で考えたことがスムー ズに手につながるようにする練習です。そして、考えたことがそのまま自然に 書けるようになったら、今度は考えることそのものを豊かにしていくことが大 事な練習になります。その練習法は、本を読むことです。日記の練習は読書の 練習と結びつけて行うことによって本当の力がついてくるのです。 ■■学力向上の先にあるもの 7 教育は、人間の幸福、向上、創造、貢献と結びついているという話の続きで す。 第三は、創造のための教育です。この創造のための教育が、教育の最も重要 な柱になります。というのも、人間の人間たる所以はこの創造の中にあるから です。 ところが、創造については、二つの誤解があるように見えます。ひとつは、 ただ成績がよいとか勉強ができるとかいうことに創造力があるという言葉をム ード的に使う傾向があることです。もうひとつは、創造のようなものは本来教 育として教えたり学ばせたりできるものではないという考えです。 これらの考えのいずれも、創造というものを正しく定義していないことから 来る誤解です。創造とは、世の中にまだないものを作ること、そしてそれが他 人にとっても価値あるものであることです。 世の中にまだないものというのは、創造の芽です。創造の芽は、根本的には 人間の個性の中にあります。だから、人はだれでも個性があるという点で、本 質的に創造的です。 しかし、個性がそのままで創造になるわけではありません。個性が価値ある 創造になるためには、個性に磨きをかける時間が必要です。この時間をかける ということもまた、人間という身体的な存在にとって特徴的な本質です。 わかりやすく言えば、個性×時間=創造と考えることができますが、これは まだ創造の可能性です。実際に個性が価値ある創造になるためには、ふたつの 要素が必要になります。ひとつは、個性を磨こうとする心構えです。その心構 えを支えるものは、個性を尊重する社会の価値観です。 そして、もうひとつは、個性を磨く練習です。その個性を磨く練習のひとつ が作文になるのです。 作文が、他の芸術活動である絵画や音楽に比べて優れているのは、特段の練 習や器具の準備がなくてもほとんどの人が文章を書くことができるという点に あります。 また、これからの人類の創造には知的な側面がますます重要になってきます 。学問がまだ進歩していなかった時代には、創造は感覚的や身体的なところだ けでも十分に発揮することができました。しかし、これからの社会は、あらゆ る分野に学問が発展していき、その知的な土台の上にすべての創造活動が行わ れるようになります。その点で、作文という知的な活動は、今後の創造教育の 中心になるものなのです。。 ところで、言葉の森で子供たちに作文を書かせると、時々、「書くことがな い」という子がいます。勉強は比較的よくできるのに、少し変わった題名や感 想文になると、「書くことがない」とあきらめてしまう子です。この原因は、 現代の勉強がまだ受け身中心になっていることにあります。知識を吸収する勉 強に適応しすぎた子は、成績はそれなりによくても、自分から新しく何かを作 り出すということが苦手になってくるのです。創造は苦手だが再現は得意とい うのでは、人間ではなくロボットに近い教育を受けていると言っていいでしょ う。知識の吸収はほどほどにして、その吸収した知識を前提として何を創造す るかということを教育の柱にしていく必要があるのです。 創造する教育という点で、プログラミング教育も、創造教育のひとつの重要 な教科になります。これからのコンピュータ教育は、ワードやエクセルやパワ ーポイントの使い方を勉強するようなものではなく、プログラミングの少数の ルールから自分で個性的なプログラムを作り出すという喜びを伴うものにして いく必要があると思います。 ■■学力向上の先にあるもの 8(最終回) 前回に引き続き、教育は、人間の幸福、向上、創造、貢献と結びついている という話です。 第四は、貢献のための教育です。何のために学ぶのかということについて、 社会全体が明確な指針を持っていることが必要です。これは単なる言葉のうえ だけでの話ではなく、実際の教育のさまざまな場面で具体的な方針決定に役立 ちます。この小さな決定の積み重ねが、やがて大きな方向の違いになってくる のです。 勉強は、社会に貢献するために行うものです。なぜ人間が、「社会のため」 ということを考えるかというと、その原点には、人間の持つ共感と想像があり ます。人間は生まれつき、他の生命、他の人間、そして自分の属する社会に対 して共感する性質を持っています。その共感する性質を更に強化するのが、他 の生命や人間に対する想像です。この共感と想像を高めていくことが教育の一 つの柱になります。 今の社会の風潮の中に、自分の利益を最優先するという考え方があります。 なぜ勉強をするのかということについても、理屈の上で最も説得力のある答え 方は、「自分のためにする」というものです。日本人は本当は内心、自分のた めだけでいいとは思っていません。しかし、言葉で説明するときは、エゴイズ ムを建前にした方がだれからも反論されないという雰囲気が今の社会にはある のです。 このエゴイズムをもとに理論を立てるというのは、欧米の文化の影響から来 たものです。みんなが自分の利益のために行動し、その競争の中で最適な社会 が生まれるという考え方は、欧米の文化の中で生まれた理論です。欧米は、社 会の隅々までエゴイズムがシステム化されているので、その理論が現実の中で うまく成り立っています。しかし、日本はそうではありません。日本の社会は 、エゴイズムの文化が根づいていないのです。 日本の社会の本来の姿は、「エゴイズム+競争」とは正反対のものです。そ れは、個人がお互いに相手のためによかれと思ってすることが巡り巡って自分 にも返ってくるという文化です。「エゴイズム+競争」ではなく、「思いやり +調和」が日本の文化に最も合った理論なのです。そして、この理論は、日本 から発信する将来の世界のモデルになるものです。 これからの教育は、この「思いやり+調和」の文化を支えるものになる必要 があります。それが内容的には共感と想像を育てる教育で、形式的には貢献の 教育と呼ばれるものになるのです。 日本の文化の中になぜ共感と想像が根強く生きているかというと、その原因 のひとつに、親子で密着する文化があります。人間の共感力は、幼児期の親子 の密着をもとにして形成されます。日本の寝室は、親子が「子、母、父」とい う形で寄り添いながら寝る形が最も一般的です。「母、子、父」という形では なく、「子、母、父」というふうに父が一歩離れているところが父子関係にお ける子供の自立心に役立っているようです。欧米の場合は、「父、母」が生活 の中心であり、子供は幼児期から自立を強制されますが、日本ではそういう家 庭はあまりありません。 子供時代から、親子の密着する文化の中で育つことによって、日本の子供は 自然に親に対する孝行の感覚を育てます。この親孝行の文化を、封建主義の名 残のようにとらえるのではなく、日本文化の優れた特質と考えることが大切で す。なぜなら親孝行の延長に、社会に対する貢献と、先祖にたいする尊敬が生 まれるからです。これを古臭い理論だと思わずに、これからの世界の指針にな る最新の理論だと考えることがこれから必要になってくるのです。 よく、日本人は個人では弱いが集団では強いと言われます。これまでの教育 では、それを日本人の弱点のように考え、日本人を個人で強くする方法を工夫 してきました。しかし、これからは集団で強いという日本人の長所を生かして いく時代です。そして、やがて世界中がその日本モデルを見直すようになるの です。 集団の強さを生かして社会に貢献するというのは、決して消極的な生き方で はありません。むしろ、それは日本人にとって積極的な生き方になります。な ぜなら、日本人にとって個人のエゴイズムで生きるということは、自分だけ安 全な場所で高収入を確保するような生き方につながりやすいからです。 日本の文化の中では、エゴイズムを貫こうとすれば生き方が後ろ向きになり ます。逆に、集団のために社会に貢献する生き方を選ぶとき、日本人は自己犠 牲をいとわずに大きな仕事を成し遂げることができます。みんなが、自分の利 益よりも社会のために行動することによって、社会全体がよりよくなるという のが、日本の文化を生かした社会のあり方です。 この未来の日本社会を支える意識的な努力が、貢献のための教育なのです。 ■■世界経済のこれからの動きと対策 米欧から始まると見られていた金融破綻は、「公的」機関がマネーを大量に 印刷し金融機関に注入する形で回避されました。その結果、ギリシアのバブル 、EUのバブル、アメリカのバブルなど世界のさまざまなバブルが、より大き な世界的バブルに統合される形でふくらみ続けることになりました。やがて、 ここに中国のバブルなども加わるようになるでしょう。 この新しいバブルによる景気の上昇がしばらく続いたあと、この世界最大の バブルはどういう形で収束されるのでしょうか。バブルというのは、結局真の ニーズがないところに、思惑だけの架空のニーズがふくらんでいくことです。 だから、その思惑がはずれたときにはいずれ破綻するものです。その破綻を回 避するためには、より大きな新たなバブルを作るか、真のニーズを作るかしな ければなりません。しかし、今回のバブルは、世界規模のバブルなので、これ 以上新たなバブルを上乗せすることはできません。新たな真のニーズを、今、 世界中が模索しているところなのです。 その第一は、世界のインフラ開発です。例えば、砂漠の緑化などの世界的な 開発事業を行えば、それはバブルを真のニーズに転化することができます。し かし、その開発が終わったときにまたニーズの不在という同じ問題が繰り返さ れることと、世界規模の開発は国際的な利害がぶつかり合う可能性があるとい う理由から、必ずしも現実的で有効な対策とは言えません。 第二は、大戦争です。これは、物を破壊することですから、物を建設する以 上に大きなニーズを生み出します。しかし、バブルのたびに戦争を起こしてい たのでは、それは人間がいかに愚かかということを証明するにすぎません。ま た、すべての戦争は、国民どうしの対立ではなく、その戦争で利益を得る何者 の都合で行われていることに多くの人が気づき始めている今日では、もう大規 模な戦争は起こせなくなっています。 第三は、ハイパーインフレです。金融機関に注入された大量のペーパーマネ ーは、やがて市中の生活の中に溢れ出てきます。インフレは、資産を持つ者の 犠牲によってバブルを収束させる方法です。これは、対策というよりも、対策 がないことから引き起こされる結果ですが、今日の状況を見ると、これが最も あり得そうな結果です。しかし、この場合、生活に必要なマネーと、金融機関 のバブルの救済のために使われるマネーは、何らかの形で区別されることによ って、一般の国民の生活はそれほど極端な破局には見舞われないと考えられま す。 世界規模のバブルが、今後どういう形で終息するかは、前例のないことなの で誰にも確実な予測はできません。しかし、経済の基礎的な実力を考えると、 日本が、資産の上では最も大きな損失を被りながら、バブル崩壊の被害から最 も軽症で立ち直ることが予想されます。 問題は世界のバブルが終息したあと、人類の巨大な生産力に対応するニーズ を今後どこに作り出していくかということです。軍事費という選択肢は、国家 間の争いの背景がわかることによって、もうなくなっていくでしょう。社会保 障費は、本当に必要なものだけに絞られ、不自然で過剰な福祉はなくなってい くでしょう。公共部門や利権部門に淀んでいたニーズは、そういうところに依 存する空しさを多くの人が感じることによって次第に減少していくでしょう。 途上国をこれから豊かにする消費財は、量的な大きさはあるものの、既にほぼ 完成した工業生産技術によって、実はそれほど大きなものではなかったという ことに多くの人が気づくようになるでしょう。 新しい真のニーズは、世界的なバブルの崩壊からいち早く立ち直るはずの日 本が提案していくと思います。それは、インフラも完成し物財もほぼ十分に行 きわたった先進国日本で、新しく生まれる創造文化産業のニーズです。そこで 生まれる新しい消費は、単なる消費のための消費ではなく、自らが創造し生産 する側に回るための消費、つまり投資的消費です。しかも、その投資が、これ までの工業生産の投資のように飽和状態にならないのは、文化の創造がその生 産を担う個人の個性によって無限に多様化する性格を持つからです。 このように考えてくると、これからの政治、経済、社会における歴史的大変 動に対応するために必要なことは、個人個人が自分ひとりの力で社会に貢献で きる何か(能力や技術)を育てていくことです。もちろんすぐにはそういうも のは育ちません。だから、今大事なことは、自分が社会に貢献できる力を持つ ために必要な勉強をできるところから始めていくことなのです。 ---------------------------------------------------- ■MagMagからのメールマガジンの登録と削除は下記のページで (▼ダイジェスト版 マガジンID:0000000226) http://www.mori7.com/morion/imorion.html (▼完全版 マガジンID:0000132951) http://www.mori7.com/morion/imorionk.html ■これまでの言葉の森新聞は下記のページで http://www.mori7.net/mori/ ■ホームページ http://www.mori7.com/ ■メール nane@mori7.com



